run, look, watch, see, listen, hear, taste, talk, say, tell, think, believe, know, wonder, find -「基本動詞 ③」(NHK ラジオ英会話, 2022.06)-

イメージ(モデル)をつかいます。トップダウンとボトムアップの思考をくりかえします。似ている情報を区別しておぼえます。

イメージ(モデル)をつかいます。トップダウンとボトムアップの思考をくりかえします。似ている情報を区別しておぼえます。

NHK ラジオ英会話、今月は、視覚・聴覚などの感覚をあらわす動詞や思考・知識をあらわす動詞を中心に練習しています。

Lesson 41 run のイメージ

She runs a ramen shop in Tokyo.

run のイメージは「スピーディーに・線上を走る動き」です。便利な言い回しがたくさんあります。

Lesson 42 感覚を表す動詞:look

Look at me. Look what you’ve done to me!

look は、「目を向ける」という自発的な動作をあらわします。at は「点」をしめし、ある「点」にむけて「目を向ける」という意味です。

Lesson 43 感覚を表す動詞:watch

Please watch your step.

watch は「注視する」、「ジィィッと見る」ということです。

Lesson 44 感覚を表す動詞:see ① 

Can you see that stone over there?

see は「見える」、look のように目をむける自発的な動作ではなく、対象が目にはいっていること、認識されていることをあらわす、「向こうからやってくる感触」をもつ動詞です。

Lesson 46 感覚を表す動詞:see ②  

Can’t you see I’m busy?

see は、心が映像をとらえているということであり、look や watch よりもはるかにふかく心理と関わります。

Lesson 47 感覚を表す動詞:listen

He never listens to my advice.

listen は、「耳を傾ける」という自発的な動作をあらわします。look(目を向ける)の聴覚バージョンです。

Lesson 48 感覚を表す動詞:hear

Have you heard about Takuma?

hear は、「聞こえる」という、「音が、向こうからやってくる感触」をもつ動詞です。 see(見える)の聴覚バージョンです。

Lesson 49 感覚を表す動詞:taste、smell、feel

This sandwich tastes funny.

基本は、「this sandwich = funny」であり、taste の意味が文全体にオーバーラップして「this sandwich = funny〔な味がする〕」となる「説明型オーバーラッピング」の形です。

Lesson 51「話す」を表す動詞:talk、speak

Can we talk?

talk は「話し合う」であり、「コミュニケーション」に焦点がおかれた動詞です。speak は「(口から)音声を出す」という「一方通行」を基調とする動詞です。

Lesson 52「話す」を表す動詞:say

It says you can’t smoke.

say は「言葉を言う」ということです。

Lesson 53「話す」を表す動詞:tell

Please don’t tell anyone about this.

tell のイメージは「メッセージを伝える」です。

Lesson 54 心理に関わる動詞:think

I think you’re an amazing singer.

think は「思う・考える」ということです。

Lesson 56 心理に関わる動詞:believe 

I can’t believe it!

believe は think よりもふかく「心」に根をおろします。

Lesson 57 心理に関わる動詞:know

I know you’ll do a great job.

この例で「I know」は、「確信」をくわえる意識でつかわれています。

Lesson 58 心理に関わる動詞:wonder

I wonder if he still likes her.

wonder は「大きなクエスチョンマーク(?)が頭に浮かんでいる」イメージです。

Lesson 59 心理に関わる動詞:find

I found you a great T-shirt in Tokyo.

find は「見つける」ということであり、「あ、あった」「あ、そうだったんだ」という発見が多少なりともあります。

今月も、英語をはなすときに欠くことのできない基本動詞をその周辺表現とともに練習しています。日本語を経由しない英語力を身につけ、英語を英語としてつかいこなすためには基本動詞の習熟が不可欠であり、そのためには何といってもイメージが役だちます。

たとえば run のイメージは「スピーディーに・線上を走る動き」であり(図1)、run という英単語とそのイメージをひとまとまり(ファイル)にして記憶しておけば、run をふくむあらゆる英文が容易に理解できます。情報のひとまとまりを情報用語でファイルといい、ここではそれを球でモデル化します。

図1 run のファイルのモデル
図1 run のファイル
のモデル
(Lesson 41 の図を改変)

イメージを念頭におくとつぎの例文もすぐに理解できます。

My parents used to run a small hotel.
The buses run every 20 minutes.
The road runs around the campus.
My nose is running
Time is running short.
The well ran dry.
I’ve run out of cash.
Let me run a bath for you.
I run a program.

イメージから具体的な英文へ、トップダウンの思考がはたらき、さまざまな言い方をイメージが派生させ、イメージをおもいうかべればどんな英文でも理解でき、つかえるようになります。そしていろいろな英文に接したあとであらためてイメージを確認すればイメージが確実に身につき、わすれることはもうありません。多数の例文からイメージを確認するときには、今度は、ボトムアップの思考がはたらきます。イメージには、多様な情報を統合するはたらきがあり、これはモデルといってもよく、物事の見とおしをよくします。

また look・watch・see のような似た英単語のつかいわけもイメージをつかえば簡単にできます(図2)。そうでなく、日本語訳(理屈)でとりくんでいるといつまでも混同がつづきます。似ている情報を比較し区別しておぼえることは記憶法の重要なポイントのひとつです。

look・watch・see を区別しておぼえる
図2 look・watch・see を区別しておぼえる
(Lesson 42〜44 の図を改変)

talk・speak・say・tell もイメージをつかえば容易に区別できます(図3)。

talk・peak・say・tell をつかいわける
図3 talk・speak・say・tell をつかいわける
(Lesson 51〜53 の図を改変)

理屈でやっていると時間をかけた割に効果はあがらずストレスがたまりますが、イメージ(モデル)をつかえば直観がはたらき、情報処理が加速し、勉強がおもしろくなります。

▼ 関連記事(2022年度 NHK ラジオ英会話)
make, have, put, leave -「基本動詞 ①」(NHK ラジオ英会話, 2022.04)-
take, go, come, be, give, get -「基本動詞 ②」(NHK ラジオ英会話, 2022.05)-
run, look, watch, see, listen, hear, taste, talk, say, tell, think, believe, know, wonder, find -「基本動詞 ③」(NHK ラジオ英会話, 2022.06)-

▼ 関連記事(2019年度 NHK ラジオ英会話)
前置詞をイメージする -「英単語は日本語訳では語れない」(NHK ラジオ英会話, 2019.04)-
言葉とイメージ -「前置詞のイメージの完成」(NHK ラジオ英会話, 2019.05)-
イメージをうごかす -「基本動詞の征服 ①」(NHK ラジオ英会話, 2019.06)-
イメージと文型のシンクロナイズ -「基本動詞の征服 ②」(NHK ラジオ英会話, 2019.07)-
プログラムにしたがって練習する -「基本動詞の征服 ③」(NHK ラジオ英会話, 2019.08)-
類語をおぼえる -「基本動詞の征服 ④」(NHK ラジオ英会話, 2019.09)-
スキットを想像する -「基本動詞の征服 ⑤」(NHK ラジオ英会話, 2019.10)-
印象をつかう -「基本形容詞」(NHK ラジオ英会話, 2019.11)-
単純なイメージで本質をつかむ -「基本副詞・名詞(可算・不可算)」(NHK ラジオ英会話, 2019.12)-
イメージして、言葉でアウトプットする -「限定詞・助動詞・時表現」(NHK ラジオ英会話, 2020.01)-
メッセージをうけとり、メッセージをつたえる -「大きな『単語』:定型表現 ①」(NHK ラジオ英会話, 2020.02)-
心にしみわたるコミュニケーション -「大きな『単語』:定型表現 ②」(NHK ラジオ英会話, 2020.03)-

▼ 関連記事(テレビ英会話)
ファイルのしくみ -「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」(NHK Eテレ)-
イメージと言葉をむすびつける - DVD「おとなの基礎英語 Australia」(1)-
イメージと言葉をむすびつける - DVD「おとなの基礎英語 Australia」(2)-
キー・イメージ - DVD「おとなの基礎英語 Australia」-
イメージして言う - 『おとなの基礎英語 Season3』(NHK テレビ DVD BOOK)-

▼ 参考文献
『NHK ラジオ英会話』(2022年6月号、NHK テキスト)NHK 出版、2022年

▼ 関連教材

(冒頭写真:イングランド、ストラットフォード・アポン・エイボン、ウッドストリート(Wood St.)、1999年 撮影)

特別展「琉球」(東京国立博物館) – 母系の伝統 –

土器をもった漁撈採集文化の面影が色こくのこります。稲作以前の縄文文化(日本の基層文化)の名残をとどめます。母系社会の伝統が息づきます

土器をもった漁撈採集文化の面影が色こくのこります。稲作以前の縄文文化(日本の基層文化)の名残をとどめます。母系社会の伝統が息づきます。

沖縄復帰50年記念・特別展「琉球」が東京国立博物館で開催されています(注1)。琉球・沖縄の歴史と文化を総合的にみられるまたとない機会です。

第1展示室 万国津梁(ばんこくしんりょう) アジアの架け橋(A)
第2展示室 王権の誇り 外交と文化(B,C)
第3展示室 琉球列島の先史文化(D)
第4展示室 しまの人びとと祈り(E)
第5展示室 未来へ(F)

特別展「琉球」会場図
会場図

第1展示室(A)では、琉球王国が、中国・日本・朝鮮・東南アジアなどをむすぶ中継貿易の拠点としておおいにさかえたことを国際色ゆたかな品々とともに紹介しています。

琉球列島では、平安時代末期から室町時代にかけての時期を「グスク時代」といい、11世紀後半頃から、中国産白磁碗・カムィヤキ・滑石製石鍋といったそれ以前にはみられなかった器類が九州方面から搬入されてくるとともに、琉球列島のなかで陶器生産がはじまり琉球列島各地へ供給されていくといったあたらしい物流によりグスク時代がはじまり発展しました。この背景には、北部九州の商人が琉球列島方面まで商圏を拡大させたことや、喜界島などに交易の拠点がおかれたことがあります。

13世紀にはいると、中国産陶磁器や銅銭など、中国大陸から琉球へ直接もたらされる物流が発生、14世紀になると、あらたにもたらされるモノを占有していこうとするうごきがおこり、「山北(さんほく)」「山南(さんなん)」「中山(ちゅうざん)」といった有力な勢力が、中国大陸で1368年に成立した明国との朝貢関係を14世紀後半にそれぞれ構築します。この三勢力は、「按司(あじ)」や「てぃだ」「世の主」とよばれる首長を頂点とする武力による地域統合を14世紀からすすめた地域権力体でした。

そして1429年、中山の王である尚巴志(しようはし)が沖縄本島を統一し、明国との朝貢関係をむすぶ唯一の国家となり、交易品を占有していきます。首里城跡・京の内地区から出土した青磁の酒会壺や大瓶、水注、香炉、青花の大合子、高台付杯など、奢侈品(しゃしひん)としての陶磁器はそれを象徴しています。

15〜16世紀には、アジアの海に琉球王国は雄飛し、アジアに16世紀に進出したヨーロッパ諸国にも重視されて世界にしられるようになります。那覇は、王都首里にちかい天然の良港であり国際貿易港としてにぎわい、那覇の浮島には、中国人や日本人をふくむおおくの人びとが居住し、王府の外交・貿易関連施設もおかれ、港湾都市が発達、アジアの架け橋として琉球王国はおおいに繁栄しました。

第2展示室(B,C)では、三山統一をなしとげた第一尚氏にかわり、1470年からおよそ400年にわたって琉球王国をおさめた第二尚氏の時代に開花した独自の美意識と技術について国宝を中心にみていきます。

2006年、尚家に伝来した宝物のうち、工芸品85点、文書1166点が国宝に指定されました。戦前に東京へうつされていたため戦禍をまぬかれたということです。「国宝 玉冠(付簪)」(第二尚氏時代18〜19世紀)は、金筋に色とりどりの玉を多数とりつけ、金の簪(かんざし)をさした現存唯一の琉球国王の冠であり、王権の象徴であるとともに琉球独自の美意識をあらわします。

第二尚氏王統は、琉球王国の版図をかため、統治体制の整備、王城や寺院の造営など、多様な手段で王権の強化をはかり、国際環境が変化した近世には、王国の歴史的な主体性を確認するために史書などを編纂しました。

琉球国王は、中国皇帝の臣下となる外交関係をむすんだため冊封使(さっぽうし)が中国から派遣され、琉球王国の国際的な地位が中国皇帝にみとめられました。中国の元号を公式文書にもちいるなど、対中国関係が外交関係の中心にありました。

しかし1609年、島津氏の侵攻をうけ、中国皇帝の冊封をうけつつも、徳川将軍とその介在者である島津氏の支配下におかれることになります。将軍の代替わりや国王の即位の際には、慶賀使・謝恩使が江戸に派遣されました。

展示室C
(ここのみ撮影が許可されています)

第3展示室(D)では、琉球列島の先史文化を紹介しています。琉球列島では、珊瑚礁のゆたかな海によって独自の「貝の文化」がはぐくまれ、人びとは貝を、斧などの実用的な道具に加工したり、首飾りや腕輪などの装身具にしたりしていました。やがて、海を介した交流や交易から、本州へとつながる「貝の道」がうまれます。貝をはじめとする海産物は先史時代から欠くことのできない重要な資源でした。

縄文時代には、クジラやイルカ・ジュゴンといった海獣が主たる食料であるとともに道具の素材としても重用され、なかでも、礁池にくらすジュゴンが圧倒的におおく、湾曲がよわい肋骨やおおきな顎骨・肩甲骨など、かたい骨格が道具の格好の材料としてえらばれ、利器や装身具などにつかわれました。

沖縄県竹富町の下田原(しもたばる)貝塚(先史時代 前2000〜前1000年)は、沖縄考古学の本格的な出発地となった重要な遺跡であり、また先島諸島(さきしましょとう)における先史時代の標式遺跡でもあります。遺跡は、波照間島の北岸、琉球石灰岩をおおう赤土(島尻マージ)上に堆積した砂丘上に立地し、柱穴や炉跡、石敷遺構や溝状遺構が確認されたことから集落跡であるとかんがえられます。土器にくわえて、磨製石斧(ませいせきふ)や石錐(せきすい)などの石器ともに貝や骨でつくられた利器や装身具が多数出土しました。

縄文時代以後は、日本列島は、北海道の続縄文文化、本州・四国・九州の弥生文化、琉球列島の貝塚文化(先史文化)というようにことなる文化のあゆみがはじまり、「南島」ともよばれる琉球列島では、海のめぐみを生かし、海を通じた交易のもとで独自の文化が発展しました。

第4展示室(E)では、人々の姿と祈りの形をとおして琉球の精神文化についてかんがえます。

奄美から八重山へ、約1000キロにわたって島々がつらなり、人びとの生活や習俗は自然環境からの影響を受けつつ、土地に根ざした独自の宗教観をうみだしました。

沖繩の祭りのおおくは旧暦にもとづいておこなわれ、那覇から約430キロ南に位置する小浜島では、毎年旧暦9月、10月の戊の巳、亥の日から4日間にわたって結願祭がおこなわれます。結願祭とは、その年1年間の祈願の成就を神に感謝し、その願いを解く行事であり、正日(しょうにち)とよばれる祭りの2日目には、北の村から弥勒(めーらく)、南の村から福禄寿(ふくるくじゅ)の神があらわれて、奉納芸能がおこなわれます。

また首里城は、15世紀初頭以来、琉球の拠点として政治行政の中心であっただけでなく、王国の祭祀儀礼や祈りの場としての聖地でもありました。

海とゆたかな自然は、しまの人びとにとって恵みであり、畏れでもあります。海の彼方や海底、山や森など、人間のすむ世界とは別の世界を「ニライカナイ」とよび、来訪神がもたらす豊穣に人びとは感謝し、人生の折目には無事と幸福を祈願します。この日々の祈りこそ、琉球・沖縄文化の支柱です。

なかでも女性が祭祀を司るという特徴は、姉妹が兄弟を霊的に守護する「おなり神信仰」に通じるともいわれています。美意識にくわえて宗教観も琉球の風土にふかく関係しており、地域の個性があらわれます。

第5展示室(F)では、琉球・沖縄の未来についてかたります。

1879年の琉球処分後、沖縄は、日本への同化が急速にすすみましたが、伊波普猷(いはふゆう)の『古琉球』を手はじめに、琉球史や独特の文化事象など、沖縄への眼差しがふかめられ、沖縄学が確立され、そのながれが、琉球・沖縄文化の保護活動へとつながっていきます。

2015年からは、うしなわれた琉球王国の文化遺産を復元するとりくみがおこなわれ、先人の知恵と真筆にむきあい、「手わざ」(手仕事による高度な技)を未来へつなぐ努力がなされています。

琉球・沖縄の略史
  • 前5000 琉球列島で土器がつかわれはじめる。
  • 前3000 九州以北の縄文文化との交流がみられる。
  • 前1200 先島で、独自の土器(下田原式)の文化が展開する。
  • 1世紀 先島で、シャコガイ製貝斧がおおくつかわれる。
  • 8世紀 日本の律令国家が南島経営にのりだす。
  • 11世紀 琉球列島に、カムィヤキ・滑石製石鍋などが流通する。各地に按司がうまれ、拠点としてのグスクがきずかれはじめる。
  • 13世紀 大型グスクが出現する。
  • 14世紀末 首里城がきずかれる(最古の遺構)。
  • 1404 明の冊封使がはじめて来琉し、中山王武寧を冊封する。
  • 1416 尚巴志が山北をほろぼす。
  • 1429 尚巴志が山南をほろぼし、第一尚氏が琉球を統一する。
  • 1470 金丸(尚円)がクーデターを起こし王位に就く(第二尚氏時代がはじまる)。
  • 1531 『おもろさうし』第一集が編纂される。
  • 1592 豊臣秀吉が、朝鮮出兵の軍役を琉球に課す。
  • 1609 島津氏が琉球に武力侵攻する。
  • 1634 江戸幕府に、慶賀使・謝恩使をはじめて派遣する。
  • 1872 維新慶賀使を東京に派遣する。尚泰が「琉球藩王」とされる。
  • 1879 明治政府が「琉球藩」を廃し、沖縄県を設置する。
  • 1911 伊波普猷が『古琉球』を出版する。
  • 1945 沖縄戦。
  • 1972 沖縄が日本に復帰する。
  • 1975 沖縄国際海洋博覧会が開催される。
  • 1992 首里城正殿が復元される。
  • 1993 NHK大河ドラマ「琉球の風」が放送される。
  • 2000 「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界文化遺産に登録される。
  • 2006 琉球国王尚家関係資料が国宝に指定される。
  • 2019 首里城正殿一帯が焼失する。
  • 2021 「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産に登録される。
  • 2022 首里城正殿の再建工事がはじまる。

琉球・沖縄の歴史をみると、前5000年頃から土器がつかわれはじめ、その前は「旧石器時代」、その後は「貝塚時代」とよばれ、旧石器時代と貝塚時代に先史時代は区分され、貝塚時代は、日本本土の縄文時代に相当します。そして11世紀に「グスク」ができはじめてからは「グスク時代」になり、15世紀に第一尚氏が琉球を統一してからは「琉球王国時代」になります。

こうしてみるとここには、日本本土の弥生時代に相当する時代がすっぽりぬけていることがわかります。実際、弥生文化の痕跡はほとんどみつからず、弥生文化の最大の特徴である水田稲作がほとんどおこなわれていませんでした。琉球には、石灰岩がおおい地質など、稲作にはむかない自然環境があり、稲作文化つまり弥生文化はひろまりませんでした。

これらのことから、琉球・沖縄の文化は、貝塚時代の文化(縄文文化)の面影を今でもつよくとどめているのではないだろうかという仮説がたてられます。

人類学の研究成果をみても、弥生時代になってから稲作農耕民族が朝鮮半島から日本へ移住してきましたが、日本列島の南と北つまり辺境には縄文文化がのこったことがわかります。

縄文土器は、沖縄から北海道まで日本列島全域にわたってみつかっており、縄文文化は、日本の基層文化であるとかんがえられ、したがって琉球・沖縄の文化は、日本文化を理解するために欠かせない文化であり、琉球・沖縄から、日本の基層文化そして日本人の深層にアプローチできるはずです。

琉球では、11世紀からグスクがあらわれ、グスクには岩があり、森があり、神を祀る場所があり、もともとはそれは城ではなく「聖域」という意味であり、実際、城ではないグスクがたくさんあります。たとえば「御嶽(うたき)」とよばれる崇拝の対象となっている森や墓地、人びとが日常生活をおくっていた場所などもグスクとよばれ、御嶽は、祖先や守護神をおがむ村の森のなかの神聖な場所であり、「ノロ」とよばれる女性が宗教的儀式をおこなっていました。世界遺産に登録された「斎場御嶽(せーふぁうたき)」は琉球のなかでももっとも格式のたかい御嶽としてしられます。琉球の古代歌謡集『おもろさうし』をみても、グスクは霊のいる森であり、国王の姉妹であり最大の聖女である「聞得大君(きこえおおぎみ)」が神に祈って、国王のために霊力を賜わる聖所であることがわかります。明治時代になって国家神道政策で各地に神社がたてられるようになってからも、おおくの民衆の信仰にささえられて御嶽は今日にいたっています。

1470年になると、第二尚氏の時代がはじまります。その繁栄の基礎をつくった名君・尚真(1477年に即位)は、固有信仰に根ざす神女たちを国家的に再編し、聞得大君を頂点とする宗教組織をととのえ、王の姉妹(のちに王妃)が聞得大君になりました。土着の宗教が組織化され国家統一が強固になりました。

第二尚氏の時代には、北は日本、西は中国、南はタイ・ジャワまで、琉球の船はでかけていって交易をおこない、この大航海時代に琉球王国はとても発展しました。この大航海を、背後からささえていたのが聞得大君以下の女神たちでした。

琉球の首府・首里の南東には太陽の出づる島・久高島(注2)があり、聞得大君は、「久高詣(くだかもうで)」を年に一度しなければなりませんでした。沖縄の神話では、「ニライカナイ」からやってきた神が最初にこの久高のカベール浜におりられたといい、また穀物など(ムギ・アワ・キビ・アズキ・クバ・アザカ・ススキ(コメは無い))の種がながれついたのもこの島のイシキ浜でした。久高島は神の島であり、12年に一度おこなわれる「イザイホー」という祭りがあり、それは今日までつたわります。

琉球のおおくの祭りがそうであるように、イザイホーも、女が主役の神事であり、男は立ちいり禁止、女たちも、御嶽でしたことを男たちにかたることは禁じられています。琉球には、日本本土ではなくなってしまった女だけの神事がたくさんのこっており、母系社会の伝統がみられます。

歌謡集『おもろさうし』をみても男女の関係がはっきりします。男は、危険をおかして海にでておおくの幸をもってかえり、女は家にいて、その魂は鳥になって男の船の安全を必死でまもります。それが「おなり神」(姉妹)と「ゑけり」(兄弟)との関係の基本であり、それが同時に、聞得大君と国王との関係であり、ここでは女の方が上位であり、宗教的な力をもつ女によってはじめて、男は安全にいきることができます。

このようなことから、母系社会の伝統が琉球には息づいているとみることができるでしょう。

社会学者は、「日本は双系社会である」といい、それは母系が、父系とおなじような力をもっている社会であり、琉球の文化をみると、日本の双系社会には、縄文時代からつづく伝統がいかされているのではないかとかんがえられ、現代日本人の独特な行動様式もこのような観点から理解できます。

以上みてきたように、琉球は万国津梁(ばんこくしんりょう)、アジアの架け橋であり、第二尚氏の時代に大発展し、母系社会の伝統がその背後にあります。先史時代(貝塚時代)からの文化は人びとと祈りのなかに今でも息づいています。

琉球の文化は、日本の基層文化をわたしたちにつたえるわけですが、その文化は、人類のふるい文化の名残をとどめる重要な文化とみることもできるでしょう。環境破壊と人心荒廃をもたらす現代の「機械文明」を「いのちの文明」に転換するヒントもここに潜在しています。

今回の特別展では、はなやかな第1・第2展示室をみたあとに、素朴で精神的な第3・第4展示室をみて、歴史の背後にある母系の伝統をしることができました。とくに、第3展示室と第4展示室が隣接(連続)していることが重要であり、こうして国家の繁栄とそれをささえる精神文化がわかります。このような認識があってこそ、琉球にとどまらず、未来への展望がひらけるのではないでしょうか。

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垂直軸をつかって海の生物を整理する - 沖縄美ら海水族館 –
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梅原猛『日本の深層』をよむ(その1. 東北の旅)
梅原猛『日本の深層』をよむ(その2. 熊野)
3D 三内丸山遺跡
特別展「先住民の宝」(国立民族学博物館)1 - アイヌ –
弥生人と日本人 - 企画展「砂丘に眠る弥生人 - 山口県土井ヶ浜遺跡の半世紀 -」(国立科学博物館)-
日本の重層文化 - 東北歴史博物館 –

▼ 注1
沖縄復帰50年記念 特別展「琉球」
会場:東京国立博物館・平成館
会期:2022年5月3日 ~2022年6月26日
特設サイト

※ 九州会場
会場:九州国立博物館
会期:2022年7月16日〜9月4日

▼ 注2:久高島の位置

▼ 参考文献
東京国立博物館・九州国立博物館・NHK・NHKプロモーション・読売新聞社編集『沖縄復帰50年記念 特別展 琉球』(図録)、NHK・NHKプロモーション・読売新聞社発行、2022年5月3日
楳澤和夫著『これならわかる沖縄の歴史Q&A〔第2版〕』大月書店、2020年
宮城弘樹著『琉球の考古学 旧石器時代から沖縄戦まで』敬文舎、2022年
行田稔彦著『いまこそ、沖縄 沖縄に親しむ50問50答』新日本出版社、2014年
梅原猛著『梅原猛著作集7 日本冒険(上)』小学館、2001年
梅原猛著『梅原猛著作集8 日本冒険(下)』小学館、2001年

3D「宝石」(国立科学博物館) – 自然と人間の合作 –

火成作用・熱水作用・変成作用などによって原石(鉱物)がうまれます。人間が加工してジュエリーになります。文化的な価値がうまれます。

特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」が国立科学博物館で開催されています(注)。多種多様な宝石と、それらをつかった豪華絢爛なジュエリーを科学的・文化的な切り口から展示・解説しています。

ステレオ写真は交差法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

第1展示室 原石の誕生
第2展示室 原石から宝石へ
第3展示室 宝石の特性と多様性
第4展示室 ジュエリーの技巧
第5展示室 宝石の極み

特別展「宝石」マップ
会場マップ
宝石の原石がうまれた場所
宝石の原石がうまれた場所
ダイヤモンド
(南アフリカ産)
ダイヤモンド
(南アフリカ産)
ダイヤモンド(南アフリカ産)
ダイヤモンド
(南アフリカ産)
ペリドット(かんらん石)(米国アリゾナ州産)
ペリドット(かんらん石)
(米国アリゾナ州産)
パイライト(黄鉄鉱)(米国カリフォルニア州産)
パイライト(黄鉄鉱)
(米国カリフォルニア州産)
アマゾナイト(微斜長石)(米国コロラド州産)
アマゾナイト(微斜長石)
(米国コロラド州産)
アメシスト(紫水晶)ドーム(ブラジル産)
アメシスト(紫水晶)ドーム
(ブラジル産)
ガーネット(灰鉄石榴石)(イタリア産)
ガーネット(灰鉄石榴石)
(イタリア産)
トルコ石
トルコ石
パビリオンカット
パビリオンカット
サファイア
サファイア
ルビー(ピジョン・ブラッド)
ルビー(ピジョン・ブラッド)
パイライト
パイライト
葡萄の葉のクリップ(イエロー・ゴールド、プラチナ、ミステリーセットルビー、ダイヤモンド)
葡萄の葉のクリップ
(イエロー・ゴールド、プラチナ、ミステリーセットルビー、ダイヤモンド)
苺のブローチ(ルビー、デマントイド・ガーネット、サファイア、ダイヤモンド)
苺のブローチ
(ルビー、デマントイド・ガーネット、サファイア、ダイヤモンド)
カメオ(山頂で教えるイエス)
カメオ(山頂で教えるイエス)
ダイヤモンド・リング
ダイヤモンド・リング
ダイヤモンドのネックレス・ブローチ・ピアス
ダイヤモンドのネックレス・ブローチ・ピアス

宝石の原石は、高温高圧下にある地下ふかいところで形成された鉱物であり、それらがふくまれる岩石「母岩」をしらべることによって原石ができる過程がわかります。母岩は、火成岩・熱水脈・ペグマタイト・変成岩におおきくわけられます。

ダイヤモンドやペリドット・サンストーンなどは火成岩を母岩とし、火成岩はマグマがひえてかたまった岩石であり、火成岩からみつかる原石は、地下にできた高温のマグマ(800〜1200℃)がかたまる過程で結晶化します。マグマの成分や結晶化するふかさなどにより多種多様な原石がうまれます。

ダイヤモンドの原石は、キンバーライトという特殊な火成岩からみつかります。高温高圧でなければ生成できないためおおくのダイヤモンドは、マントルの約150kmよりもふかいところでうまれ、マグマによって地表付近にはこばれるとかんがえられます。

アメシストやロッククリスタル(水晶)・オパール・マラカイトなどは熱水脈(または熱水鉱脈)からみつかる代表的な原石です。熱水脈(または熱水鉱脈)は、地下ふかくに存在する100℃をこえる高温の水(熱水)が岩盤の割れ目などをとおって上昇した跡であり、熱水にとけこんでいた物質が温度・圧力の低下とともにさまざまな鉱物となって隙間に沈殿・充填します。

トパーズやトルマリン・アクアマリンなどはペグマタイトからみつかることがあり、ペグマタイトとは、おおくの揮発性成分(水やガス)をともなうマグマがかたまった特殊な火成岩です。マグマの冷却がすすんでも最後までかたまらずにのこった「マグマの残りかす(500〜800℃)」では、揮発性成分が濃集して粘性が低下していたり分離して気泡になったりして元素が移動(拡散)しやすくなり、おおきな結晶ができやすくなります。揮発性成分としてフッ素やホウ素がおおくふくまれるとトパーズやトルマリンなどの原石ができます。

ルビーやエメラルド・ひすい・ガーネットのような濃い色の原石は変成岩からみつかる原石の代表です。変成岩は、プレート運動により地下ふかくにはこばれたり、高温のマグマに接触したりして既存の岩石が熱や圧力で再結晶してできた岩石です。地下深部の岩石中でゆっくり再結晶化がおこり、隙間がないためおおきな結晶ができることは滅多にありません。

このようにしてできた鉱物は、地表に露出した原石に人間が気がつくことで発見され、その後、地下の鉱床を探査し採算性を計算してから、採掘の形態(露天掘りや坑道堀など)がきめられます。よい原石がえられれば、成形と研磨の工程、すなわち「カット」によって宝石になります。カットのできばえが、原石の品質におとらないほど宝石の価値を左右し、宝石の特性をひきだし、良質部分だけをのこすようにカットし磨きをかけることで宝石の価値がたかまります。

カットのスタイルには、多数の研磨面(ファセット)でかこまれた多面体にしあげる「ファセットカット」と、ファセットをつけないタイプの2つに大別され、ファセットカットは、石のなかにはいった光をファセットで反射させることで最大限にかがやかせる方法であり、透明度がたかい原石に一般的に適用されます。これに対して、ファセットをつけないカットは、半透明から不透明な原石の色や艶をいかしたり、光の筋をうきたたせたりするのに適しています。

ファセットカットのなかでも、無色透明なダイヤモンドの輝きときらめきを最大限にひきだすためにデザインされたのが「ラウンドブリリアントカット」です。ダイヤモンドの屈折率を考慮し、上面からはいったすべての光が内部で反射して上にもどってくるように設計された58面のファセットから構成されます。ダイヤモンドは、当初は、カットや研磨のないまま珍重されましたが、14世紀頃には、ダイヤモンド粉末でみがく技術が発展し、17世紀なかばから18世紀はじめにかけてブリリアントカットの原型が発明されておおくの人々魅了するようになります。現在も、原石をスキャンしてカットの仕上がりをシミュレーションしたり、レーザーをつかってカットしたりするなど、研磨技術の進歩がつづいています。

宝石の輝きは光の反射によるものであり、透明な板ガラスとおなじように、透明な宝石のファセットに対して斜めにさしこむ光は反射します。ダイヤモンドは屈折率がたかいため反射がおおくなります。おおくの宝石が無色にかがやく七色にきらめいてみえるのはプリズムにように光が七色に分解されるからであり、この現象を「光の分散」とよび、光の波長によって屈折率がわずかにちがうことが原因です。分散の程度は透過する物質によってことなり、ダイヤモンドは光の分散がおおきいため、透過した光はあざやかな七色の光にわかれてきらめき、それは「ファイア」ともよばれます。

カットされた「ルース(みがいた石)」は貴金属でできた「ベゼル(台座)」におさめることで「ジュエリー(宝飾品)」となります。ベゼルには、宝石をひきたてる役割とともに強度や耐久性・耐食性などももとめられ、ゴールドやプラチナなどが素材としてつかわれ、ルースを固定する技法(セッティング)にも工夫がこらされ、芸術的なデザインと融合することで宝石の価値がたかまります。

古代の人々は、願いや祈りのような宗教的な意味合いをもたせ、お守りや魔除けとして宝石をつかいました。その後、国家の時代になると、王侯貴族の権威の象徴として、ジュエリーはなくてはならないものになりました。

たとえばコロンビア産エメラルドは、ナポレオン帝政期からロマン主義時代を通じてたかいステータスをほこり、中東やインドの富豪がきそって破格の高値をつけるほどの希少品であり、その威風と優美で周囲を圧しました。

「ダイヤモンドのコルサージュ・オーナメント」(1879年頃)は、オーストリア・ハプスブルク家とスペイン・ブルボン家の豪華絢爛の宮廷趣味が融合した希有な伝承品であり、近代宝飾ではありえないおおきさと品質をほこる宮廷宝飾として史的価値を有します。オーストリア大公の家門にうまれ、スペイン国王アルフォンソ12世の王妃となったマリア=クリスティナ(のちに女王)が国家の威信の象徴として着用しました。

「ヴィクトリアン・ダイヤモンドのリヴィエール・ネックレスとブレスレット」(1890年頃)は、グラデーションで中央から配した34個のダイヤモンドは計130カラット(1カラット=0.2グラム)、ブレスレットに配した16個のダイヤモンドは計32カラット、総162カラットという威容をほこります。「リヴィエール」とはフランス語で「川」を意味し、ダイヤモンドの壮麗な輝きがながれるようにつらなり、旧来のローズカットにかわるブリリアントカットにより輝度が増幅されたことから、ほかの意匠を凌駕してネックレスの王座に君臨することになり、英国王室の戴冠式や日本の皇室の婚儀といった重要な儀式にもちいられます。

以上のように、鉱物にみがきをかけ、ジュエリーにしたてることによってあらたな価値がうまれ、それを身につけることによって権威を象徴したり、特別な日にアクセントをつけたりすることができます。

このようなジュエリーは人間がつくりだしたものですが原材料は天然素材であり自然がつくったものです。したがってそれは自然と人間の「合作」とかんがえたほうがよいでしょう。

ここで、人間が原石を採取することはインプット、加工することはプロセシング、ジュエリーをつくりだすことはアウトプットといいかえることもでき、こうして宝石の輝きはアウトプットとなり、メッセージを他者へつたえます。アウトプットをすることによって、単なる美の追求にとどまらず、社会的な意味と価値がうまれます。したがってプロセシングでは、素材をみがいて潜在的な輝きを増幅させるという過程がとても重要です。このようなことをくりかえすことで宝石の文化が発展しました。

今回の特別展では、原石(鉱物)とジュエリーを対比させてみることができ、自然環境と人間の合作という観点から文化をとらえなおすことができました。このような仮説をたてると、ジュエリー以外にも合作はいたるところにあることがわかります。料理もそうです。道具もそうです。技術もそうです。実は、あらゆるものが合作でした。

これを機に、合作の方法をあらためてみなおし、自然と共生し、あらたな文化を創造していきたいものです。

▼ 関連記事
〈人間-文化-自然環境〉系 - 企画展「ビーズ - 自然をつなぐ、世界をつなぐ -」(国立科学博物館)-

▼ 注
特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」
会場:国立科学博物館(地球館 地下1階 特別展示室)
会期:2022年2月19日~ 6月19日
特設サイト

※ 名古屋会場
会場:名古屋市科学館(理工館地下2階イベントホール)
会期:2022年7月9日~ 9月19日

▼ 参考文献
宮脇律郎・門馬綱一・西本昌司・諏訪恭一監修・執筆『特別展 宝石 地球がうみだすキセキ』(図録)、TBS・読売新聞社発行、2022年4月3日
諏訪久子著・宮脇律郎監修『宝石のひみつ図鑑 地球のキセキ、大研究!』世界文化社、2022年
諏訪恭一著・中村淳写真『指輪が語る宝石歴史図鑑』世界文化社、2022年
宮脇律郎・諏訪恭一・門馬綱一・西本昌司著『起源がわかる 宝石大全』ナツメ社、2022年
諏訪恭一著『価値がわかる 宝石図鑑』ナツメ社、2015年

わかりやすい日本語を書く(23) - 題目と対照(1)-

複数の題目語をしめします。対照が明瞭になります。メッセージが的確につたわります。

複数の題目語をしめします。対照が明瞭になります。メッセージが的確につたわります。

今回は、題目と対照の効果について以下の例文をつかって検証します。

例文110
25日は各地で気温が上がり30度以上の真夏日となったところもありましたが、26日は低気圧と前線の影響で九州から東北で大雨になるおそれがあります。(NHK NEWS WEB, 2022.4.25)

例文111
北陸は朝から、関東や東海は昼頃から雨が降りそうです。(tenki.jp, 2022.4.30)

例文112
研究者としては彼女はすばらしいですが、先生としてはそれほどよくありません。(NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号)

例文110
25日は各地で気温が上がり30度以上の真夏日となったところもありましたが、26日は低気圧と前線の影響で九州から東北で大雨になるおそれがあります。

テンの原則「逆順」にしたがってテンをうちます。

  • 25日は、各地で気温が上がり30度以上の真夏日となったところもありましたが、26日は、低気圧と前線の影響で九州から東北で大雨になるおそれがあります。

「25日は」は25日についてのべるならばということであり、「26日は」は26日についてのべるならばということであり、ともに題目語であり、「○○は」とすることによって何についてのべるのか、題目(話題)を提示することができます。

この文では、「25日は、・・・」、「26日は、・・・」とすることによって「25日」と「26日」を対比し、両者の相違をしめしています。題目から対照が派生しています。結果として、大雨にそなえるようにと注意をうながす効果がうまれています。

例文111
北陸は朝から、関東や東海は昼頃から雨が降りそうです。

「北陸」についていうならば「朝から」、「関東や東海」についていうならば「昼頃から」「雨が降りそうです」ということであり、「北陸は」と「関東や東海は」は題目語であり、「○○は」とすれば題目を提示することができます。

この文では、「北陸」と「関東や東海」というように場所を対比させて両者の相違をしめし、結果として、西から天気が次第にくずれることをつたえています。題目から派生する対照の効果をうまくつかっています。

なおつぎのように「○○では」としてもよいです。

  • 北陸では朝から、関東や東海では昼頃から雨が降りそうです。

しかし「○○で」とすると対照の効果がうまれません。

  • 北陸で朝から、関東や東海で昼頃から雨が降りそうです。

「は」ぬけでも文はなりたちますがメッセージはつたわりにくくなります。メッセージを的確につたえるためには「○○は」のつかい方に習熟しなければなりません。

例文112
研究者としては彼女はすばらしいですが、先生としてはそれほどよくありません。

「研究者としては・・・」、「先生としては・・・」のように、「○○は」をつかうことによって対照の効果が生じます。しかしもし、「○○は」をつかわないと対照がうまくしめせません。

  • 研究者として彼女はすばらしいですが、先生としてそれほどよくありません。

英語でも対照をしめせます。

  • As a researcher, she’s brilliant, but as a teacher, she’s not so good.

「As a researcher」と「as a teacher」を対比し、本来は文末にあるはずの語句を文頭におくことによって対照を明瞭にしめすことができます。英語でも対照をしめすことができますが日本語とはやり方はことなります。日本語には英文法はあてはまりません。

なお例文112は、3つの「○○は」があり、題目語は「彼女は」であり、「彼女」についてのべるならば、「研究者としては・・・、先生としては・・・」ということであり、「研究者としては」と「先生としては」は、「彼女」にふくまれる ちいさな題目語、あるいは題目をしめす係り助詞「は」の派生として、対照の係り助詞「は」がつかわれているとみることができます。

  • 太郎が大阪へ、次郞が札幌へいきました。

という文において、「太郎」と「次郞」を対照したければつぎのようにします。

  • 太郎は大阪へ、次郞は札幌へいきました。

「太郎」についていうならば「大阪へ」、「次郞」についていうならば「札幌へ」ということを明瞭にしめせます。

題目と対照のモデル
題目と対照のモデル

題目語が3つあっても同様です。
(カレー屋にて)

  • 三郎はポーク、四郎はビーフ、花子はチキンを注文しました。

「○○は」とすることによって、「三郎」、「四郎」、「花子」それぞれの違いを明瞭にしめせます。

つぎのような会話もよくききます。
(食堂にいって)

  • 春子「わたしは親子丼にする」
  • 五郎「おれはカツ丼だ」

「わたし」と「おれ」が題目であり、対照をなしています。

題目をきめるということは話題の範囲をきめることであり(対象を限定することであり)、ほかとの違いがおのずと暗示され、複数の題目語は対照をなします。「○○は、・・・(が)、○○は、・・・」が基本の形です。

▼ 関連記事
日本語の作文法(日本語の原則)

わかりやすい日本語を書く(16) - プロセシング→アウトプット –
わかりやすい日本語を書く(17) - ながい修飾語ほど先に –
わかりやすい日本語を書く(18) - テンの原則「ながい修飾語」-
わかりやすい日本語を書く(19) - テンの原則「逆順」-
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わかりやすい日本語を書く(23) - 題目と対照(1)-

「○○は」によって題目をしめす - 学問の自由は保障する –
「は」と「が」をつかいわける - 川本茂雄『ことばとこころ』-
三上章 『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』をよむ
日本語法を理解する - 三上章『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』-

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

take, go, come, be, give, get -「基本動詞 ②」(NHK ラジオ英会話, 2022.05)-

心のなかにイメージがきざみこまれます。動機づけがたかまり記銘力がつよまります。イメージがふくらみます。

心のなかにイメージがきざみこまれます。動機づけがたかまり記銘力がつよまります。イメージがふくらみます。

Lesson 21 take の基本イメージ・「選択」

I’ll take these.

take のイメージは「手に取る」です。

Lesson 22 take のイメージは広がる

Let me take your temperature.

temperature という情報を「取る」というニュアンスでつかわれます。

Lesson 23 take の「受け入れる」

I’ll take your advice.

take の「手に取る」うごきはそのあと、「手に取ったものを自分のほうに引き寄せるしぐさ」があり、「受け入れる」というニュアンスが生じます。

Lesson 24 take の「かかる・必要とする」

It’ll only take 15 minutes or less if we walk fast.

take の「手に取る」は「手に取って使う」につながります。

Lesson 26 take の「持っていく・連れていく」

Can you take me to Stonehenge?

「ひょいと手に取ってどこかに持っていく」というイメージです。

Lesson 27 go の基本イメージ

I really have to go.

go のイメージは「元の場所から出ていき進んでいく」です。

Lesson 28 go の「進行」

It goes like this . . .

「元の場所から出ていき進んでいく」イメージです。

Lesson 29 come の基本イメージ

Nothing comes to mind.

come のイメージは「やってくる」であり、何かがこちらにちかづいてくる様子をイメージします。

Lesson 31 come の方向・go の方向

I’ll come and pick you up at the station.

英語には、会話で焦点があたっている場所(話題の中心になっている場所・相手のいる場所)を基準に go あるいは come をえらぶつよい傾向があります。ここでは、「相手がいる場所(駅)」が基準となり、そこにちかづく自分をイメージします。

Lesson 32 go の変化・come の変化

Our love’s gone sour.

移動をあらわす表現が状態の移行(変化)をあらわします。go は「元の・本来の・あるべき状態」から離れるうごき、 come はそうした場所にちかづくうごきをあらわすところから、「悪い変化」「よい変化」とざっくりかんがえてもよいです。

Lesson 33 be 動詞

(Is) everything OK?

be 動詞が省略されていました。時折省略されることが be 動詞の特殊性をものがたっており、be 動詞は実質的な意味をもたない単なる「つなぎ(=)」です。

Lesson 34 give のイメージ

This place gives me a strange feeling.

give は、何らかのものが何かから単に「出てくる」状況をイメージする動詞です。

Lesson 36 get の基本イメージ

I got the idea to actually eat here.

get は「(動いて)手に入れる」というイメージ、「動き」のニュアンスがいつも感じられます。get は一般動詞の中でもっとも汎用性・頻度がたかい「大物」です。

Lesson 37 get の「動き」

I’ll finally get to see the Pyramids!

get は、「(動いて)手に入れる」から「動き」一般へ意味をひろげています。

Lesson 38 get の「変化(~になる)」

Let’s get going.

get の「動き」は「変化」につながります。まわりの状況に触発されて、「(ジッとしていないで)もう行くことにしよう」といった、「動き出す」変化の感触がくわわっています。

Lesson 39 get の目的語説明型

I got Frankie to do it.

to 不定詞をつかった目的語説明型で get がつかわれています。矢印(→)を to で連想します。get が、Frankie を to 以下の行為に「押している」感触を意識します。

take のイメージは「手に取る」(図1)、go のイメージは「元の場所から出ていき進んでいく」、come のイメージは「やってくる」、give のイメージは、何らかのものが何かから「出てくる」(図2)、get のイメージは「動いて手に入れる」です(図3)。このような状況をイメージできれば日本語訳からおのずと解放され、動詞の力を手にすることができます。

take
図1 take のファイル
(Lesson 23 の図を改変)
図2 give のファイル
(Lesson 34 の図を改変)
図3 get のファイル
(Lesson 36 の図を改変)

たとえば take は、目の前にあるものを体をうごかさずに手にとるイメージですが、get は、そうではないことがすぐにわかります。「I’ll take a taxi.」と「I’ll get a taxi.」をくらべると、take は、タクシーを「選び取る」感触がありますがそこには動きはありません。一方、 get は、その場にいないタクシーを「捕まえてくる」という動きのニュアンスがあります。get は、「動き」一般をあらわすため、非常にたかい頻度でつかわれる「大物」です。

get started, get angry, get wet, get warmer, get drunk, get married, get excited, get disappointed など。

このように、イメージをつかえば直観的に理解でき記憶できます。時間も労力もいりません。そうではなく、イメージをつかわないで苦労していると潜在意識が拒絶反応をおこしてうまく記憶できません。

ラジオ英会話のテキストには、わかりやすいイメージ(絵)がいくつもでており、これらをみていれば単語が自在につかえるようになります。上記のようなファイルとして記憶しておけば、いくつものファイルをくみあわせたり体系化したりすることもできます。こうして、英語あるいは言葉に対する興味・関心がつよくなり学習の動機づけがあがり、記憶の第1段階で必要な記銘力が非常につよまります。

▼ 関連記事(2022年度 NHK ラジオ英会話)
make, have, put, leave -「基本動詞 ①」(NHK ラジオ英会話, 2022.04)-
take, go, come, be, give, get -「基本動詞 ②」(NHK ラジオ英会話, 2022.05)-
run, look, watch, see, listen, hear, taste, talk, say, tell, think, believe, know, wonder, find -「基本動詞 ③」(NHK ラジオ英会話, 2022.06)-

▼ 関連記事(2019年度 NHK ラジオ英会話)
前置詞をイメージする -「英単語は日本語訳では語れない」(NHK ラジオ英会話, 2019.04)-
言葉とイメージ -「前置詞のイメージの完成」(NHK ラジオ英会話, 2019.05)-
イメージをうごかす -「基本動詞の征服 ①」(NHK ラジオ英会話, 2019.06)-
イメージと文型のシンクロナイズ -「基本動詞の征服 ②」(NHK ラジオ英会話, 2019.07)-
プログラムにしたがって練習する -「基本動詞の征服 ③」(NHK ラジオ英会話, 2019.08)-
類語をおぼえる -「基本動詞の征服 ④」(NHK ラジオ英会話, 2019.09)-
スキットを想像する -「基本動詞の征服 ⑤」(NHK ラジオ英会話, 2019.10)-
印象をつかう -「基本形容詞」(NHK ラジオ英会話, 2019.11)-
単純なイメージで本質をつかむ -「基本副詞・名詞(可算・不可算)」(NHK ラジオ英会話, 2019.12)-
イメージして、言葉でアウトプットする -「限定詞・助動詞・時表現」(NHK ラジオ英会話, 2020.01)-
メッセージをうけとり、メッセージをつたえる -「大きな『単語』:定型表現 ①」(NHK ラジオ英会話, 2020.02)-
心にしみわたるコミュニケーション -「大きな『単語』:定型表現 ②」(NHK ラジオ英会話, 2020.03)-

▼ 関連記事(テレビ英会話)
ファイルのしくみ -「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」(NHK Eテレ)-
イメージと言葉をむすびつける - DVD「おとなの基礎英語 Australia」(1)-
イメージと言葉をむすびつける - DVD「おとなの基礎英語 Australia」(2)-
キー・イメージ - DVD「おとなの基礎英語 Australia」-
イメージして言う - 『おとなの基礎英語 Season3』(NHK テレビ DVD BOOK)-

▼ 参考文献
『NHK ラジオ英会話』(2022年5月号、NHK テキスト)NHK 出版、2022年

▼ CD
『NHK CD ラジオ英会話』(2022年5月号)

▼ 関連教材

(冒頭写真:イングランド、ストラトフォード・アポン・エイヴォン駅(Stratford-upon-Avon station)、1999年 撮影)

本庶佑・立花隆『がんを消す免疫薬の真実』 - がん研究の論理 –

免疫のはたらきをおさえこむ分子を発見しました。その分子をブロックする薬をつくりました。その人がもともともっている免疫力をつかってがんをやっつけます。

免疫のはたらきをおさえこむ分子をみつけました。その分子をブロックする薬をつくりました。その人がもともともっている免疫力をつかってがん細胞をやっつけます。

本庶佑・立花隆著『がんを消す免疫薬の真実』(文春e-Books)ががんの免疫療法についてわかりやすく解説しています。現在、「日本人の2人に1人は一生のうちに何らかのがんにかかる」(国立がん研究センター、注)といわれており、がんは、誰にとっても身近な病気であり、その治療法をしるために本書は必読の書といってよいでしょう。

細胞のがん化を招く遺伝子の突然変異(ミューテーション)は想像以上に起こりやすいものなんです。(本庶佑)

これまでの生命科学的な研究により、遺伝子の突然変異によりがん細胞が生じることがあきらかになっており、突然変異は、生命科学者がこれまでおもっていた以上におこりやすい現象のようです。

しかし一方で、人間だれもが免疫系をもっています。

大部分のがん細胞はできたらすぐに免疫系に殺されていると考えていいと思います。僕は七十四歳ですが、この年まで体の中にがん細胞が一度もできなかったわけがない。たくさんできたはずだけれども、幸いにして免疫系が、がん細胞が増えないうちに処理していたのだろうと思います。(本庶佑)

突然変異がおこるとその細胞は、自己ではなく異物として認識され免疫系がはたらきます。細胞ががん化したら免疫系がそれに対応し、がん細胞はただちにころされます。

しかしそれにもかかわらずがんが発症することがあります。免疫系がはたらくはずなのになぜか機能せずがんになります。

がんという病気は現実に存在する。ということは、がん細胞が免疫系の力を抑え込む仕組みをどこかの時点で獲得するからだろう、と前々から考えられていたわけです。(中略)

その仕組みに関わっていると考えられるのが、われわれが二十四年ほど前に発見したPDー1という分子なのです。(中略)

PDー1をブロックする薬はがんに絶対効くはずだ。(本庶佑)

本庶佑さんらは、免疫のはたらきをおさえる「ブレーキ」役となる物質「PDー1」をつきとめ、これをブロックすればがんに対して免疫がはたらくようになるはずだとかんがえ、PDー1をブロックする治療薬「ニボルマブ」の開発にこぎつけました。

そして臨床試験をおこないました。

臨床試験開始後、一年後まで生きていたのは、ニボルマブを投与された患者で七〇%、抗がん剤では四〇%以下でした。ニボルマブ投与では一年四カ月後でも生存率はほぼ横ばいの七〇%。それに対して抗がん剤を投与された患者の生存率は二〇%を切ってしまった。(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン、2014年11月)

このような臨床試験がくりかえされ、えられたデータによりニボルマブががんにきくことが実証されました。従来の抗がん剤におおきな差をつけました。

こうして2018年、ノーベル医学・生理学賞の受賞となったわけです。

本庶佑・立花隆著『がんを消す免疫薬の真実』は、「文藝春秋」2016年5月号に掲載された両氏の対談を再構成したものであり、画期的な免疫療法の発見と新薬開発までの過程を貴重なエピソードをまじえてわかりやすく簡潔に解説しています。

本書で解説された研究を論理的に整理するとつぎのようになります。

生命科学者のこれまでの研究により、遺伝子の突然変異によりがん細胞が生じるという事実があきらかになっていました。しかし人間だれしも免疫系をもっており、それによってがん細胞は通常は消滅します。それにもかかわらずがんという病気があるのは、免疫系の力をがん細胞がおさえこむ仕組みをもっているからではないだろうかと本庶さんらはかんがえました。

  • 事実:突然変異によりがん細胞が生じる。
  • 前提:人間だれしも免疫系をもっている。
  • 仮説:免疫系の力をおさえこむ仕組みをがん細胞がもっているのではなだろうか。

〈事実→前提→仮説〉とすすむ論理は仮説法です。

そしてもし、この仮説がただしいとすると、免疫系の力をおさえこむ物質(ブレーキ役の物質)をつきとめて、それをブロックする薬を開発すればがんにきく(がん細胞に対して免疫系がはたらくようになる)だろうと予想しました。

  • 前提:人間だれしも免疫系をもっている。
  • 仮説:免疫系の力をおさえこむ仕組みをがん細胞がもっているのではなだろうか。
  • 予想:免疫系の力をおさえこむ物質(ブレーキ役の物質)をつきとめ、それをブロックする薬を開発すればがんにきくだろう。

〈前提→仮説→予想〉とすすむ論理は推論であり演繹法です。

臨床試験をおこなったところ予想がただしかったことがデータによってしめされました。予想が事実になりました。仮説が実証されました。このように仮説をたて推論し急所にいどむのが科学的方法であり、「PDー1をブロックする薬はがんに絶対効く」という本庶さんの確信にそれが象徴的にあらわれていました。

PDー1は、免疫細胞のはたらきに「ストップ」を命じるブレーキのような機能をもつ分子であり、PDー1をブロックする薬がニボルマブであり、日本では、2014年7月に薬事承認され、商品名「オプジーボ」として同年9月に発売が開始されました。

これは、その人がもともともっている免疫力をつかってがんをやっつける方法であり、このような免疫療法ががんに効果があることを実証したということはがん治療におけるパラダイムシフトとなりました。

今後、データがさらに蓄積していけば、今度は、帰納法によってもっと本質的なことがあきらかになるでしょう。現在、「免疫系・神経系・代謝系が実はつながっている」ことがあきらになりつつあり、「生命体系全体を見る生物学の方向にもう一度立ち帰ることで、面白い研究が出て来そうな気がしています」と本庶さんはのべています。あたらしい生物学が展望でき、このような実践的な研究方法は「アクションリサーチ」といってもよいでしょう。

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「免疫の力でがんを倒す」(Newton 2018.12号)
事実と解釈を区別して認識し、選択する - 科学的に有効な「がん検診」とは?(Newton 2017.2号)-
がん研究の動向に注目する - シリーズ:細胞分裂のふしぎ(4)「不死化細胞 がん」(Newton 2017.4号)-
がんの仕組みと治療法 -「がん治療 最前線」(Newton 2017.8号)-
免疫力をさげない生活をする -「がん免疫療法とは何か」(Newton 2018.4号)-
ストレスをへらす -「免疫力を科学する」(Newton 2018.2号)-

▼ 注
国立がん研究センターの「がん情報サービス」
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がんという病気について

▼ 参考文献
本庶佑・立花隆著『祝・ノーベル賞受賞特別対談 がんを消す免疫薬の真実』(文春e-Books)Kindle版、文藝春秋、2018年

大航海時代がはじまる -「マゼラン世界一周500周年 歴史に名を刻んだ冒険者」(東洋文庫ミュージアム)-

シルクロードの時代がおわり、大航海時代がはじまりました。15世紀から17世紀前半、ヨーロッパ諸国は世界規模の航路をひらき、海外進出・侵略をくりかえしました。非ヨーロッパ世界のおおくが植民地化され、先住民はしいたげられ支配されました。

シルクロードの時代がおわり、大航海時代がはじまりました。15世紀〜17世紀前半、ヨーロッパ諸国は世界規模の航路をひらき、海外進出・侵略をくりかえしました。非ヨーロッパ世界のおおくが植民地化され、先住民は しいたげられ支配されました。

東洋文庫ミュージアム「シルクロードの旅」展に関連して、「マゼラン世界一周500周年 歴史に名を刻んだ冒険者」という小規模な展示もあります(注)。

ステレオ写真は平行法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

『コロンブスの手紙』1493年、バルセロナ刊(1892年ファクシミリ版)
『コロンブスの手紙』
1493年、バルセロナ刊(1892年ファクシミリ版)
『ヴァスコ・ダ・ガマ航海記』
『ヴァスコ・ダ・ガマ航海記』
ヴァスコ=ダ=ガマ、1497-98年(1945年ファクシミリ版)
『マゼランの航海』
アントニオ=ピガフェッタ、1969年(複製)、ロンドン刊
『サー・フランシス・ドレークの西インド諸島への航海』1981年、ロンドン刊
『サー・フランシス・ドレークの西インド諸島への航海』
1981年、ロンドン刊
『コスモス』アレクサンダー=フォン=フンボルト、1845-1858年刊
『コスモス』(全5巻)
アレクサンダー=フォン=フンボルト、1845-1858年刊

『コロンブスの手紙』は、クリストファー=コロンブスらがスペインに帰国した直後に出版された報告書であり、現地の人・風土・地理などについてかかれています。スペイン王室の援助をうけて、コロンブスらは1492年3月、インドを目ざして出航、半年後にバハマ諸島・キューバ・ハイチを発見しました。しかし彼らは、これらの島々をアジアの一部と判断して報告し、新航路開拓の成功をしったスペインはおどろきとよろこびにわきました。いまでは、アメリカ大陸を発見したヨーロッパ人としてコロンブスはひろくしられています。

『ヴァスコ・ダ・ガマ航海記』は、ポルトガルの探検家であったヴァスコ=ダ=ガマの書簡集です。コロンブスらによるインド(実際はアメリカ)到達の報をうけ、ポルトガルは、東まわりでのインド到達を目ざし、1497年にリスボンを出航、アフリカ南端の喜望峰をへて、翌年、インド西南部のカリカット(現コジコード)に到着しました。軍事力を背景に貿易拠点としてそこを支配し、商館を設置しました。その進出方法は、その後のほかのヨーロッパ諸国にも踏襲されました。

『マゼランの航海』は、スペイン王の信任をえて世界周航をしたマゼラン一行の船員のひとりだったアントニオ=ピガフェッタ(1491-1534)がのこした詳細な記録です。マゼラン(1480-1521)はポルトガル出身の航海者であり、モルッカ諸島(香料諸島)に西まわりで到達するルートをさがすため、1519年に、スペイン南西部・サンルカルデバラメダから5隻の船で出航、1520年に太平洋にでて、1521年に、サマール群島(現フィリピン諸島)に到達しました。しかし先住民とのあらそいにより死亡、その後は、いきのこった船員たちが世界周航を達成しました。

『サー・フランシス・ドレークの西インド諸島への航海』は、海賊から、イギリス海軍の中将そして提督になったフランシス=ドレーク(1540頃-1596)が、1585年から86年にかけておこなった西インド諸島への航海の記録です。この航海は、スペインへの報復およびスペイン植民地の襲撃・略奪を目的としていました。ドレークは、1577〜80年には、マゼランにつづき2回目の(イギリス人としてははじめての)世界周航を達成し、1588年の「アルマダの海戦」ではイギリス艦隊副司令官に任命されました。

『コスモス』は、ドイツの地理学者アレクサンダー=フォン=フンボルト(1769-1859)が自然地理学の基礎概念を確立した地理学の古典です。フンボルトは、スペイン国王の援助をうけて中南米を調査し、動植物の生態と環境との関係に注目、当時最新鋭の測定器を使用して観察・計測をおこない、このときの体験にもとづいて『コスモス』をあらわしました。

1492年、コロンブスは、インド(実際はアメリカ)に到達、帰国後ただちに第2回の航海が計画されて1493年に出航、1496年に帰国、そのご第3回(1498~1500年)、第4回(1502~04年)と航海をかさねました。

コロンブスが第3回航海に出航するころ、ヴァスコ=ダ=ガマは、アフリカ南端を回航してインドに到達していました(1498年)。ポルトガルは、宿願だったインド航路発見が実現し、以後、この方面に大船団をおくるようになります。

その後、1501年、ポルトガル王マヌエルが、ブラジルの発見者とされるペドロ=アルバレス=デ=カブラルの報告をうけてアメリゴ=ベスプッチを大西洋西域に派遣、ベスプッチは、コロンブスの到達した大西洋の西の一帯はインドではなく、ヨーロッパ・アジア・アフリカにつぐ「第4の大陸」であることにまちがいないと確信し、ロレンツォ=ピエロ=フランチェスコ=デ=メディチにあてた書簡(1503年)にこの地が「新大陸」であるとしるしました。

新大陸が発見されると、マゼランは、これを西へ回航してインドにいたる航路があるはずだと予想し、1519年に出航しました。コロンブスのアメリカ到達から27年後のことでした。マゼランは途中で死亡しましたが、1522年、いきのこった船員たちは世界一周を達成、地球が球形であることを実証しました。今年は、それから500周年にあたります。

このようにして、ヨーロッパ人の探検航海により地理上の発見がつぎつぎになされ新航路が開拓され、世界のグローバル化がはじまりました。

ここに、陸路から海路へ、ユーラシア大陸から全球へという転換がおこり、これは、シルクロードの時代がおわり、ユーラシア大陸の前近代的文明の時代がおわったことを意味し、ここから、近代文明の成立にむけてあらたなあゆみがはじまります。マゼランは、こうした歴史的転換点に位置づけられます。

しかし「新大陸」にしろ「新世界」にしろ、それらはヨーロッパ人のいいかたであり、ヨーロッパ中心の立場だったのであり、その結果、ヨーロッパ人による非ヨーロッパ地域の植民地化という事態をまねきます。ヨーロッパ人は、侵略・虐殺・収奪・支配をくりかえし先住民をしいたげ、大規模な民族的悲劇をうみだしました。

近代文明は、そのはじまりがそもそもまちがっていたのであり、環境破壊・人心荒廃・戦争を抜本的にはらんでおり、その過ちをかかえたまま現代にいたっています。このような文明をつづけているかぎり今後もうまくいかないことは十分に予想できます。

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「シルクロードの旅」展(東洋文庫ミュージアム) – ネットワーク共鳴説 –
認識の空間を拡大してきた歴史をみる -『世界の地図の歴史図鑑』(1)-
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アンデスの悲劇 - 古代アンデス文明展(国立科学博物館)-
特別展「先住民の宝」(国立民族学博物館)3 - 世界各地の先住民 –
「奴隷たちが生んだ反逆の祝祭」(ナショナルジオグラフィック 2019年2月号)-
中心のない世界観 - 日本科学未来館「ジオパレット」(オーサグラフ世界地図)-
認知革命、農業革命、科学革命 - ハラリ『サピエンス全史』-

▼ 注
会場:東洋文庫ミュージアム1階・オリエントホール
会期:2022年1月26日〜5月15日

▼ 参考文献
本多勝一著・谷川明生写真『マゼランが来た』朝日新聞社、1989年

「シルクロードの旅」展(東洋文庫ミュージアム) – ネットワーク共鳴説 –

ルートをたどりながら地図上で歴史がわかります。ネットワーク共鳴がおこりました。東西にのびるユーラシア大陸でのみ強大な文明が成立しました。

ルートをたどりながら地図上で歴史がわかります。ネットワーク共鳴がおこりました。東西にのびるユーラシア大陸でのみ強大な文明が成立しました。

「シルクロードの旅」展が東洋文庫ミュージアムで開催されています(注)。

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シルクロード・ネットワーク
シルクロード=ネットワーク概念図
『The Silk Road』
『The Silk Road』
スウェン=ヘディン、1938年、ロンドン刊
『古代絹街道』
『古代絹街道』
アルバート=ヘルマン著、安武納訳、1944年、東京刊
『ガンダーラのギリシャ仏教美術』
『ガンダーラのギリシャ仏教美術』
フーシェ、1905-1917年、パリ刊
『唐代金銀器』
『唐代金銀器』
鎮江市博物館・陝西省博物館編、1985年刊
『大般若波羅蜜多経』
『大般若波羅蜜多経』
8世紀(奈良時代中期)書写、巻230
『梵語千字文』
義浄, 9世紀(唐時代)頃書写
『梵語千字文』
義浄、9世紀(唐時代)頃書写
『中央アジアの仏教古代後期』
アルべルト=フォン=ル=コック, 1922-1926年, ベルリン刊
『中央アジアの仏教古代後期』
アルべルト=フォン=ル=コック、1922-1926年、ベルリン刊
『セリンデイア』
マーク=オーレル=スタイン, 1921年, ロンドン刊
『セリンディア』
マーク=オーレル=スタイン、1921年、ロンドン刊
『古代コータン』
マーク=オーレル=スタイン、1907年、オックスフォード刊
『アヴェスタ神と中央アジア仏教図像学との関係』グリュンヴェーデル, 1924年, ドイツ刊
『アヴェスタ神と中央アジア仏教図像学との関係』
グリュンヴェーデル、1924年、ドイツ刊
『千仏』
『千仏』
マーク=オーレル=スタイン、1921年、ロンドン刊
『高昌(ホッチョ)』
アルベルト=フォン=ル=コック, 1913年, ベルリン刊
『高昌(ホッチョ)』
アルベルト=フォン=ル=コック、1913年、ベルリン刊
『歴史』
ヘロドトス, 紀元前5世紀成立, 1679年, ロンドン刊
『歴史』
ヘロドトス, 紀元前5世紀成立、1679年、ロンドン刊
『史記』(匈奴列伝)司馬遷著、紀元前90年頃成立、1525〜27(嘉靖4〜6)年刊
『史記』(匈奴列伝)
司馬遷著、紀元前90年頃成立、1525〜27(嘉靖4〜6)年刊
『仏国記』
法顕(ほっけん), 5世紀前半成立, 1628-44(崇禎年間)刊
『仏国記』
法顕(ほっけん)、5世紀前半成立、1628-44(崇禎年間)刊
『西安北周安伽墓』陝西省考古研究所編, 2003年, 北京刊
『西安北周安伽墓』
陝西省考古研究所編、2003年、北京刊
『マルコ・ポーロ卿の書』(東方見聞録)』
ヘンリー=ユール訳注, アンリ=コルディエ増補, 1903年, ロンドン刊
『マルコ・ポーロ卿の書(東方見聞録)』
ヘンリー=ユール訳注、アンリ=コルディエ増補、1903年、ロンドン刊

『The Silk Road』(スウェン=ヘディン、1938年、ロンドン刊)は、「Silk Road(シルクロード)」という名称を世界にひろめました。シルクロードは、ドイツの地理学者リヒトホーフェンが、シルクロードをドイツ語で意味する「ザイデンシュトラーセン」とよんだ(1877)のが最初とされていましたが、近年、もうすこし前からつかわれていたとする研究もあります。

『古代絹街道(しるくろうど)』(アルバート=ヘルマン、安武納訳、1944年、東京刊)は、日本で、シルクロードを最初に紹介した訳書です。

『ガンダーラのギリシャ仏教美術』(フーシェ、1905-1917年、パリ刊)は、古代仏教の中心地であったガンダーラの仏教美術を解説しており、東西の文化交流をしめす重要な資料でもあります。仏教はじまりの地である北インドでは仏像は製作されませんでしたが、ギリシア系の人々が北西インドに侵入してからは、彼らの間で仏教がひろまると製作されるようになりました。ガンダーラでは、ギリシア風の顔をした「ヘレニズムの仏像」をみることができます。

『唐代金銀器』(鎮江市博物館・陝西省博物館編、1985年刊)は、唐代の墓から出土した金銀器の図版を数おおく掲載しており、文様や器形などにペルシアの影響がみられ、シルクロードをとおってペルシアから文物がもたらされたことがわかります。

『大般若波羅蜜多経』(8世紀(奈良時代中期)書写、巻230)は、玄奘(げんじょう)がインドからもちかえり、サンスクリット語から漢訳した仏典です。大乗仏教の基礎的な教義をのべた様々な般若経典をまとめた集大成といえるもので、全600巻からなります。8世紀初頭には、漢訳されたものが日本につたわり、奈良時代には、東大寺・薬師寺などの大寺院で国家鎮護のためにこの経典を省略して読調する「大般若会」という法会がおこなわれました。

『梵語千字文(ぼんごせんじもん)』(義浄、9世紀(唐時代)頃書写)は、サンスクリット語辞典の現存最古の写本であり、平安時代の高僧・慈覚大師円仁(794-864)が中国からもちかえったものとされます。玄奘の西域への旅から30年ちかく後、671年、僧の義浄がインドへ旅だち、約13年の滞在期間をへて695年に中国へかえり、サンスクリット語仏典の漢訳をおこない、辞典をつくり、道中の見聞記をまとめました。

『中央アジアの仏教古代後期』(アルべルト=フォン=ル=コック、1922-1926年、ベルリン刊)は、1902年から14年にかけてドイツが実施した計4回の中央アジア探検によりもたらされた蒐集品の報告書です。著者のコックは第2回からくわわり、トゥルファンやクチャ(亀茲(きじ)、現在の新疆ウイグル自治区)といったシルクロード諸都市にきずかれた石窟群の発掘調査をしました。亀茲は、3世紀半ば〜8世紀頃、タリム盆地北側にさかえた都市国家であり、亀茲出身の僧侶は、サンスクリット語仏典の漢訳に中国で従事し、東アジアでの仏教の普及に貢献しました。

『セリンディア』(マーク=オーレル=スタイン、1921年、ロンドン刊)は、イギリスの考古学者・スタインが、西域南道・西域北道から中国の甘粛省西部までを調査した第二次探検の報告書です。現在の新疆ウイグル自治区にあるミーラン遺跡では、古代ローマ風の天使像や仏教絵画・彫刻などを仏教寺院の壁画から発見しました。これらは、ギリシャ・ローマ由来のヘレニズム文化がクシャーナ朝(インド)でさかえた仏教とまじわり、ミーランにまで達したことをしめしています。

『古代コータン』(マーク=オーレル=スタイン、1907年、オックスフォード刊)は、スタインが、1900年から1901年にかけておこなった第一次中央アジア探検の調査結果を図版とともにまとめた報告書です。現在の新疆ウイグル自治区にあたる、タクラマカン砂漠の南に位置するコータン(ホータン)周辺をおもな調査区域としており、仏教王国であった古代コータンは、シルクロードの西域南道ぞいにあり、東西貿易の中継地としてさかえました。

『アヴェスタ神と中央アジア仏教図像学との関係』(グリュンヴェーデル、1924年、ドイツ刊)は、ドイツがおこなった4回の中央アジア探検のうち第1回と第3回の探検隊長をつとめた東洋学者・考古学者のグリュンヴェーデル(1856-1935)の晩年の著作であり、ゾロアスター教の神々の図像と中央アジア仏教の図像を比較検討しています。ゾロアスター教は、『アヴェスタ』を聖典とするイランでおこった宗教であり、古代ペルシアの国教としてさかえ、6〜7世紀には中国にもつたわり、拝火教または祆教(けんきょう)とよばれました。

『千仏』(マーク=オーレル=スタイン、1921年、ロンドン刊)は、1906〜08年にスタインが実施した第2次中央アジア探検で蒐集した敦煌莫高窟の仏画の図版を48図収録しています。敦煌は、シルクロードのオアシス都市として繁栄し、仏教文化が花ひらき、4〜14世紀にかけて大小492の石窟がほられ、あざやかな壁画や仏像でその内部がいろどられ、石窟群は、「莫高窟」「千仏洞」「敦煌石窟」などとよばれます。

『高昌(ホッチョ)』(アルベルト=フォン=ル=コック、1913年、ベルリン刊)は、ル=コックがひきいる第2次ドイツ・トゥルファン探検隊(1904-05)の成果をまとめた大判の豪華図録であり、トゥルファン地方の高昌(新疆ウイグル自治区)やベゼクリク千仏洞などの遺跡で発見された壁画・塑像・古文書そのほか蒐集品の写真をおさめています。9世紀半ばから13世紀末にかけて、トルコ系ウイグル人の国家である西ウイグル(天山ウイグル)王国がおさめるオアシス都市にはソグド人・トカラ人・漢人など、様々な民族が居住していました。また仏教・マニ教・景教(キリスト教ネストリウス派)など、宗教も多様でした。

『歴史』(ヘロドトス、紀元前5世紀成立)は、「スキタイ」という、紀元前6〜3世紀頃にかけてユーラシアの草原地帯で活動した騎馬遊牧民についてくわしくかいており、馬具・武具・動物文様が「スキタイ文化」の3要素です。ヘロドトスは、紀元前5世紀頃の古代ギリシアの歴史家であり、「歴史の父」とよばれます。各地で見聞し経験したことを元に、ペルシア戦争の歴史を軸にかいたのが『歴史』であり、オリエントの歴史・生活・風俗をしるための貴重な資料です。

『史記』(司馬遷、紀元前90年頃成立)は中国最初の正史です。中国の歴史書に「匈奴」がもっともはやくはらわれるのは、『史記』「秦本紀」の紀元前318年(秦惠文王更元7年)の条です。当時の中国は戦国時代の真っただ中で秦は強国の一つであり、本条は、韓・趙・魏・燕・齊の五国と匈奴がともに秦をせめたことをつたえています。また「匈奴列伝」では、匈奴の生活や特徴につい て説明したあと、夏王朝から前漢の武帝の時代までの匈奴のうごきをしるしています。

『仏国記』(法顕(ほっけん)、5世紀前半成立)は、「法顕伝」ともよばれ、東晋時代の僧侶・法顕(337頃-422頃)の旅行記であり、シルクロード周辺の様子をつたえる貴重な史料です。法顕は、戒律(規律を定めた経典)が中国にはそろっていないことをなげき、インドへむかい、経典をもちかえりました。長安を出発し、西域北道・南道をとおり、南下してパミール高原をこえてインドにいたりました。砂漠をぬけた鄯善国(ぜんぜんこく)では国王が仏教を奉じ、4千人の僧侶が中国とはちがって小乗仏教をまなび、インドの仏法をおこなっていたことを記録しており、西域北道と南道には小乗と大乗の仏教国が混在していて、シルクロードが仏教のつたわった道でもあったことがよくわかります。

『西安北周安伽墓』(陝西省考古研究所編、2003年、北京刊)は、中国・西安でみつかったソグド人の墓に関する書籍です。墓誌から、埋葬されているのは「薩保(さっぽう)」とよばれたソグド人集落のリーダーであるとかんがえられます。展示ページは墓の入りにあたるレリーフであり、ゾロアスター教の聖なる火がきざまれています。

『マルコ・ポーロ卿の書(東方見聞録)』(ヘンリー=ユール訳注、アンリ=コルディエ増補、1903年、ロンドン刊)は、イタリア・ベネチアの商人マルコ=ポーロの東方旅行の体験談を記録した旅行記です。マルコー行は1271年にベネチアをたち、往路は、ホルムズ(イラン)からは陸路で東へむかい、パミール高原、タクラマカン砂漠をこえて元の大都(北京)に到着し、フビライに17年間つかえたあと、1292年に海路で帰国の途につき、東南アジア、インド、アラビア海をへて1295年にベネチアにもどりました。この旅行記から、モンゴル帝国の覇権のもとで人やモノがうごいていた13〜14世紀のユーラシアの様子がわかります。またこの書は、ヨーロッパ人のアジアへの関心をそそり新航路開拓の誘因となり、コロンブスのアメリカ発見の機縁となり、またヘディンやスタインは、中央アジア探検にこの書を座右からはなしたことがありませんでした。

シルクロードには、おおきくわけて3つのルートがあります。中央ユーラシアの乾燥地帯に点在するオアシス都市をとおる「オアシスの道」、オアシスの道より北、モンゴル高原からカスピ海北方の草原地帯をとおる「草原の道」、東シナ海・インド洋・ペルシア湾を船でわたる「海の道」の3つです。これらのルート上に点在する都市は縦横にむすばれ、都市から都市へ、リレーのように中継貿易がおこなわれ、「ネットワーク」が形成されていました。

ヘロドトス『歴史』(紀元前5世紀)には、黒海北方にすむ「スキタイ」とよばれる騎馬遊牧民についてしるされ、中国・前漢の司馬遷『史記』(前2世紀)には「匈奴」とよばれる騎馬遊牧民がしるされ、これらの民族は、中央ユーラシアの広範な地域を支配したため、馬具や武器・金製装飾品・青銅製装飾品など、馬と密接な文化がユーラシア東西につたわりました。

一方、紀元前後から10世紀頃まで、およそ千年にわたってシルクロード交易の主役だったのがソグド人です。サマルカンドを中心とした、現在のウズベキスタンからタジキスタンにまたがる地域はソグディアナとかつてよばれたソグド人たちの故郷であり、肥沃なオアシスがおおく、紀元前6〜5世紀には農業がはじめられましたが、人口がふえると農地がたりなくなり、他の地域へ交易をもとめて足をのばす人々がふえ、ソグド人たちは、黒海周辺から中国までのほとんど、中央ユーラシア全域に集落をつくり、それらが、国際的なシルクロード商人の拠点になりました。ソグド語は中央ユーラシアの公用語となり、ウイグル文字・モンゴル文字・満洲文字へうけつがれました。

また中国大陸では618年に唐が建国され、「西域」とよばれる東トルキスタンのタリム盆地には高昌(トゥルファン)、亀茲(クチャ)、于闐(コータン、ホータン)、疏勒(カシュガル)、焉耆(カラシャール)といったオアシス都市がシルクロード交易の中継地としてさかえました。唐の情勢がおちつくと、大量の絹が輸出されるようになり、通貨のかわりにもつかわれるようになりました。国際的な大都市となった長安には世界各地から商人や使節がおとずれ、国教の道教だけでなく仏教・キリスト教・ゾロアスター教・マニ教の寺院もきずかれるなど、外来文化の接触と受容がすすみました。

シルクロードが、人やモノとともに精神文化もはこんだことはとても重要です。

仏教は、紀元前5世紀頃にインド亜大陸北部で成立し、上座部仏教は南アジアそして東南アジアへ、大乗仏教はガンダーラ(現在のパキスタン北西部)から中央アジアをとおって東アジアへつたわりました。中国大陸へは、1世紀頃(後漢の時代)には伝来したとされ、その初期には、インド人やイラン系民族のソグド人などが仏典を翻訳しました。主要な仏典の漢訳でよくしられた僧・鳩摩羅什(くまらじゅう、344-413)はオアシス都市・亀茲(クチャ)出身であり、父はインドの貴族出身とされます。その後、シルクロードをとおって中国人僧がインドにいき、仏典の蒐集と漢訳がさらにすすみました。

4世紀に仏典をもとめてインドへわたった中国・東晋の法顕(337-422)もシルクロードをとおりました。前漢の時代に敦煌郡が設置されて後漢時代にはおおいにさかえていた敦煌をとおり、タリム盆地の南道〜北道〜南道を経由してインドへむかいました。西域南道の途中には、大乗仏教の中心地の一つとしてさかえていたコータン(ホータン)王国があり、ほかにも、西域南道ではローラン、西域北道では亀茲(クチャ)やカシュガル・高昌(トルファン)などが仏教が中国へつたわる橋わたしをしました。

ゾロアスター教は、イラン高原に居住していた古代アーリア人の多神教を源流とし、アケメネス朝(前550-前330)以降、ペルシアの主要な宗教でした。交易がさかんになると、中央アジアそして中国へつたわりました。

マニ教は、サーサーン朝ペルシア時代の預言者マニ(216-277)を開祖とし、ゾロアスター教を母体として、ユダヤ教・キリスト教・仏教の概念をとりいれた混合的な宗教であり、一時は、ユーラシア東西でひろく信仰されました。西はローマ帝国へ、東は唐代の中国につたわり、さらに東ウイグル帝国 (744-840)では国教となりました。

キリスト教は、431年のエフェソス公会議で異端とされたネストリウス派がサーサーン朝ペルシアで地盤をかため、布教の地をさらに東方にひらき、唐代の中国で「景教」と称されただけでなく、中央アジアのトルコ・モンゴル系の遊牧民にもつたわりました。

イスラーム教は、7世紀前半にアラビア半島でおこり、わずか150年ほどの間に西アジア・ 北アフリカ・イベリア半島、さらに中央アジアをすすんでキルギスのタラス河畔あたりまでひろまりました。その後、中央アジア、南アジア、東南アジアへと範囲をひろげました。

このようにシルクロードは、ユーラシア大陸にはりめぐらされた広大なネットワークであり、さまざまな文化がこのネットワークによってはこばれました。

たとえば7世紀頃に唐でうまれた陶磁器は、ヨーロッパへ14世紀につたわり珍重され、18世紀になるとマイセン磁器がつくられるようになりました。陶磁器は食文化などの発展におおいに貢献しました。

ユーラシア大陸は、南北アメリカ大陸・アフリカ大陸とはちがい南北にではなく東西にのびていて、温帯に属す地域が比較的おおおく、疫病がはびこる過酷な暑い熱帯をこえる必要がなかったため人が移動しやすい大陸でした。移動がむずかしい乾燥帯はありましたが点在するオアシス都市を中継しながら移動できました。オアシス都市は、乾燥帯のなかにできた小規模な「温帯」地点とみなすことができます。数々のオアシス都市はシルクロードの成立に役だち、シルクロードが発展するにつれオアシス都市もさらに発展しました。ネットワークと諸都市は相互につよめあいました。

東西方向に経度がちがっても緯度をおなじくするような地域では、日照時間・気温・季節・生態系・風土病など、似たパターンを自然環境がしめす傾向にあるため移動が楽であり、ユーラシア大陸には、地球上でもっとも幅のひろい同緯度地帯があったためシルクロードが形成されました。人間の行動力・努力とともに自然環境からの影響も重要です。南北にのびる南北アメリカ大陸とアフリカ大陸では自然環境が障壁になって移動(ルート形成)が困難でした。

大陸が東西にひろがっていたので、技術・産業・制度・学問・芸術・精神文化なども高速で伝播し、さまざまな文化が各地で蓄積しました。ユーラシア大陸の文明はネットワークを基盤とし東西の文化が共鳴しながら発展したのであり、ユーラシア大陸でのみ強大な文明が発達したのはこのためだとかんがえられます。この仮説を、「ネットワーク共鳴」説 とよんでおきます。南北アメリカ大陸とアフリカ大陸では強大な文明(大文明圏)が発達しなかったのはネットワーク共鳴がおこらなかったからでしょう。

シルクロードそして文明をかんがえるときにこのような共鳴の効果にもっと注目すべきです。たとえば日本人は、外国の文化をとりいれることが得意ですが共鳴があってこそ文化は定着し発展します。個人でも、外界(環境)から内面に情報をインプットして、それと共鳴すると情報処理がすすみアウトプットへ発展します。共鳴が必要です。

現代においては、ネットワークがグローバル化し、全球的な共鳴がはじまりました。全球社会のために、ユーラシアのネットワーク共鳴が参考になります。

今回の企画展の主題は「シルクロードの旅」でした。旅をとおして交易・交流の歴史をみることができ、文化伝播のルートをたどることにより地図上で歴史がわかりました。本来は歴史的・時間的な事象を地理的・空間的にとらえなおすことができ、ユーラシア大陸の複雑な歴史を一望・大観することができました。旅は、地理的な移動であると同時に歴史をつくっていきます。空間的でもあり時間的でもあり、空間と時間をむすびつける重要な機能をもちます。時空場をつくりだし、発想や創造の方法としてもつかえます。

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▼ 注
「シルクロードの旅」展
会場:東洋文庫ミュージアム
会期:2022年1月26日〜5月15日

▼ 参考文献
東洋文庫編『シルクロードの旅展』(図録)東洋文庫、2022年
森安孝夫著『シルクロード世界史』講談社、2020年
ジャレド=ダイアモンド著(倉骨彰訳)『銃・病原菌・鉄 上巻』(Kindle版)草思社、2013年(単行本、2000年)
ジャレド=ダイアモンド著(倉骨彰訳)『銃・病原菌・鉄 下巻』(Kindle版)草思社、2013年(単行本、2000年)
木村靖二・岸本美緒・小松久男編『もういちど読む山川世界史 PLUS アジア編』山川出版社、2022年

▼ 関連書籍
森安孝夫著『興亡の世界史 シルクロードと唐帝国』(Kindle版)講談社、2016年


死ぬまで生きる - 立花隆・NHKスペシャル取材班『がん 生と死の謎に挑む』-

がんは遺伝子変異と細胞増殖の病気です。連続体・連環体であることが生命の本質です。多細胞生物の宿命をうけいれます。

がんは遺伝子変異と細胞増殖の病気です。連続体・連環体であることが生命の本質です。多細胞生物の宿命をうけいれます。

立花隆・NHKスペシャル取材班著『がん 生と死の謎に挑む』(文藝春秋)が がんについてわかりやすく解説しています。

がんとは、細胞の病気です。正常細胞が狂いだして、無限の増殖能を持つがん細胞になってしまう病気です。正常細胞は「生まれては死に」を繰り返す有限の寿命を持つ細胞ですが、がん細胞は死にません。不死の細胞です。死なないでただ、増えつづけるのです。細胞が必要以上に増えると、そこに集積してこぶのような細胞のかたまりになります。腫瘍です。

細胞増殖がある限界内でとどまり、ある境界線以上にふえなければそれは「良性腫瘍」ですが、境界線をこえて腫瘍がとめどなくふえていくと「悪性腫瘍」すなわち「がん」とそれはよばれます。がんとは、異常増殖がおきたらブレーキが自然にかかるはずなのに、それがかからなくなる病気であり、正常な遺伝子のはたらきがDNAにプログラムされていてプログラムどおりはたらくはずなのに、プログラムそのものがくるいだしてしまうDNAの病気だといえます。

すべての人の体は60兆個もの細胞からできていて、一つ一つの細胞がその人特有の細胞の設計図であるDNAをもっており、DNAはその人の遺伝子の集合体であり、その人の一つ一つの細胞の運命をつかさどる設計図群です。60兆個の細胞は、おなじ設計図をもちながら、設計図のちがう部分をそれぞれがよむことでちがう細胞になり、ちがうはたきをするようになります。

細胞の一つ一つは、数日から数週間あるいは数カ月の寿命しかないので、後継者に情報(DNAの配列)だけをうけわたして個々の細胞としては死んでいきます。すべての細胞は、新陳代謝しながら情報(DNA)のコピーをつづけることで、個体としての同一性を保持しつづけていくのであり、物質レベルでは同一性が保持されていないのに、情報レベルの同一性が保持されているが故に、おなじ人間がいきつづけているのだと本人も周囲の人も共同幻想をもちつづけます。物質としての同一性は短時間しか保持できませんが、情報(DNAあるいは記憶)の同一性が維持できるので個体としての同一性が一生たもちつづけるとおもえるわけです。

しかしコピーにコピーをつづけていくとコピーミスがかならずうまれ、まちがいがおこります。DNAのコピーミスによる変異の蓄積ががんの最大の要因にちがいありません。

人間の遺伝システムの中には、DNAのコピーミスが起きたときにそれを修正する仕組みがちゃんと組み込まれているのですが、その能力限界をこえるミスが発生すると、そのミスが蓄積していきます。その蓄積が一定量をこえると、遺伝暗号そのものが書き換わってしまいます。

変異量が一定限度をこえると、遺伝子のメッセージが変化してしまい、遺伝子は基本的にタンパク質をつくるメッセージですから異質のタンパク質をつくってしまい、細胞機能に変化(がん化)がおこります。そのような変異をもたらす要因のすべてががんをもたらす要因ということになり、放射能・宇宙線など物理的要因もあれば、化学的なあるいは生化学的なさまざまの突然変異誘発物質などもそうであり、そういう変異誘発物質は通常の生活環境にあふれていますから、特段わるい生活習慣を持たない人でも普通に生活しているだけで、DNAのコピーミスによる遺伝子変異の蓄積がおこらざるをえませんし、それによるがんの発生もさけられないというのが分子遺伝学者の一致した見解です。したがって人間ががんにかかるということは特別のことではなく、あたりまえにおきるべきことがおきているといえるわけです。

そもそも遺伝子は本質的に変異をおこす能力をもっており、その能力によってすべての生命体は進化してきたのであり、変異をおこす能力というのは生命体の本質みたいなところがあり、がんと変異と進化はきってもきれない関係にあります。

立花さんは、世界最初のがん遺伝子の発見者、ワインバーグ博士に問いました。

「これほど長期にわたって、膨大ながん解明の努力が積み重ねられてきたのに、がん克服の道筋がさっぱり見えてこないのはなぜですか」

それに対して、ワインバーグ博士は、巨大なパスウェーマップを取り出して、それを示しながら、がんが生まれる細胞の世界は想像以上に複雑で、無数の生命分子が相互にからみあいながら信号を取り交わしあっているのだといい、それはもう、ほとんどもう一つの宇宙といってよいような複雑性を持った世界で、それ故にその全貌はまだまだ明らかになっていない(だからがんの世界がまだよくわかっていない)といったことを説明してくれたのです。

がんは超複雑系の病気であり、それを全体としてとらえることはまだできていません。そもそも生物のシステムはすべてが遺伝子によってうごかされており、がんの世界にも、さまざまな信号伝達系やがんの活動にさまざまに関与する機能分子系があり、それらのすべてが遺伝子でコントロールされていて、がんの世界も遺伝子で全体がコントロールされた世界だということがわかってきました。

ワインバーグ博士のこの壮大な見取り図に圧倒されました。そして、そうか、がんはすべての多細胞生物の宿命なのか。それなら自分ががんになるのも仕方がないことではないかと、妙に納得してしまいました。

細胞はすべてがん化する可能性をもっており、健康な人でも、5千個の細胞があらたに毎日がん化しているといわれます。しかしがん化した細胞は、体内の免疫細胞で片端から退治されていくのでそう簡単にはがんは発症しません。また「がん抑制遺伝子」が細胞の無軌道な増殖にまったをかけます。

しかしがん細胞の増殖のブレーキがきかなくなったときに細胞のがん化(無軌道な増殖能の獲得)の最初の一歩がふみだされます。その第一歩は、ナイフできるなどしてできる傷口の修復過程とそっくりです。傷口の修復手順は、「創傷治癒プログラム」としてDNAの中にうめこまれており、そのプログラムにしたがって、一連の「サイトカイン(信号物質)」をつぎつぎにだしていくのが「マクロファージ」とよばれる細胞です。

マクロファージが発出する一連のサイトカインによってはじまる創傷治癒プログラムが、がん化の引き金を引いているということなのです。そしてそれは同時に転移能力獲得の第一歩になっているということなのです。

人間の体は表面も内側も、しょっちゅう何かで傷つき、傷ついたら修復がはじまりますが、まったく正常なこの過程の一部としてがん化の第一歩がはじまります。たとえば胃腸の粘膜がくりかえし傷つけられ、その修復が何度もくりかえされるうちに、治癒しきれない創傷跡がのこるようにがんが発生します。このような傷口の治癒過程では細胞移動によって傷口がふさがれていきますが、おなじことががん化でもおきるのであり、つまり転移もおこります。

細胞移動は、あらゆる多細胞生物がもっている能力であり、受精卵から出発して身体各部ができあがっていく過程で、先にできあがった身体各部がしかるべき場所に移動していくことがおこるのであり、これは、ある部分から別の部分へ正常な細胞が移動できるようにする遺伝子があるからであり、この遺伝子を利用してがん細胞も移動(転移)する力をえます。

約6億年前からこの遺伝子は存在するとかんがえられ、したがってがんという病気のなかに何億年もの生命の歴史がこめられていて、生命進化ががんに反映しており、生命進化とがんは本質的にむすびついています。がんはすべての多細胞生物の宿命です。

もうひとつ、がん細胞のつよさの秘密に、「がん幹細胞」なるものが存在することがあります。

生命の根源である正常な幹細胞には、そう簡単に死なないように、自分の生命を守る仕組みが沢山ある。がん幹細胞はそのような仕組みを正常な幹細胞からみんな受け継いでいる。

生物の細胞は細胞分裂をくりかえすうちに、子供、孫、ひ孫、玄孫という感じで、たくさんの子孫をつくる親元みたいな細胞もあれば、大家族の末端の末裔で自分の子どもはのこさないタイプもあり、親元が「幹細胞」であり、末裔は分化しきった細胞です。抗がん剤では子孫はころせますが、がん幹細胞はころすことができず、これが1個でもいきているかぎり、がん細胞はかならずよみがえってきます。よみがえってくるがん細胞は、薬剤耐性や放射線耐性を身につけ、よりパワフルになっています。

このようにがんは、もっとも基本的な生命のメカニズムを利用しており、生物進化のながい歴史ががんをうんだのであり、われわれ人間が、60兆もの細胞をもつ多細胞生物の進化の極致にいる生物だからこそがんにかかるのだというわけです。

今日、日本は世界一の長寿国になったと同時に、世界有数のがん大国になりました。国民の2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで死ぬ時代です。

2007年12月、立花隆さんは膀胱がんにかかり、手術をうけました。

僕の場合、少しでも長生きしたいというより、少しでも長く知的生産活動(本を書くという行為)をしたい。(中略)

僕は何事によらずひととおりがんばるけどあきらめるときはきっぱりあきらめるタイプの人間なのです。(中略)

僕はそんなに苦痛に耐える自信がないので、痛みがきたらすぐ「モルヒネを使ってください」と頼もうと思っています。

立花さんは、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の維持をのぞんでおり、意識をクリアな状態にたもったままの生を維持し、混濁状態の意識や苦痛とその克服にとらわれる状態の意識での生はのぞみませんでした。いまは、医学が発達したおかげでなかなか人は死なない社会になっており、「リビング・ウィル」(生前の遺書)をのこしておかないと不本意な生の維持が自動的におこなわれてしまいます。日本癌治療学会での依頼講演でも立花さんは、「自覚症状なし・危機感なし・がんばるつもりなし」というタイトルの講演をし、おおくの人々が呆気にとられました。「がんばるつもりなし」といわれても、みんながんばっているのに。そして「モルヒネを使ってください」とは、さらにおどろきます。しかしモルヒネに対する誤解が日本にはあります。

がんは、生命そのものがはらんでいる宿命です。おおくの人々が、がんという病気と人生ののこりの時間のすごしかたについて折り合いをつけねばなりません。

徳永先生のところで学んだことは人間は皆死ぬ力を持っているということです。
死ぬ力というといい過ぎかもしれません。
死ぬまで生きる力といった方が良いかもしれません。
単純な事実ですが、人間みな死ぬまで生きるんです。
ジタバタしてもしなくても、死ぬまでみんなちゃんと生きられます。
その単純な事実を発見して、死ぬまでちゃんと生きることこそ、がんを克服するということではないでしょうか。

人間をふくむ生物はみな生まれればいずれ死にます。はじめがあればおわりがかならずあります。そもそも死ぬようにできているのであり、死ぬ力をもっています。しかし死ぬまでは誰でも生きられるのであり、そのときまでちゃんと生きよと立花さんは提言しています。そのためには、死ぬまで何をするか、主題をはっきりさせる必要があるでしょう。

立花隆さんとNHKスペシャル取材班は膨大な取材をふまえ、がんは遺伝子変異と細胞増殖の病気であるという仮説を基本とし、その現象の根本にがん幹細胞があるとするがん幹細胞説にもとづいて本書を構成しました。

このような仮説をたてると、細胞分裂がさかんなところ(新陳代謝がはげしいところ)は遺伝子変異がおき細胞分裂システムがくるいやすく、がん細胞ができやすいことが理解できます。たとえば胃腸などの消化器の粘膜部分は数日のうちに全部いれかわるほど細胞分裂がさかんであるため胃がんや大腸がんが発生しやすいわけです。

胃腸の粘膜がくりかえし傷つけられると、その修復が何度もくりかえされているうちにがんが発生してしまうことがあり、そういう傷をつけないほうがいいので、刺激がつよい食物や発がん性物質をふくむ食物はあまりたべないようにといわれます。また胃痛をもたらすようなストレスも解消しなければなりません。

「胃腸を整えれば万病に効く」といわれるように胃腸の調子をととのえることが大事であるため、立花さんは、「ビオラクチス」という乳酸菌の生菌製剤を東大病院から処方されて毎日のんでいたそうです。乳酸菌の効用は細菌叢をととのえるということで、東大によると、膀胱がんの患者にもデータ的にいい結果がでており伝統的に処方しているそうです。

またがん細胞が発生しても免疫細胞が普通は退治するため、免疫力がつよい人ほどがんにかからず、免疫力がよわった人ほどがんにかかりやすく、したがって免疫力がよわってくる高齢者ほどがんにかかりやすくなります。免疫力をたかめるために日々の生活習慣をみなおす必要があり、また人間の成長過程でも、清潔をもとめすぎたり消毒をしすぎたりすると免疫力がたかまりません。

しかしどのような予防をしてもがんはさけられないことがおおく、がんは多細胞生物の宿命です。生物進化のしくみをがんは利用しており、わたしたち人間をふくむ多細胞生物はがんと共存していきていかねばなりません。

iPS細胞をつくりだした山中伸弥さんも「がんは生命の根源ときわめてちかい」といいます。

iPS細胞を作る過程でも、やはりがんが起こる過程とプロセスと本当に重複している、よく似ている、(中略)。

結局再生能力というのは、がんになるのと紙一重だと思うんです。だから高い再生能力を持っているということは、その生物が足が切れたらたしかに足が生えてくるかもしれないが、同時にがんがすごくできやすいということなんじゃないかと。

生命の進化において多細胞生物がうまれて、それが自己の再生をくりかえすというながい歴史の延長上にわたしたち人間もおり、その仕掛けそれ自体ががんをうんでいるといえます。このような生命の歴史があるからこそわたしたちはがんからのがれられず、そういう宿命をおっています。

ここに、あらゆる生命をつらぬく本質をみることができます。すべての生命がひとつの遺伝子ファミリーをなしているのであり、すべての個体に生と死があり、がんのゲノムも、地球上の全生命体遺伝子ファミリーの一部をなすものです。何十億年ものあいだ生命はつらなり、つながりあって今日まできました。「連続体」であり「連環体」であるという生命の本質が、がんを追究することによってあきらかになりました。

2022年4月30日、NHKスペシャル「見えた 何が 永遠が 〜立花隆 最後の旅〜」が放送されました。立花さんの膨大な蔵書のすべてが譲渡され空っぽになった「猫ビル」(オフィス)の内部がうつしだされました。「立花隆が持っていた本が欲しい人でなく、本の内容そのものに興味がある人の手に渡るようにしてほしい。自身の名を冠した文庫や記念館などの設立は絶対にしてほしくない。遺体はごみとして捨ててほしい」と遺言していました。みごとな死に様がその映像に象徴されていました。物事に執着せず宿命をさとり、生命体の一員として死ぬまでちゃんと生きたことを身をもってしめしていました。

▼ 関連記事
本庶佑・立花隆『がんを消す免疫薬の真実』 - がん研究の論理 –
「がん治療の新たな戦略『がんゲノム医療』」(Newton 2018.6号)
事実と解釈を区別して認識し、選択する - 科学的に有効な「がん検診」とは?(Newton 2017.2号)-
がん研究の動向に注目する - シリーズ:細胞分裂のふしぎ(4)「不死化細胞 がん」(Newton 2017.4号)-
がんの仕組みと治療法 -「がん治療 最前線」(Newton 2017.8号)-
免疫力をさげない生活をする -「がん免疫療法とは何か」(Newton 2018.4号)-
ストレスをへらす -「免疫力を科学する」(Newton 2018.2号)-
「免疫の力でがんを倒す」(Newton 2018.12号)

アウトプットのために -「追悼 立花隆の書棚」展 –

▼ 参考文献
立花隆・NHKスペシャル取材班著『がん 生と死の謎に挑む』文藝春秋(Kindle版)、2016年5月20日

わかりやすい日本語を書く(22) - 特定の語句に焦点をあてる –

「○○は」とします。題目を明示します。テンをつかいます。

「○○は」とします。題目を明示します。テンをつかいます。

今回は、特定の語句に焦点をあてる(特定の語句を強調する)技術についてのべます。

例文106
昨日私の先生をかんだのは、ファイドーだったのです。(NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号, ファイドーは犬の名前)

例文107
ファイドーが私の先生をかんだのは、昨日だったのです。(NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号)

例文108
昨日ファイドーがかんだのは、私の先生だったのです。(NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号)

例文109
男性は米国のビザ(査証)を申請したが、妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類を、混乱の中で紛失してしまったという。(AFPBB News/JIJI.COM, 2021.8.27)

例文106〜108を英語であらわすとつぎのようになります。

例文106
It was Fido that bit my teacher yesterday.

例文107
It was yesterday that Fido bit my teacher.

例文108
It was my teacher that Fido bit yesterday.

NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号

これらの元になる文は「Fido bit my teacher yesterday.」(ファイドーが私の先生を昨日かみました。)であり、「It+be動詞」をつかえば、焦点をあてたい語(強調したい語)を前へひっぱりだして目だたせることができます。

いっぽう日本語では、題目語「○○は」をつかうことによって焦点をあてたい語をひっぱりだして強調することができます。

「ファイドーが私の先生を昨日かみました。」という文おいて、「ファイドー」に焦点をあてるのであれば、「ファイドー」を「ファイドー」とし、「ファイドー」を題目にします。さらに強調するために、「ファイドーは」のあとに思想のテン(自由なテン)をうちます。

  • ファイドーは、私の先生を昨日かみました。

「昨日」に焦点をあてるのであれば、「昨日」を「昨日」とし、「昨日」を題目にします。

  • 昨日は、ファイドーが私の先生をかみました。

「私の先生」に焦点をあてるのであれば、「私の先生」を「私の先生」として、「私の先生」を題目にします。

  • 私の先生は、ファイドーが昨日かみました。

焦点をあてたい語句(強調したい語句)を「○○は」として題目を明示し文頭におき、テンの原則にしたがって必要に応じてテンをうちます。

英語でも日本語でも強調したい語句を前に配置することによって目だたせることができますが英語と日本語ではやり方がことなります。英語と日本語では原則がことなり、英語の原則は日本語にはあてはまりません。また「日本語では、重要なことを先にいえない」とのべた “教育者” がかつていましたがそれは誤解です。

なお「私の先生は、ファイドーが昨日かみました。」という文をみて、“主語” が2つあっておかしいとおもう人がいるかもしれませんが、これは、

  • 私の先生についていうならばファイドーが私の先生を昨日かみました。

ということを、「私の先生についていうならば」を「私の先生は」とあらわし(題目をしめし、「私の先生」を話題にあげ)、「私の先生を」は省略できるので、「私の先生は、ファイドーが昨日かみました。」となり意味が通じます。日本語として問題ありません。そもそも日本語には “主語” はありません。

同様につぎの文もなりたちます。

  • 太郎は、先生が昨日ほめました。
  • 次郞は、仕事が一昨日おわりました。
  • タマは、花子が先週ひろってきました。
  • 白いバラは、太郎がさっきえらびました。
  • 川は、村人が去年せきとめました。

ただし特定の語句に焦点をあてるこのような技術はつかいすぎるとかえって効果がよわまります。たとえばゴシック体を文中でつかいすぎると効果がなくなるのと似ています。強調は、すくないからこそ効果があがるのであり、特定の語句を強調する必要がない場合は文頭に配置しなくてよく、語順の原則にあくまでもしたがいます。題目語を文頭におくという原則はありません。

例文109
男性は米国のビザ(査証)を申請したが、妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類を、混乱の中で紛失してしまったという。

「男性」に焦点をあてたければ、

  • 男性は、米国のビザ(査証)を申請したが妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類を混乱の中で紛失してしまったという。

「妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類」に焦点をあてたければ、

  • 米国のビザ(査証)を申請したが、妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類は、混乱の中で男性が紛失してしまったという。

「混乱の中」に焦点をあてたければ、

  • 米国のビザ(査証)を申請したが、混乱の中では、妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類を男性が紛失してしまったという。

「○○は」と テン をうまくつかいます。強調の効果をあげるためにはテンはすくないほうがよいです。

▼ 関連記事
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日本語の作文法:日本語の原則
「○○は」によって題目をしめす - 学問の自由は保障する –
「は」と「が」をつかいわける - 川本茂雄『ことばとこころ』-
三上章 『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』をよむ
日本語法を理解する - 三上章『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』-

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

感覚と錯覚 -「辛い!の科学」(日経サイエンス, 2022.05)-

〈インプット→プロセシング〉がおこります。辛みは味覚ではなく痛みです。錯覚がおこります。

辛さとは何か? 『日経サイエンス』2022年5月号が特集しています(注)。

感覚神経は皮膚の直下だけでなく,舌の内部にも伸びている(三叉神経と呼ぶ)。トウガラシを食べると舌の中へ浸透したカプサイシンが感覚神経表面の TRPV1 にくっつき,電気信号が発生する。この信号は,味覚神経ではなく三叉神経を経て脳へ届き,痛みの情報として処理される。

すなわち辛みとは味覚ではなく痛みでした。酸味や塩味といった味は、舌の表面にある味蕾(みらい)とよばれる感覚器官でとらえられますが、「辛み」(とくにトウガラシのカプサイシン(辛み成分))は、「TRPV1」(トリップ・ヴイワン)とよばれる舌の内部にある痛みのセンサーでとらえられます。カプサイシンが口にはいったり皮層に触れたりすると舌や皮膚のなかに はいりこんで、感覚神経の表面にある TRPV1 が反応し、このとき、体の側では、痛みの刺激が発生したと勘ちがいして、体温調整や傷の治療などに関わるさまざまな生理反応がおこります。

またトウガラシをたべると口のなかが熱く感じられます。顔から汗がでてきます。そこで TRPV1 は熱にも反応するのではないだろうかという仮説がたてられ実験がおこなわれました。

実験してみると, TRPV1 はまるで温度計のように,周囲の温度が43℃を超えた途端に活発な反応を見せた。

わたしたちは、体温が43℃以上になると熱を痛みとして感じ、これは、この危険な温度になると TRPV1 が反応して情報を脳へ伝達するためであることがわかりました。英語では、辛さも熱さも「hot」です。

しかしおなじ温度のスープであってもトウガラシがはいっていたほうが熱く感じるのはどうしてでしょうか?

辛い料理を食べているときは体内で TRPV1 が反応し続けているため,脳がちょっとした緊急事態に陥っている。

センサーが反応しつづけ異常をうったえるので、実際にはあがっていないにもかかわらず、脳は、体温があがったと判断し、いそいで体を冷却するように指令をだし、その結果 汗がでます。いわゆる「味覚性発汗」です。

また消化管にある感覚神経や自律神経にも TRPV1 をもつものがあり、カプサイシンをこれらがうけとると消化器官の活動は促進され、食欲増進につながります。フランス料理の前菜などにトウガラシをきかせた一品がだされるのはこのためです。

あるいはトウガラシ(カプサイシン)が皮膚にふれるとヒリヒリと痛くて熱い感じがするのはどうしてでしょうか?

味覚性発汗と同じく,実際には皮膚の異常は起きていないにもかかわらず,傷ができたと体が錯覚して発生する現象だ。

「神経原性炎症」とこれはよばれ、体は、傷ついたとおもわれる皮膚に各種の免疫細胞をおくろうとして皮膚直下の血管の血流量をあげ、その結果、皮膚表面が赤みをおび、温度もあがります。温度があがると TRPV1 が反応するためヒリヒリとした痛みがおこります。

このように、トウガラシの “辛み” 成分が、舌や皮膚などにある痛みセンサーにふれると電気信号が発生し、神経をとおってそれが脳におくられ、その信号を脳が処理すると、体温調整や傷の治療・食欲増進など、さまざまな生理反応がおこります。センサーと脳のこのようなはたらきは〈インプット→プロセシング〉といってもよく、情報処理の過程をここにみとめることができます。

しかしわたしたちが辛いとおもっていた感覚は実際には痛みだったのであり、また辛いものをたべて体が熱くなるとおもっていましたが実際には体温はあがっていませんでした。

わたしはかつて、ヒマラヤの比較的高地にいったときにとても辛いものを毎日たべている人々にであいました。気温がひくいためです。わたしも、体をあたためるために辛いものをたべていましたが、それは錯覚でした。おどろきです。感覚の科学的研究が錯覚をあきらかにします。

しかし錯覚とはいえ高地で寒さをしのげたのも事実です。したがって錯覚は、かならずしもすべてがわるいというのではなく、わたしたち人間は、経験的に錯覚をうまく利用してきたといってよいでしょう。

トウガラシは、ペルーの遺跡調査により、1万年も前から食されていたことがわかり、何千年も前の人々がこのみのトウガラシをえらんで栽培していた痕跡もみつかりました。15世紀以後、トウガラシは世界中にひろがり、あらゆる国々の人々の生活にとけこみ、いまや、トウガラシなくして食文化をかたることはできません。

今回の記事により、辛みの感覚の実態とともに錯覚についても理解できました。感覚と錯覚は一体的にとらえなければならず、自覚がないだけで意外に錯覚は普通におこっているとかんがえられます。今回は辛みをとりあげましたがほかの感覚にも錯覚があるでしょう。しかし錯覚を利用しているという事実もあります。感覚と錯覚の研究は今後ともつづきます。

▼ 関連記事
情報処理をすすめて世界を認知する -『感覚 – 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)まとめ –
おいしさが大脳で認識される仕組みを知る -『Newton』2016年1月号 –
適度な辛味をとる -「辛味」(Newton 2018.9号)-
感覚器をつかって情報をインプットする 〜 岩堀修明著『図解・感覚器の進化』〜
3D 刺激スパイス展(咲くやこの花館)
特別展「ユニバーサル・ミュージアム ― さわる!“触”の大博覧会」(国立民族学博物館)- インプットを自覚する –

情報処理能力をたかめるために -『脳が生み出すイリュージョン』(別冊日経サイエンス)-
錯覚をいかす? -『Newton 錯視と錯覚の科学 からだの錯視』-
時間的変化にも心をくばる -『Newton 残像と消える錯視』-
空間にも心をくばる -『Newton 形と空間の錯視』-
インプットとプロセシングを自覚する -『Newton 明るさと色の錯視』-
錯視を体験する - 数理の国の錯視研究所(日本科学未来館)-
錯覚がおこっていることを自覚する(錯覚のまとめ)
情報処理のエラーをふせぐために -「錯視研究の最前線」-

▼ 注(参考文献)
出村政彬著「辛い!の科学」日経サイエンス, 611(2022年5月号), pp.28-43, 2022年


make, have, put, leave -「基本動詞 ①」(NHK ラジオ英会話, 2022.04)-

単語のイメージをおもいうかべます。イメージと単語がひとまとまりになってファイルになります。心のなかにファイルをふやし活用します。

単語のイメージをおもいうかべます。イメージと単語がひとまとまりになってファイルになります。心のなかにファイルをふやし活用します。

2022年度の NHK ラジオ英会話がはじまりました。今年度のテーマは「日本語を経由せずに表現する」です。基本単語をイメージで理解し、そのまわりにある表現を効果的に音読・暗唱します。基本動詞そして前置詞、形容詞へすすんでいきます。トップバッターは make です。

Lesson 1 make の基本イメージ

I’m sure you made the right decision.

make のイメージは「力を加えて作り上げる」です。

Lesson 2 make it

I’m not sure if we’ll make it to the planned landing site.

「力を加えて作り上げる」が、努力をして目的を達成することにつながります。

Lesson 3 make のとるさまざまな形 ①

She made me this Mexican bracelet.

目的語が2つの「授与型」です。

Lesson 4 make のとるさまざまな形 ②

It made me a little homesick.

「目的語説明型」でもつかえます。

Lesson 6 make のとるさまざまな形 ③

You can’t make her love you.

「目的語説明型」です。「力を加えて(強制的に)」状況を「作り上げる」ニュアンスがあります。

Lesson 7 have の基本イメージ

He will have blond hair and green eyes.

have のイメージは「周りにある」であり、位置をあらわす、うごきのない静的なイメージです。

Lesson 8 have の「権利・影響力」

We have a new piano in our house!

have のイメージは「周りにある」です。

Lesson 9 have の表す行為

You can have my camera.

have は「周りにある」位置関係をあらわし、位置関係から間接的に類推される行為をあらわすことがあります。

Lesson 11 have の目的語説明型 ①

Could you please have my order ready by seven?

「my order = ready by seven」の状況を「have する」というわけです。

Lesson 12 have の目的語説明型 ②

I’m not having you walk home alone in this rain.

「周りにある」イメージの延長、「許す・大目に見る」のつかいかたです。

Lesson 13 put の基本イメージ

I never put milk in my tea.

put は、「何かを・どこかに・ポンと移動する」というシンプルなイメージです。

Lesson 14 put のイメージを豊かに広げよ

Sure, as long as it doesn’t put too much pressure on the band.

「何かを・どこかに・ポン」というイメージです。

Lesson 16 put でネイティブスピーカーのイメージの広げ方を理解する

That’s why I am putting you in charge of the advertising department.

put が「何かを・ポン」する場所は、日本語の「置く」よりはるかに多彩です。

Lesson 17 leave の基本イメージ

It’s tough leaving this company.

leave のイメージは「ある場所から去る」です。

Lesson 18 leave のもうひとつの焦点

I left my wallet in the train.

leave のイメージは「ある場所から去る」ですが、「去る」という行為に注目する場合と「残されたモノ」に注目する場合(視点のちがい)があります。ここでは、「残されたモノ」に注目しています。


Lesson 19 leave の目的語説明

Don’t leave your valuables unattended.

「残されたモノ」に焦点があるつかいかたでは目的語説明型がとくに重要です。

今年度は、基本単語のイメージを身につけ、つかいこなします。たとえば make のイメージは図1のとおりです。

make
図1 make のモデル
(Lesson 1 の図を改変)

「力を加えて作り上げる」というイメージ(絵)のシンボル(符号)が「make」という単語です。イメージとシンボルがまとまって「ファイル」(情報のひとまとまり)をつくり、イメージはファイルの本体、単語はファイルの見出し(ファイル名)として機能します(図2)。

図2 ファイルのモデル

こうして make からイメージをおもいうかべ、イメージをおもいうかべて make をつかいます。英単語→日本語、日本語→英単語ではなく、英単語→イメージ、イメージ→英単語の練習をくりかえします。イメージは容易に記憶に定着するため、このようなイメージ訓練(心象法)はそのまま記憶法に発展します。視覚情報をつかうのは記憶法の基本でもあり、文字情報→視覚情報、視覚情報→文字情報の変換は記憶法のなかの「変質法」(注)の練習といってもよく、このような情報の質的変換は創造性開発にもつながります。

同様に、have のイメージは「周りにある」であり(図3)、put は「何かを・どこかに・ポン」であり、leave は「ある場所から去る」です。これらについてもイメージをおもいうかべます。

図3 have のモデル
図3 have のモデル
(Lesson 7 の図を改変)

たとえば Lesson 12「I’m not having you walk home alone in this rain.(私は、あなたをこの雨の中ひとりで歩いて帰らせたりはしませんよ。)」の have は、「使役動詞」と学校ではおしえられましたがこのような用語にとらわれる必要はなく、「周りにある」イメージを拡張させます。have は動きを感じさせない動詞であり、「~させる」が自然な訳になるときであっても make のように強制的に「させる」感触はないことがイメージにより直観的に理解できます。実におもしろい。

以下も「周りにある」イメージです。

  • have two windows
  • have a lot of rain
  • have an accident
  • have a headache
  • have tea
  • have a bath
  • be had
  • can’t have such behavior

すべてが have のイメージで理解できます。「be had」が「だまされる」であることもわかります。言葉とは類似な情報を統合するシンボル(符号)であり、言葉には、イメージをはじめさまざまな情報を統合する力があり、この力が、アウトプットに役だちます。

従来の “学校英語” や “受験英語” になれてきたわたしたち日本人にとっては日本語訳を頭からおいだしてイメージをつかうことはハードルがいくらかたかいかもしれませんが、日本語を脱することは英語を習得し、外国人とコミュニケーションをするために必要なことです。イメージをつかい、ファイル(情報のひとまとまり)を心のなかにふやしていく方法は情報処理をすすめアウトプットを容易にします。

この方法は、ほかの外国語を習得するときにもつかえますし、あるいは言語にかぎらず、あたらしいことをまなぶときにも役だちます。あらゆる分野に応用できる普遍的な方法をラジオ英会話がおしえてくれます。

▼ 関連記事(2022年度 NHK ラジオ英会話)
make, have, put, leave -「基本動詞 ①」(NHK ラジオ英会話, 2022.04)-
take, go, come, be, give, get -「基本動詞 ②」(NHK ラジオ英会話, 2022.05)-
run, look, watch, see, listen, hear, taste, talk, say, tell, think, believe, know, wonder, find -「基本動詞 ③」(NHK ラジオ英会話, 2022.06)-

▼ 関連記事(2019年度 NHK ラジオ英会話)
前置詞をイメージする -「英単語は日本語訳では語れない」(NHK ラジオ英会話, 2019.04)-
言葉とイメージ -「前置詞のイメージの完成」(NHK ラジオ英会話, 2019.05)-
イメージをうごかす -「基本動詞の征服 ①」(NHK ラジオ英会話, 2019.06)-
イメージと文型のシンクロナイズ -「基本動詞の征服 ②」(NHK ラジオ英会話, 2019.07)-
プログラムにしたがって練習する -「基本動詞の征服 ③」(NHK ラジオ英会話, 2019.08)-
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スキットを想像する -「基本動詞の征服 ⑤」(NHK ラジオ英会話, 2019.10)-
印象をつかう -「基本形容詞」(NHK ラジオ英会話, 2019.11)-
単純なイメージで本質をつかむ -「基本副詞・名詞(可算・不可算)」(NHK ラジオ英会話, 2019.12)-
イメージして、言葉でアウトプットする -「限定詞・助動詞・時表現」(NHK ラジオ英会話, 2020.01)-
メッセージをうけとり、メッセージをつたえる -「大きな『単語』:定型表現 ①」(NHK ラジオ英会話, 2020.02)-
心にしみわたるコミュニケーション -「大きな『単語』:定型表現 ②」(NHK ラジオ英会話, 2020.03)-

▼ 参考文献
『NHK ラジオ英会話』(2022年 4月号、NHK テキスト)NHK 出版、2022年

▼ CD
『NHK CD ラジオ英会話』(2022年4月号)

▼ 関連教材

▼ 注:参考文献
栗田昌裕著『栗田博士のSRS記憶法 ― 潜在能力をぐんぐんひきだす』ダイヤモンド社、1993年

(冒頭写真:イングランド、ストラトフォード・アポン・エイヴォン駅(Stratford-upon-Avon station)、1999年 撮影)

情報処理のエラーをふせぐために -「錯視研究の最前線」-

脳の情報処理によって映像がうまれます。両眼をつかって奥行きをとらえます。さまざまな視点をもちます。

脳の情報処理によって映像がうまれます。両眼をつかって奥行きをとらえます。さまざまな視点をもちます。

錯視研究の第一人者・杉原厚吉さんが錯視に関する映像を公開しています。

錯覚作品「Magnet Like Slopes」(明治大学MIMS・杉原厚吉作)
錯覚作品「クローバーとハート」(明治大学MIMS・杉原厚吉作)
錯覚作品「Triply Ambiguous Object」(明治大学MIMS・杉原厚吉作)
3D Schröder Staircase
重力に逆らって坂道を上がる? 「錯覚すべり台」登場 新潟・八海山麓スキー場

YouTube

錯視が常識をくつがえします。

錯視を起こすには、① 片方の目だけで見る、② カメラで撮影した映像を見る、③ 大きく作って遠くから見る、などが必要です。「両目の間隔は六〜七mなので、両眼立体視が利くのはせいぜい十mまで」と言われます。そのため、③ 大きく作って遠くから見る時、両目で見ても錯視が起きるのです。(中略)

錯視が起きる背景には、① 一枚の画像には奥行きの情報がない(数学的性質)、② 脳は直角を優先する傾向が強い(心理学的性質)の二つがあると分かりました。

杉原厚吉著「見ることの常識が通じない錯視研究の最前線」學士曾会報, 953(注1)

日常生活でも錯視はおきます。注意してみても、本当の形をしったあとでもおこります。自覚がないだけです。たとえば香川県屋島の「お化け坂」もそうです。

屋島スカイウェイのミステリーゾーン「お化け坂」

YouTube

上り坂のあとに下り坂があってふたたび上り坂になるように感じますが実際はちがいます。脳は、急な方は上りで、ゆるやかな方は下りだと判断してしまいます。このような坂道錯視によりブレーキとアクセルをまちがえて交通事故がおこることがあります。

あるいはスポーツにおいても、錯視による誤審があることがすでによくしられています。

このように錯視は、脳の判断によっておこります。みるということ(視覚)には、目が光をうける段階(インプット)と情報を脳が処理して判断する段階(プロセシング)の2つの段階があり、錯視とは情報処理のエラーといってもよいでしょう。

たとえば片目でみると片目の情報しか処理されず錯視が容易におこります。写真撮影でも、レンズが普通は1本(1眼)であるため錯視がおこりやすくなります。「不思議なチーター“チタベロス”」をみてください。

「頭が3つ? 不思議なチーター“チタベロス” いつも仲良し」
(日テレNEWS, 2022.4.11)

これは合成写真ではありません。奥行きの情報がないために錯視がおこります。そもそも目に はいってきた光には奥行きの情報はなく、脳が、左右2つの目の視差を検出して奥行きを判断(想像)します。

このような錯視をふせぐために2眼カメラをわたしはしばしばつかいます(注2)。あるいは1眼カメラをつかうときでも、左足を軸足にして1枚、右足を軸足にして1枚撮影し、ステレオ写真(3D写真)にして錯視をふせぎます。あるいは現場にいってさまざまな視点から対象をみれば錯視をふせげます。背景や構造など、その場の全体もとらえるようにします。

錯視は往往におこり、時と場合によりさけられませんが、錯視がおこる仕組みをしることによってある程度ふせげるでしょう。またみたことをすべて信じず、情報をアウトプットするときに確認・検証をおこないます。固定観念やおもいこみもなくします。

情報処理のエラーとして錯視をとらえなおすと人間の情報処理の仕組みもわかってきます。光(電磁波の一部)を目がうけると電気信号にそれは変換され、神経をとおって信号が脳におくられ、それを脳が処理すると映像が生じます。わたしたちは目でみているとおもっていましたが、実は脳が像をつくりだしていたのであり、この過程でエラーがおこりえます。このような情報処理の仕組みは心のはたらきといいかえてもよく、わたしたち人間が認識している世界(宇宙)も心のはたらきの観点からとらえなおす必要があり、錯視は、このような現象をかんがえるための入口にもなります。

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時間的変化にも心をくばる -『Newton 残像と消える錯視』-

▼ 注1
杉原厚吉著「見ることの常識が通じない錯視研究の最前線」學士曾会報, 953, pp.49-59, 2022年3月1日

▼ 注2:2眼(3D)カメラの例
FUJIFILM 3Dデジタルカメラ FinePix REAL 3D W3 F FX-3D W3S

▼ 参考文献
杉原厚吉著『新 錯視図鑑:脳がだまされる奇妙な世界を楽しむ・解き明かす・つくりだす』誠文堂新光社、2018年

▼ 関連書籍
杉原厚吉著『見て、知って、つくって! 錯視で遊ぼう: 脳がつくりだす不思議な知覚の世界』(子供の科学サイエンスブックスNEXT)誠文堂新光社, 2021年
杉原厚吉著『鏡のトリック立体キット 自分で作れる!錯覚アート』永岡書店, 2021年
杉原厚吉著『トリックアート図鑑 錯覚! 立体ペーパークラフト』 あかね書房, 2020年

目をきたえる -『目が一気によくなる! 魔法の3Dアート』-

視力が維持され回復します。近視・老眼・疲れ目にききます。脳が活性化します。

視力が維持され回復します。近視・老眼・疲れ目にききます。脳が活性化します。

一見 何がえがかれているのかわかりませんが立体視をすると絵がうきでてきます。それが「3D アート(イラスト)」です。本書は、とおくに焦点をあわせることで絵がうかびあがる「平行法」と手前で焦点をあわせることで絵がうかびあがる「交差法」の 3D イラストをのべ38点収録しており、たのしみながら目がきたえられます。

近視であれ老眼であれ、視力低下を撃退するポイントは、「目をきちんと使うこと」と「脳の活性化」です。(中略)

3D とは 3次元、つまり立体という意味です。若いころ、駆け出しの医師として多忙だった私の視力は、0.1まで落ちたことがありました。しかし、その後に回復し、50代後半の今でも、メガネは不要。運転免許証は裸眼で更新しています。

3D 視力回復法は、そんな私の、長年の習慣の一つ。視力維持に関しては、特に効果を実感している方法です。メガネやコンタクトレンズを使っているかたは、つけたままで行えます。

平行法で絵がうかびあがります(表紙から引用)

立体視のやりかたは本書でくわしく解説しています。またこちらも参考にしてください。

目に光がとどくと、その光の刺激を適切に処理し、物の形や色・おおきさ・距離などを認識するのは脳のはたらきです。目と脳は密接に関係しており、いつもとおなじように目をつかっているだけだとだんだん脳はなまけるようになります。

そこで目と脳を刺激し、視力低下をふせぎ視力を回復する方法として立体視(3D 視力回復法)が有効です。立体視は、目の筋肉である眼筋を緊張させたりゆるめたりするのでおとろえた眼筋の筋力アップになります。また立体視により、ふだんとはちがう活動をするとびっくりした脳は、「私の目は、いろいろな使い方をしている。目の働きをもっとよくしなければいけない」と、活性化していきます。

立体視には、平行法と交差法の2つの見方があり、目と脳のはたらきをいずれもたかめます。2種類とも是非おこなってください。まずは無理をせず、1日5分を目安にはじめましょう。

下の写真も立体視できます。奥ゆきをしっかりとらえてください。

平行法
平行法で立体視ができます
交差法
交差法で立体視ができます

視力がよくなると観察力がつよまります。目からのインプット能力がたかまります。インプット能力がたかまればプロセシング能力もアウトプット能力も向上します。

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3D空間認知訓練 -「建築の日本展」(森美術館)-
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立体視をして仏像に向きあう - 十文字美信著『ポケットに仏像』-
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富士山を立体視する

▼ 参考文献
本部千博監修・企画編集部編集『目が一気によくなる! 魔法の3Dアート」(マキノ出版ムック)マキノ出版、2021年

アウトプットのために -「追悼 立花隆の書棚」展 –

インプット:アウトプット = 100:1。場所(位置)で記憶します。情報を統合してアウトプットします。

インプット:アウトプット = 100:1。場所で記憶します。情報を統合してアウトプットします。

2021年4月30日に逝去したジャーナリスト・評論家の立花隆さんを追悼し、「追悼 立花隆の書棚」展が文春ギャラリーで一周忌を前に開催されています(注1)。仕事場兼書庫であった通称「猫ビル(ネコビル)」(注2)、通称「三丁目」、立教大学研究室・屋根裏の10万冊をこえる書棚の写真をみながら、立花さんの圧倒的な「知」の世界にはいりこみます。

写真家の薈田(わいだ)純一さんは「全部撮る」を条件に立花さんから書棚の撮影をゆるされ、2010年から週に3~5回かよい、7222枚もの写真を1年半かけてとりました。3m×8mの巨大な書棚写真がみどころであり、また1m×2.5mサイズの書棚写真や生原稿や立花さん愛用の品々も公開しています。

ステレオ写真は交差法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

会場内
会場内
直筆原稿と愛用の品々
直筆原稿と愛用の品々
愛用のスーツケース
愛用のスーツケース

あたらしいことにとりくもうとおもったら本をまずみるとおもいます。そのとき立花さんは、「インプット100に対してアウトプット1」だといいます。たとえば1冊の本をかこうとおもったら最低100冊の本をよみます。ひとつのアウトプットの背後にはその100倍以上の取材・努力があり、膨大な情報が一本に統合されてアウトプットになります。

このようなことをくりかえしているうちに膨大な本があつまりました。仕事場兼書庫は3ヵ所あり、なかでも「猫ビル(ネコビル)」は、地下2階、地上3階+屋上、本をつりあげるクレーンもある「本の砦」です。これだけ膨大な本をどうやって整理していたのだろうか? 立花さんは「本をおいた場所で記憶していた」そうです。たとえば「あの本は、猫ビル3階の南側の書棚にある」というように。したがって「本をうごかして整理しないように」と秘書にいっていました。これは空間記憶法の実践例のひとつです。

同様なことは図書館で誰でもできます。ちかくの図書館にいって館内をブラブラして気にいった本があったら、それがおいてある場所(位置)を記憶します。まずは10冊ぐらい記憶するとよいでしょう。場所をつかえばいつでもすぐにおもいだせます。図書館でつかわれている日本十進分類法にとらわれる必要はありません。

空間記憶法は、無意識のうちに誰もがやっていることですが自覚しておこなうことが大事です。そうすれば本とはかぎらずあらゆる物・情報の記憶が容易になり、「あ、そういえば!」といったおもいつき・ひらめきもうまれやすくなります。

立花さんの書棚の写真を実際にみていくとおもしろそうな本がたくさんみつかります。たとえば「三丁目」の「中央机周り」のランプのそばの書棚をみていたら『見る』という本が興味をひきました。

書棚の例
書棚の例

そのまわりには、『読むということ』『ヒトはなぜ絵を描くのか』『視覚と記憶の情報処理』『もうひとつの視覚』『視覚のメカニズム』『眼と神経』『脳と視覚』『目が人を変える』『心は遺伝子の論理で決まるのか』『脳のなかの幽霊、ふたたび』『ブレイン・ルール』『意識する心』『なぜ記憶が消えるのか』『脳と心』『社会的脳』『読み 脳と心の情報処理』『脳科学と芸術』『視覚の文法』『生命とはなにか』『性の起源』『ヒトはいかにして人となったか』『人間はどこまでチンパンジーか?』・・・、というように、どんどん世界がひろがります。興味がわいてきます。今回の「書棚展(写真展)」と 立花隆著・薈田純一写真『立花隆の書棚』(中央公論新社)(注3)は参考文献集として役だちます。類書をさぐるために最適です。興味をひく本をみつたらその周辺にどんな本があるか、空間的なひろがりとして本がとらえられます。類推がはたらき、発想の場としてもつかえます。同様なことは図書館でもできます。日本十進分類法などの既存の分類法にとらわれる必要はありません。

そもそも立花さんに注目するようになったのはわたしも『田中角栄研究』(注4)からでした。しかしそのきっかけは地球科学者・竹内均の推薦文でした。

私はかつて、文藝春秋社発行の「諸君」という雑誌の書評欄で、この立花隆の「田中角栄研究」をりっぱな科学書であるとして推薦したことがある。(中略)

「田中角栄研究」の材料となったデータは、すべて公開のデータである。立花さんや、そのスタッフのだれかが、どこかの倉庫へしのびこんで盗み出してきたといったものではない。(中略)立花さんは、こういうデータの各々を年表にまとめ、それを横につなげてみて、そこから「田中角栄が怪しい」という推理をし、それをたんねんに跡付けたのである。

こういう方法はまったく科学的なものであり、また一つ一つの仕事は、たいへん地味な作業である。

竹内均著『私の知的鍛錬法 きれっぱしからの発想』徳間書店、1980年(注5)

立花さんは、公開データをたくさんあつめ、内面にインプットし、仮説をたて、推論し、検証しました。まさに科学的方法であり正攻法であり王道です。これは、竹内均がとくに指摘したように、大陸移動説を提唱し体系化したアルフレッド=ウェゲナーの方法とおなじであり、地球科学の方法であり、科学の方法です。アイザック=ニュートン、チャールズ=ダーウィン、アンリ=ポアンカレなどをみてもあきらかです。

このように、膨大なインプットからアウトプットをみちびくところに情報の統合がみられます。立花さんは、大量インプット、空間記憶法、統合出力のながれが重要であることをわたしたちにおしえてくれています。ちいさくとも密度のたかい展覧会でした。

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虚空蔵菩薩像を中核にして空間記憶法を実践する -「日本国宝展」- 

▼ 注1
追悼 立花隆の書棚展
場所:文春ギャラリー
会期:2022年4月11日~4月15日
※ 撮影が許可されています。
日本を代表するジャーナリスト 立花隆の一周忌を偲ぶ「追悼 立花隆の書棚展」が開催!(文春オンライン)

▼ 注2:猫ビル

▼ 注3
立花隆著・薈田純一写真『立花隆の書棚』 中央公論新社、2013年

▼ 注4
立花隆著『田中角栄研究全記録(上)』(講談社文庫)、講談社、1982年
立花隆著『田中角栄研究全記録(下)』(講談社文庫)、講談社、1982年
文藝春秋特別編集『「知の巨人」 立花隆のすべて』(文春ムック)‎文藝春秋、2021年

▼ 注5
竹内均著『私の知的鍛錬法 きれっぱしからの発想』徳間書店、1980年

英語と日本語では語順がちがう - NHKテレビ「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」-

英語と日本語では原則がことなります。英語は、主語のあとに述語が展開します。日本語は、補足語を述部が統括します。

英語と日本語では原則がことなります。英語は、主語のあとに述語が展開します。日本語は、補足語を述部が統括します。

NHKテレビ「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」の2022年度の放送がはじまりました。番組のキャッチフレーズは「話すための7つの文法レシピ」であり、今月のテーマは「英語と日本語の違いを知る」です。

英文づくりに不可欠な「レシピ」はたったの7つしかありません。この7つを習得すればどんな英文でもつくれます。5つの基本文型と2つの修飾方向です。

基本文型
 他動型 主+動+目
 自動型 主+動
 説明型 主+動+説明語句
 授与型 主+動+目+目
 目的語説明型 主+動+目+説明語句

修飾方向
 指定ルール 指定は前に置く
 説明ルール 説明は後ろに置く

これらは英語の語順の原則といってもよく、これらをつかって練習すれば英語がおのずと身につきます。英文法は、たくさんのことをおぼえなければならず大変だとおもっていましたが簡単でした。これらにより学習は一気に加速し驚異的な効果があらわれます。文法学習の時間が短縮でき音声訓練や単語の記憶に時間をさけます。

英語に対して、日本語の語順の原則はつぎのとおりです。

述部(動詞・形容詞・形容動詞)を最後に。
形容する詞句を先に(修飾辞が被修飾辞の前にくる)。
ながい修飾語ほど先に。
句を先に。

たとえばつぎの例文をみてください。

英 語  I gave Mary a present.
日本語 プレゼントをメアリーに私はあげた。

このように、英語と日本語では語順がことなります。このことに気づかず、日本語の語順で英文をとらえたり(これまでのいわゆる英文和訳・英文読解)、英文法を日本語に無理にあてはめたりしていると語順の原則は身につかず、アウトプット能力がのびません。

つぎの例もみてみましょう。

英 語 The teacher gave the boy the book.
日本語 先生は少年に書物をあげた。

構造化します。

英語と日本語

英語は、「主語」と「述語」のブロックにおおきくわかれ、文頭に、主語「The teacher」をおき、そのあとで文が展開し、それぞれの語句の機能・意味が文のなかの位置によってきまります。

それに対して日本語は、すべての修飾成分が述部「あげた」によって統括される述部中心の言語であり、述部以外はすべて、その補足語として機能します。「先生は」も補足語のひとつにすぎず、文頭に配置するという原則はなく、したがって日本語には “主語” は存在しません。それが証拠に、述部の前であれば「先生は」をどこにでも配置できます。

  • 先生は少年に書物をあげた。
  • 先生は書物に少年にあげた。
  • 少年に先生は書物をあげた。
  • 書物を先生は少年にあげた。
  • 少年に書物を先生はあげた。
  • 書物を少年に先生はあげた。

いずれの文も成立します。ただし修飾語のながさ(字数)がことなる場合は「ながい修飾語ほど先に」の原則がはたらきます。

  • 地域の歴史をくわしく解説した書物をひっこしてきた少年に先生はあげた。

かつて学校で、「主語『○○は』を文頭に書きなさい」と指導した教員がいましたがそれはまちがいでした。

  • 先生は地域の歴史をくわしく解説した書物をひっこしてきた少年にあげた。

たいへんわかりにくく誤解が生じるため、この場合は、「逆順のテン」の原則によりテンがいります。

  • 先生は、地域の歴史をくわしく解説した書物をひっこしてきた少年にあげた。

語順とテンの原則がはたらくことに気がつかねばならず、主語を文頭に配置するという原則はなく、日本語にはそもそも主語はありません。

このように英語と日本語を対比してみると英語のみならず日本語もよくわかります。英語でも日本語でも原則がわかれば見通しがよくなり、アウトプットが容易になり、コミュニケーションがすすみます。

▼ 関連記事
そのままインプットする -「配置の言葉」(NHK ラジオ英会話, 2022.03)-
日本語の作文法(日本語の原則)
わかりやすい日本語を書く(20) - 思想のテン –

▼ 参考文献
『大西泰斗の英会話☆定番レシピ 2022年4月号』NHK出版、2022年
『<新版>日本語の作文技術』(朝日文庫、Kindle版)朝日新聞出版、2015年

ふとおもったことからはじまる仮説法・演繹法・帰納法

ふとおもったことを大事にします。事実・前提・仮説を区別します。仮説法→演繹法→帰納法とすすみます。

先日、あるショップにいったら、テーブルの上に赤い玉が1個おいてありました。そのすぐそばに箱があったので、その玉は、その箱の中からとりだされたのではないかとふとおもいました。

この出来事を冷静にかんがえなおしてみると(箱の中はみることはできませんでした)、テーブルの上に赤い玉がおいてあるという事実をみて、仮に、箱の中には赤い玉がいくつもはいっている(箱の中身は赤い玉である)という前提にたつと、その玉は、その箱の中からとりだされたのではないかという仮説がたてられる、ということになります。

  • 事実:テーブルの上に赤い玉がおいてある。
  • 前提:箱の中には赤い玉がいくつもはいっている。
  • 仮説:その玉は、その箱の中からとりだされたのではないだろうか。

こうして事実と前提にもとづいて仮説がたてられました。これは仮説法です(図1)。

図1 仮説法
図1 仮説法

一方、つぎのこともかんがえました。箱の中には赤い玉がいくつもはいっている(箱の中身は赤い玉である)ということを前提とすると、もし、その箱の中のものをとりだせば、それは赤い玉だろう。

  • 前提:箱の中には赤い玉がいくつもはいっている。
  • 仮説:もし、その箱の中のものをとりだせば・・・
  • 予見:それは赤い玉だろう。

この予見がただしいかどうかは、箱の中から中身を実際にとりだして確認すればよく、赤い玉であれば予見はただしかったことになり、事実として確認されます。実際にとりだしてみたところやはり赤い玉であり、予見は事実となりました。これは、推論をへて事実を確認するプロセスであり、演繹法です(図2)。

図2 演繹法
図2 演繹法

さらに、つぎのこともかんがえました。もし、箱の中から中身をもっととりだせば、それらはすべて赤い玉であるはずであり、いくつもの赤い玉が事実として確認できれば、その箱の中身は赤い玉であるといえるだろう。

実際にとりだしてみたところ、すべてが赤い玉だったので、箱の中身は赤い玉であるとかんがえられます。つまり、仮説法・演繹法でかんがえた前提がみちびかれます。これは帰納法です(図3)。

  • 仮説:箱の中から中身をもっととりだせば・・・
  • 事実:とりだしたものはすべて赤い玉である。
  • 前提:箱の中身は赤い玉であるといえる。
図3 帰納法
図3 帰納法

このように、仮説法・演繹法・帰納法という3つの論理がありますが、これらを、一連の出来事としてとらえなおすこともできます。

テーブルの上にあった赤い玉は、そばにある箱の中からとりだされたのではないだろうかという仮説をたてたら(仮説法)、それをたしかめるために(検証するために)箱の中から中身をさらにとりだしてみて、それらが赤い玉であったなら仮説の確からしさがたかまります(演繹法)。とりだしたものがすべてが赤い玉であったなら箱の中身はすべて赤い玉だろうとかんがえられます(帰納法)。中身をとりだして確認しながら仮説を検証する過程でデータがふえ(データとは事実を記載したもの)、箱の中身をすべてみなくても、中身が何であるか一般的なことが想像できます。

またたとえば、つぎのようなケースもかんがえられます。10個の玉を箱からとりだして、そのうちの9個は赤い玉、1個は白い玉だったとしたら、箱の中身のおよそ90%は赤い玉であり、およそ10%は白い玉であり、もし、箱の中に200個の玉がはいっていたとするとおよそ180個は赤い玉であり、およそ20個は白い玉であるといえます。この箱から玉を1個とりだしたら、およそ90%の確率でそれは赤い玉になるだろうという予測もできます。

このように、ふとおもったこと、ちょっとしたおもいつきを仮説としてとらえなおし、仮説法・演繹法・帰納法を連続的につかえば(図4)、一連のストーリーができ、論理が展開し話がひろがります。いわゆる直観も、このように論理的にとらえなおせばアウトプットに発展します。

図4 3段階モデル
図4 3段階モデル

仮説をたて、もしそうだとしたらとかんがえるのが基本であり、かんがえたとおりにもしならなかった場合は “失敗” ということになりますが、その場合は仮説をたてなおせばよいのであり、あらたなつぎの仮説の検証にすすんでいけます。かんがえられる仮説についてひとつひとつ検証していくことが必要なのであって、失敗は悲観すべき内容ではなく、ただしい仮説に到達するための手段です。失敗と成功という概念も、このような論理展開の文脈のなかでかんがえなおさなければなりません。

なお民族地理学者・KJ法創始者の川喜田二郎は、KJ法の基礎概念として、「野外科学」「書斎科学」「実験科学」とそれらをくみあわせた「W型問題解決モデル」を提唱し、これらはやや難解ですが、ここでのべた仮説法・演繹法・帰納法が野外科学・書斎科学・実験科学の原型であり、3段階モデルがW型問題解決モデルのエッセンスであり、仮説法・演繹法・帰納法がわかれば、野外科学・書斎科学・実験科学のちがいもよくわかり、問題解決もおのずとすすみます。

▼ 関連記事
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論理の3段階モデル - 新型コロナウイルスの感染拡大 –
那須サファリパーク事故・ヒューマンエラー説
大陸移動説と3段階モデル - ウェゲナー『大陸と海洋の起源』-
3D 国立科学博物館「宇宙を見る眼」- 地動説・ケプラーの法則・万有引力の法則 –

▼ 参考文献
川喜田二郎著『発想法』(中公新書)中央公論新社、2017年(初版1967年)
竹内均・上山春平『第三世代の学問 地球学の提唱』(中公新書)中央公論社、1977年
上山春平著『上山春平著作集第一巻 哲学の方法』法蔵館、1996年

3D「ポンペイ」(東京国立博物館)

都市国家の時代から領域国家の時代へかわりました。ローマ帝国が繁栄しました。古代ギリシャ・ローマ文明が基礎となりヨーロッパ文明が発展しました。

特別展「ポンペイ」が東京国立博物館で開催されています(注1)。ナポリ国立考古学博物館(注2)の全面的協力による「ポンペイ展の決定版」です。

ステレオ写真は平行法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

序章 ヴェスヴィオ火山とポンペイ埋没
第1展示室 ポンペイの街:公共施設と宗教
第2展示室 ポンペイの社会と人びとの活躍
第3展示室 人びとの生活:食と仕事
第4展示室 ポンペイ繁栄の歴史
第5展示室 発掘の今むかし

フロアマップ


ポンペイの位置

女性犠牲者の石膏像(79年)
女性犠牲者の石膏像
(79年)
ポリュクレイトス「槍を持つ人」
ポリュクレイトス「槍を持つ人」
(前1〜後1世紀、オリジナルは前450〜前440年、カッラーラ大理石)
ビキニのウェヌス
ビキニのウェヌス
(前1〜後1世紀、大理石)
エウマキア象
エウマキア象
(1世紀初頭、大理石)
金のランプ
(62〜64年、金)
マケドニアの王子と哲学者
マケドニアの王子と哲学者
(前60〜前40年頃)
水道のバルブ(1世紀、ブロンズ)
水道のバルブ
(1世紀、ブロンズ)
炭化したパン(79年)
炭化したパン
(79年)
瓶とケース
瓶とケース
(1世紀、ガラス・土器)
ワイン用のアンフォラ
ワイン用のアンフォラ
(1世紀後半、土器)
ユピテル=アンモン形の錘付き竿秤
ユピテル=アンモン形の錘付き竿秤
(商人の道具、1世紀、ブロンズ)
「ファウヌスの家」の談話室の再現
「ファウヌスの家」の談話室の再現
(アレクサンドロス大王のモザイクの床)
「竪琴奏者の家」の再現
「悲劇詩人の家」の再現
奴隷の拘束具
奴隷の拘束具
(1世紀、鉄)
テーブル天板(通称「メメント・モリ」)
(前1世紀、モザイク)

「メメント・モリ」とは「死を忘れるな」の意です。ローマ社会は、どの社会階層の者にも死が平等におとずれることをつよく意識しており、死をしめすドクロの左側には富と権力の表象が、右側には貧困の表象が配されています。

ポンペイの市街地
ポンペイの市街地
(遺跡地図)
略史
  • 前7世紀末 現在の位置(ポンペイ)に都市が建設される。
  • 前6世紀 ギリシャ人とエトルリア人の影響下で、最初の市壁、最初のアポロ神殿、三角広場のドリス式神殿が建設される
  • 前5世紀末 サムニウム人に征服される。〈サムニウム時代〉
  • 前2世紀 経済的に繁栄。フォルム(公共広場)を大整備、アポロ神殿改築、大劇場などが建設される。
  • 前91年 同盟市戦争が勃発する。ポンペイはローマとたたかう。
  • 前89年 ローマ軍によって征服される。
  • 前80年 ローマの植民市となる。〈ローマ化の時代〉
  • 前1世紀 ウェヌス神殿、小劇場、円形闘技場が建設される。ユピテル神殿がローマとおなじ3神を祀るように改築される。
  • 前27年 初代皇帝アウグストゥスが統治、ローマ帝政期にはいる。
  • 62年 大地震が発生、ポンペイ、おおきな被害をうける。地震後、ローマ皇帝ネロが慰問する。
  • 79年 ヴェスヴィオ火山が噴火、ポンペイ、埋没する。
  • 117年頃 ローマ帝国の版図が最大になる。
  • 313年 ローマ帝国、キリスト教を公認する。
  • 395年 ローマ帝国、東西に分裂する。
  • 476年 西ローマ帝国、滅亡する。

ポンペイは、オスキ語をはなす先住民がもともとくらしていましたが、前8世紀からはギリシャ人が南イタリアに進出し、前7世紀には、カンパニア地方(イタリア南西部)にエトルリア人が勢力を拡大し、都市が形成され、前6世紀には、最初の市壁や神殿が建設されました。

しかし前5世紀後半、カンパニア地方の平坦部へ山岳部から進出したサムニウム人によってポンペイは占領され、前2世紀には、東地中海との交易が活発になり、ヘレニズム文化の影響をうけて市街地が一新されました。
 
そのご前91年、イタリア半島の同盟市がローマ市民権を要求し、ローマとの間に同盟市戦争が勃発、ポンペイは同盟市側でたたかいましたが、前89年、スッラによって占領されて自治市(ムニキピウム)となり、さらに前80年にはローマの植民市(コロニア)となり、ポンペイの社会や文化はローマ化されます。

そしてローマ人植民者が上位にたつ貧富の差のはげしい格差社会が成立し、上流層の証しは、二人委員(ドゥウムウィリ)や造営官(アエディレス)に選挙に勝って選出され、市参事会(オルド・デクリオヌム)の終身議員になることでした。他方、奴隷は、人口のかなり(一説には4分の1ほど)をしめ、戦争の被征服民や捨て子や奴隷の母からうまれた子供たちであり、農業奴隷は、足枷につながれ過酷な労働をしいられました。街の奴隷は、よみかきのできる者は厚遇され、主人に気にいられれば奴隷から解放されるという希望が労働の原動力でした。

前27年以降のローマ帝政期には街の随所に皇帝の影響がみられるようになり、皇帝からの恩寵をえられるかどうかに地方都市ポンペイの趨勢はかかっていました。次々と建立された神殿や3基の記念門などは皇帝家の人物を称揚するためのものでした。

ポンペイの住人(都市部)は、製造業・建設業・小売・飲食業・サービス業など、さまざまな職業に従事していました。600以上の店や工房が街全体で発掘されており、遺構や遺物から何の店だったか判別できるものもあり、石窯や石臼があるのはパン屋で、石臼だけの製粉所もありました。テイクアウトができる料理屋(テルモポリウム)のカウンターには、料理をいれるための大甕(おおがめ、ドリウム)がうめこまれており、洗濯屋には、大小いくつもの水槽がもうけられていました。家の外壁や屋内にえがかれた絵やモザイクが店の業種をつたえることもあります。

特定の店舗をもたない露店や行商の商売人や肉体労働者もたくさんおり、現場におもむいておこなう仕事もありました。大工や壁画家の道具もみつかっています。また見せ物や選挙などの広告文を外壁にかく筆記者 (スクリプトル)や子供に勉強をおしえる教師もいました。

街はずれや市壁の外では農業や水産業がいとなまれ、産物の加工もさかんで、地元で消費するだけでなく他地域に輸出する加工食品も生産されていました。ヴェスヴィオ火山の周辺地域の火山灰土壌は果物の栽培に適していたのでブドウやオリーブが栽培され、ポンペイのワインは、イタリア半島だけでなくカルタゴ・ガリア地方・イベリア半島にも輸出され、オリーブ油は品質がたかいことで有名でした。またガルム(魚醤)も、ローマをふくめ各地に輸出されました。

ところが79年、ヴェスヴィオ火山が噴火、火口から約10kmはなれたポンペイには、昼すぎから11時間にわたって大量の灰や軽石がふりそそぎ、街から脱出する者もいれば、家のなかににげこむ者もいましたが、しだいに、噴出物のおもみで家々の屋根はおち、のこった者はとじこめられます。そして翌朝、高温の火砕サージと火砕流がポンペイに襲来、すべてが死にたえます。しこみのおわったワインや部屋にだされた暖房器具、毛皮の帽冒子をかぶった遺体などがみつかったことから噴火は晩秋であったとかんがえられ、10月24日噴火説が有力です。

こうしてポンペイは、火山噴出物に埋没し、都市のにぎわいをそのままとじこめた「タイムカプセル」になりました。

そしてようやく、16世紀なかばになってその存在が発見され、1748年から発掘がはじまります。現在はおよそ8割が発掘されて巨大な遺跡公園として整備され、当時の街の様子が再現されています。

フォルム(公共広場)をかこむアポロ・ウェヌス・ユピテルの各神殿、三角広場の大小の劇場、1万5000人を収容できる大闘技場、食料雑貨の小売店、酒場、浴場、庶民の家、商人の家、富豪の邸宅、車道と歩道が区別され横断歩道もある街路、柱廊、凱旋門など、古代都市とそこでくらす人々の生活の様子がおどろくほどよくわかります。またアレクサンドロス大王のモザイクなど、おおくの出土品がナポリ国立考古学博物館におさめられています。

ポンペイは、当初は、オスキ語をはなす先住民がくらしていましたが、ヴェスヴィオ火山の山麓に肥沃な土地をもち、ナポリ湾にちかく交通の要衝であったため、前8世紀にギリシャ人が、前7世紀にエトルリア人が進出し、都市国家を形成したとかんがえられます。前5世紀になるとサムニウム人に占領され、市域が拡大し城壁がつくられましたが、それまでの伝統的なギリシャ文化がまもられたことが広場や家屋のモザイクなどにあらわれています。

しかし前91年、同盟市戦争が勃発、前80年、ローマの植民市となり、以後、ローマ化が急速にすすみ、都市参事会制度がととのい、ローマの富裕者が別荘をつくり、芸術家や職人もあつまり、最盛時の人口は1万5000~2万をかぞえ、カンパニア地方でも有数の壮麗な都市となります。ローマ帝政期にはいってからも保養地として繁栄をつづけ、水道や舗装路がさらに整備されます。

このようにポンペイは、古代ギリシャ・ローマ時代の都市と生活をしるための宝庫となっており、ポンペイをとおして、都市国家が戦争をへて、帝国(領域国家)にくみこまれていく歴史をうかがいしることができ、ここに、古代ギリシャ文明から古代ローマ文明への移行、都市文明から「領域文明」への発展をみることができます。

今回の特別展にいけば、古代都市のなかをあるいているような疑似体験ができ、約2000年も前に、わたしたちがおもっていたよりもレベルのたかい文明が存在していたことがよくわかります。そしてこの古代文明が、のちのヨーロッパ文明の形成におおきな役割をはたしていくことになるわけです。

▼ 関連記事
古代ローマ都市にタイムスリップする - 世界遺産・ポンペイの壁画展 –
特別展「古代ギリシャ - 時空を越えた旅 -」(まとめ)

▼ 注1
特別展「ポンペイ」
会場:東京国立博物館・平成館
会期:2022年1月14日~4月3日
※ 写真撮影が許可されています。
特設公式サイト

巡回展(予定)
京都市京セラ美術館:2022年4月21〜7月3日
宮城県美術館:2022年7月16日〜9月25日
九州国立博物館:2022年10月12日〜12月4日

▼ 注2
ナポリ国立考古学博物館
公式サイト

▼ 参考文献・ビデオ
芳賀京子監修、東京国立博物館・朝日新聞社編集『特別展 ポンペイ』(展覧会図録)、朝日新聞社・NHK・NHKプロモーション発行、2022年
弓削達著『地中海世界 ギリシア・ローマの歴史』(講談社学術文庫)、講談社、2020年(原本は1973年)
NHKオンデマンド「よみがえるポンペイ」(Amazon)

▼ 関連書籍

そのままインプットする -「配置の言葉」(NHK ラジオ英会話, 2022.03)-

語順感覚を身につけます。インプット・プロセシング・アウトプットを自覚します。世界がひろがります。

NHK ラジオ英会話、今月は、比較表現をしあげ、最後に、今年度のしめくくりとして「配置の言葉」を確認します。

LESSON 221 比較 ⑨:指定表現+比較級

Windsor Castle is much older than Buckingham Palace.

指定表現を比較級にくわえる練習です。指定表現の位置は、「指定ルール(指定は前に置く)」にしたがい比較級の前です。

LESSON 222 比較 ⑩:比較はバランスを大切に(比較級)

It’s faster to draw it on a computer than to use real watercolor paints.

比較可能なものをバランスよくくらべることが大事です。

LESSON 223 比較 ⑪:比較対象に節(比較級)

Nolan is a lot smarter than he seems.

比較対象に節をつかう練習です。

LESSON 224 比較 ⑫:最上級の基礎

I’d say she’s the most talented artist in our family.

最上級も、ほかの比較表現同様、通常の形容詞・副詞とおなじ場所でつかいます。

LESSON 226 比較 ⑬:最上級と範囲の意識

It was the most moving film I’ve ever seen.

最上級(最も~)にはしばしば「範囲」がしめされます。

LESSON 227 比較 ⑭:指定表現+最上級

This is by far the best office software I’ve ever used.

「指定ルール」にしたがって「by far」を「the best」の前において強調します。

LESSON 228 比較 ⑮:最上級を使った頻用フレーズ

At best he’s an entertaining writer, and at worst he’s just a dreamer.

「at best」と「at worst」の対比を意識します。

LESSON 229 比較 ⑯: as ~ as … を用いたフレーズ 1

OK, keep calm. I’ll get there as fast as I can.

「as ~ as … can」がひとまとまりの表現として感じられるまで練習します。

LESSON 231 比較 ⑰: as ~ as … を用いたフレーズ 2

You’re as lovely as ever.

「ever」は「at any time(どの時点をとっても)」ということであり、そこから、「いつもと同じように」となります。

LESSON 232 比較 ⑱:比較級を用いたフレーズ 1

Your English is getting better and better.

変化が途切れなく、どんどんつづいていきます。

LESSON 233 比較 ⑲:比較級を用いたフレーズ 2

The Earth is no more than a little planet.

「no」には、つよい感情「全然そうではない」がやどっており、「~にすぎません(= only)」となります。

LESSON 234 比較 ⑳:比較級を用いたフレーズ 3

You’re no more a philosopher than my cat!

あきらかに論外なモノをひきあいにだし、「全然違いますよ」と、つよい否定の意識でいいます。

LESSON 236 英語は「配置の言葉」①:動詞 -ing 形

Sneezing man?

「sneezing」が「man」の前にあり、これは、「指定ルール」によりうしろの表現の種類を指定する位置です。ただの「男」ではなく「くしゃみ男」。

LESSON 237 英語は「配置の言葉」②:過去分詞

We were able to recover most of the stolen things.

過去分詞「stolen」が「things」の前におかれ、「指定ルール」によって「盗品」となります。

LESSON 238 英語は「配置の言葉」③: to 不定詞

I want to eat my ramen slowly.

「to 不定詞」が目的語の位置にあります。位置によって機能が決まります。

LESSON 239 英語は「配置の言葉」④:そろそろ英語、話せます!

He heard the news that Roxy went to the UK to study.

「the news」の内容を節が説明し「ロキシーがイギリスに留学した──というニュース」となります。「説明ルール」の典型例です。

英語は配置の言葉、文中の配置(場所)によって語句の働きがきまります。したがって配置(語順)がわかれば、そこに語句をほうりこむだけで英文がすぐにできあがります。簡単です。

その原則をしめしたのが「基本文型」(5つのパターン)であり、修飾の語順ルール、「指定ルール」「説明ルール」です。

基本文型
  • 自動型(I jog.)
  • 説明型(John is a student.)
  • 他動型(I like Mary.)
  • 授与型(I gave Mary a present.)
  • 目的語説明型(We call him Jimmy.)
修飾の語順
  • 指定ルール:前に置いた修飾語句は後ろを指定する
  • 説明ルール:後ろに置いた修飾語句は前を説明する

けっきょくこれだけのことであり、原則はとても単純です。この語順感覚を身につければ英語の学習は一気に加速します。

しかし英文和訳(英文読解)を基本として、日本語の語順で英文を理解することをくりかえしているといつまでたっても語順感覚が身につきません。なぜなら英語の語順の原則と日本語の語順の原則とはまったくことなるからです。英語にも日本語にも語順の原則がそれぞれにあり、それらはことなることに気がつかねばなりません。原則とは、現象の根本にある単純明快な原理あるいは法則といってもよいでしょう。

2021年度のラジオ英会話は、「なぜ日本人は英語を話せないのか?」という問いからはじまりました。そのこたえは英語の語順の練習をしていなかったということです。しかしラジオ英会話をくりかえしきいていれば語順感覚がおのずと身につき、英語がはなせるようになります。

感覚とは、耳や目などから、情報(音声や文字など)を内面にインプットする心(ハート)の働きであり、インプットの段階では、英語の語順をそのままうけいれる必要があり、日本語はかんがえないほうがよいです。英語をインプットしながら日本語訳を同時にかんがえることはインプットをさまたげます。英文をよみながら(みながら)日本語に英語をおきかえているとインプットがうまくできません。インプットをするときにはインプットに徹したほうがよく、入れるときには入れる、ちょっとした決断がいります。これは、英語にかぎらずあらゆるインプットに通じる教訓です。

一方、英語をはなす(声にだしていう)とは情報を外面にアウトプットすることであり、メッセージを相手につたえることです。そしてインプットとアウトプットのあいだには、理解・イメージング・記憶など、プロセシングがあり、とくに記憶は睡眠によってすすみます。

このような〈インプット→プロセシング→アウトプット〉は 心(ハート)の働きといいかえてもよいでしょう。インプット・プロセシング・アウトプットのそれぞれを自覚し意識すれば情報処理がすすみ効果があがります。ハートの仕組みを理解しハートをはたらかせることは、番組のキャッチフレーズ「ハートでつかめ!英語の極意」にも通じるとおもいます。

わたしも、おおくの日本人(とくに比較的ご年配の方々)が英会話ができない現実に国際協力などをとおしてつきあたり、日本の英語教育には問題があるとかねてからおもっていましたが、ラジオ英会話を受講して問題の核心がわかりました。それは、おそわるほうだけでなくおしえるほうもインプットの仕組みをしらず、インプットがうまくできていなかったということです。英語の語順感覚の習得をさまたげていたのは日本語であり、既知の知識や記憶・固定観念があらたなインプットを阻害します。したがってインプットをするときには、どのような分野でも、その情報をそのままうけいれ、受け身になってすなおに情報をとりこむ姿勢が必要です。このようにみるとやはり、わかい人のほうがインプットが得意です。あたらしいことをまなべます。

大西泰斗先生らが指導するラジオ英会話でいっていることは簡単なことのようですが、実は、あらゆる情報処理・教育・練習・訓練に通じる核心をついています。普遍性があります。普遍性があるので、ここでまなんだことはほかの分野にも応用できます。

ラジオ英会話は来年度も、大西先生らが指導するそうです。イメージ訓練が今度はできます。この講座を基点にして世界がさらにひろがるでしょう。

▼ 関連記事(2021年度 NHK ラジオ英会話)
説明ルールと指定ルール -「なぜ日本人は英語を話せないのか?」(NHK ラジオ英会話, 2021.04)-
配置でポン! -「基本文型で意志は伝わる」(NHK ラジオ英会話, 2021.05)-
学習を加速する -「位置がわかれば拡張は簡単」(NHK ラジオ英会話, 2021.06)-
単純さに気がつく -「『説明ルール』で英語を英語として使いこなす」(NHK ラジオ英会話, 2021.07)-
例外はありません -「名詞の説明」(NHK ラジオ英会話, 2021.08)-
うしろを指定する -「指定ルール」(NHK ラジオ英会話, 2021.09)-
心をはたらかせる -「助動詞の征服」(NHK ラジオ英会話, 2021.10)-
距離感をイメージする -「時表現を極める ①」(NHK ラジオ英会話, 2021.11)-
モデルをつかう -「時表現を極める ②」(NHK ラジオ英会話, 2021.12)-
心がうごく -「配置の転換」(NHK ラジオ英会話, 2022.01)-
配置の原則をつかう -「受動態・比較」(NHK ラジオ英会話, 2022.02)-
そのままインプットする -「配置の言葉」(NHK ラジオ英会話, 2022.03)-

イメージと言葉をむすびつける - NHK ラジオ英会話テキスト 2021 –
ファイルのしくみ -「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」(NHK Eテレ)-

▼ 関連記事(2018年度 NHK ラジオ英会話)
ハートでつかめ! 英語の極意(NHK ラジオ英会話)
状況をおもいうかべて言う - NHK ラジオ英会話 –
英語の基本文型と語順ルール - NHK ラジオ英会話(4-5月)-
時表現を完成させる - NHK ラジオ英会話(6月)-
助動詞をつかいこなす - NHK ラジオ英会話(7月)-
修飾の語順を身につける - NHK ラジオ英会話(8月)-
否定と比較 - NHK ラジオ英会話(9月)-
to 不定詞 と 動詞 -ing 形 - NHK ラジオ英会話(10月)-
過去分詞・受動態・節 - NHK ラジオ英会話(11月)-
倒置・疑問文 - NHK ラジオ英会話(12月)-
関係詞節による修飾 - NHK ラジオ英会話(1月)-
仮定法と it - NHK ラジオ英会話(2月)-
英語のリズムを身につけよう -「文法力と語順の成熟」(NHK ラジオ英会話 3月)-

▼ 参考文献
『NHK ラジオ英会話』(2022年3月号テキスト)NHK 出版、2022年

▼ 関連教材

(冒頭写真:イングランド、ロンドン、バッキンガム宮殿(Buckingham Palace)、1999年 撮影)

わかりやすい日本語を書く(21) – 題目をあらわす「は」-

○○についてのべるとき「○○は」とします。「○○は」は題目をあらわします。問題意識が必要です。

今回は、助詞の原則「題目をあらわす『は』」(注1)の観点からつぎの例文を検証します。

例文101
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。(日本国憲法第十九条)

例文102
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。(日本国憲法第二十条)

例文103
内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。(日本国憲法第六十七条)

例文104
厚労省は国内で2月17日から7月2日まで、ワクチン接種後に死亡が報告された事例が556人に達したことを明かした。(NEWSポストセブン, 2021.7.14)

例文105
巨人・桑田真澄投手チーフコーチがリニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」でマウンドで始球式を行った。(フルカウント, 2022.3.5)

例文101
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

構造化します。

例文101

例文101の「思想及び良心の自由は」のあとのテンは、「思想及び良心の自由は」を強調する効果がありますがなくてもかまいません。

  • 思想及び良心の自由はこれを侵してはならない。

この文は、「思想及び良心の自由」についてのべているのであり、このことを、「思想及び良心の自由」としめしています。「○○は」は、○○についてのべるときにつかえ、題目(話題・課題・提題といってもよい)をあらわします。

また「これを」は「思想及び良心の自由を」ということであり、省略することができます。

  • 思想及び良心の自由は侵してはならない。

省略してもまったく問題ありません。「思想及び良心の自由」の「は」には「思想及び良心の自由」の「を」が潜在しており、「は」は「を」を兼務することができ、したがって「○○を」を省略できます。

例文102
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。

構造化します。

この文は、「信教の自由」についてのべており、「信教の自由」がこの文の題目であり、それを、「信教の自由は」としめし、「○○は」は題目をあらわします。また「これを」は「信教の自由を」ということであり省略できます。

  • 信教の自由は、何人に対しても保障する。

「信教の自由」の「は」には、「信教の自由」の「を」が潜在しており、「は」は「を」を兼務することができ、したがって「○○を」を省略できます。

例文103
内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。

構造化します。

この文は、「内閣総理大臣」についてのべており、それを、「内閣総理大臣は」としめし、「○○は」は題目をあらわします。また「これを」は「内閣総理大臣を」ということであり、直前のテンとともに省略できます。

  • 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で指名する。

「内閣総理大臣」の「は」には、「内閣総理大臣」の「を」が潜在しており、「は」は「を」を兼務することができ、したがって「○○を」を省略できます。

日本国憲法(注2)には、「○○は、・・・」という表現が非常におおくみられ、それは、とてもたくさんの題目(項目)についてのべているため、この条文は○○について、この条文は○○について・・・というように、○○についてのべることを明確にしめしたいからでしょう。それぞれの条文の題目を誤解をさけるために強調しています。

例文104
厚労省は国内で2月17日から7月2日まで、ワクチン接種後に死亡が報告された事例が556人に達したことを明かした。

構造化します。

悪文は構造もへんてこです。語順の原則「ながい修飾語ほど先に」にしたがって再構造化します。

例文104b
  • ワクチン接種後に国内で死亡が報告された事例が2月17日から7月2日まで556人に達したことを厚労省は明かした。

「厚労省は」を強調したいのであれば文頭にもってきて、テンの原則「逆順」によりテンをうちます。

  • 厚労省は、ワクチン接種後に国内で死亡が報告された事例が2月17日から7月2日まで556人に達したことを明かした。

この文は、「厚労省」についてのべるならばという心持ちで「厚労省は」としており、「厚労省」が題目です。「○○は」とすることによって題目をあらわすことができます。

例文105
巨人・桑田真澄投手チーフコーチがリニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」でマウンドで始球式を行った。

構造化します。

語順の原則にしたがって再構造化します。

  • リニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」で巨人・桑田真澄投手チーフコーチがマウンドで始球式を行った。

この文は「○○は」がない文であり、題目がなくても文がなりたちます。しかし題目を設定することもできます。

たとえば「リニューアルされた東京ドームの『ビジョン点灯式』」を題目にしたければ、「リニューアルされた東京ドームの『ビジョン点灯式』で」を「リニューアルされた東京ドームの『ビジョン点灯式』で」とします。

  • リニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」で巨人・桑田真澄投手チーフコーチがマウンドで始球式を行った。

「巨人・桑田真澄投手チーフコーチ」を題目にしたければ「巨人・桑田真澄投手チーフコーチ」を「巨人・桑田真澄投手チーフコーチ」とします。

  • リニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」で巨人・桑田真澄投手チーフコーチマウンドで始球式を行った。

あるいは、

  • 巨人・桑田真澄投手チーフコーチ、リニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」でマウンドで始球式を行った。

「マウンド」を題目にしたければ「マウンドで」を「マウンドで」とします。

  • リニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」で巨人・桑田真澄投手チーフコーチがマウンドで始球式を行った。

あるいは、

  • マウンドで、リニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」で巨人・桑田真澄投手チーフコーチが始球式を行った。

「始球式」を題目にしたければ「始球式を」を「始球式」とします。

  • リニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」で巨人・桑田真澄投手チーフコーチがマウンドで始球式行った。

あるいは、

  • 始球式、リニューアルされた東京ドームの「ビジョン点灯式」で巨人・桑田真澄投手チーフコーチがマウンドで行った。

このように、題目にしたい語句があれば「○○は」とすることによってそれをあらわすことができます。そのためには、何についてのべるのかあらかじめはっきりさせなければなりません。

題目をはっきりさせるということは何についてのべるのか、その範囲をきめることであり、題目は、情報のひとまとまりの見出しとして機能するといってもよく、情報があふれかえる現代社会においてとても重要です。

題目のモデル
題目のモデル

題目がはっきりしている文は焦点がさだまっていてわかりやすくよみやすく、はっきりしない文は何をつたえたいのかわかりません。題目がはっきりしている人は思考が鮮明です。

題目をきめるためには問題意識が前提として必要であり、つねひごろから問題意識をとぎすましておくことが大事でしょう。

問題意識は、「しりたい」という素朴な気持ちからはじまります。たとえば、沖縄についてしりたい、古代ローマについてしりたい、猫についてしりたい、スパイスについてしりたい・・・など、しりたいという気持ちがうまれればそれについてしらべはじめるとおもいます。その行為が継続すれば問題意識がそだち、おのずと題目がさだまります。アウトプットへすすめます。

▼ 注1
日本語の作文法:日本語の原則
「○○は」によって題目をしめす - 学問の自由は保障する –
「は」と「が」をつかいわける - 川本茂雄『ことばとこころ』-
三上章 『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』をよむ
日本語法を理解する - 三上章『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』-

▼ 注2
日本国憲法

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わかりやすい日本語を書く(23) - 題目と対照(1)-

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

指定避難場所の悲劇 - 証言記録 東日本大震災「宮城県気仙沼・杉ノ下高台の戒め」(NHK DVD)-

たくさんの避難者が津波でながされました。防災マップ(想定)がかえって被害をおおきくしました。自然には飛躍があることを前提にして行動しなければなりません。

たくさんの避難者が津波でながされました。防災マップ(想定)がかえって被害をおおきくしました。自然には飛躍があることを前提にして行動しなければなりません。

NHK DVD「証言記録 東日本大震災『宮城県気仙沼 〜杉ノ下高台の戒め〜』」(2014年8月31日にNHKで放送)は宮城県気仙沼・杉ノ下高台における津波被害について報告しています(注)。


杉ノ下高台の位置

宮城県気仙沼市階上(はしかみ)地区は三方を海でかこまれ、明治時代の津波でも集落が全滅する被害をうけました。住民は、おそろしい津波をかたりつぎ、高台への避難訓練をくりかえし、行政も、避難場所の整備にとくに力をそそいでいました。

しかし2011年3月11日、津波は、避難場所に指定されていた杉ノ下高台(標高13mの丘)におそいかかり、およそ60人が犠牲になりました。行政は、慎重に検討をかさねたうえで避難場所を指定したつもりでしたが、どんな盲点があったのでしょうか?

あの日。

揺れがおさまってから、これまでの避難訓練どおり杉ノ下高台に住民たちは避難します。それからおよそ20分後、午後3時20分、大津波がせまります。

あっちの方から何だか、帯状のようなシルバーでもないそんな色のが最初フワッとなったと思ったけど、家が、ごろごろひっくり返って来るし、ばりばりばりばりっていってこのへん来たんです。見ていてあらららって、そしてここにいた人も、
「ああ、ばあちゃん、家ながされる」
「明治の津波ってこんなんだったんだべかな」
あらららって、ここで見ていたんです。(津波が)あっちの方さ行くやって。それで終わりだと思っていたわけなの。

そうしているうちに、家の中さ入って、奥の部屋から出てきて、玄関のところ見たら、そこから波が上がってきたの。あれれれ、ザバザバと上がってきたから、はだしのまま、裏から逃げたんです。こっちだのこっちだのから波がいっぱい来たの。何だべ、何だべだと思っているうちに勢いに巻かれて、いろいろな がれきの下敷きになったんだね。死ぬんじゃないかなって。死ぬってこんなのかと。そしてもがきながら出てきたんです。

ツバキの木にすがって女の人2人 泣いてんの。
「お父さんもお母さんも妹も流された」
あたりを見たっけ何もないんだもの、この辺り、全部ひっくり返って。ここにあった小屋から蔵から何もないの。流されてしまって。あんなにあったのにどこさ流されたと思って。とにかく驚いてしまって。

寒くて、寒くて。まさか、まさかっていう感じ。こんなところまでくるとは、誰もが思っていると思います。本当に。

ここ(杉ノ下高台)なら大丈夫だと思って連れてきたのね。それは私一番よく知ってんの。ここなら大丈夫だって、何でそんなに思ったんだか不思議で分かんないんですけど。明治の津波でも大丈夫だったていうのが一番悪かったって。そうでなければみんな逃げたのかな。どうなんだろうね。時間はあったんですよね。20分から30分くらいは。逃げようと思えば逃げられたはずなのに。私も、逃げようと思わないし。(杉ノ下の住人・三浦祝子さんの証言)

避難場所に指定されていた杉ノ下高台をおそった津波は13mを楽々こえる高さです。午後3時28分に高台は完全に水没、高台に避難した人々のおおくが引き波で沖合にながされます。杉ノ下高台にのこったのはツバキの木と電波塔だけです。集落全体の犠牲者数は人口のおよそ3割、93人にのぼります。

杉ノ下高台に、おおくの人々が避難したのは、行政(気仙沼市)が指定した避難場所だったからです。行政がつくった防災マップには、津波におそわれる危険があるエリアと安全とされる避難先がしめされていました。

私たちがやってきたのは、防災の中でも初動段階のですね、とにかく避難する、逃げる、命を守るっていうのを9割方 力をいれてやってきました。住民の方と一緒にですね、防災とは何だろうっていうのを、(当時、2004年より前に)もう一度、考え直さなければならないのではないか、というふうに思いました。住民の人と一緒の考え方(防災マップ)を作っていく必要があるなと。(気仙沼市危機管理課長(当時)佐藤健一さんの証言)

老人とかね、そういった不自由な方は、なおさら海の近くにいる方なんかはね、とにかく近くの人は声がけして、一緒に避難できたらいいんじゃないかということは話していたんですけどね。

説明会の時に、こういうの(防災マップ)を渡されましたね。私たちの地区は、一応、ここ(杉ノ下高台)しか高台がないもので、一応、向こうも高台にはなっているんですけどね、結構とおいんですよね。(杉ノ下の住人・佐藤信行さんの証言)

防災マップをつくるとき研究者(専門家)からアドバイスをもらいました。記録がのこっているかぎりでは明治29年の三陸津波が最大規模でした。これとおなじ場合の津波のシミュレーション(模擬実験)でも杉ノ下高台は水没しないという結果でした。

我々、過去の地震津波、明治・昭和・チリだけではなくて今後想定される、考えられる想定宮城県沖、連動タイプとかもさまざま検討させていただいていたのですけども、そこ(杉ノ下高台)を超えるような津波規模というのはなかったんですね。あの高台(杉ノ下高台)なんですけれども、あそこに行くまでは民宿とか家がたくさんあってですね、結構きつい坂を上がっていって、標高10m以上だったと思うんですけど、かなり周辺から見ても高い場所であったと。あの地域というのは、杉ノ下(高台)は安全な場所であったということになります。(東北大学災害科学国際研究所 所長・今村文彦さんの証言)

この高台は、やっぱり残りますよっていうか、高台として機能しますよ。

本来の避難所だったりっていうのは非常に遠いんですね。あそこの高台(杉ノ下高台)は明治三陸(津波)においても被害がなかった高台です。シミュレーション(模擬実験)されたものでも、もちろん安全な高台にはなっております。最終的に一時避難高台というような形でですね、市の私たちの方が指定して、過去においても安全だということをやっていった。(気仙沼市危機管理課長(当時)佐藤健一さんの証言)

こうして2004年、防災マップが完成し、想定される津波の高さは8mであり、標高13mの杉ノ下高台には到達しない(杉ノ下高台は安全であるという)予測になりました。

震災前の浸水想定(橙色〜黄色のエリア)
(NHK スペシャル「MEGAQUAKE」)

しかし、3月11日。

実際の浸水域(青色のエリア)
(NHK スペシャル「MEGAQUAKE」)

あそこはですね津波高8mという形(想定)。何とか、あそこは低い津波が来ていてくれないだろうか。間に合って逃げていてくれないだろうかという思いでしたですね。

あの地域全体としては、3分の1くらいに近い人たちが、地区人口として亡くなっているわけですね、30%。3%から5%という市内から見ますと非常に高い数字です。地区別で見ていくと、おそらく杉の下地区、あの地域が一番、被災率が高いです。

一番、意識も高かった。しかしながら、あそこで一番被害が大きかったというのはですね、示していた数字が、逆に作用してしまったかもしれないっていう思いでしたですね。例えば(津波高)8mという数字がですね、それ以上の津波は来ないのだという思いにつながってしまったのではないだろうかと。逆に、安心情報になってしまった可能性がありますよね。それを作ってしまったという思いはありますね。(気仙沼市危機管理課長(当時)佐藤健一さんの証言)

あまりにもね、犠牲になった方の数が多いしね、本当に、津波が来るまで結構 時間があったのに、ここ(杉ノ下高台)で津波を待ってしまったって言うかね、そういった悔しさを、無念を、何とか少しでも供養できたらいいかなと思って。

この命をですね、93名の命を、むだにしてほしくないなと私は思っています。(杉ノ下の住人・佐藤信行さんの証言)

震災直後は、本当に大変申し訳ない反省の念ばかりで、自分として何が出来るのかなと思っておりましたが、住民の方何人かから、やはり、当時のことは無駄ではなかったと、足りなかったんだというようなお言葉をいただいて、その中でまた我々も、足りないところで出来ることはたくさんあるだろうと、それをぜひやりたいというのが今の気持ちになります。(東北大学災害科学国際研究所 所長・今村文彦さんの証言)

戒め。

結果として、多くの人が亡くなってしまったという結果がありますから、現実的にですね、そういう意味では、どうだったのかという疑問は私も分からない部分があります。やったことはやった。お互いに、いろいろなことは進めたし行ったと思います。住民の方も一生懸命やりました。私たちも一生懸命やったつもりです。それがただし、結果としては現れていないわけですね。多くの人が亡くなってしまった。それは何なのか。やっぱり、それはきちっと、これからの防災という意味合いではですね、知る必要があるのかなと思います。

防災もですね、科学的なものが必要だというふうに私は思っていました。しかしながら、よく考えると、心のどこかにはあったんですけども、たかだか100年くらいのいろんなデータをもってですね、人間が少し分かったつもりになっていたということ自体がですね、ちょっと違うんだろうと。もう少し謙虚になって、自然というものはよく分からないと、分からない中で分かっている範囲はここなんだということでですね、どうしたらいいんだっていうことをもう一度考え直す、そういうような姿勢が一つ必要なんじゃないかと思いますね。(気仙沼市危機管理課長(当時)佐藤健一さんの証言)

杉ノ下高台
津波襲来後
(撮影:アジア航測)

この悲劇を繰り返すな
大地が揺れたらすぐ逃げろ
より遠くへ・・・より高台へ・・・
(杉ノ下地区・慰霊碑)

以上のようにして杉ノ下高台の悲劇はおこりました。

気仙沼市は、住民とともに防災に関する意識をたかめ、防災のなかでもとくに初動段階の避難、とにかくにげて命をまもることに力をいれ、住民と一緒になって防災マップを作製しました。

その過程で、津波工学の専門家の指導もあおぎました。専門家は、明治・昭和・チリ地震などの過去の地震津波だけでなく今後想定されるあらゆる地震津波を検討し、コンピューターをつかったシミュレーション(模擬実験)をおこない、おこりえる津波は最高8mであり、杉ノ下高台(標高13m)をこえることはないと想定しました。記録がのこっているかぎりでの最大規模の津波(明治29年の三陸津波)と同規模の津波でも杉ノ下高台は水没しないという結果をしめしました。

こうして気仙沼市は、津波浸水エリアと避難場所をしめした防災マップを作製し、避難場所として杉ノ下高台を指定しました。そして住民とともに避難訓練をくりかえしました。

ところが、東日本大震災の津波は杉ノ下高台を楽々とのりこえてしまいました。ほとんどすべての「避難者」がながされました。

住民たちは、「ここなら大丈夫だ」とおもっていました。津波がくるまでに時間が結構あったのに津波がくるのを杉ノ下高台でまってしまいました。「もっと遠くに逃げる時間はあったのに」、という悔しさ・無念を誰もが感じています。

NHK DVD『証言記録 東日本大震災:宮城県気仙沼・杉ノ下高台の戒め』は、気仙沼市の担当者、津波工学の専門家、気仙沼市階上地区の住民の三者の証言を現地の映像とともに記録しており、貴重な教訓を後世へのこしています。

気仙沼市は、防災の初動段階の重要性に はやくから気づき、住民と一緒になって防災マップをつくり、防災計画を立案しました。住民の命をまもるために第一に何をすればよいか、真剣にかんがえ、とりくみました。住民の意識もたかまりました。しかし津波の高さの想定についてはまちがいました。結果として、避難場所の選択・指定をあやまりました。

津波の高さの想定は、専門家の計算結果をうのみにしたのだとおもわれますし、当時としてはそうせざるをえなかったとかんがえられます。大震災前は、専門家は、自治体と住民を指導する立場にあり、専門家がしめした想定を自治体と住民は信じざるをえませんでした。

しかし津波工学の専門家は、地質学のデータをまったくつかえていませんでした。堆積物にのこされている津波の痕跡を調査し、津波の浸水域や高さを理解することはしていませんでした。そもそもフィールドワークができていませんでした。フィールドワークをやっていないという点では、「地震予知ができる」とホラをふいていた地震学者にも似ています(注2)。フィールドワークをやらず、計算だけをしている人には要注意です。足腰がよわく、フィールドをしりません。これからは、専門家の話を信じる必要はまったくなく、へりくだる必要もありません。もし、専門家の話をきくなら、フィールドワークをしている人の話をきいたほうがよいでしょう。

住民たちは、防災マップ(想定)にしたがって指定された避難場所に避難し、「ここなら大丈夫だ」とおもい、時間があったにもかかわらず、より遠くへ、より高台へは避難しませんでした。しかし3月11日の津波浸水域の地図をみれば、杉ノ下高台にとどまらずに北西にあと1.5kmにげていたら たすかっていたことがわかります(たすかった人が実際にいます)。

防災マップをみた人は、「あっちはアウト」「ここはセーフ」などと地域を区分し、災害の上限をイメージしてしまい、それ以上のことに対処できなくなります。被災が想定される区域に はいっていなければ安心してしまい、当然のことながら避難しません。防災マップは「安心情報」を住民にあたえます。

杉ノ下高台のこのような悲劇の事実をしり、防災マップつまり想定を前提とすると、専門家と自治体による事前情報がかえって犠牲者をふやしてしまったのではないかという仮説がたてられます。

  • 事実:悲劇の事実。
  • 前提:想定。
  • 仮説:専門家と自治体による事前情報がかえって犠牲者をふやしてしまったのではないか。

自治体も住民も一生懸命やっていましたが、そもそも前提がまちがっていました。たかだか過去100年ぐらいのデータでわかったつもりになっていました。もっと謙虚になって、自然というものはよくわからないと認識し、人間の想像を絶する自然現象、人知をこえた現象がおこりえることをしらなければなりません。つまり、自然には飛躍があるということを前提にして思考し、対策をたて訓練をする必要があります。

前提は、防災計画や避難場所の選択、避難訓練のやり方など、あらゆる仕事・行動の枠組みをきめます。物事をすすめるときにはかならず前提が存在し、その前提の枠組みのなかで物事はすすみ、一方で、その枠組みをこえたところ(枠組みの外)には思考がおよびません。

杉ノ下では、専門家の想定(津波高の最高は8m)を前提とし、そして地理的・地形的条件から杉ノ下高台(標高13m)が避難場所として適切であるという仮説をたて、ここに住民が避難すればたすかるだろうと予想していました。

  • 前提:想定。
  • 仮説:避難場所として杉ノ下高台が適切である。
  • 予想:住民はたすかるだろう。

実際の現象が、予想どおりになれば(事実として確認されれば)、仮説はただしかったことになり、予想どおりにならなければ(事実として確認できなければ)、仮説はまちがっていたことになり、今回の場合は、仮説はまちがっていたことがあきらかになりました(仮説は反証されました)。

どうしてまちがったのか? そもそも前提がまちがっていました。専門家の想定を前提にしたことがあやまりでした(注3)。今回の悲劇からまなべることは、想定ではなく、自然には飛躍があるということを前提にして物事をすすめなければならないということです。

専門家も、失敗したのですから、これまでのやり方をつづけるのではなく路線を変更し、フィールドワークを徹底的に実践し、自然には飛躍があることを前提にして仮説をたてなおさなければなりません。「足りなかった」のではなく、前提と論理がそもそもまちがっていたのであり、基本的なかんがえ方をあらためねばなりません。計算をしているだけでは失敗をくりかえします。東北大学の災害科学国際研究所と地震・噴火予知研究観測センターも減災実践所に改組したほうがよいでしょう。

このような観点からは、「津波てんでんこ」と「避難三原則」がとても参考になります(注4)。地震と津波のときは、想定にとらわれず、ひとりひとりがみずから主体的にてんでんばらばらに率先避難者になります。家族の誰もがにげていると信じ、家にはもどりません。最善をつくし、より遠くへ、より高台へにげます。

絶対に安全ということはありません。自然に対して謙虚になり、自然には飛躍があるという前提のもとで行動します。

より遠くへ、より高台へ。

▼ 注1
DVD「証言記録 東日本大震災 第32回『宮城県気仙沼 〜杉ノ下高台の戒め〜』」NHK エンタープライズ発行・発売、2015年

▼ 注2:地震予知はできない
どこにいても大地震にそなえる -「幻の地震“予知” 日本を揺るがした大論争」(NHK「フランケンシュタインの誘惑」)-

▼ 注3:指定避難場所で被害・犠牲者がでた例
東日本大震災において指定避難場所で被害・犠牲者がでた例は、岩手県陸前高田市(38ヵ所の避難所)、宮城県南三陸町(34ヵ所の避難所・避難場所)、宮城県東松島市(野蒜小学校体育館)など、ほかにもいくつもあり、とくに陸前高田市では、「市が指定した一次避難所 67 か所のうち 38 か所が被災し、一次避難所で犠牲になった人が推計 303 人から 411 人 おり、特に市民会館や市民体育館に避難した市民や市職員の多くが犠牲」になりました(陸前高田市『陸前高田市東日本大震災検証報告書』平成26年7月)。いずれも、前提(すなわち津波高・浸水域の想定)がまちがっていたために避難場所の選択・指定をあやまりました。「安全とされていた一次避難所でこのように多数の犠牲者が生じたことは、痛恨の極みである」(陸前高田市・同報告書)。

▼ 注4:「津波てんでんこ」と「避難三原則」
想定やマニュアルにとられず、より安全な場所にすぐに避難する -『釜石の奇跡 どんな防災教育が子どもの“いのち”を救えるのか?』(1)-
「津波てんでんこ」と 避難三原則を実践する -『釜石の奇跡 どんな防災教育が子どもの“いのち”を救えるのか?』(2)-
東日本大震災の教訓をいかして自分の命は自分でまもる -『釜石の奇跡 どんな防災教育が子どもの“いのち”を救えるのか?』(3)-
危ないと感じたら自分の判断ですぐに逃げる - 山村武彦著『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている』-
津波の危険を感じたら「率先避難者」にみずからなる -『3.11が教えてくれた防災の本(2) 津波』-
主体性が必要な時代への転換がはじまった -「釜石の奇跡」と「大川の悲劇」をふまえて –

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「氷河のささやき」をとらえる(日経サイエンス 2022.04号)

地球温暖化により山岳氷河が崩壊します。下流域に危険がせまります。超低周波音をつかって氷河崩壊をとらえます。

地球温暖化により山岳氷河が崩壊します。下流域に危険がせまります。超低周波音をつかって氷河崩壊をとらえます。

氷河の崩壊を検出・監視するあたらしい技術が開発されました(注)。

氷河は非常にゆっくりと動いているため,通常は超低周波音の信号(気圧の微小な変化をとらえる装置によって検出する)を発しない。だが氷河本体から突如として氷が急速に剥がれ落ちる場合には,超低周波音がたくさん発生する。

「氷河のささやき」, 日経サイエンス, 2022年4月号

大気中で長距離をつたわる超低周波音(インフラサウンド) はとおくから活火山を監視するのにすでにつかわれています。

氷河の崩壊をとらえるためにはレーダーがつかわれることがおおいですが、これは正確ですが費用がかかり、監視できるのは特定の1ヵ所とそれに隣接する氷なだれの通り道とにかぎられます。これに対し、超低周波音を利用する方法は安価で、広範囲にわたって崩落を検知でき、1つの山で発生する複数の氷なだれを把握できます。

地球温暖化で広大な氷原が脆弱になり氷河崩壊のリスクがたかまり、山岳地帯の人々に危険がせまっています。あたらしいこの技術はヒマラヤ氷河でも活用すべきです。

▼ 関連記事
地球温暖化と氷河湖決壊 -「ヒマラヤ 危険が潜む氷河湖」(ナショナルジオグラフィック 2019.12号)-
水量は増加し、そして減少する -「山岳氷河の危機」(日経サイエンス 2021.06号)-
地球温暖化の指標 -「氷河」(Newton 2019.4号)
地球とヒマラヤ -「エベレスト 世界一高い気象観測所」(ナショナルジオグラフィック 2020.07号)-

▼ 注:参考文献
「氷河のささやき」, p.25, 日経サイエンス, 610, 2022年4月号

「トラの縞模様が示す危機」(日経サイエンス 2022.04号)

生息地の分断がすすんでいます。ブラックタイガー(変異体)がふえます。いずれ絶滅します。

生息地の分断がすすんでいます。ブラックタイガー(変異体)がふえます。いずれ絶滅します。

かつては非常にまれだった「ブラックタイガー」がインドのシミリパール国立公園・トラ保護区でふえています(注)。くろい縞の幅がひろがってたがいにくっつくようになった変異体です。

インド国立生物科学センターなどの共同研究チームは,動物園で生まれたブラックタイガー3頭と通常の縞模様だったその両親のゲノム配列を解析し, この特異な縞模様をもたらす原因が taqpep という遺伝子のわずかな変異であることを突き止めた。その後数カ月をかけてインド中のジャングルを約1500kmも歩き回り,トラの糞と毛,血液, 唾液を採集した。これらの試料を解析して taqpep 遺伝子の変異の広がりを特定したところ,シミリパール以外のトラにはこの変異が事実上存在しないことがわかった。

「トラの縞模様が示す危機」, 日経サイエンス, 2022年4月号


シミリパール国立公園の位置

シミリパール国立公園・トラ保護区では、ブラックタイガーに3頭に1頭がすでになっています。しかしシミリパール保護区以外のトラ395頭についてはこの変異をもつ個体は皆無でした。

この事実(データ)にもとづき、今日の遺伝学を前提とすると、シミリパール・トラ保護区のトラは隔離され、ほかの保護区のトラと交配する機会がまったくないため、変異遺伝子が何世代にもわたって維持されているのではないかという仮説がたてられます。

つまり、トラの生息域が分断され、非常にかぎられた仲間内だけで交配しているとかんがえられます(近親交配説あるいは生殖隔離説)。

論理的にとらえなおすとつぎのようになります。

  • 事実:「ブラックタイガー」(変異体)がトラ保護区でふえている。
  • 前提:遺伝学。
  • 仮説:生息域が分断され、かぎられた仲間内だけで交配しているのではなだろうか(近親交配説あるいは生殖隔離説)。

この論理は仮説法です。

実際に、トラの生息域分布図をみると分断がすすんでいることがわかります。人口増加などにより人間の領域が拡大しているので当然のことでしょう。

IUCN, IUCN Red List of Threatened Species. (2009-2014)(注2)

そして遺伝学を前提とし、仮説がただしいとすると、近親交配により遺伝子の劣化がすすみ、いずれトラは絶滅するだろうと推論(予想)できます。

  • 前提:遺伝学。
  • 仮説:生息域が分断され、かぎられた仲間内だけで交配しているのではなだろうか。
  • 予想:遺伝子の劣化がすすみ、いずれトラは絶滅するだろう。

この論理は演繹法です。

生物多様性には、生態系の多様性と種の多様性と遺伝的多様性があり、種の多様性が一般的には注目されますが、実際には、このような階層構造が多様性にもあり、近親交配がすすむと、遺伝的にちかい個体ばかりになって遺伝的多様性がたもてなくなり絶滅の危機がおとずれます。

近親交配(遺伝的多様性の喪失)は保護区の盲点であり、気がついていない人がおおいですが重要なことです。

たとえばネパールにも、チトワン国立公園やバルディア国立公園など、トラをはじめ、さまざまな野生動物を保護している保護区があり、エコツアーもおこなわれていますが、遺伝的多様性の重要性についてはほとんどしられていません。

野生動物の絶滅をふせぐためには、たいへんむずかしいですが、生息地と生息地をむすびつける、動物が移動できる「回廊」をつくる必要があります。

▼ 関連記事
絶滅の「実験」がすすむ -『ナショナルジオグラフィック』(2019.10号)-
移動ルートを維持・回復する -「失われゆくジャガーの王国」(ナショナルジオグラフィック 2017.12号)-
大量絶滅をくいとめられないか
「サイを救え!」(ナショナルジオグラフィック 2018.10号)
自然史のストーリーをイメージする - 国立科学博物館 –

▼ 注1:参考文献
「トラの縞模様が示す危機」, pp.26-27, 日経サイエンス, 610, 2022年4月号

▼ 注2:参考サイト
これを読めばトラ博士?!絶滅危惧種トラの生態や亜種数は?(WWF JAPAN)

配置の原則をつかう -「受動態・比較」(NHK ラジオ英会話, 2022.02)-

受動態も単なる be 動詞文です。比較表現は形容詞・副詞が変化した形です。根幹から枝葉がのびます。

受動態も単なる be 動詞文です。比較表現は形容詞・副詞が変化した形です。根幹から枝葉がのびます。

NHK ラジオ英会話、今月は、受動態と比較にとりくんでいます。表現の幅をひろげます。

LESSON 201 受動態 ①:受動態は be 動詞文

The movie was spoiled by the ending.

be 動詞は「=(イコール)」であり単なるつなぎにすぎず、受動態も、「We are happy.」という be 動詞文とおなじです。「~される」の意味を過去分詞がうけもちます。

LESSON 202 受動態 ②:受動態の疑問文・否定文

When was this shop opened?

When の後ろに be 動詞を使った疑問形をならべましょう。

LESSON 203 受動態 ③:受動態で使われる前置詞

An alien spacecraft has been spotted in orbit around Mars.

前置詞は by にかぎられず、状況に応じて適切な前置詞をえらんでください。いつもどおりイメージをおもいうかべます。

LESSON 204 受動態 ④:感情を表す動詞

The fans weren’t satisfied with the concert.

感情をあらす動詞のおおくは、主語の感情をあらわすときは過去分詞つまり受動態の形をとります。感情をあらす動詞はほぼ他動型でつかわれる動詞(他動詞)だからです。

LESSON 206 受動態 ⑤:授与型の受動態

I was offered the job, but I turned it down.

直接、受動態をつくれるようにしてください。ネイティブスピーカーは「対応する能動態の文」などおもいうかべません。

LESSON 207 受動態 ⑥:目的語説明型の受動態 1

It was called “Very-Berry Good.”

この文は call の作る目的語説明型に対応する受動態です。

LESSON 208 受動態 ⑦:目的語説明型の受動態 2

She said she was told to break up with me.

目的語説明型に対応する受動態のレッスンのつづきです。

LESSON 209 受動態 ⑧:「直接」が求められる受動態

Your new book is expected to become a bestseller!

「be 動詞+過去分詞+ to 〜」は思考系・伝達系の動詞がとる一般的な形です。ひとつのパターンです。

LESSON 211 比較 ①:比較表現のバリエーション

This software is as efficient as our current office software.

「as efficient as」となってもつかい方は単体の efficient とおなじであり、「This software is efficient.」とおなじように気楽につくってください。

LESSON 212 比較 ②: as 〜 as … の使い方

They are as good as fine Belgian chocolates.

「They are good.」と同じ気軽さでつくってください。

LESSON 213 比較 ③: as 〜 as … を否定する

I’m not as talkative as him.

この文は「私≠彼」とのべているのではなく、「私は話し好きのレベルが彼に至っていない」、つまり兄のほうが話し好きであるとのべています。

LESSON 214 比較 ④:指定表現+ as 〜 as …

This dress is twice as expensive as the same one I saw online.

twice で as 〜 as … を指定する意識で練習します。

LESSON 216 比較 ⑤: as 〜 as … の比較内容を豊かに

Mom is as good at cooking as you are.

as 〜 as … の間において比較内容を表すのは形容詞や副詞1語だけではありません。複数語でもよいです。

LESSON 217 比較 ⑥:比較はバランスを大切に

Our piano at home isn’t as big as yours.

比較表現で大切なのはバランスです。比較可能なモノを比較します。

LESSON 218 比較 ⑦:比較対象に節

It’s not as hard as it seems.

比較の対象に節を用いる練習です。この文では seems の後ろの空所が hard と呼応して「それがそう見えるほど(hard ではない)」となっています。

LESSON 219 比較 ⑧:比較級

Can you ride more slowly, please?

「Can you ride slowly?」とおなじ気軽さでつくります。

受動態は「単なる be 動詞文」であり、比較表現は「形容詞・副詞が変化した形」にすぎません。英文内の単語の配置(語順)がわかっていれば受動態も比較表現も簡単につかいこなすことができ、特別な操作はいりません。

また単語の配置によって、「指定ルール」と「説明ルール」がはたらくこともおなじです。たとえば「as 〜 as …」においても、「=(イコール)」のイメージをもつ as に「指定ルール」と「説明ルール」がはたらきます。

They are as good as fine Belgian chocolates.

最初の「as」は、「同じくらいおいしい」と「good」のレベルを指定しています。一方、うしろの「as fine Belgian chocolates」は「= fine Belgian chocolates」と、何と同じくらいおいしいのかを説明しています。これら指定ルールと説明ルールにより、「高級なベルギー製チョコレートと同じくらいおいしい」となります。

このように、受動態も比較表現も特別視する必要はまったくなく、英語の根幹である配置の原則と指定ルール・説明ルールをつかえばよいだけのことであり、これまでに身につけた方法を応用すればよく、それだけで表現の幅がおのずとひろがります。

けっきょく、表現の幅をひろげるとは基本を応用することであり、基本形を変化させることです。それは根幹から枝葉がのびていくイメージであり、根幹ができていれば枝葉は一気に成長し花もさきます。このような樹木の成長をイメージすることが大事であり、イメージできれば根幹は成長し、枝葉の成長は加速し、さらに根幹が成長しますが、イメージできなければ苦労がつづきます。学習とは、時間をかければ効果があがるというわけではかならずしもなく、学習を加速できるかどうかにかかっています。大西泰斗先生らが指導するラジオ英会話は、根幹をそだて枝葉をのばす学習法を具体的・実践的におしえてくれます。こうした「樹木法」は、英語とはかぎらず、あらゆる分野の学習に応用することができます。

▼ 関連記事(2021年度 NHK ラジオ英会話)
説明ルールと指定ルール -「なぜ日本人は英語を話せないのか?」(NHK ラジオ英会話, 2021.04)-
配置でポン! -「基本文型で意志は伝わる」(NHK ラジオ英会話, 2021.05)-
学習を加速する -「位置がわかれば拡張は簡単」(NHK ラジオ英会話, 2021.06)-
単純さに気がつく -「『説明ルール』で英語を英語として使いこなす」(NHK ラジオ英会話, 2021.07)-
例外はありません -「名詞の説明」(NHK ラジオ英会話, 2021.08)-
うしろを指定する -「指定ルール」(NHK ラジオ英会話, 2021.09)-
心をはたらかせる -「助動詞の征服」(NHK ラジオ英会話, 2021.10)-
距離感をイメージする -「時表現を極める ①」(NHK ラジオ英会話, 2021.11)-
モデルをつかう -「時表現を極める ②」(NHK ラジオ英会話, 2021.12)-
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配置の原則をつかう -「受動態・比較」(NHK ラジオ英会話, 2022.02)-
そのままインプットする -「配置の言葉」(NHK ラジオ英会話, 2022.03)-

イメージと言葉をむすびつける - NHK ラジオ英会話テキスト 2021 –
ファイルのしくみ -「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」(NHK Eテレ)-

▼ 関連記事(2018年度 NHK ラジオ英会話)
ハートでつかめ! 英語の極意(NHK ラジオ英会話)
状況をおもいうかべて言う - NHK ラジオ英会話 –
英語の基本文型と語順ルール - NHK ラジオ英会話(4-5月)-
時表現を完成させる - NHK ラジオ英会話(6月)-
助動詞をつかいこなす - NHK ラジオ英会話(7月)-
修飾の語順を身につける - NHK ラジオ英会話(8月)-
否定と比較 - NHK ラジオ英会話(9月)-
to 不定詞 と 動詞 -ing 形 - NHK ラジオ英会話(10月)-
過去分詞・受動態・節 - NHK ラジオ英会話(11月)-
倒置・疑問文 - NHK ラジオ英会話(12月)-
関係詞節による修飾 - NHK ラジオ英会話(1月)-
仮定法と it - NHK ラジオ英会話(2月)-
英語のリズムを身につけよう -「文法力と語順の成熟」(NHK ラジオ英会話 3月)-

▼ 参考文献
『NHK ラジオ英会話』(2022年2月号テキスト)NHK 出版、2022年

▼ 関連教材

(冒頭写真:イングランド、ロンドン、セント・ジェームズ・パーク(St James’s Park)、1999年 撮影)

「新しい日本史年表」 – 日本列島の文化の多様性(月刊みんぱく 2022.02号)-

縄文時代には共通文化がありました。北海道史・本土史・沖縄史を対比します。多様性がわかります。

縄文時代には共通文化がありました。北海道史・本土史・沖縄史を対比します。多様性がわかります。

『月刊みんぱく』2022年2月号が「日本列島の文化の多様性」を特集しています(注1)。国立民族学博物館で2022年3月から開幕する企画展「焼畑 -佐々木高明の見た五木村、そして世界へ-」(注2)の予告編になっています。

民族学者・佐々木高明(国立民族学博物館の第2代館長、1929-2013)は、「照葉樹林文化」と「ナラ林文化」をとなえて東アジアのなかの日本を位置づける一方、北のアイヌ文化、本州を中心とするヤマトの文化、南の琉球文化など、日本列島の文化の地域性を指摘しました。

本特集では、佐々木高明がのこした資料にもとづいて「日本列島における新しい年表」を提案しています。

日本列島における新しい年表

池谷和信(2022):「佐々木高明の見た日本」月刊みんぱく, 2022年2月号(注1)

日本列島には縄文時代には北海道から沖縄まで、縄文文化という共通の文化がありました。しかし弥生時代〜古墳時代になると水田稲作や古墳がみられるようになり、それらを指標として、日本列島内における中心と周辺という文化の「濃淡」がうまれます。13〜15世紀ごろになると、北のアイヌ、中央の鎌倉幕府・室町幕府、南の琉球王朝がたがいに関係をもちつつも独自の展開をみせます。そして江戸時代になってもアイヌと琉球は、江戸幕府の支配が直接およばない「異域」でありつづけます。

たとえば本土日本人を魅了したお茶や仏教や陶磁器はアイヌ社会でうけいれられることはなく、アイヌの物質文化には、海獣類の骨や牙をつかった道具や装身具・ビーズなどの北太平洋の先住民族に共通するモノと、太刀・玉・鏡・漆器といった古代日本の価値観にのっとったモノとが「同居」しています。アイヌは、モノには魂がやどっているとかんがえ、お金で魂は買えないのでお金でモノを買うことはできず、したがって貨幣もうけいれませんでした。

そして近代国家が成立したあとも、独自の社会と文化がアイヌと沖縄では根づよく維持され、日本本土との温度差が今なおみられます。

これまでの日本史年表は日本本土史であったのであり、それは朝廷と幕府を中心とした日本史でしたが、「新しい年表」では、北海道・日本本土・沖縄が並行しており、この年表をつかうことによって日本の地域性・多様性がわかり、日本人固有の生活様式・行動様式に関する理解もすすむにちがいありません。

ところで日本本土には、古来、蝦夷・国栖(くず)・熊襲・隼人とよばれる人々がおり、彼らは、縄文人(先住民)の子孫であり、アイヌ人・琉球人と同系であるとかんがえられます。これらのうち蝦夷は関東〜東北地方の人々であり、平安時代末期に渡来系政権をたおし、鎌倉時代〜江戸時代の武家政権を成立させた原動力になったのではないかという仮説がたてられます。また隼人は、九州南部(薩摩・大隅)の人々であり、明治維新の原動力になったのではないかという仮説がたてられます。今でも、鹿児島県の男性のことを薩摩隼人といいます。

このように、意外にも、縄文系(先住民系)の人々は日本史におおきく影響しているのであり、日本史をうごかしてきたといってよいでしょう。

今回しめされた「新しい年表」は、ダイナミックな日本史をしるためにおおいに役だつにちがいありません。

▼ 関連記事
縄文人の祖先は広域に分布していた -「浮かび上がる縄文人の姿と祖先」(日経サイエンス 2021.08号)-
縄文人と渡来人 -「47都道府県人のゲノムが明かす日本人の起源」(日経サイエンス 2021.08号)-
アイヌ・琉球同系説 -「縄文遺伝子 × 考古学」(科学 2022.02号)

3D「縄文 2021 - 東京に生きた縄文人 -」(江戸東京博物館)
3D「縄文早期の居家以人骨と岩陰遺跡」(國學院大學博物館)
縄文人の精神性をよみとる - 特別展「火焔型土器のデザインと機能」(國學院大學博物館)(1)-
特別展「縄文―1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)
3D 三内丸山遺跡

特別展「先住民の宝」(国立民族学博物館)1 - アイヌ –
3D「アイヌプリ - 北方に息づく先住民族の文化 -」(國學院大學博物館)

琉球・沖縄の歴史と文化をみなおす - 展覧会「琉球 美の宝庫」(サントリー美術館)-
仮説をたてて実験する -「3万年前の航海 徹底再現」プロジェクト –
企画展「沖縄の旧石器時代が熱い!」(国立科学博物館)

梅原猛『日本の深層』をよむ(その1. 東北の旅)

▼ 注1:参考文献
特集「日本列島の文化の多様性 佐々木高明の世界からの展望」月刊みんぱく、2022年2月号、pp.2-9、国立民族学博物館編集・発行

▼ 注2
企画展「焼畑 ― 佐々木高明の見た五木村、そして世界へ」
会場:国立民族学博物館・本館企画展示場
会期:2022年3月10日~2022年6月7日

3D「イスラーム王朝とムスリムの世界」(東京国立博物館)

イスラーム王朝史がわかります。さまざまなたくさんの人々を文明が統一します。文明の衝突がおこります。

イスラーム王朝史がわかります。さまざまなたくさんの人々を文明が統一します。文明の衝突がおこります。

マレーシア・イスラーム美術館精選 特別企画 「イスラーム王朝とムスリムの世界」が東京国立博物館で開催されています(注1)。イスラームの豊富なコレクションをもつマレーシア・イスラーム美術館(注2)の全面協力をえて、特定の国家や地域によらない世界規模のイスラーム美術の展示が実現しました。

ステレオ写真は平行法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

アカンサス文柱頭
アカンサス文柱頭
(スペイン(後ウマイヤ朝)、10世紀、大理石)
エナメル彩人物文鉢
エナメル彩人物文鉢
(イラン、13世紀、フリット胎土)
文字文タイル
文字文タイル
(イラン、13世紀、フリット胎土)
青釉透彫タイル
青釉透彫タイル
(中央アジア(ティムール朝、14世紀、陶製)
天文学書
天文学書
(イラン、1347年)
ミフラーブ・パネル
(中央アジアまたはイラン(ティムール朝)、14〜15世紀、フリット胎土)
宝飾ヘッドドレスと儀礼用イヤリング
宝飾ヘッドドレスと儀礼用イヤリング
(モロッコ、1800年頃、金・宝石・エナメル)
七宝香炉
七宝香炉
(中国(清)、19世紀末)
ラスター彩アルハンブラ壺
ラスター彩アルハンブラ壺
(スペイン、19世紀、陶製)
ラスター彩水差
ラスター彩水差
(スペイン、20世紀初、フリット胎土)
『クルアーン』
『クルアーン』
(マレー半島東海岸、18〜19世紀)
メダイヨン文敷物(イラン、19世紀)、クルアーン・キャビネット(エジプト、19世紀末〜20世紀)、クルアーン台(オスマン朝、1800年頃)
メダイヨン文敷物(イラン、19世紀)、クルアーン・キャビネット(エジプト、19世紀末〜20世紀)、クルアーン台(オスマン朝、1800年頃)
ムスリム王朝の年表
イスラーム王朝の年表

1.ウマイヤ朝
預言者ムハンマドが632年に没すると、「正しく導かれた代理人たち」とよばれる「カリフ」が「ムスリム」(イスラーム教徒)をあらたにひきいます。聖典をあつめ、書写した「クルアーン」(コーラン)を冊子体に装丁し分配、これらは、「ウスマーン写本」としてしられるようになり、その内容と構成はかわらぬまま現代まで継承されます。

第4代カリフのアビー=イブン=アビー=ターリブが暗殺されると、シリアの総督だったムアーウィヤはみずからカリフを称して最初のイスラーム王朝である「ウマイヤ朝」(661~750)を創始します。首都を、シリアの「ダマスクス」におき、また洗礼者ヨハネ大聖堂の跡地に「ウマイヤ・モスク」を建立します。ウマイヤ朝の芸術は、ビザンティン帝国やサーサーン朝ペルシアなど、先行する文明の意匠や技術をとりいれます。文字芸術である「カリグラフィー」も発展します。

2.アッバース朝
アッバース家は、預言者ムハンマドにつながる家系であり、ウマイヤ朝のカリフに抵抗し、自分たちこそが正当な後継者であり、ムスリム帝国を継承すべきだと主張、アッバース朝初代カリフのサッファーフはウマイヤ家の後継者を殺害し、みずからの王朝をひらきます。762年、権力の座をシリアからイラクにうつし、円形をした平和の都「バグダード」を造営、商業・科学・芸術が大発展し、イスラーム文明は黄金期をむかえます。

3.ファーティマ朝とアイユーブ朝
ファーティマ朝は、「シーア派ムスリム」で預言者ムハンマドの娘ファーティマの家系であると称し、アッバース朝の衰退を機に北アフリカのチュニスからエジプトへ本拠をうつします。ファーティマ朝カリフがすむ宮殿が建設された新都は勝利者を意味する「カーヒラ」(カイロ)と命名されます。

1169年、ザンギー朝につかえていたサラーフッディーンがカイロに遠征、十字軍の脅威からカイロをまもり、1171年、ファーティマ朝に終止符をうち、「アイユーブ朝」の創始者としてみずから「スルタン」(君主)となります。

4.イランおよび中央アジアにおける初期の王朝
9世紀、アッバース朝はすでに弱体化しており、王朝は分裂をつづけ、中央アジアの「ガズナ朝」(977〜1186)や「ブワイフ朝」(945〜1055)、イラン系の「サーマーン朝」(819〜1005)など、地方王朝の君主が独立します。

5.モスク
モスクは、ムスリムの絆を強固にし、説教そして毎週金曜日の集団礼拝のために信者をあつめる役割をもちます。美術工芸品で華麗に装飾され、ムスリム社会の拠点として重要な役割をはたします。

6.北アフリカおよびスペインにおける王朝
ウマイヤ朝がシリアで滅亡すると、虐殺をまぬかれた王子アブド=アッラフマーン1世(在位756~788)はイベリア半島にのがれ、「コルドバ」を首都として「後ウマイヤ朝」をたてます。コルドバは、バグダードやカイロに匹敵する壮麗な宮殿でしられるようになり、輸入品をあつかう市場もひらかれ、ムスリム世界はもちろんヨーロッパ各地のすぐれた工芸品であふれかえります。

北アフリカでは、首都を「マラケシュ」に置く「ムラービト朝」(1062~1150)がさかえます。12世紀半ばには、「ムワッヒド朝」(1150~1269)が勃興し北アフリカを支配します。マラケシュを占領し、セビリアを首都としますが、1212年、「ナバス・デ・トロサの戦い」で敗北し、キリスト教諸王国連合軍に半島内の領土の大半をうばわれます。

7.セルジューク朝
11世紀の中央アジアでは、テュルク系遊牧民オグズ族が勢力を伸ばし「セルジューク朝」をおこします。1055年までに、「ホラーサーン」(イラン)とメソポタミア(イラク、シリア、アナトリアの一部) を占拠し、アッバース朝カリフと「スンナ派イスラーム」を保護します。最盛期には、中国西部から地中海世界まで版図をひろげましたが、1243年、モンゴル軍に大敗して服属します。

8.マムルーク朝
「マムルーク(奴隷軍人)」が反乱をおこし、アイユーブ朝をたおし「マムルーク朝」をたてます。首都をカイロにおき、エジプトとシリアで実権をにぎります。前期の「バフリー・マムルーク朝」(1250~1382)と後期の「ブルジー・マムルーク朝」(1382~1517)にわかれ、バフリー・マムルーク朝はモンゴル軍をやぶり(1260)、モンゴル帝国の西進を阻止、これにより、イスラームを擁護する王朝となります。

9.イル・ハーン朝とティムール朝
チンギス・ハーン(1167頃〜1227)の指揮下、モンゴルの遊牧民は東西に勢力を拡大し、クビライが中国に元朝をひらくと弟のフラグが版図拡大をひきつぎ、中央アジア・ペルシア(アフガニスタンとイラン)、アナトリアからアラル海までを支配します。1258年、バグダードが攻略され、アッバース朝は終焉、フラグが、イル・ハーンとなり、中国の大ハーンに忠誠をちかいます。モンゴルのイスラーム化がすすみ、1295年には、ガザン(1295~1304)がイル・ハーン朝の第7代君主となると同時にイスラームに改宗することを宣言します。

ティムール(1370~1405)は、モンゴル系貴族の出身でムスリムとしてそだった偉大な戦士であり、チャガタイ・ハーン国で傀儡のハーンをおき、みずからは、「アミール」(司令官・総督)であることを宣言します。サマルカンドを首都とし、イラン、メソポタミアを征服しアナトリアへと進出、さらにインド・デリーに入場します。

10.サファヴィー朝とカージャール朝
サファヴィー朝(1501〜1722)は、イスマーイール1世(在位1501〜1524)がタブリーズを占領し、初代「シャー」(王)に即位してイランに建国した王朝であり、イスラーム教「シーア派」を国教とします。第5代シヤー・アッバース1世(在位1587〜1629)の治世に首都が「イスファハーン」にうつり、建築・美術・工芸が開花します。

カージャール朝(1779〜1924)時代になると、伝統的なイスラーム社会のなかにもヨーロッパの影響がよりつよくみられるようになります。

11.武器
ムスリム世界のスルタンやシャーや皇帝にとって、戦時にも儀礼にも、最高の武具をもつことは当然のことであり、武器が完壁であるためには、良質な材料、俊敏なうごきを可能にする形状、王朝の富を象徴する装飾という3要素が不可欠でした。市街のいたる所で武器の売買がさかんになり、店がならぶ通りは「武器スーク(市場)」とよばれます。

12.オスマン朝
ルーム・セルジューク朝が崩壊後、1299年、テュルク系一族によるオスマン朝が北西アナトリアに成立します。建国当時は小国家でしたが、周囲の支援をうけて版図を拡大し、ビザンティン帝国を攻撃、1453年、オスマン朝スルタン・メフメト2世(在位1451〜1481)がコンスタンティノープルを征服、キリスト教国は終焉します。オスマン朝は、エディルネからコンスタンティノープルに首都をうつし、「イスラームブル」(イスタンブル)と改称します。王朝は、16世紀を通して東西に拡大し、メソボタミア、イランの一部、マムルーク朝工ジブ卜、シリア、北アフリカの一部を支配下におきます。さらに、ハンガリー王国のベオグラードを制圧、ウィーンにまでせまります。また、ヒジャーズ地方の聖地マッカ(メッカ)とマディーナ(メディナ)の保護権も獲得します。

13.イスラーム書道芸術
ムスリム世界で文字は、モスクの正面や内部、中庭宮殿、公共建築など、おおくの建築物を装飾しているほか、福音の語句が染織や金属器・ガラス器・木工品などの装飾に、またクルアーンの章句や預言者の言葉の書写、そして詩や散文の語句の引用などが紙にしるされ、個人的に所有されたり、護符としてもちいられたりし、さらに、日用品や調度品に文字装飾をほどこすことでその存在意義をたかめる役割もはたします。

14.ムガル朝
ティムールとチンギス・ハーンの系譜をつぐ人物であるザヒールッディーン=バーブル(在位1526〜1530)はムガル朝の創始者であり、彼の孫アクバル(在位1556〜1605)の治世にインド亜大陸に領土が大きくひろがります。アクバルは、アーグラー近郊の新都ファテープル・スィークリーに宮殿を建設し、彩飾写本の製作を命じ、イランとインドの伝統要素が融合したムガル様式がうまれます。

以上のように、さまざまな工芸品・美術品などをイスラーム王朝史とともにみていけば、イスラーム文明がこれまでにいかに繁栄したかがよくわかります。

イスラームの美術は、洗練された色彩と計算された幾何学によるシンプルな造形に特徴があり、数学的なうつくしさと形容したくなります。

イスラーム文明は、準湿潤〜湿潤で成長した中国・儒教文明やヒンドゥー文明(温帯・熱帯の文明)とはことなり、乾燥帯で基本的に発達した文明であり、人間(主体)と自然環境の相互作用(インプットとアウトプット)によって文明が発達することを前提とすると、乾燥帯というシンプルな自然環境がシンプルなうつくしさに反映しているのではないかという仮説がたてられます。このことはイスラーム現代絵画をみてもあきらかです。

イスラーム現代絵画

イスラーム文明は、預言者ムハンマド(632年没)以来の歴史をもち、他方で、イスラーム文明圏という広大な領域を地球上に形成し、歴史的存在であると同時に地理的存在であり、一地方の文化が高度化・広域化して文明が発展するという文明成立のパターンをここにみることができます。イスラーム教はその中心にあり、民族や国家や時代をこえて、たくさんのさまざまな人々を統合し、地球上においてひとつの文明圏をつくり、大文明をうみだしました。いわゆる世界宗教(高等宗教)が文明の中心にはかならずあります。

現代は、近代化・グローバル化がすすみ、近代文明あるいは全球文明が発展しつつある時代ですが、前近代において成立・成熟した文明(前近代的文明)は依然としていきており、おおきな影響力を今なおもっています。

前近代において成立・成熟した文明としては、ほかに、中国・儒教文明、ヒンドゥー文明、ヨーロッパ・キリスト教文明があり、それぞれに特色をもち、それぞれに自己主張をし、それぞれに対立しています(ヨーロッパ・キリスト教文明にはアメリカもふくまれます)。

その結果、中国・儒教文明とヒンドゥー文明が衝突し、ヒンドゥー文明とイスラーム文明が衝突し、イスラーム文明とヨーロッパ・キリスト教文明が衝突し、ヨーロッパ・キリスト教文明と中国・儒教文明が衝突し、こうして諸文明の衝突は今後ともつづくだろうと予想できます。

とくに、イスラーム文明の中心地はアジアとヨーロッパとアフリカが接する場所であり、文明の十字路であり、地球上の要衝といってもよく、紛争がたえません。

辺境の民族・重層文化の民である日本人には、大陸の諸文明とくにイスラーム文明について理解が不足していますが、諸文明を対比し、世界史と地域性を文明の観点からあらためてとらえなおせば理解がすすむでしょう。イスラーム文明を理解せずして世界は理解できません。

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▼ 注1
マレーシア・イスラーム美術館精選 特別企画 「イスラーム王朝とムスリムの世界」
会場:東京国立博物館・アジアギャラリー(東洋館 12・13室)
会期:2021年7月6日~2022年2月20日

▼ 注2
Islamic Arts Museum Malaysia(マレーシア・イスラーム美術館)

▼ 参考文献
ルシアン=デュ=ギース・勝木言一郎・猪熊兼樹・小野塚拓造編集『マレーシア・イスラーム美術館精選 イスラーム王朝とムスリムの世界』(図録)、東京国立博物館発行、2021年
川喜田二郎著『川喜田二郎著作集 12 アジア文明論』 中央公論新社、1996年

※ 川喜田二郎著『川喜田二郎著作集 12 アジア文明論』の 第II部「ユーラシア諸文明の生態史」において、前近代において成立・完熟した7つの文明(前近代的文明)、(1)中国文明、(2)チベット文明、(3)ヒンズー文明、(4)イスラーム文明、(5)ビザンチン文明、(6)ラテン文明、(7)西欧文明(ビザンチン文明・ラテン文明・西欧文明はヨーロッパ・キリスト教文明としてくくることもできる)について概説しており、たいへん参考になります。自然環境と人間のやりとりによって文明が発達することがわかります。

▼ 参考サイト
グラフィック:スンニ派とシーア派ってどういうこと?(NHK)

アイヌ・琉球同系説 -「縄文遺伝子 × 考古学」(科学 2022.02号)

縄文人・弥生人の二重構造モデルを DNA 解析により検証しました。アイヌ人と琉球人はともに縄文系です。日本の深層にアプローチできます。

縄文人・弥生人の二重構造モデルを DNA 解析により実証しました。アイヌ人と琉球人はともに縄文系です。日本の深層にアプローチできます。

『科学』(岩波書店)2022年2月号が「縄文遺伝子 × 考古学」と題して日本列島人の成立について特集しています。

日本列島の人類集団について、1991年、自然人類学者・埴原和郎は形質人類学的な研究から「二重構造モデル」を提唱しました。

弥生時代に大陸から朝鮮半島経由で北部九州に大量の渡来人が渡来し,東南アジア起源である在地の繩文人と混血をすることで現代の日本列島人が成立した。

この仮説では、現代の日本人につながる集団は、基層集団である繩文人と、朝鮮半島から弥生時代にやってきた渡来人との混血によって成立したとかんがえ、北方のアイヌの人々と南方の琉球列島の人々は縄文人の特徴をおおくのこすとしています。

もし、この仮説がただしいとすると、日本人には、遺伝的にことなるつぎの3つのタイプが存在するだろうと推論(演繹)できます。

  • 在来(先住)の縄文系の遺伝子をひきづく人々
  • 弥生時代に渡来してきた人々
  • 両者の混血の人々

技術革新により2010年以降、古人骨の DNA 解析ができるようになり、推論結果が検証されています。

縄文人のゲノムが現代のアイヌ, 本土日本人, 琉球列島集団のゲノムのおよそ7割, 1割, 3割ほどをそれぞれ構成していることが明らかとなった。

つまり、アイヌの人々は縄文人の遺伝子をもっともよくひきついでおり、そのつぎに、琉球列島の人々がうけついでおり、本土日本(本州・四国・九州)には、渡来人の子孫と、渡来人と縄文人の混血の人々がいることがわかりました。アイヌ人と琉球人は縄文系の特徴を比較的おおくのこしていることが明確になり、形態学的研究によって発想された仮説は DNA 解析によって実証されました。

さらに、縄文時代人の系統が、東ユーラシア集団のなかでも系統的に古く、後期旧石器時代に大陸の集団から分岐したこともあきらかになり、縄文人の起源が日本列島の後期旧石器時代人までさかのぼることもわかり、縄文人のその系統は「東ユーラシア基層集団」とよばれます。

また琉球列島の人々が縄文系であることをしめすデータとしてはつぎもあります。

種子島の広田遺跡出土人骨では,古墳時代相当期の人骨のゲノムが縄文人の範疇に入ることも明らかになっている。広川遺跡は弥生〜古墳時代にかけての遺跡で,人骨が特異な形態をもつことから「南九州弥生人」としてまとめられているが,彼らこそが縄文人の直接の子孫だったことになる。

すなわち南九州離島には、古墳時代になっても縄文人の直系の子孫がすんでいたのであり、このことは琉球人が、アイヌ人同様に、縄文系の特徴をおおくのこしているとかんがえる証拠になります。

以上のことから、アイヌ人と琉球人はともに縄文系(先住民族系)の人々であり、「アイヌ・琉球同系」説が提案でき、彼らの文化は、縄文文化の特徴をおおくのこしているにちがいないとかんがえらます。

アイヌ・琉球同系説は、ふるい文化は辺境にのこるとするドーナツ化モデル(注)からみてもただしいといえます。ふるきよき文化・伝統をまもりつづける人々は中央からはなれたところにこそいます。

アイヌ人と琉球人がともに縄文系であり、彼らの文化が縄文文化の特色を色こくのこしているとすると、アイヌ文化と琉球文化には共通要素や類似点が多数みつかるはずであり、アイヌ文化と琉球文化をしらべれば縄文文化(日本の深層文化)の理解がすすむでしょう。

現代日本人にみられる独特な行動様式・生活様式には、意外にも、深層文化がおおきく作用しているのではないでしょうか。日本語、村社会、封建的、終身雇用、年功序列、勤勉勤労、几帳面、神仏習合、葬式仏教、悉皆成仏、万物供養、あの世観・・・。日本の深層にアプローチするためにアイヌ・琉球同系説が役だちます。

今回の『科学』の特集は、30年前に提唱された仮説を最新技術によって実証したところに力点がおかれています。今日、あらゆる分野で DNA 解析が決定的な証拠をもたらしており、人類学・考古学も例外ではありません。

今回の例をみてもあきらかなように、DNA 解析はとても有用ですが、出土したすべての人骨に対して DNA 解析をおこなうことは、予算的にみても時間的にみてもマンパワーからみてもまったく不可能ですから、仮説をたてて推論し、サンプルを選択して、集中的に分析し、推論結果をたしかめるという手順をふみます。これは演繹法といってもよく、これにより「むだ撃ち」をふせげます。

たとえば地質学者は、地表の踏査をして仮説をたてて、ここぞという場所でボーリングをし、地質構造と地史をあきらかにします。ボーリングを多数おこなうことは予算的・労力的にできないため適切な地点を選択しなければなりません。このときも、〈仮説→推論→確認〉という手順をふみます。

現代は情報洪水の時代です。膨大な情報のなかをあるいていくとき、もとめるべきは大量の情報ではありません。事実を内面にインプットして、仮説をたて、もしそうだとしたならばとかんがえるのが大事なのであって、たくさんの情報をやみくもにあつめたり、たくさんの情報を整理・分類したりすることはやめたほうがよいです。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」というのはまったく非現実的です。

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梅原猛『日本の深層』をよむ(その1. 東北の旅)

▼ 参考文献
『科学』2022年2月号、岩波書店、2022年

▼ 注:ドーナツ化モデル
ドーナツ化モデル -『仏教歴史地図』-
3D ネパール国立博物館(1)「仏教美術ギャラリー」
※ 仮説を、図式や数式などでしめしたものをモデルということがあります。

わかりやすい日本語を書く(20) - 思想のテン –

思想の最小単位をしめします。固有のリズムがうまれます。著者の文体が完成します。

思想の最小単位をしめします。固有のリズムがうまれます。著者の文体が完成します。

今回は、「思想の最小単位としての自由なテン(思想のテン)」(注1)の観点からつぎの例文を検討します。

例文100
わたしの人生論は、人生いかに生きるべきかを論じたものではない、といった。しかし、わたしに実践的関心がいささかもなかったといえば、それはうそになる。(中略)その結論といえるかどうかわかなないが、この本のなかでくりかえしあらわれてくる基調音というのは、目的体系からの離脱ということであり、無目的の自己放出ということである。これだけのことをかがり糸として、この本の、一見無関係ともみえる各章がつづりあわされているのである。

梅棹忠夫著『わたしの生きがい論 -人生に目的があるか-』講談社、1985年(注2)

わかりやすい文ですが、語順の原則「ながい修飾語ほど先に」にしたがって書きなおしてみます。

例文100a
人生いかに生きるべきかをわたしの人生論は論じたものではないといった。しかし実践的関心がいささかもわたしになかったといえばそれはうそになる。その結論といえるかどうかわかなないがこの本のなかでくりかえしあらわれてくる基調音というのは目的体系からの離脱ということであり無目的の自己放出ということである。一見無関係ともみえるこの本の各章がこれだけのことをかがり糸としてつづりあわされているのである。

原文にしたがって語句の配置をかえ、テンの原則「ながい修飾語」と「逆順」にしたがってテンをうちます。

例文100b
わたしの人生論は、人生いかに生きるべきかを論じたものではないといった。しかしわたしに、実践的関心がいささかもなかったといえばそれはうそになる。その結論といえるかどうかわかなないが、この本のなかでくりかえしあらわれてくる基調音というのは目的体系からの離脱ということであり、無目的の自己放出ということである。これだけのことをかがり糸としてこの本の、一見無関係ともみえる各章がつづりあわされているのである。

原文をよむと、テンの原則にしたがって適切にテンがうたれていることがわかりますがそれだけでなく、「人生いかに生きるべきかを論じたものではない、といった」や「わたしに実践的関心がいささかもなかったといえば、それはうそになる」など、テンの原則によらないテンもあります。

これが、「思想の最小単位としての自由なテン(思想のテン)」(注1)であり、強調や含みなど、ある意味をもたせて特別にうつテンです。

たとえば例文100abと原文をくらべてみれば、例文100aも100bも構文上はまったく問題ありませんが、原文のほうが、著者のメッセージがよりよくつたわってきます。またテンでかるく間(ま)をとってよめばわかるように、原文には、他人がもはや手をくわえられない域に達した著者固有のリズムがうまれています。

こうして思想のテンは、著者独自の文体をつくりだし完成させます。

ただし思想のテンは自由なテンとはいえうちすぎれば効果はなくなり、かえってわかりにくくなります。かんがえぬいたうえで本当に必要なところのみにうつようにします。

さて、「わかりやすい日本語を書く」と題して本ブログにおいてのべ100の例文をこれまで検討してきました。語順の原則・テンの原則・題目語・助詞などに関する日本語の原則を仮説とし、100の例文をつかって検証した結果、例外は1件もみつからず仮説の蓋然性が非常にたかまりました。原則が確立すれば、あとはそれを自在につかっていくことができます。原則は法則といってもよく、あらゆる現象の根本に法則があり、法則はつかえるものです。

わたしは、本多勝一著『日本語の作文技術』を学生のときによんで本多さんの作文技術をすぐにつかいはじめました。「長い修飾語ほど先に」「長い修飾語が2つ以上あるときにその境界にテンをうつ」「原則の逆に語順がなったときにテンをうつ」「題目を表すハ」など、むずかしいことは何もなくすぐにはじめられました。正直、日本語の作文技術(日本語の原則)がとても単純だったことにとてもおどろきました。

しかしその後、まともな日本語が書けない大学教授や日本語は非論理的だというインテリにであったり、日本語習得に苦労している外国人をみかけたり、あるいは他者の報告文などを添削したりしていて、シンプルな原則が日本語に存在することにおおくの人々が気づいていないことがわかりました。そこで折にふれてまたブログで日本語の原則を紹介するようにしました。日本語も、英語などと同様に原則は簡単であり、原則がわかれば、わかりやすい日本語が誰でもすぐに書けるようになります。外国人が日本語を習得するときも原則をつかえば学習が一気に加速します。逆に、その時その場で添削してもらっているだけだとなかなか上達しません。

作文は、人間主体の情報処理におけるアウトプットの手段としてとても重要です。アウトプットはプロセシングの結果であり、内面の表現です。梅棹忠夫流に「自己放出」といってもよいでしょう。アウトプットはその人の心の状態をあらわし、言葉がととのっている人は心もととのっており、言葉がみだれている人は心もみだれています。言葉をとおして、アウトプットの重要性をあらためてとらえなおし、情報処理をすすめ、心ゆたかな人生をおくりたいものです。

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わかりやすい日本語を書く(練習14)
わかりやすい日本語を書く(練習15)

わかりやすい日本語を書く(16) - プロセシング→アウトプット –
わかりやすい日本語を書く(17) - ながい修飾語ほど先に –
わかりやすい日本語を書く(18) - テンの原則「ながい修飾語」-
わかりやすい日本語を書く(19) - テンの原則「逆順」-
わかりやすい日本語を書く(20) - 思想のテン –
わかりやすい日本語を書く(21) - 題目をあらわす「は」-
わかりやすい日本語を書く(22) - 特定の語句に焦点をあてる –
わかりやすい日本語を書く(23) - 題目と対照(1)-

日本語の作文法:日本語の原則

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

※ 三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』は、題目をあらわす「○○は」のつかいかたをくわしく解説し、「○○は」の「は」は、「が」「の」「に」「を」を兼務することをしめします。本書をよんで練習すれば、「○○は」と「○○が」のつかいわけができるようになります。

※ 三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』は、『象は鼻が長い』同様、「○○は」のつかいかたをくわしく解説しています。日本語は、すべての修飾成分が述語によって統括される述語中心の言語であり、述語以外はすべて、その補足語として機能することがわかります。したがって日本語には “主語” は存在しません。

※ 本多勝一著『日本語の作文技術』は、「修飾の順序」「句読点のうちかた」「助詞の使い方」などの基本技術をくわしく解説しています。日本語も、非常に少数の簡単な原則でなりたっていることがわかり、本書をよめば誰でもすぐに、わかりやすい日本語が書けるようになります。

※ 本多勝一著『実戦・日本語の作文技術』は、『日本語の作文技術』の続編であり、日本語の作文技術(原則)を復習し、ブラッシュアップするために役だちます。とくに、「読点の統辞論」が参考になります。『日本語の作文技術』は帰納的にのべられているのに対し、『実戦・日本語の作文技術』は演繹的にのべられています。

※ 川喜田二郎著『発想法(改版)』は、定性的データの統合・問題解決・創造性開発に役だつ「KJ法」の基礎を解説しています。取材をしたら、すぐに文章を書かず、図解をつくってから文章化をすすめます。人間主体の情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の観点からいうと、KJ法はアウトプットの方法であることに注目してください。

※ 梅棹忠夫著『知的生産の技術』は、知的生産の原理と技術についてくわしく解説しています。並列的な編集から直列的な表現へすすみ、情報を統合するという文章化の原理をまなんでください。具体的な技術として「こざね法」がつかえます。今日では、つかう道具はちがっていますが知的生産の本質は不変です。

※ 栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』は、「速く・うまく・わかりやすい」文章を書く「速書法」について解説しています。書くことにとどまらず知的能力をたかめます。「結果として速く書ける」ことを目指すのではなく、「速く書くことを追求する過程で、従来とは異なる意識の新しい領域を巻き込む」ことが重要です。

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「こざね法」でかんがえをまとめる - 梅棹忠夫著『知的生産の技術』をとらえなおす(9)-
散歩をして書きだす - 栗田昌裕『「速く・わかりやすく」書く技術』-

▼ 注1
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年(旧版は1982年)
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年(旧版は1994年)
本多勝一著『本多勝一集 第19巻 日本語の作文技術』朝日新聞社、1996年

▼ 注2
梅棹忠夫著『わたしの生きがい論 -人生に目的があるか-』講談社、1985年
梅棹忠夫著『梅棹忠夫著作集 12 人生と学問』中央公論新社、1991年

点メモと文章化 - 段階的アウトプット –

みたりきいたりしたら点メモをとります。点メモをみて想起し文章化します。段階的なアウトプットが発想をうながします。

みたり きいたりしたら点メモをとります。点メモをみて想起し文章化します。段階的なアウトプットが発想をうながします。

日々の生活のなかであるいは旅先などで、みたり きいたり味わったりしたことをメモすることがよくあるとおもいます。大事なことは記録にのこしておいたほうがよいでしょう。情報の取捨選択がこのときおこります。

メモのとりかたとしては、重要なことについて手みじかにキーワードだけをならべる方法があります。時間をかけずに時系列に点々と単語をしるしていき、これを「点メモ」といいます。

電車のなかで駅のホームで現地・現場で、いそがしいときや移動中はすべてをきちんと書いている時間はありません。時間がとれません。大事なことのみをとりあえず点メモします。あるいは取材などで他者の話をきいているとき、この方法でしたら、こちらがメモをとっているあいだに相手が話を中断しなくてよく、話の腰をおることがありません。また であるいているときに、ちゃんとした文で記録をとろうとすると周囲への注意がうすれ人にぶつかったり危険なことがありますが、点メモなら一瞬でサッとできるので安全です。

情報を取捨選択し要点のみを記録することは、ものごとの大局・本質をぱっとみて判断する力、つまり直観力をたかめる訓練にもなります。

図1 点メモ

そして帰宅したら あるいは時間があるときに記録した点メモをみなおして、点メモをしたときの状況を想起し、今度は、ちゃんとした文章で書きだします。時系列の点メモがあれば、点メモと点メモのあいだのできごとも容易におもいだせ、点メモをふくらませる要領で文章化をすすめることができます。

文章化
図2 文章化

このように、点メモそして文章化は、その場の記録と恒久的な記録をつかいわけるやりかたであり、段階的に情報をアウトプットしていく方法です。ここで、点メモにしろ文章化にしろ、書くことは、人間主体の情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)におけるアウトプットであることに着目してください。点メモはもっとも初歩的な簡単なアウトプットであり、〈点メモ→文章化〉は、情報処理を段階的にすすめていく方法といってもよいでしょう。

現代は情報があふれかえっており、必要のない情報やまちがった情報(ゴミ)もたくさんあり、おおすぎる情報はものごとの見通しを往々にわるくし、判断をあやまらせます。もとめるべきはたくさんの情報ではなく、的確で簡潔な情報であり、シャープな みじかい点メモは情報を整理し見通しをよくします。点メモができる人は思考も鮮明です。

また文章化のときに、多数の点メモをみていると、過去にさかのぼってあるいは未来にむかって大事なことをつぎつぎにおもいつくことがおおく、点メモは発想をうながし、仮説をたてることにつながり、仮説がたつと検証・論理へ展開できます。

とくに、旅行にでかけて点メモをし、宿で(あるいは帰宅して)体験を文章化することをおすすめします。旅行は、時間とお金をかけるので普段とはちがい意識がたかまり、また旅先では心が自由になり、心がひらいた開放系の情報処理がすすみます。旅やフィールドワークは情報処理の訓練に最適です。

わかりやすい日本語を書く(19) - テンの原則「逆順」-

前提として、本来の語順をしっている必要があります。強調など、特別な意図があるときに語順をくずします。内面が外面にあらわれます。

前提として、本来の語順をしっている必要があります。強調など、特別な意図があるときに語順をくずします。内面が外面にあらわれます。

今回は、テンの原則「逆順」(原則の逆に語順がなったときにテンをうつ、注)をつかって以下の例文を検討します。

例文96
発明は改造する、人類を。(アイニッサ・ラミレズ著, 安部恵子訳, 柏書房, 2021年)

例文97
政府は4度目の緊急事態宣言を受けて、酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして、都道府県が支払う支援金の上乗せ額を拡充する。(ABEMA TIMES, 2021.7.14)

例文98
約1時間前から警視庁の刑事と名乗る男が、空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと女性宅に電話していた。(朝日新聞デジタル, 2021.12.6)

例文99
昨季までは右肘手術明けで打者に専念した2019年の425打席がキャリア最多だった。(Full-Count, 2021.8.27)

例文96
発明は改造する、人類を。

例文96は本の題名であり、日本語の本来の語順であらわすならば「発明は人類を改造する」ですが、「発明は改造する」が前に配置され、逆順になっています。この場合、「発明は改造する人類を」とすると意味がわからなくなるため、「発明は改造する」のあとにテンをうち「発明は改造する、人類を」とします。これは、テンの原則2-2「原則の逆に語順がなったときにテンをうつ」(逆順の原則)によります。

この本の訳者は、「発明は改造する」ことをとくに強調したかったため本来の語順をくずしたとかんがえられ、このような倒置には特別な意図があり、その心のうごきをくみとることが大事です。

例文97
政府は4度目の緊急事態宣言を受けて、酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして、都道府県が支払う支援金の上乗せ額を拡充する。

「政府」が、「4度目の緊急事態宣言」を受けたかのように一瞬よめてしまいますがそうではなく、「酒の販売事業者の経営」が、「4度目の緊急事態宣言」を受けて「困難になる恐れがある」ということではないでしょうか。

構造化します。

97a

語順の原則「ながい修飾語ほど先に」(注)にしたがって再構造化します。

97b
  • 4度目の緊急事態宣言を受けて酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして都道府県が支払う支援金の上乗せ額を政府は拡充する。

テンがなくても文はなりたちます。

もし、「政府は」を強調したければ文頭にもってきます。この場合、テンの原則「逆順」によりテンをうちます。

  • 政府は、4度目の緊急事態宣言を受けて酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして都道府県が支払う支援金の上乗せ額を拡充する。

「政府は」のあとのテン(逆順のテン)はなくてはならないテンです。一方、「4度目の緊急事態宣言を受けて」のあとのテンと、「酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして」のあとのテンは不要です。誤解をさけるために必要なテンはうち、不要なテンはうたないようにします。

例文98
約1時間前から警視庁の刑事と名乗る男が、空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと女性宅に電話していた。

「約1時間前」から「警視庁の刑事と名乗る」と一瞬よめてしまいますが、「約1時間前」から「電話していた」ということではないでしょうか。

構造化します。

98a

語順の原則にしたがって再構造化します。

98b
  • 空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと警視庁の刑事と名乗る男が約1時間前から女性宅に電話していた。

もし、「約1時間前から」を強調したければ文頭にもってきて、テンの原則「逆順」によりテンをうちます。

  • 約1時間前から、空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと警視庁の刑事と名乗る男が女性宅に電話していた。

「警視庁の刑事と名乗る男が」も強調したいなら文頭にもってきます。

  • 警視庁の刑事と名乗る男が約1時間前から、空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと女性宅に電話していた。

この場合は、語順の原則にしたがっているため「警視庁の刑事と名乗る男が」のあとにテンはいりません。

例文99
昨季までは右肘手術明けで打者に専念した2019年の425打席がキャリア最多だった。

わかりにくい文です。構造化します。

語順の原則にしたがって再構造化します。

99b
  • 右肘手術明けで打者に専念した2019年の425打席が昨季まではキャリア最多だった。

ただしい語順にするだけでわかりやすくなります。語順が適切であればテンはいらず、テンをうてばわかりやすくなるというわけではありません。しかしもし、「昨季までは」を強調したければ文頭にもってきて逆順のテンをうちます。

  • 昨季までは、右肘手術明けで打者に専念した2019年の425打席がキャリア最多だった。

そこにおもいをこめたいときに語順を逆順にします。

以上のように、語順が逆順になったときにテンをうちます。単純な原則ですが本来の語順を前提としてしっている必要があります。日本語の語順の原則はつぎのとおりです(注)。

  1. 述部(動詞・形容詞・形容動詞)が最後にくる。
  2. 形容する詞句が先にくる(修飾辞が被修飾辞の前にくる)。
  3. ながい修飾語ほど先に。
  4. 句を先に。

それぞれの場合について検証します。

1. 述部(動詞・形容詞・形容動詞)が最後にくる

  • 桜がさいた。

これを逆順にすると・・・

  • さいた桜が。

これではわからないので、テンの原則「逆順」にしたがってテンをうちます。

  • さいた、桜が。

この種の表現はときどきみかけます。

  • 御嶽海です、優勝力士は。
  • 2月です、第6波のピークは。
  • 愛しています、あなたを。
2. 形容する詞句が先にくる(修飾辞が被修飾辞の前にくる)

  • おいしそうなケーキ。

これを逆順にすると・・・

  • ケーキおいしそうな。

これではわからないのでテンをうちます。

  • ケーキ、おいしそうな。

この種の表現もときどきみかけます。

  • 子供たち、うれしそうな。
  • 富士山、うつくしい。
  • あの花、紫色の。
3. ながい修飾語ほど先に

  • 北アルプス黒部源流をしりつくした登山家がたてた山小屋でさっきとったばかりの山菜を太郎はたべた。

この例文は、語順の原則にしたがっているので問題ありません。しかし「太郎は」を強調して冒頭にもってくるとわかりにくくなります。

  • 太郎は北アルプス黒部源流をしりつくした登山家がたてた山小屋でさっきとったばかりの山菜をたべた。

そこでテンの原則「逆順」によりテンをうちます。

  • 太郎は、北アルプス黒部源流をしりつくした登山家がたてた山小屋でさっきとったばかりの山菜をたべた。

同様に・・・

  • さっきとったばかりの山菜を、北アルプス黒部源流をしりつくした登山家がたてた山小屋で太郎はたべた。

つぎの例文はどうでしょうか。

  • 八ヶ岳山麓の牧場でそだった動物たちを三郎はおくりだした。

「三郎は」を冒頭にもってくると・・・

  • 三郎は八ヶ岳山麓の牧場でそだった動物たちをおくりだした。

わかりにくいためテンが必要です。

  • 三郎は、八ヶ岳山麓の牧場でそだった動物たちをおくりだした。

しかし「三郎」に、「九州から移住してきたとても優秀な山岳ガイドの」という修飾語をつけてながくすればテンはいりません。

  • 九州から移住してきたとても優秀な山岳ガイドの三郎は八ヶ岳山麓の牧場でそだった動物たちをおくりだした。

語句の長短関係に注目しなければならず、「○○は」のあとにテンをうつという原則はありません。

4. 句を先に

  • 筑波鉄道で通勤している国立高速通信研究所のとてもすぐれた技師が来社するという。

この例文は、語順の原則「句を先に」の原則にしたがっており問題ありません。しかし「国立高速通信研究所のとてもすぐれた」を強調するために冒頭にもってくると・・・

  • 国立高速通信研究所のとてもすぐれた筑波鉄道で通勤している技師が来社するという。

誤解が生じるため、テンの原則「逆順」にしたがってテンをうちます。

  • 国立高速通信研究所のとてもすぐれた、筑波鉄道で通勤している技師が来社するという。

以上のように、本来の語順をしっていれば逆順をつかうことができ、その場合テンをうちます。

しかしそもそも、そこで語順を逆にする意味があるのかどうかをよくかんがえたほうがよいです。逆順が必要な場面なのか? ほとんどの場合は本来の語順でまにあうのであり、逆順は、特定の語句を強調したいときや感情が高揚したときなど、特別な場合につかえばよく、つかいすぎると効果がうすれ、かえってわかりにくくなります。テンは、本当に必要なところにうち、また不要なテンはうってはなりません。

文においてテンはとても目立つので、テンのうちかたをみれば文の良し悪し、その人の作文力がすぐにわかりますが、テンのうちかたにむずかしいことは何もなく、訓練もいりません。原則を理解すればよいだけのことです。

▼ 関連記事
わかりやすい日本語を書く(16) - プロセシング→アウトプット –
わかりやすい日本語を書く(17) - ながい修飾語ほど先に –
わかりやすい日本語を書く(18) - テンの原則「ながい修飾語」-
わかりやすい日本語を書く(19) - テンの原則「逆順」-
わかりやすい日本語を書く(20) - 思想のテン –
わかりやすい日本語を書く(21) - 題目をあらわす「は」-
わかりやすい日本語を書く(22) - 特定の語句に焦点をあてる –
わかりやすい日本語を書く(23) - 題目と対照(1)-

▼ 注
日本語の作文法:日本語の原則

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

心がうごく -「配置の転換」(NHK ラジオ英会話, 2022.01)-

前提として、本来の語順をしっている必要があります。おおきく心がうごいたときに倒置表現をします。内面が外面にあらわれます。

前提として、本来の語順をしっている必要があります。おおきく心がうごいたときに倒置表現をします。内面が外面にあらわれます。

NHK ラジオ英会話、今月は、特別な意図があるときに語句の配置をかえることをまなんでいます。前置き・疑問文・感嘆文など、さまざまな配置転換の例を練習しています。

LESSON 181 焦点を当てる前置き

Last night, I had a big fight with my girlfriend.

いちばん文中で目立つ文頭に前置きすることによって「last night」に焦点をあてます。前にだしたことがわかるように、そのあとに発音上の休止をかるくおきます。

LESSON 182 対比のための前置き

On social media, she’s very outspoken, but in person, she’s quiet and shy.

本来文末にあるはずの「on social media」、「in person」を文頭におくことによって対比の効果があたえられます。対比が明瞭になるテクニックです。

LESSON 183 主語―助動詞倒置 ①:So do I.

I love their music. — So do I.

助動詞要素を主語の前にだした「主語―助動詞倒置」の形です。この形は疑問文専用の形ではなく、感情の高揚をあらわす一般的な形です。

LESSON 184 主語―助動詞倒置 ②:否定的語句の前置き

Never have I seen a spaceship like this!

「have」が主語の前におかれた「主語―助動詞倒置」です。「Never」と強調し、その高揚を倒置でささえながら文を展開します。「×)Never I have 〜」ではバランスがわるいです。

LESSON 186 疑問文基礎

Are you hungry?

疑問文を口にするときには「教えて・知りたい」と感情がうごき、倒置がおこります。

LESSON 187 否定疑問文

Don’t you like it?

否定疑問文は、主語の前におかれた助動詞要素(助動詞・do〈 does、 did〉・be 動詞など)に not をつけるだけです。

LESSON 188 wh 疑問文 ①:基礎

What did you do in Japan?

wh 疑問文には、注意すべきポイントが3つあります。情報の欠けた部分(空所)をもつこと。wh 語を文頭におくこと。wh 語のうしろには、通常(主語を尋ねる場合などのほかは)疑問形がつかわれること。

LESSON 189 wh 疑問文 ②: wh 疑問文に慣れよう

So, how do you like India?

感想を相手にたずねる定番表現です。

LESSON 191 wh 疑問文 ③:主語を尋ねる疑問文

What made you scream?

主語の位置に what をポンとおくだけです。

LESSON 192 wh 疑問文 ④:大きな wh 語

Which song do you like the most?

wh 疑問文でもちいられる wh 語は、ほかの単語をともなって「大きな wh 語」を構成することができます。

LESSON 193 wh 疑問文 ⑤: wh 語を使った聞き返し

Sorry, what did you say?

相手にききかえすときには上昇調にします。もういちど相手に発言をうながす気持ちをこめます。

LESSON 194 wh 疑問文 ⑥:ハイレベル wh 疑問文

Who do you think is behind all this?

この文には who がターゲットとする空所があるはずであり、空所は、「think に後続する節」の主語であり、「is」の前です。

LESSON 196 ちょこっと疑問

You remembered to bring the curry roux, right?

文末に、「, right?」をあげ調子でくわえるだけで立派な疑問文となります。

LESSON 197 付加疑問文

So, she doesn’t want to go out with you anymore, does she?

もととなる文と肯定・否定とをいれかえます。

LESSON 198 あいづち疑問文

I can give you a ride to the airport. — Oh, can you?

「へぇ、そうなんですか?」などと、あいづちを打つときにつかいます。

LESSON 199 感嘆文

What a cool office you have!

感動のポイントに焦点をあてるために、wh 語をつけることによって文頭にだします。

ある語句に焦点をあてたいとき、あることを強調したいときは、いちばん目立つ文頭にそれを配置します。倒置します。2つの語句を明瞭に対比するときも倒置が有効です。

また自分の感情が高揚したときは「主語ー助動詞倒置」をつかいます。よくしられた疑問文も「主語ー助動詞倒置」の一例です。「しりたい」→「おしえて」という気持ちが生じたときは感情がうごき、倒置がおこります。

また おどろき・よろこび・かなしみなど、とくにつよく感情がうごいたとき、感動したときは、そのポイントに焦点をあてるために、wh 語をつけて文頭にそれを配置します(感嘆文)。

こうした倒置が自在にできるようになるためには、前提として、英語本来の語順(語句の配置)をしっている必要があります。本来の語順をしっていてこそ倒置ができます。ラジオ英会話の本年度の4月から12月までの内容が重要です。

このように、焦点をあてたり強調したりしたいとき、感情が高揚したり感動したりしたとき、つまり、おおきく心がうごいたときに倒置がおこるのであり、普段とはちがう心のうごきがあったときに語順がくずれます。人間は普段は、平常心で生活しているとおもいますが、ときに、おおきく心をゆさぶられ、その動揺がおのずと言葉にあらわれます。内面でのプロセシングのゆらぎが外面へアウトプットされます。

倒置で表現されるということは通常とはことなる特別な意図があるということであり、倒置表現によってはっきり意図を相手につたえることができ、他方、倒置表現から相手の意図をただしくくみとることができるでしょう。

このような倒置(逆順)は、英語とはかぎらず何語でもできます。もちろん日本語でも。心がうごいたときに倒置することはあらゆる言語に共通する原理・原則です。

▼ 関連記事(2021年度 NHK ラジオ英会話)
説明ルールと指定ルール -「なぜ日本人は英語を話せないのか?」(NHK ラジオ英会話, 2021.04)-
配置でポン! -「基本文型で意志は伝わる」(NHK ラジオ英会話, 2021.05)-
学習を加速する -「位置がわかれば拡張は簡単」(NHK ラジオ英会話, 2021.06)-
単純さに気がつく -「『説明ルール』で英語を英語として使いこなす」(NHK ラジオ英会話, 2021.07)-
例外はありません -「名詞の説明」(NHK ラジオ英会話, 2021.08)-
うしろを指定する -「指定ルール」(NHK ラジオ英会話, 2021.09)-
心をはたらかせる -「助動詞の征服」(NHK ラジオ英会話, 2021.10)-
距離感をイメージする -「時表現を極める ①」(NHK ラジオ英会話, 2021.11)-
モデルをつかう -「時表現を極める ②」(NHK ラジオ英会話, 2021.12)-
心がうごく -「配置の転換」(NHK ラジオ英会話, 2022.01)-
配置の原則をつかう -「受動態・比較」(NHK ラジオ英会話, 2022.02)-
そのままインプットする -「配置の言葉」(NHK ラジオ英会話, 2022.03)-

イメージと言葉をむすびつける - NHK ラジオ英会話テキスト 2021 –
ファイルのしくみ -「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」(NHK Eテレ)-

▼ 関連記事(2018年度 NHK ラジオ英会話)
ハートでつかめ! 英語の極意(NHK ラジオ英会話)
状況をおもいうかべて言う - NHK ラジオ英会話 –
英語の基本文型と語順ルール - NHK ラジオ英会話(4-5月)-
時表現を完成させる - NHK ラジオ英会話(6月)-
助動詞をつかいこなす - NHK ラジオ英会話(7月)-
修飾の語順を身につける - NHK ラジオ英会話(8月)-
否定と比較 - NHK ラジオ英会話(9月)-
to 不定詞 と 動詞 -ing 形 - NHK ラジオ英会話(10月)-
過去分詞・受動態・節 - NHK ラジオ英会話(11月)-
倒置・疑問文 - NHK ラジオ英会話(12月)-
関係詞節による修飾 - NHK ラジオ英会話(1月)-
仮定法と it - NHK ラジオ英会話(2月)-
英語のリズムを身につけよう -「文法力と語順の成熟」(NHK ラジオ英会話 3月)-

▼ 参考文献
『NHK ラジオ英会話』(2022年1月号テキスト)NHK 出版、2022年

▼ 関連教材

(冒頭写真:イングランド、ロンドン、ウェストミンスター宮殿(Palace of Westminster)、1999年 撮影)

3D「アイヌプリ - 北方に息づく先住民族の文化 -」(國學院大學博物館)

先住民族の流儀が北方に息づきます。カムイがカミ(神)になりました。日本の深層にアプローチします。

先住民族の流儀が北方に息づきます。カムイがカミ(神)になりました。日本の深層にアプローチします。

金田一京助・久保寺逸彦没後50年・企画展「アイヌプリ―北方に息づく先住民族の文化―」が國學院大學博物館で開催されています(注1)。

ステレオ写真は交差法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

アトゥㇱ(樹皮衣)
アトゥㇱ(樹皮衣)
(北海道アイヌ、明治-昭和時代、19-20世紀)
ニマ(椀)と イタ(盆)
ニマ(椀)と イタ(盆)
(北海道アイヌ、明治-昭和時代、19-20世紀)
マキリ(刀子)
マキリ(刀子)
(北海道アイヌ、明治-昭和時代、19-20世紀)
タンパコオプ(喫煙具)
タンパコオ(喫煙具)
(北海道アイヌ、明治-昭和時代、19-20世紀)
タマサイ(首飾り)とエムㇱ(飾太刀・腰刀)
タマサイ(首飾り)とエムㇱ(飾太刀・腰刀)
(北海道アイヌ、明治-昭和時代、19-20世紀)
イクパスイ(捧酒箸)
(北海道アイヌ、明治-昭和時代、19-20世紀)
イクパスイ(捧酒箸)
(北海道アイヌ、明治-昭和時代、19-20世紀)

「アトゥㇱ(樹皮衣)」は、オヒョウなどの北方に多産する落葉高木からえた糸でおった樹皮衣であり、独特の文様を刺繍したものがおおく、なかには、染糸を駆使して縦縞をあしらった生地のものもあります。アイヌの伝統的衣服には、獣皮や鳥毛、草木の繊維、交易で入手した木綿などの素材が利用されました。

「ニマ(椀)」は、ふかさのある椀状のもので、長形・丸形・把手つきなど様々な形状とサイズがあり、料理をもるだけでなく、こねたり すりつぶしたりする際の調理器具としての役割もありました。

「イタ(盆)」は、平たい形状のもので盆としておもにつかわれましたが、料理を直接もることもありました。

アイヌの人々は、さまざまな日用品を木でつくりだし、いずれも、「マキリ」という小刀をつかって男性が製作し、うつくしいアイヌ文様がしばしばほどこされました。

「マキリ(刀子)」は、男女ともに携帯した小刀であり、日常生活のさまざまな手仕事に使用しました。鞘や柄には、抽象・具象文様の彫刻が精緻にほどこされ、アイヌの代表的な工芸としてもしられます。女性用のこぶりな「メノコマキリ」は、装飾性がとくにたかいものがおおく、求愛の証として男性からおくられたといいます。幕末頃からは、土産品としての需要も発生し、和人の家紋を意匠にくみこんだものもあります。

「タンパコオ(喫煙具)」は、うつくしく彫刻で装飾された印籠状の煙草入れであり、「キセリ(煙管)」とともに腰からさげて携行されました。喫煙の風習は、和人や大陸との交易によってもたらされ、日常生活における嗜好品のみならず、他者と交流をふかめる際や、「カムイ(カミ、神)」や祖先への祈りをささげるおりなど、儀礼や祭祀に不可欠なものとして重宝され、社会的・文化的におおきな意味をもちました。

「タマサイ(首飾り)」は、ガラス玉をつらねたアイヌ独自の首飾りであり、儀礼の際に女性が身につけます。母から娘、姑から嫁へとうけつがれる「イコㇿ(宝物)」であり、連数がおおいほど上等とされます。ガラス玉はおもに大陸からの移入品であり、北東アジアを経由して清と松前をつないだ物流網のなかで、アイヌがおこなった山丹交易をとおして入手されました。

「エムㇱ(飾太刀・腰刀)」は、儀礼や祭祀のときに男性が身につける装身具です。外装には、自製の木製品や、和人との交易で入手した金属製の拵(こしらえ)などがあります。アイヌは、金属器を輸入にたよっていたため、刀身を欠いた竹光状のものもおおくみられます。宝物としてあつかわれるものは祭壇にかざられることもあります。アイヌの人々は、儀礼や祭祀の際にはさまざまな装身具を着用して威儀をただします。

「イクパスイ(捧酒箸)」は、アイヌと「カムイ(カミ、神)」が対話するための重要な祭具です。アイヌの人々は、ともにくらすカムイに対してさまざまな祈りをささげ、祭祀や儀礼において、イクパスイの先端につけた酒をカムイヘささげ、人間の不完全な言葉を完全にしてカムイにつたえられると信じてきました。抽象・具象の文様 は、動植物や生業活動をモチーフとしたものもおおく、カムイヘささげられた願い事をうかがいしる手がかりとなります。

アイヌの人々は、「まわりに存在する数限りない事象にはすべて『魂』が宿っている」とかんがえます。広大な大地、はてしない海原、ながれゆく川、ゆたかな自然のなかを大小の動物たちが往来し、色とりどりの植物が山々に群生します。これらすべてが魂を宿しているということは、ある使命をになって天上からまいおりてきて姿かたちをかえながらこの地上にすんでいる証であり、天上の世界では別の姿をしていたものがこの世にきて、動物や植物といった事象に化身したのであり、このようなものがアイヌの人々には「カムイ」として意識されます。したがってゆたかな自然のいたるところに、この世でのつとめをになったカムイが姿をかえてそれぞれすんでいるということになります。

カムイは、「人間の生活にとって必要なもの、人間の能力以上のものをもったもの」ですから、それらから、いきていくためのエネルギーを人間はもらわなければならず、カムイの庇護なくして生活はなりたたず、したがってカムイをうやまうことは当然のことであり、くらしを保障してもらうことへの願いとこれまでの感謝の意を「祈り」という儀式をとおして言葉に託してカムイにささげます。

このような儀式の際になくてはならない祭具のひとつが「イクパスイ(捧酒箸)」であり、これによって、人間の言葉が多少つたなくてもおぎなわれ、願いや感謝の気持ちがカムイに十分につたわります。

このように、人間が、カムイにすべきことをし、これに対してカムイが、なすべきことをすることによってカムイと人間の相互の生活が成立するのであり、こにに、カムイと人間が自然を媒介して調和したアイヌの世界観がみられます。

そしてアイヌ民族は日本の先住民族であり、アイヌ文化は先住民族の文化であるという前提にたつと、先住民族の「カムイ」が、その後の日本の「カミ(神)」になったのではないかという仮説がたてられます。

このようにかんがえると、自然現象や自然物をうやまう日本人の自然崇拝や、山・巨岩・滝・巨木などの御神体、成仏の範囲を、僧ばかりか俗人一般さらに動植物や山川にまで拡大し「山川草木悉皆成仏」をとく日本仏教などもよく理解できます(注2)。

アイヌの言葉と日本語の相似の例、アイヌ語が日本語になったとおもわれる例はほかにもたくさんあり、アイヌ文化を探究すれば、日本の深層文化を理解する手がかりがえられるはずであり、アイヌ文化をしることは日本の深層にアプローチすることになります(注3、4)。

▼ 関連記事
特別展「先住民の宝」(国立民族学博物館)1 - アイヌ –
梅原猛『日本の深層』をよむ(その1. 東北の旅)

▼ 注1
企画展「アイヌプリ―北方に息づく先住民族の文化―」
会場:國學院大學博物館
会期:2021年11月18日~2022年1月22日
※ 一部のみ撮影が許可されています。
企画展「アイヌプリ―北方に息づく先住民族の文化―」を展示解説!(YouTube)

▼ 注2
日本の「カミ(神)」と西洋の「god」はまったくことなり、神=god とかんがえていると誤解が生じます。

▼ 注3
ある地域の中心地では進歩・発展によりふるいものがうしなわれますが、中心からはなれた所ではふるきよきものがのこる傾向にあります。ふるい文化は辺境にのこります(ドーナツ化モデル)。

▼ 注4
アイヌ文化は日本の先住民族の文化ではないかという仮説がたてられますが、ただし今日のアイヌ文化は、外来文化の影響をうけていくらか変化している可能性もあるので、現在観察できる物事をいったん要素に分解し、くわしくしらべなおす必要があります。このような作業は分析ともいい、演繹法の実践例でもあります。

▼ 参考文献
國學院大學博物館編集・発行『アイヌプリ―北方に息づく先住民族の文化―』(図録)、2021年
アイヌ民族博物館・児島恭子監修『アイヌ文化の基礎知識』(増補・改訂版)草風館、2018年
『今こそ知りたいアイヌ』(サンエイムック 時空旅人 ベストシリーズ)三栄、2021年
梅原猛著『梅原猛著作集 7 日本冒険(上)』小学館、2001年
梅原猛著『梅原猛著作集 8 日本冒険(下)』小学館、2001年

※ アイヌ民族博物館・児島恭子監修『アイヌ文化の基礎知識』は、アイヌ文化に関する基本的な事項をわかりやすく概説しており、アイヌの代表的な言葉もわかります。入門書としておすすめします。
※ 『今こそ知りたいアイヌ』は、ふんだんに写真をつかった一般むけアイヌ・ガイドブックです。アイヌ関連の博物館・資料館、アイヌゆかりの地なども紹介しており、旅行案内書としても有用です。
※ 梅原猛著『梅原猛著作集 7 日本冒険(上)』では「二─火 その二」「「四-鳥 その二」において、『梅原猛著作集 8 日本冒険(下)』では「第四の旅 母文明」においてアイヌについてくわしく論述しています。アイヌ文化とともに沖縄文化についてものべ、弥生人(渡来人)がつくった大和朝廷の支配下に はいらなかった先住民族が日本列島の北と南にのこり、それらがアイヌと沖縄人ではないかという仮説を提案し、アイヌ文化と沖縄文化を日本本土の文化と比較研究するという今後の方針がしめされます。

▼ 参考サイト
国立アイヌ民族博物館
国立民族学博物館「東アジア展示・アイヌの文化」

那須サファリパーク事故・ヒューマンエラー説

事実・前提・仮説をおさえます。冷静に論理をすすめ、問題の核心にせまります。教訓をいかします。

事実・前提・仮説をおさえます。冷静に論理をすすめ、問題の核心にせまります。教訓をいかします。

2022年1月5日、栃木県那須町の那須サファリパーク(注1)でトラ(名前=ボルタ)に飼育員がおそわれる事故がありました。

5日午前8時半ごろ、栃木県那須町の「那須サファリパーク」から「飼育員がトラに襲われた」と119番があった。20代の男女計3人の飼育員がトラに頭や腕をかまれるなどして負傷し、緊急搬送された。女性1人は右手首から先を失う重傷という。

県警那須塩原署や同園によると、負傷したのは26歳と22歳の女性、24歳の男性。飼育担当の26歳の女性がトラを屋外の展示スペースに出す準備作業中、獣舎と屋外をつなぐ通路でトラ1頭と鉢合わせし襲われたという。叫び声を聞いて駆けつけた2人も相次いで襲われた。

「トラに襲われた飼育員 1人は右手失う重傷 那須サファリパーク」
毎日新聞、2022年1月5日

1月7日までにつぎの事実があきらかになりました(注2)。

  • トラ舎は平屋で、中には獣舎が五つ並んでおり、トラ2頭が使っていた。
  • トラは、展示終了後、移動用の「アニマル通路」を通って獣舎に戻り、夜を過ごすことになっている。
  • 4日も、ボルタは、展示スペース(外)に出て、閉園の午後4時半すぎには獣舎に戻る予定だった。
  • 獣舎の扉は、ワイヤ式ロープで開閉し、閉めた後は施錠することになっている。
  • 5日午前8時17分、女性飼育員(26)が獣舎が並んだ施設内に入り、園の安全確認をするために施設を通り抜けようとした。
  • 5日は凍結があり、ふだんは通らない施設内を園の安全確認のために通ろうとした。
  • もう1人の男性飼育員(21)は、安全確認後に電源を入れるため外に待機していた。
  • 「わあっ」という叫び声に、この男性飼育員が見ると、「キーパー通路」に女性飼育員とトラがいた。
  • 獣舎は通常は、夕方のトラ収容後に施錠するが、5日朝は獣舎外にトラがいた。
  • 「キーパー通路」と一番端の動物のいない獣舎の間の扉も、その獣舎と「アニマル通路」の間の扉も開いていた。
  • 別の男性飼育員(24)と施設内の「前室」の奥にいた別の女性飼育員(22)が駆けつけ、相次いで襲われた。
  • 午前8時55分ごろ、獣医師が麻酔銃をうち救助。葛原支配人が119番通報した。
  • ボルタが収容されていたはずの獣舎の扉は閉じて施錠してあった。
  • ボルタの獣舎には餌の肉を用意していたが、5日、餌の肉はそのまま残っていた。
  • 通路には、トラのフンが落ちていた。
  • 4日の閉園後、同日担当の飼育員2人は、ボルタが、「アニマル通路」までは戻ったことは確認しているが、獣舎に戻ったことは確認したかどうか不明だという。
トラ舎の平面図
トラ舎の平面図

以上の事実(データ)をふまえ、扉や鍵がこわれたなど、構造的・物理的な欠陥・破損がトラ舎(建物)にはなかったことを前提とすると、つぎの仮説がたてられます。

展示スペース(外)からもどってきたトラ(ボルタ)は「アニマル通路」までははいりましたが、飼育員が扉をあけていなかったため「獣舎」にははいれず、「アニマル通路」で一夜をすごし、翌朝、「獣舎 ①」と「アニマル通路」をとおって展示スペース(外)にでようとした飼育員と鉢合わせ、飼育員は、「キーパー通路」へにげようとしておそわれ、かけつけた2人の飼育員も「キーパー通路」でおそわれたのではないでしょうか。すなわちこの事故は、トラを獣舎にもどさなかったというヒューマンエラーによっておこったとかんがえられます(ヒューマンエラー説)。

  • 事実:上記のとおり。
  • 前提:トラ舎(建物)には欠陥・破損はなかった。
  • 仮説:ヒューマンエラー説。

〈事実→前提→仮説〉とすすむこの論理は仮説法です。仮説をたてるためには事実と前提を区別しておさえる必要があります。

そしてもし、この仮説がただしいとすると、マニュアルどおりに飼育員・関係者が行動していなかった、マニュアルが不完全だった、トラ舎および施設の管理・運営に問題があった、注意力・集中力が関係者に欠けていたなど、仮説を裏づける証言が多数えられるだろうと予想できます。

そこで実際に、関係者からききとりをして確認します。現場検証もあわせてすすめます。結果は記録され、あらたな証拠となります。

1月15日までにつぎの証言がえられました(注3)。

  • 事故前日の今月4日、2人の飼育員が、展示スペースと獣舎をつなぐアニマル通路までトラを入れたが、1人は、別の動物を収容するため、「獣舎に(餌の)肉を置いてトラを入れて」と指示し、先にトラ舎を出た。もう1人は、「肉は置いたが、獣舎との間の扉を開けたかどうか覚えていない」という。
  • 事故前日、飼育員がトラを獣舎へ収容する際、マニュアルに定められた2人ではなく、1人で作業していた。マニュアルでは、2人で獣舎の中に入ったことを目視で確認することになっていた。
  • 前日にトラを獣舎に戻す際に、おりのある建物周辺に雪が積もっていたため、普段は行わない除雪作業に飼育員は追われていた。業務マニュアルの手順にはない雪かきを行っていた。
  • トラが、獣舎に入るのを嫌がるなど異常事態があった時は日誌に記録するが、そのような記録もなかった。
  • トラ舎を抜けて展示スペースへ向かうこともよくあった。「アニマル通路」を飼育員が通ることが常態化していた。
  • トラ舎を抜けずに展示スペースへ出入りするための外部からの出入口の扉は壊れて使えない状態だった。
  • 前提:トラ舎(建物)には欠陥・破損はなかった。
  • 仮説:ヒューマンエラー説。
  • 予想と確認:上記の証言・現場検証。

〈前提→仮説→予想と確認〉とすすむこの論理は演繹法です。

こうして演繹法をくりかえしているとあらたな事実がつぎつぎにうかびあがります。たとえば、「トラ舎を抜けずに展示スペースへ出入りするための外部からの出入口の扉がこわれていた」、「アニマル通路を飼育員が通ることが常態化していた」、「飼育員は前日、通常の手順にはない除雪作業をおこなっていた」などは新事実であり、今回の事故が単純なヒューマンエラーではないことがわかります。施設や組織の構造的欠陥、通常とはちがう出来事があり注意力が低下したなど、はじめに見当をつけた以上のことがわかってきます。あらたにえられた情報を総合すれば、今回のヒューマンエラーの背後にあるもっとおおきな問題があきらかになります。本質的・一般的なことにせまれます。この過程は帰納法です。

今回の事故では、「キーパー通路」つまり人間の領域までトラがでてきており、場合によっては、「前室」から、外の駐車場(サファリパークの入口)までトラがでてきた可能性もありました。

那須サファリパークでは1997年と2000年にも、ライオンに飼育員がおそわれる事故がおこっており、また京都市動物園では2008年、トラにおそわれ飼育員が死亡しています。これらの教訓は残念ながらいかされませんでした。ふたたび事故をおこさないために冷静に論理をすすめ、解決策を立案しなければなりません。

▼ 注1
那須サファリパーク

▼ 注2
「トラに襲われた飼育員 1人は右手失う重傷 那須サファリパーク」(毎日新聞、2022年1月5日)
トラに襲われ飼育員3人けが 2人重傷 栃木 那須サファリパーク(NHK NES WEB、2020年1月5日)
「『わあっ』と叫び声、なぜおりの外にトラ? 那須サファリパーク事故」(朝日新聞、2022年1月7日)
「飼育マニュアル違反か 那須サファリに行政指導 トラに襲われ飼育員けが」(とちぎテレビ、2022年1月7日)

▼ 注3
「トラに襲われ3人けが 除雪作業影響で確認不十分か 団体調査」(首都圏 NEWS WEB、2020年1月12日)
「事故前日に1人でトラ収容作業 獣舎への扉開け忘れとの見方」(下野新聞、2020年1月15日)

3D さくやこの花館「極地の植物」

咲くやこの花館は極地の植物も展示しています。低緯度から高緯度まで、熱帯から寒帯まで、多様な環境が実感できます。極限(極端)をしると全体像が容易につかめます。

咲くやこの花館は極地の植物も展示しています。低緯度から高緯度まで、熱帯から寒帯まで、多様な環境が実感できます。極限(極端)をしると全体像が容易につかめます。

咲くやこの花館(注1)には、「極地の植物」展示室が高山植物室に隣接して小規模ながらあり、北極と南極の植物が紹介され、極限の環境を垣間みることができます。

ステレオ写真は平行法で立体視ができます(注2)。
立体視のやりかたはこちらです。

コケマンテマ
(ナデシコ科、周北極)
サリクス・ポラリス(ヤナギ類の仲間、ヤナギ科、北極圏)
サリクス・ポラリス
(ヤナギ類の仲間、ヤナギ科、北極圏)
クジャクシダ(adiantum pedatum、ホウライシダ科)
クジャクシダ
(adiantum pedatum、ホウライシダ科、周北極)
チョウノスケソウ(東アジア北部、バラ科)
チョウノスケソウ
(東アジア北部、バラ科)
クロヒゲゴケ
(サルオガセ科、周南極)
クロヒゲゴケ
(サルオガセ科、周南極)

北極圏は、北緯66度33分よりも北の地域であり、シベリアや北アメリカ大陸北部では永久凍土の表面が夏にはとけるため、草本植物や地衣類からなるツンドラがひろがり、樹木としては、地面をはうようなシラカバやヤナギの仲間が少数種みられます。コケマンテマやチョウノスケソウなど、アルプスやロッキー山脈のものとの共通種もあります。

南極大陸では、比較的あたたかい南緯68度付近の南極半島に、花をつける植物として、ナンキョクミドリナデシコ(ナデシコ科)とナンキョクコメススキ(イネ科)が自生します。そこよりも南のさむい地域ではコケ類や地衣類などの隠花植物が分布し、地衣類は、南緯89度あたりまでみられます。日本の昭和基地周辺には、6種類のコケと30種類あまりの地衣類が生育しています。

ケッペンの気候区分によると、樹木がみられない気候は、乾燥して樹木が生育できない「乾燥帯」と、低温で樹木が生育できない「寒帯」に分類され、寒帯は、月平均気温が最暖月でも10℃未満で、夏の最暖月の月平均気温が0℃以上になる「ツンドラ気候」と、年間をとおして月平均気温が0℃未満となる「氷雪気候」に区分されます。

ツンドラ気候は、北極海沿岸やチベット高原・アンデス山脈などの高山地域に分布し、みじかい夏には氷雪や凍土層がわずかにとけて大小の湖沼や湿地がひろがり、コケ類(蘚苔類)やシダ類(地衣類)などが生育します。土壌は、有機物の分解が低温のためすすまない「ツンドラ土」が分布します。

氷雪気候は、氷雪に年中おおわれ、大陸氷河が特徴的な南極大陸やグリーンランド内陸部に分布します。

咲くやこの花館にいけば、熱帯から高山帯・極地まで、植物と環境の多様性を一度に一気に体験できます。熱帯と寒帯という両極端を対比することによって地球上の自然環境の全体像が容易につかめます。また環境の要素として気温と降水量が非常に重要であることもわかります。大変すぐれた植物館です。

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3D 刺激スパイス展(咲くやこの花館)

モデルをつかって気候帯をとらえる - 寒帯(『気候帯でみる! 自然環境〈5〉』)-
極北の野生にせまる危機(ナショナルジオグラフィック 2018.6号)
北極経済圏が出現する -『ナショナルジオグラフィック』(2019.9号)-
消える生命の氷 -「南極半島」(ナショナルジオグラフィック 2018.11号)

極端な環境をしる -「ゾクゾク深海生物」(サンシャイン水族館 11)-
極端を知って全体をとらえる - 本多勝一著『極限の民族』(3)-
超深海・極限の生物 - 特別展「深海 2017」(国立科学博物館)(2)-
最高の国と最低の国を知り、物差しをつくる - 眞淳平著『世界の国 1位と最下位』-
物の最大を知って全体像をつかむ -『信じられない現実の大図鑑』-

▼ 注1
咲くやこの花館
咲くやこの花館【公式】動画チャンネル

咲くやこの花館フロアマップ

▼ 注2
撮影日:2021年10月20日

▼ 参考文献
『咲くやこの花館ガイドブック』財団法人大阪市公園協会発行、1990年
こどもくらぶ著・高橋日出男監修『気候帯でみる!自然環境〈5〉寒帯』少年写真新聞社、2013年
村瀬哲史著『村瀬のゼロからわかる地理B 系統地理編』学研プラス、2018年

▼ 関連書籍

「味覚 - 食を “味わう” メカニズム -」(milsil 2021 No.6)

舌はセンサー、脳はプロセッサーです。味は脳で生じます。情報処理を自覚します。

舌はセンサー、脳はプロセッサーです。味は脳で生じます。情報処理を自覚します。

国立科学博物館の情報誌『milsil』2021年 No.6 が味覚を特集しています。

ヒトを含む哺乳動物では、舌に存在する味蕾(みらい)が味覚受容器官(センサー)として働き、食べ物に含まれる化学物質を感知します。(中略)

次に、味細胞から出た味の情報は電気信号となって神経へと伝達されて脳へと入っていきます。(中略)

近年の神経科学の技術革新により、味細胞から出たそれぞれの味の情報は、脳内の味覚伝導路で互いに交わることなく味覚野まで到達するということが明らかになってきました。

神経科学の近年の進歩により味を感じる仕組みがくわしくわかってきました。口のなかにはいってきた食べ物(化学物質)の刺激は、舌の表面にならぶ「味蕾(みらい)」とよばれる器官で受容され、電気的な信号に変換され、神経系によって電気信号が脳につたわり、脳が味を認識します。つまり味は脳で感じています(味は脳がつくりだします)。味蕾はセンサー、脳はプロセッサーといってもよいでしょう。

味蕾は、花の蕾(つぼみ)のような形をしているのでこうよばれ、舌の先端と側面と奥の部分に分布しており、大人では5000〜7500個ほどあり、一つ一つの味蕾は50〜100個の「味細胞(みさいぼう)」で構成され、基本五味のいずれかをそれぞれの味細胞が感知します。基本五味とは、甘味・うま味・苦味・塩味・酸味であり、甘味は砂糖などの糖質、うま味は肉類や野菜にふくまれるアミノ酸や核酸などの栄養素の存在をしめし、塩味は食塩である塩化ナトリウムの味、酸味は酢やレモンなど酸性度を決める水素イオンの味です。また苦味はさまざまな物質に対して感じられ、毒素の検知におもに関与します。なお うま味は日本人が発見した味であり、出汁(だし)にふくまれるグルタミン酸というアミノ酸のおいしさから名づけられ、世界的にも「umami」とよばれます。

味細胞からでた味の情報は電気信号となって神経へ伝達され脳へはいります。電気信号は、脳内の味覚伝導路でたがいにまじわることなく味覚野まで到達するということが近年あきらかになってきました。つまり脳には、たとえば甘味情報だけをつたえる神経の配線(甘味神経)や苦味情報だけつたえる神経の配線(苦味神経)が存在し、味蕾から大脳皮質味覚野まで一直線に信号が到達します。味覚情報のこうした脳内での流れは「ラベルドライン(標識された線という意味)」とよばれます。

味覚情報はさらに、「扁桃体(へんとうたい)」とよばれる感情をつくりだす脳の領域におくられ、甘味のおいしさや苦味のまずさがつくられ、味覚に対する価値判断がうまれます。

このように、舌はセンサーであり、脳はプロセッサーであり、インプットとプロセシングがおこっており、味とは絶対的なものではなく、人間独特の情報処理の結果として生じたものです。食べ物(物質)そのものに味がついているわけではなく、さまざまな情報を味として認識しているにすぎません。

物質を受容して生じる感覚としては嗅覚も同様です。嗅覚も、低分子化合物を受容して生じる感覚ですが、味覚は、ppm(100万分率)以上の高濃度で感じるのに対し、嗅覚は、ppb(10億分率)や ppt(1兆分率)といったごく低濃度で生じるという特徴があります。

あるいは視覚や聴覚も同様であり、光(電磁波)に色がついているわけではなく、空気振動に音(音色)がついているわけではなく、情報処理が脳でおこって色や音が生じます。

こうして、わたしたち人間は感覚をつかって環境を認識していますが、その環境は絶対的なものではなく、人間独特の情報処理の結果として生じています。すなわち基本的に人間は情報処理をする存在であるといえます。このことに気がつくことはとても大事なことであり、情報処理を自覚するだけでもこれまで以上に物事がすすみます。

▼ 関連記事
おいしさが大脳で認識される仕組みを知る -『Newton』2016年1月号 –
とてもおいしい感覚 -「おいしい肉ができるまで」(Newton 2019.3 号)-
適度な辛味をとる -「辛味」(Newton 2018.9号)-
味覚から、客観的定量的な認識へ - シリーズ:水素の科学(3)「すっぱい物質の正体とは?」(Newton 2017.1号)-

電気信号を処理して感覚がうまれる -「電気刺激で意識を探る」(日経サイエンス 2021.12号)-
バリアと感覚 - 皮膚(Newton 2020.5号)-
感覚器をつかって情報をインプットする 〜 岩堀修明著『図解・感覚器の進化』〜
皮膚は身体と環境をうつす鏡である -「ひび割れは適応の証し」(ナショナルジオグラフィック 2019.3号)-
皮膚はセンサー、脳はプロセッサー -「皮膚感覚のしくみ」(Newton 2016年3月号)-
触覚でいやされる - 神戸布引ハーブ園(4)-
情報処理をすすめて世界を認知する -『感覚 – 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)まとめ 

特別展「ユニバーサル・ミュージアム ― さわる!“触”の大博覧会」(国立民族学博物館)- インプットを自覚する –
すべての感覚を大きくひらいて情報処理をすすめる - 広瀬浩二郎著『触る門には福来たる』-
皮膚感覚を自覚しとぎすます

▼ 参考文献
『milsil』2021年 No.6、国立科学博物館(味覚 - 食を “味わう” メカニズム -)

▼ 関連書籍

3D 国立科学博物館「宇宙を見る眼」- 地動説・ケプラーの法則・万有引力の法則 –

地動説の発想からすべてがはじまりました。仮説法・演繹法・帰納法がつかわれました。事実・前提・仮説をおさえることが重要です。

地動説の発想からすべてがはじまりました。仮説法・演繹法・帰納法がつかわれました。事実・前提・仮説をおさえることが重要です。

国立科学博物館・地球館の地下3階は「自然のしくみを探る」展示フロアであり、その「宇宙を探る」展示エリアの第1コーナーでは「宇宙を見る眼」と題して宇宙を観測してきた歴史を解説しています(注1)。

ステレオ写真は交差法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

「宇宙をみる眼」展示コーナー
「宇宙をみる眼」展示コーナー
ガリレオとニュートンの望遠鏡
ガリレオ(上)とニュートン(下)の望遠鏡(複製)
ニュートンの望遠鏡
ニュートンの望遠鏡(複製)
すばる望遠鏡
すばる望遠鏡(模型)
略年表
  • 1473 ニコラウス=コペルニクス、うまれる。
  • 1543 コペルニクス、『天体の回転について』を出版する(地動説を発表)。
  • 1564 ガリレオ=ガリレイ、うまれる。
  • 1571 ヨハネス=ケプラー、うまれる。
  • 1608 望遠鏡が発明される。
  • 1609 ガリレイ、自作の望遠鏡で天体を観測する。
  • 1609 ケプラー、『新天文学』を出版する(ケプラーの第1法則・第2法則を発表)。
  • 1610 ガリレイ、『星界からの報告』を出版する(あらたな観測により地動説を実証)。
  • 1611 ケプラー式屈折望遠鏡が考案される。
  • 1619 ケプラー、『世界の調和』を出版する(ケプラーの第3法則を発表)。
  • 1642 アイザック=ニュートン、うまれる。
  • 1668 ニュートンにより反射望遠鏡が製作される。
  • 1687 ニュートン、『プリンキピア(自然哲学の数学的原理)』を出版する(万有引力の法則などを発表、力学を体系化)。
年表

「ガリレオの望遠鏡」は、イタリアのフィレンツェ科学史博物館に保存されている、ガリレオ=ガリレイ(1564-1642)自作の2本の望遠鏡のうちの1本を現地で忠実に複製したものです。木製筒に金模様のはいった革張りで、倍率は約20倍、対物レンズは焦点距離980mmで有効口径16mmにしぼった凸レンズ、接眼レンズは焦点距離48mmの凹レンズであり、木星観測に使用され、1610年に出版された『星界の報告』に貢献したといわれます。

ガリレオ=ガリレイは近代科学の祖といわれ、1608年頃オランダで発明されたといわれる望遠鏡に興味をもち、みずからの工夫で60本以上の望遠鏡を生涯で製作し、月のクレーター、太陽の黒点と自転、木星の4大衛星などをつぎつぎに発見しました。

またヨハネス=ケプラー(1571-1630)が1611年に考案した屈折望遠鏡は、接岸レンズを凸レンズにしたものであり、この形式が今日ではひろく使用されています。

「ニュートンの望遠鏡」は、アイザック=ニュートン(1642-1727)が考案・製作し、英国王立協会に1671年に提出した反射望遠鏡を忠実に複製したものです。屈折望遠鏡では、天体の像をむすばせるための対物レンズとして凸レンズをつかうため、色収差(光の波長によって焦点の位置がことなるためにおこる像のゆがみ)をとりさることができないとかんがえ、凹面反射鏡を対物側にもちいました。1668年にはじめて製作したものは口径34mmのちいさなものでしたが、実際に使用できる世界最初の反射望遠鏡となりました。

ニュートンは、万有引力を発見したことでひろくしられ、数学・力学・光学・天文学などのおおくの分野で先駆的な理論的研究のみならず実験的研究をおこない、近代科学の土台をきずきました。

「すばる望遠鏡」は、世界でもっとも条件のよい観測地のひとつであるハワイ島マウナケア山頂に1991年から8年の歳月をかけて日本の国立天文台が建設した世界最大級の望遠鏡です。主鏡の口径は8.2mもあり、1枚鏡の望遠鏡としては世界最大であり、光をあつめるレンズや鏡の口径はおおきいほどくらい天体やとおくの天体を観測でき、またその構造もこまかくしらべることができます。


すばる望遠鏡の位置

古代の人々は、地は不動で天がうごいているとおもっておいました(天動説)。その仕組みとして、アリストテレス式の物理的モデル、プトレマイオス式の数学的モデル、両者の折衷モデルなどが考案されてきました。

しかし15世紀、コペルニクスが登場します。コペルニクスは、それまでの天文学に不満をもち、「宇宙の形態とその部分の確固たる均衡を発見することも結論することもできなかった」とのべ、従来の複雑なモデルは宇宙の実相をあらわしてはおらず、もっとすっきりした宇宙像がえがけるはずだとかんがえます。宇宙は調和しているという美意識がここにはあります。

こうして、天動説にかわり地動説を提唱します。

そして地動説は、それまでにえられていたすべての天文学的観測データで証明できるはずだとかんがえ、定量的に検証します。地動説にもとづいて計算をやりなおし確認します。

このようにして最終的に、太陽を中心として、地球をふくめた諸惑星がそのまわりをまわり、諸惑星は、水星-金星-地球-火星-木星-土星の順にならんでいるという、太陽中心のあたらしい宇宙モデルを提唱します。

地球が運動しているという可能性はコペルニクス以前にもかたられていましたが、仮説をたて、定量的に検証し、惑星軌道の並び順までも確定した太陽系モデルを提唱したのはコペルニクスが最初であり、ここに、宇宙観の歴史的な転換がおこります。

その後、ガリレイやケプラーがコペルニクスを支持し、コペルニクスの路線のうえにたってあたらしい天文学をうちたてていきます。

ケプラーは、膨大な観測データをもつ天文観測家・ティコ=ブラーエの弟子となり、コペルニクスの太陽系モデルをティコ=ブラーエのデータで検証します。ティコ=ブラーエのもとに検証のためのデータが唯一あることをケプラーはよくしっており、とくに、火星の軌道を集中的に解析し成果をあげ、最終的に、ケプラーの法則(第1、第2、第3)をみちびきます。

そしてニュートンが登場します。ニュートンは、ケプラーの第3法則などをつかって万有引力の法則をみいだします。この法則は、まず、天体の運行を説明するためにつくられましたが、その後、ニュートン力学であらゆる現象が説明できるようになり、近代科学の創設者とニュートンはいわれるようになります。

以上の天文学史を論理的に整理するとつぎのようになります。

コペルニクスは、それまでの天文学の現状をみて不満をもち、宇宙の調和(美意識)を前提にして地動説を提唱しました。

  • 事実:天文学の現状
  • 前提:宇宙の調和
  • 仮説:地動説

〈事実→前提→仮説〉とすすむ論理は仮説法といえます。

つぎに、宇宙の調和を前提とし、地動説がもしただしいとすると、天文学的観測データ(観測事実)でそれは証明できるはずであると推論し、検証しました。

  • 前提:宇宙の調和
  • 仮説:地動説
  • 事実:観測データ

〈前提→仮説→事実〉とすすむ論理(推論と検証)は演繹法です。なおデータとは、観測事実を数値などで記述したものです。

そして地動説と観測データ(事実)にもとづいて、普遍的に通用するあたらしい太陽系モデルを提唱しました。

  • 仮説:地動説
  • 事実:観測データ
  • 普遍:太陽系モデル

〈仮説→事実→普遍〉とすすむ論理は帰納法です。

仮説法・演繹法・帰納法を図示(モデル化)すると図1のようになります。

(1)仮説法、(2)演繹法、(3)帰納法
図1 (1)仮説法、(2)演繹法、(3)帰納法

仮説法・演繹法・帰納法はこの順序でつかうと効果があがり、これを、「3段階モデル」といいます(図2)。

3段階モデル
図2 3段階モデル

コペルニクス以前にも地動説をのべた学者はいましたが、彼のように仮説をたて、あらゆるデータで検証し、普遍的なモデルをあきらかにした、つまり科学的な手続きをふんで研究し、その結果を体系化したのはコペルニクスが最初だったのであり、コペルニクスが注目される理由がここにあります。このあと、根本的に発想をかえることによって物事の見方が180度かわり、物事のあたらしい局面をひらくことを「コペルニクス的転回」というようになります。

つぎにケプラーは、コペルニクスの太陽系モデルを、あらたな前提として、あらたなデータ(事実)でそれを検証し、さらに、普遍的に通用するケプラーの法則をみいだしました。太陽系モデルを、あらたなデータで検証する過程は演繹法(注2)、膨大なデータから普遍的な法則をあきらかにする過程は帰納法です。

そしてニュートンは、ケプラーの法則をあらたなデータで検証し、膨大なデータから万有引力の法則をみいだし、力学を体系化しました。ここでも、演繹法と帰納法がもちいられました。

こうして、コペルニクスのあたらしいモデルは、あらたな演繹法と帰納法をうみだしました。3段階モデルにおいて第3段階目までいたると、それが、より高次元の第1段階になります。コペルニクスの段階は、より高次元のケプラーの第1段階になり、ケプラーの段階は、より高次元のニュートンの第1段階になりました。3段階モデルは1回だけおこなわれるのではなく、循環的に何回もおこなわれ、しかも、仮説・事実・前提と、おなじところをグルグルまわっているのではなく、展開し発展します。これを、「3段階循環モデル」といいます(図3)。

図3 3段階循環モデル
  • 1:仮説法により、地動説を発想する。
  • 2:演繹法により、地動説を定量的に検証する。
  • 3:帰納法により、太陽系モデルをみいだす。
  • 2’:演繹法により、太陽系モデルを定量的に検証する。
  • 3’:帰納法により、ケプラーの法則をみいだす。
  • 2″:演繹法により、ケプラーの法則などを定量的に検証する。
  • 3″:帰納法により、万有引力をみいだす、力学を体系化する。

地動説からすべてがはじまりました。〈1→2→2’→2″〉のラインは事実レベルが重視され、〈1→3→3’→3″〉のラインは思考レベルが重視され、こうして研究がすすみました。

これで、コペルニクスからケプラーそしてニュートンへいたる(地動説からケプラーの法則・万有引力の法則そして力学大系へいたる)天文学史・科学史がすっきり整理され、わかりやすくなりました。

このような3段階循環モデルは科学研究にかぎらずあらゆる課題につかうことができます。事実・前提・仮説を区別しておさえることが重要です。

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論理をすすめる -「統計と確率」(Newton 2019.4号)-
統計と予測 - ワインの方程式 –
予測の論理とカオス -『天気予報の科学』(Newton)-
聖徳太子鎮魂説 - 特別展「聖徳太子と法隆寺」(東京国立博物館)-
オオクニヌシ鎮魂説 - 特別展「出雲と大和」(東京国立博物館)-

▼ 参考文献
国立科学博物館編集『地球館ガイドブック』国立科学博物館、2016年
中山茂著『天の科学史』講談社、2011年
山本義隆著『世界の見方の転換1 天文学の復興と天地学の提唱』みすず書房、2014年
山本義隆著『世界の見方の転換2 地動説の提唱と宇宙論の相克』みすず書房、2014年
山本義隆著『世界の見方の転換3 世界の一元化と天文学の改革』みすず書房、2014年
上山春平著『上山春平著作集 第一巻 哲学の方法』法蔵館、1996年

※ 中山茂著『天の科学史』(講談社)は、一般の読者を対象にした天の科学研究史の入門書であり、平易な文章でわかりやすくかかれ、天動説と地動説など、天と地の探究がどのようにすすんできたのか基本的なことがよく理解できました。
※ 山本義隆著『世界の見方の転換』全3巻(みすず書房)は全1416ページにもおよぶ大著であり、天文の科学史と世界観の転換についてこれほど詳細に正確に記述した本はほかにはありません。とくに、第2巻『地動説の提唱と宇宙論の相克』の第5章「ニコラウス・コペルニクス -太陽系の体系化と世界の一元化-」と、第3巻『世界の一元化と天文学の改革』の第12章「ヨハネス・ケプラー -物理学的天文学の誕生-」がとても参考になりました。
※ 上山春平著『上山春平著作集 第一巻 哲学の方法』(法蔵館)は、アメリカの学者・チャールズ=S=パースの方法論にもとづいて、アブダクション(仮説法)・ディダクション(演繹法)・インダクション(帰納法)について詳述しています。わたしは、同著『弁証法の系譜』(未來社、こぶし書房)をかつてよんで探究や論理の基本的な方法を身につけました。この『弁証法の系譜』が、『上山春平著作集 第一巻 哲学の方法』に収録されています。

▼ 注1
国立科学博物館
地球館 地下3階「自然のしくみを探る」
おうちで体験!かはくVR

▼ 注2:演繹法の例
もし、コペルニクスの太陽系モデルがただしく、太陽のまわりを地球がまわっているとすると、地球から観測される恒星に「年周視差」が発見されるはずだと推論(予見)できます。年周視差とは、地球の公転によって恒星の方向が季節によりいくらかちがってみえるという現象です。そして19世紀に、観測技術が発達し、年周視差が実際に発見されました(観測事実として確認されました)。

  • 前提(普遍):太陽系モデル
  • 仮説:地動説
  • 事実:年周視差の発見

〈前提→仮説→事実〉とすすむ論理は演繹法であり、これにより前提と仮説の蓋然性がたかまります。年周視差は一例であり、このような演繹法(推論と検証)をくりかえすことにより証拠がふえ、前提と仮説はゆるぎないものになっていきます。

電気信号を処理して感覚がうまれる -「電気刺激で意識を探る」(日経サイエンス 2021.12号)-

目で光をうけます。電気信号が神経をながれます。脳の視覚野が映像をつくります。

目で光をうけます。電気信号が神経をながれます。脳の視覚野が映像をつくります。

ロサンゼルスのセカンド・サイ ト・メディカル・プロダクツ社が、視力をうしなった人たちのために「オリオン」という人工視覚装具を開発しました。

ある被験者はいいます。

何も見えていなかった状態から,点滅しながら動き回る小さな光が見える状態に突然変わり,その光の意味を読み解くところまで来た。どんな形でも機能的な視覚を取り戻せたのは本当に素晴らしい。

日経サイエンス, 606(2021年12月号)

この装置は、メガネにつけた小型カメラの画像を電気信号に変換し、被験者の脳の視覚野に設置された60個の電極に無線でおくって電流をうみだします。被験者は、点状の光の集合体を認識することができ、これを手がかりに方向を把握することができます。オリオンは、それまで真っ暗闇のなかにいた人々の生活の質を大幅に改善し、道路を安全に横断し、玄関口の場所を特定することを可能にしました。

このことは、見るという現象には2つの段階があることをおしえてくれます。第1の段階は、目が、光(電磁波)をうけて電気信号にそれを変換する段階であり、第2の段階は、その電気信号を脳が処理して映像をうみだす段階であり、第1はインプット、第2はプロセシングといってもよいでしょう。こうして、映像は脳でつくりだされるのであり、わたしたちは目ではなく「脳で見ている」わけです。

この仕組みをつかって、人工視覚装置の研究開発が1960年代にはじまりました。目が見えない人の視力を部分的に回復することは決して夢ではありません。

人間の神経系は、超高密度で複雑に相互接続したスイッチング素子のネットワークに電流がながれることによって作動していることがわかっており、脳のなかでは、毎秒1兆回発生している電気信号が、何百億ものことなる細胞からなるネットワークをながれます。このような電気信号を脳が処理することによって、視覚にかぎらず聴覚や味覚・嗅覚・触覚など、さまざまな感覚がうまれます。

こうして、わたしたち人間は、人間独自の情報処理の結果として環境を認識するのであり、わたしたちがしっている環境は人間の環境であり、絶対不変に存在するものではありません。

このように、人間は情報処理をする存在であることに気がつくことはとても大事であり、そのために、脳科学や人工装具の研究成果はたいへん参考になります。脳は、心のはたらきをしるためのモデルといってもよいでしょう。

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情報処理をすすめて世界を認知する -『感覚 – 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)まとめ 

特別展「ユニバーサル・ミュージアム ― さわる!“触”の大博覧会」(国立民族学博物館)- インプットを自覚する –
すべての感覚を大きくひらいて情報処理をすすめる - 広瀬浩二郎著『触る門には福来たる』-
皮膚感覚を自覚しとぎすます

▼ 参考文献
C.コッホ「電気刺激で意識を探る」pp.66-71, 日経サイエンス, 606(2021年12月号)

わかりやすい日本語を書く(18) - テンの原則「ながい修飾語」-

ながい修飾語が2つ以上あるときその境界にテンをうちます。必要最小限うちます。うってはならぬテンは誤解をうみます。

ながい修飾語が2つ以上あるときその境界にテンをうちます。必要最小限うちます。うってはならぬテンは誤解をうみます。

日本語のテンの第1原則は「ながい修飾語」(ながい修飾語が2つ以上あるときその境界にテンをうつ)です(注)。今回は、この原則をつかって下記の例文を検討します。

例文94
まずこれを意志に対する命令的性質を帯びた法則と解してみれば道徳法とか法律とかそのほか種々の実用的規則というものが最もこの定義に当てはまったものとなって来る。(『西田哲学選集 第二巻』燈影舎, 1998.3.25)

例文95
イギリスでは人類学を生物学的人類学、先史考古学、社会人類学に分け、社会人類学を文化人類学の一分野とみなさず、独立の学問と考え、文化人類学という名称は使わない傾向にある。(日本大百科全書(コトバンク))

例文94はテンのない文であり、テンがなくてもかまいませんが、わかりやすくするためにテンをうつこともできます。

  • まずこれを意志に対する命令的性質を帯びた法則と解してみれば、道徳法とか法律とかそのほか種々の実用的規則というものが、最もこの定義に当てはまったものとなって来る。

これが、ながい修飾語が2つ以上あるときその境界にテンをうつという原則です。

例文94に対して例文95は逆に、テンがおおすぎるのではないでしょうか。まず構造化します。

例文95a

語順の原則「ながい修飾語ほど先に」(注)にしたがって再構造化します。

例文95b

「生物学的人類学、先史考古学、社会人類学」は単語の並列なのでテンではなく中黒をつかったほうがよいです。

  • 文化人類学の一分野とみなさず独立の学問と社会人類学を考え生物学的人類学・先史考古学・社会人類学に人類学を分け文化人類学という名称はイギリスでは使わない傾向にある。

これではわかりにくいので、テンの原則「ながい修飾語」によってテンをうちます。

  • 文化人類学の一分野とみなさず独立の学問と社会人類学を考え、生物学的人類学・先史考古学・社会人類学に人類学を分け、文化人類学という名称はイギリスでは使わない傾向にある。

テンは、おおすぎるとわかりにくくなるので原則にしたがって必要最小限うつようにします。n 個のながい修飾語があるときは(n-1)個のテンが必要になります。重文の境目にうたれるテンもこの「ながい修飾語」の原則によります。

つぎの例文もよんでください。

  • 仕事でいつもいそがしいとてもせっかちな建設会社役員の一郎はトンネルのおおい線路を高速ではしる赤色と黄色の車両が連結した特急できのうの台風でおおきな被害をうけた県境にちかい県庁所在地の西京へいった。

テンの原則「ながい修飾語」をつかえばわかりやすくなります。

  • 仕事でいつもいそがしいとてもせっかちな建設会社役員の一郎は、トンネルのおおい線路を高速ではしる赤色と黄色の車両が連結した特急で、きのうの台風でおおきな被害をうけた県境にちかい県庁所在地の西京へいった。

もし、ながい修飾語がなければテンはいりません。

  • 建設会社役員の一郎は高速ではしる特急で県庁所在地の西京へいった。

しかし必要なところにテンをうたず必要のないところにテンをうつと意味がわからなくなります。うってはならぬテンは誤解をうみます。

  • 仕事でいつもいそがしいとてもせっかちな建設会社役員の一郎はトンネルのおおい線路を、高速ではしる赤色と黄色の車両が連結した特急できのうの台風でおおきな被害をうけた、県境にちかい県庁所在地の西京へいった。

語順の原則とともにテンの原則もとても重要です。

▼ 関連記事
わかりやすい日本語を書く(16) - プロセシング→アウトプット –
わかりやすい日本語を書く(17) - ながい修飾語ほど先に –
わかりやすい日本語を書く(18) - テンの原則「ながい修飾語」-
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わかりやすい日本語を書く(21) - 題目をあらわす「は」-
わかりやすい日本語を書く(22) - 特定の語句に焦点をあてる –
わかりやすい日本語を書く(23) - 題目と対照(1)-

▼ 注
日本語の作文法:日本語の原則

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

モデルをつかう -「時表現を極める ②」(NHK ラジオ英会話, 2021.12)-

時表現(時制)はまちがってはなりません。イメージをつかみます。モデルをつかうとつかい勝手がよくなります。

時表現(時制)はまちがってはなりません。イメージをつかみます。モデルをつかうとつかい勝手がよくなります。

NHK ラジオ英会話、今月は、過去完了形・未来完了形・未来表現・仮定法・動詞原形を用いる形を練習しています。とくに仮定法についてじっくりとりくんでいます。

LESSON 161 過去完了形(had+過去分詞)

By the time you came back from lunch, Arnold had already left.

過去完了形は過去の時点を意識します。

LESSON 162 未来完了形(will have + 過去分詞)

I’ll have finished by around four o’clock.

未来の時点を will で見通し、そして「そのときまでに」出来事がおこっていることを意識します。

LESSON 163 助動詞+完了形

I must have left it in the clubroom.

must(ちがいない)とおもった時点までに、have 以降の出来事がおこったということをしめします。「(過去に)部室に置いてきた(にちがいない)」と現在確信しています。

LESSON 164 未来表現 ①: be going to

I’m going to check out the new stationery shop.

状況が to 以下の事態にむけて進行中という「流れの中」のイメージです。

LESSON 166 未来表現 ②: will

We’ll make it in time.

will は「見通す」イメージを持つ助動詞であり、未来の出来事をあらわすことが頻繁にあります。原因が目に見える「be going to」とは区別しましょう。

LESSON 167 未来表現 ③:現在進行形・現在形の未来

Are they having another concert?

現在進行形が未来の予定をあらわします。

LESSON 168 仮定法 ①:仮定法の心理

I wish I had another friend.

「もうひとり友達がいればいいのに」という現在の内容に過去形 had がつかわれています。仮定法の作り方は「時表現を過去方向にひとつずらす」ことであり、この操作の理由は「距離感」にあります。仮定法の意味は「現実離れ」であり、それを形の上で表現するために本来の時表現から「離して」います。

LESSON 169 仮定法 ②:仮定法の be 動詞

I wish you were here with me.

「現実離れ」をしめすために過去方向に時表現をひとつずらし were とします(注)。

LESSON 171 仮定法 ③:過去の事柄に対する仮定法

I wish I hadn’t said such a stupid thing to her.

過去の事柄について述べているのに過去完了形がつかわれるのは「距離をとる」意識があるからであり、本来の過去形から距離をとった過去完了形で「現実離れ」をあらわします。

LESSON 172 仮定法 ④: if 節を使った仮定法 1

If he stopped complaining, our team would work more efficiently.

「現実離れ」(反事実)をあらわすときには「時表現を過去方向にひとつずらす」という仮定法の基本はいつもおなじです。むすびの節では、「〜となるでしょうねぇ」とひかえめに「ホンワカ」むすぶのが定石です。

LESSON 173 仮定法 ⑤: if 節を使った仮定法 2

If you had asked me, I would have helped you.

過去の事柄で、「現実離れ」(反事実)をあらわすために過去から距離をとる過去完了形をつかいます。過去についての仮定法も「ありえない・ホンワカ」というリズムになります。

LESSON 174 仮定法⑥: if 節を使った仮定法 3

If you had followed my advice, you wouldn’t be in trouble now.

if 節の中は、過去の事柄に対する反事実ですから過去完了形、むすびは、今の状況に思いをはせるため助動詞の過去形 would/could/might をつかいます。

LESSON 176 仮定法 ⑦:織り込まれた条件

Without your support, I couldn’t have gotten the student loan.

「Without your support」は単に「あなたの助けなし」ということであり、ここに、条件のニュアンスをうみだすのは「couldn’t have」です。

LESSON 177 仮定法 ⑧:仮定法を用いたさまざまな表現

If only Arnold Sylvester were here.

「if only」は仮定法とむすびつき、「~であったらいいのに」と、かなわぬ願望や残念におもう気持ちを感情ゆたかにあらわします。

LESSON 178 仮定法 ⑨:文脈を受ける仮定法・助動詞の過去形

I would start by making some pencil sketches of the scenes.

相談に対して、「私なら~するでしょう」とうけています。ポイントは助動詞の過去形です。

LESSON 179 動詞原形を用いる形

I propose the money be spent on new computers for the library.

文全体は propose の内容を the money 以下の節(従属節)が説明するリポート文です。この節の中で、be 動詞の原形 be がつかわれています。「願望・提案・要求」などを表す動詞に後続する節では、動詞は、原形あるいは「should+動詞(原形)」となります。

過去完了形は、過去のある時点から視線がさらに過去にさかのぼるときにつかい、過去の時点をつねに意識します。

未来完了形は、現在完了形の「今に迫ってくる」を、未来の時点に平行移動した「未来のある時点までに」をしめす形であり、未来の時点を will で見通し、そして「そのときまでに」出来事がおこっていることを意識します。

未来表現では、「be going to」のイメージは「流れの中」であり、「will」のイメージは「見通す」であり、これらは区別しなければならず、「be going to」と「will」の変換練習はやめたほうがよいです。

仮定法は、「時表現を過去方向にひとつずらす」ことによって表現でき、「現実離れ」(反事実)の意味は「距離感」(距離をとること)からうまれます(図)。

距離感をイメージ
図 距離感のモデル
(テキスト LESSON 168 の図を簡略化)

動詞原形を用いる形においては、動詞が原形になるのは「実現していない」からであり、命令文でもおなじです。命令文も、その内容は実現していませんので現在形はつかえません。

以上のように、日本語訳ではなくイメージをつかむことを心がけると学習が加速します。日本語訳はちがってもイメージはおなじという例がたくさんあり、イメージがえがければ、日本語訳を暗記しているよりもはるかに理解がすすみます。

たとえば仮定法は、距離感をイメージする(とおくをながめる)ことによってつかえるようになります。仮定法にかぎらず、距離感があるとき(距離をとるとき)には過去形をつかい、これによって、丁寧な言い方や控えめな言い方やすぎさったことも表現(アウトプット)できます。

イメージを厳選し抽象化したものはモデルといってもよいでしょう。ラジオ英会話のテキストには、実際につかえるすぐれたモデルがいくつも掲載されていてたいへん参考になります。モデルを身につければ英語のつかい勝手が格段によくなり、言語にも、一貫したルールがあることもわかります。

先月と今月のレッスンでは時表現にじっくりとりくみ、とても中身のこい訓練になりました。英語にかぎらず何語でも、時表現(時制)は絶対にまちがわないほうがよいです。わたしも、外国人の友人からかつて注意されました。時制をまちがえるとすぐに誤解が生じます。言葉には、多少まちがっても通じる部分とまちがうとミスコミニケーションがかならず生じる部分とがあります(もうひとつ絶対にまちがってはいけないのは数値(数字)です)。

おおくの人々にとっての言語は、“勉強” するというよりもいかにつかいこなすかが課題になるとおもいます。ラジオ英会話をモデルにしてくりかえし練習していくとよいでしょう。

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説明ルールと指定ルール -「なぜ日本人は英語を話せないのか?」(NHK ラジオ英会話, 2021.04)-
配置でポン! -「基本文型で意志は伝わる」(NHK ラジオ英会話, 2021.05)-
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うしろを指定する -「指定ルール」(NHK ラジオ英会話, 2021.09)-
心をはたらかせる -「助動詞の征服」(NHK ラジオ英会話, 2021.10)-
距離感をイメージする -「時表現を極める ①」(NHK ラジオ英会話, 2021.11)-
モデルをつかう -「時表現を極める ②」(NHK ラジオ英会話, 2021.12)-
心がうごく -「配置の転換」(NHK ラジオ英会話, 2022.01)-
配置の原則をつかう -「受動態・比較」(NHK ラジオ英会話, 2022.02)-
そのままインプットする -「配置の言葉」(NHK ラジオ英会話, 2022.03)-

イメージと言葉をむすびつける - NHK ラジオ英会話テキスト 2021 –
ファイルのしくみ -「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」(NHK Eテレ)-

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ハートでつかめ! 英語の極意(NHK ラジオ英会話)
状況をおもいうかべて言う - NHK ラジオ英会話 –
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to 不定詞 と 動詞 -ing 形 - NHK ラジオ英会話(10月)-
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倒置・疑問文 - NHK ラジオ英会話(12月)-
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仮定法と it - NHK ラジオ英会話(2月)-
英語のリズムを身につけよう -「文法力と語順の成熟」(NHK ラジオ英会話 3月)-

▼ 参考文献
『NHK ラジオ英会話』(2021年12月号テキスト)NHK 出版、2021年

▼ CD
NHK CD ラジオ英会話 2021年12月号

▼ 関連教材

注)
be 動詞をつかった仮定法では、単数主語でも be 動詞は were とするのが通例でしたが、これは、仮定法が特別な形をもっていたときのなごりであり、現在では、「単数主語 + was」も多用されます。「時表現を過去方向にひとつずらす」という仮定法のルールがここにもはたらいています。
I wish I were a bird. = I wish I was a bird.
I wish my boyfriend were less shy. = I wish my boyfriend was less shy.

(冒頭写真:イングランド、ロンドン、テムズ川(River Thames)、1999年 撮影)

新型ウイルス感染爆発・武漢市場起因説 -「動物からヒトへ」(日経サイエンス 2021.12号)-

中国・武漢から感染爆発がはじまったのではないでしょうか。推論結果を検証します。事実・前提・仮説をおさえます。

中国・武漢の市場から感染爆発がはじまったのではないでしょうか。推論結果を検証します。事実・前提・仮説をおさえ論理をすすめます。

2021年12月8日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染者が中国・湖北省武漢で最初に確認されてから2年がたちました。

最初の感染者が武漢で確認されたというこの事実を、ウイルスは新型であり、それまではどこでも確認されたことがないという前提(注1)にてらしあわせると、感染爆発の起因地は中国・武漢であるという仮説がたてられます。

  • 事実:最初の感染者は武漢で確認された。
  • 前提:ウイルスは新型であり、それまでは確認されたことがない。
  • 仮説:感染爆発の起因地は中国・武漢である。

さらに、武漢のどこからウイルスはひろまったのか、2つの仮説がたてられます。

  • 仮説(1):中国・武漢の市場からひろまったのではないだろうか?(動物から人への感染説)
  • 仮説(2):中国科学院武漢ウイルス研究所からウイルスが流出したのではないだろうか?(研究所からの流出説)

このように、〈事実→前提→仮説〉とすすむ論理は仮説法です。

仮説(1)がもしただしいとすると、武漢の市場でうられていた野生動物のなかに宿主(ウイルスをもつ動物)がおり、動物からヒトへ異種間伝播したのだろうと推論できます。

仮説(2)がもしただしいとすると、遺伝子組み替え実験(遺伝子操作)を研究者がおこなっており、自然界には存在しない塩基配列など、ウイルスからその痕跡が発見されるだろうと推論できます。

このように、〈前提→仮説→事実予見〉とすすむ論理は演繹法です。

これらの推論結果を検証し、あらたな事実が確認できれば、仮説(1)と仮説(2)のどちらがただしいのかがわかります。予見が確認できれば仮説の確度はたかまり、できなければ確度はさがります。

『日経サイエンス』2021年12月号(『Nature ダイジェスト』2021年11月号)では、感染爆発初期に中国などで感染した人々から採取された検体中のウイルスゲノムについてつぎの分析結果を報告しています。

2019年末〜2020年初頭に感染者から採取された最初期のウイルスの塩基配列はAとBという2つの系統に分かれ,両者には重要な違いがある。世界的に優勢となったB系統のウイルスは,野生動物も販売していた武漢の華南海鮮市場を訪れた人などから見つかっている。また中国国内で広がったA系統は,武漢市内の他の市場と関係のある人などから見つかっている。

A系統からB系統へ、あるいはB系統からA系統へ派生したのであれば、新型ウイルスの祖先は動物からヒトへ1回だけ異種間伝播したことになりますが、A系統とB系統が別々の起源をもつならば複数回の異種間伝播があったことになり、今回の分析結果によると、複数回の異種間伝播があった可能性がたかいことになります。複数回の異種間伝播があったということは、新型ウイルスの祖先ウイルスをもつ動物が複数体おり、2ヵ所以上のことなる場所で複数の人々に感染したということになります。

これまでの調査により、タヌキやミンクなど(注2)、新型ウイルスへの感受性のある動物が中国・武漢のいくつものことなる市場で販売されており、A系統のウイルスに感染した人々とB系統のウイルスに感染した人々はことなる市場をおとずれていたことが判明しました。

また重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因ウイルスに関する過去の研究でも、ウイルスが動物からヒトへ複数回 伝播したと結論しています。

他方、いままでの研究では、遺伝子組み替え実験(遺伝子操作)の痕跡などはみつかっていません。

以上のことから、仮説(1)のほうが確度がたかいといえます。すなわち研究所からの流出説は否定され、動物から人への感染説の蓋然性がたかまります。

このように、仮説法と演繹法をつかえば着実に論理をすすめることができ、さらに、演繹(推論)の結果えられた大量のデータ(事実)を帰納法をつかって総合すれば感染爆発の本質・原理・法則にアプローチできます。

新型ウイルスの起源や感染爆発の起因地を特定することは、将来の感染爆発の対策をたてるうえでとても重要です。そのためには、調査・研究の結果をうのみにするのではなく、事実・前提・仮説をおさえ、論理をすすめることが大事です。

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短期的視点と長期的視点 -「新型コロナの変異種」(Newton 2021.3号)-
「第5波」が7〜8月に - 帰納法と演繹法 –
ワクチン接種後はしずかにすごす

100分 de 名著:アルベール=カミュ『ペスト』(NHK・Eテレ)
往来拡大の歴史 - 池上彰・増田ユリヤ著『感染症対人類の世界史』-
感染症が歴史をかえる -「DNAが明かす疫病史」(日経サイエンス 2021.06号)-

▼ 参考文献
Smriti Mallapaty(三枝小夜子訳)「新型コロナウイルスは動物からヒトへ2度ジャンプした?」pp.30-31, 日経サイエンス, 606(2021年12月号)

▼ 注1:前提の重要性について
今回の論理では、「ウイルスは新型であり、それまでは確認されたことがない」ということを前提にしましたが、もし、たとえばほかの国で、もっとはやく感染者を確認していたにもかかわらず極秘にしていたというようなことがあった場合はこの前提はくずれ、前提がくずれれば論理もくずれます。したがって、簡単なことであり往々に軽視されますが前提をふまえることは必要なことです。

▼ 注2:中間宿主について
新型ウイルス(SARS-CoV-2)の起源はコウモリにあり、ほかの野生動物(中間宿主)にコウモリから感染し、その後ヒトに感染したのではないかという仮説がたてられていましたが中間宿主は不明でした。今回の報告により、タヌキとミンクがそれではないかとかんがえられます。
コウモリ起源説 -「コロナウイルスはどこから来たのか」(日経サイエンス 2020.05号)-

3D 国立科学博物館「自然をみる技」 – 顕微鏡による視覚の拡張 –

微小の世界がみえます。道具が身体を環境へ拡張します。人間と環境を技術が媒介します。

微小の世界がみえます。道具が身体を環境へ拡張します。人間と環境を技術が媒介します。

国立科学博物館の日本館1階・南翼は「自然をみる技」展示室であり(注1)、その第4コーナーのテーマは「微小を知る - 顕微鏡 -」です。

ステレオ写真は平行法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

靉靆(あいたい、眼鏡)
靉靆(あいたい、眼鏡)
(真鍮製・ガラスレンズ、江戸時代)
レーヴェンフック単式顕微鏡
レーヴェンフック単式顕微鏡
(17世紀、複製)
カルペッパー型顕微鏡
カルペッパー型顕微鏡
(ニュルンベルグ・ババリア製、18世紀)
『再販微虫図』
『再販微虫図』
(1850年、複製)
和製カフ型顕微鏡
(日本製、18世紀後半)
和製カフ型顕微鏡
(日本製、18世紀後半)
ユニバーサル(万能)顕微鏡(19世紀)と 顕微鏡光源ランプ(1907年)
ユニバーサル(万能)顕微鏡(19世紀)と 顕微鏡光源ランプ(1907年)
永久プレパラート
永久プレパラート
双頭顕微鏡
双頭顕微鏡
(イギリス バウエル&リーランド作、19世紀)
團ジーン博士使用 位相差顕微鏡
團ジーン博士使用 位相差顕微鏡
(米国ボシュロム社製、1948年)
電子顕微鏡
電子顕微鏡
(東芝社、1942年)

江戸時代初期、玉(レンズ)を利用した眼鏡や虫眼鏡が輸入され、老眼などでぼんやりした物が眼鏡をかけるとはっきりみえ、ちいさな物が虫眼鏡でおおきくみえ、その不思議さに当時の人々はとてもおどろきました。

江戸時代中期になると顕微鏡が輸入され、あっという間に日本中にひろまります。顕微鏡は、虫眼鏡よりも構造が複雑で倍率がたかく、ちいさな物がよりおおきくみえ、虫や植物などの観察を大名らがたのしみました。

しばらくすると、その原理や構造を独学でまなんで顕微鏡をつくる者が日本人のなかにもあらわれ、雪の結晶を観察した土井利位(どいとしつら)のような自然観察のすぐれた成果をのこす者もあらわれます。

江戸時代後期になると、中国の動植物や鉱物などの分類体系である本草学を基本としながらも、顕微鏡をもちいた植物細胞の観察など、実証的な自然観察がおこなわれるようになり、西洋の博物学的知識の導入と理解が急速にすすみます。

近代になると、精密工業の発展とともに、顕微鏡の構造・原理の理論的研究がおこなわれ、すぐれたレンズが開発され、顕微鏡の性能がいちじるしく向上します。細菌研究のような医療分野でもなくてはならない道具になります。

その後、おおくの大学や教育機関で顕微鏡の教育がはじまり、顕微鏡に関する最初の教科書が医学や農学の分野でつくられ、また産業技術の発展に必要な金属学的知識の蓄積のために「金属顕微鏡」が開発され、いきたまま細胞を観察できる「位相差顕微鏡」などもつくられます。

しかしその後、それまでの光学的な顕微鏡は限界に達します。これ以上ちいさな物はみえません。

そこで1939(昭和14)年、長岡半太郎博士らの要請により、大阪大学・名古屋大学・東芝・日田市製作所などが電子顕微鏡の研究・開発を産学協同ではじめます。1940年には、「磁界型電子顕微鏡」ついで「静電型電子顕微鏡」が試作され、1942年には製品化されます。日本は、電子顕微鏡開発の先駆けの国のひとつであり、より微小の世界への課題にこたえ、おおきな役割をはたしていきます。

「微小を知る - 顕微鏡 -」のコーナーは、眼鏡とレーヴェンフック単式顕微鏡の展示からはじまります。レンズをとおしてみれば ぼやけていた物がはっきりみえ、ちいさな物がおおきくみえ、視覚が拡張されて好奇心がかきたてらます。

レンズの歴史は、江戸時代初期にまでさかのぼり、現代では、非常におおくの人々が、眼鏡をかけて(あるいはコンタクトレンズをつけて)生活し、「メガネは顔の一部です」といわれるように、レンズは、身体の一部(身体の延長)としてなくてはならない道具となりました。

わたしたち人間は、眼鏡や顕微鏡・望遠鏡にかぎらずさまざまな道具を開発し、よりおおくの情報を外界(環境)からとりいれ活用するように進歩してきました。技術を開発して生活をゆたかにし、文明を発達させました。このような技術史をみると、技術とは、身体の延長として基本的に機能し、人間は、技術を介して環境とかかわり、環境とつながっていることがわかります。人間は、技術を通して環境へひろがり、人間と環境とのあいだには明瞭な一線をひくことはできず、相互浸透的なしくみを人間と環境はつくっているといえます。

このような〈人間-技術-環境〉系という総合的なみかたが重要であり、したがって技術史をしることは、人間と環境のかかわりの足跡をしることになり、文明の発達も、〈人間-技術-環境〉系の発展としてとらえなおすと理解がすすみます。

技術とは実際につかえるものであり習得できるものです。国立科学博物館にきて技術史をたどってみれば、たとえば環境に適応するために、あるいは境遇を転換するために、あるいは勉強や仕事を進捗させるために、どのような技術をつかえばよいか、そのヒントがえられるとおもいます。

▼ 関連記事
3D 国立科学博物館「自然をみる技」 – 望遠鏡による視覚の拡張 –
大局をみて局所をしらべる - 国立科学博物館「国産顕微鏡100年展」-
3D 国立科学博物館 - リンク集 –

▼ 注1
国立科学博物館
日本館1階(南翼)「自然をみる技」
おうちで体験!かはくVR

▼ 参考文献
国立科学博物館編集『日本列島の自然と私たち』(日本館ガイドブック)国立科学博物館発行、2008年3月31日

▼ 関連書籍

「地球を感じる」(ナショナルジオグラフィック 2021.12号)

地球は感じる場です。感覚とは、情報をインプットすることです。インプットができれば、プロセシングとアウトプットがすすみます。

地球は感じる場です。感覚とは、情報をインプットすることです。インプットができれば、プロセシングとアウトプットがすすみます。

『ナショナルジオグラフィック』(2021年12月号)が、「地球を感じる」と題して、模様・音・色・香り・スピードをとりあげています(注)。

米国ヒューストン動物園のマサイキリン。長い首の模様は思い思いに縫い合わせたパッチワークのようだ。

クモは巣に伝わる振動を脚先で感じる。(中略)獲物や交尾相手、脅威などの存在を知るという。

この鳥(キガオミツスイ)が種として生き残れるかは、年長の雄が若い雄に求愛の歌を伝えられるかどうかにかかっている。

地震活動を記録する際に邪魔もの扱いされてきたクジラの声だが、地殻構造を画像化するのに活用できると期待されている。

高温の溶岩は黄白色の光を放ち、やがて冷えてオレンジ色から赤色に、最後には漆黒へと変わる。

100年以上前、ハワイの山腹でひっそりと姿を消した花。永遠に失われたその香りが科学者たちの手でよみがえった。

2007年、16年、21年のスイスのローヌ氷河。並べて比較すると、この短い間に大量の氷河が解けたことがわかる。

模様は、さまざまな動物たちにみられます。何らかの目的があると解釈できるものもありますが、おもいのままに形と色をえらび奔放さをくわえたものもあり、まさに天然アートです。

音は、生存に必要な情報をはこび、動物たちにとってなくてはならない伝達手段です。かつては人間も音を大事にしていました。なお今回の記事は、よむだけでなく、スマートフォンのカメラでコードをよみとると実際の音がきけます。

山が発する色は、みるというようりも感じるものです。色の変化は活動の転換をしめし、一旦おさまったとおもってもふたたび息をふきかえします。地球の力を感じます。

香りといえば植物です。科学者は、香りをうみだす分子を特定し、その DNA を分析します。香りは魔法です。しかし残念ながら、インターネットでは香りはつたえられません。植物園に是非いってください。

地球温暖化により氷河が後退していることは一目瞭然です。2000年以降、世界の氷河からとけだした水は5.3兆トン以上にのぼり、海水面が1.5センチちかく上昇しました。パタゴニア氷河の後退スピードも今が一番はやいといいます。

「感じる」とは、目・耳・鼻・舌・皮膚などの感覚器官をつかって外界から内面へ情報をインプットすることです。誰もが、感覚器官をもっており、小学生の低学年ぐらいまではあらゆる感覚器官をつかって生活していました。観察の時間もありました。しかし試験勉強・受験勉強がはじまるとさまざまな感覚器官をつかうことをわすれてしまいます。現代人は、言葉のインプットに極端にかたよりすぎ、感覚が退化してしまいました。

今日、情報化時代にはいり、あらためて感覚がみなおされます。感覚をとらえなおし、感覚を自覚することに光があたります。感覚をとりもどすということはインプット能力をたかめることになり、インプット能力がたかまれば、プロセシングとアウトプットもすすみます。

『ナショナルジオグラフィック』は、地球を感じ、インプットを自覚するためにとても役だちます。

▼ 関連記事
インプットを自覚する -「ユニバーサル・ミュージアム ― さわる!“触”の大博覧会」(国立民族学博物館)-
香りをインプットする - ミニ企画展「香りの魅力」(国立科学博物館)-
香りを感じとる - シンガポール植物園(7)「フレグラント園」-
神戸布引ハーブ園(まとめ)
3D 刺激スパイス展(咲くやこの花館)
バリアと感覚 - 皮膚(Newton 2020.5号)-
皮膚感覚を自覚しとぎすます
視覚の世界をふかめる - 小田原フラワーガーデン・トロピカルドーム温室(2)-
眼をつかいこなして多種多量な情報をうけとる - 特別展「生命大躍進」(7)- 
立体視をして見る力をきたえる - ハワイ・オワフ島フォスター植物園 –
秋をインプットする -「善福寺公園の木の実」展(1)-
五感をとぎすます - 企画展「The NINJA – 忍者ってナンジャ!?-」-
感覚をつよめ情報処理をすすめる - ニール=ハービソン「I listen to color」-
ジオ・コスモスをつかって地球をインプットする
情報処理をすすめて世界を認知する -『感覚 – 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)まとめ –
感覚器をつかって情報をインプットする 〜 岩堀修明著『図解・感覚器の進化』〜

▼ 注:参考文献
『ナショナル ジオグラフィック日本版』(2021年12月号)日経ナショナルジオグラフィック社、2021年

わかりやすい日本語を書く(17) - ながい修飾語ほど先に –

語順の原則があります。ながい修飾語ほど先に配置します。わかりやすく誤解のない文が誰でもすぐに書けます。

語順には原則があります。ながい修飾語ほど先に配置します。わかりやすく誤解のない文が誰でもすぐに書けます。

日本語の語順には、「ながい修飾語ほど先に」という原則があります(注)。今回は、この原則にしたがって以下の例文を修正してみます。

例文91
私は2軍監督で経験を積んだことも良かったと見ている。(Yahoo!ニュース オリジナル THE PAGE, 2021.12.1)

例文92
選手はこのあと亡命の受け入れを表明したポーランドに向けて出国することになっています。(NHK NEWS WEB, 2021.8.4)

例文93
平成24年の総裁選では岸田氏が幹事長だった石原氏の推薦人を務めた経緯もある。(産経新聞, 2021.9.14)

例文91
私は2軍監督で経験を積んだことも良かったと見ている。

「2軍監督で経験を積んだ」のは「私」であるかのようによめてしまいますが実際には高津監督です。例文91 を構造化すると下図のようになります。

例文91a

語順の原則「1-3. ながい修飾語ほど先に」にしたがって再構造化すると下図のようになります。

例文91b

文章化するとつぎのようになります。

  • 2軍監督で経験を積んだことも良かったと私は見ている。

ながい修飾語を先に配置するだけでわかりやすく誤解のない文になります。

例文92
選手はこのあと亡命の受け入れを表明したポーランドに向けて出国することになっています。

「選手」が「亡命の受け入れを表明した」のかのように一瞬よめてしまいますが「表明した」のはポーランドです。

構造化します。

例文92b

語順の原則「1-3. ながい修飾語ほど先に」にしたがって再構造化します。

例文92b
  • 亡命の受け入れを表明したポーランドに向けてこのあと選手は出国することになっています。

例文92 は、原則の語順とはまったく逆の語順だったためにわかりにくい文になりました。

例文93
平成24年の総裁選では岸田氏が幹事長だった石原氏の推薦人を務めた経緯もある。

構造化します。

例文93a

語順の原則「1-3. ながい修飾語ほど先に」にしたがって再構造化します。

93b
  • 幹事長だった石原氏の推薦人を平成24年の総裁選では岸田氏が務めた経緯もある。

語順の原則「1-3. ながい修飾語ほど先に」にしたがってならびかえるだけでわかりやすい文になります。

わかりやすい日本語を書くうえで語順はとても重要です。語順がおかしいと相手に意志がうまくつたわりません。

語順の原則のうち「1-1. 述部(動詞・形容詞・形容動詞)が最後にくる」と「1-2. 形容する詞句が先にくる(修飾辞が被修飾辞の前にくる)」についてはとくに説明は要しないとおもいますが、しばしば問題になるのが「1-3. ながい修飾語ほど先に」です。上記の例をみればあきらかなようにこの原則をつかわないとわかりにくい文になります。

つぎの例もみてください。

  • 社交的な太郎に英語とフランス語が得意な光子をアメリカに留学したことがある国際機関スタッフの花子がひきあわせました。

ながい修飾語ほど先にします。

  • アメリカに留学したことがある国際機関スタッフの花子が英語とフランス語が得意な光子を社交的な太郎にひきあわせました。

わかりやすくなりました。つぎの例もよんでください。

  • 私は電気自動車の開発を急速にすすめローランスロイズ社のようにわが国の経済を発展させる自動車メーカーも買収されないようにすべきだと考えます。

ながい修飾語ほど先にします。

  • わが国の経済を発展させる自動車メーカーも電気自動車の開発を急速にすすめローランスロイズ社のように買収されないようにすべきだと私は考えます。

「ながい修飾語ほど先に」の原則をつかえばわかりやすく誤解のない文が書けます。「私は」(あるいは彼は、彼女は、太郎は)を “主語” だから文頭におかなければいけないとおもっている人がいますがそれは誤解であり、英文法を日本文に無理にあてはめて失敗した典型例です。英語と日本語では文法がことなり、それぞれの言語にそれぞれに原則があり、英語のほうが日本語よりもすぐれているということもありません。

たとえば「私」を、「国立国際経済研究所で半世紀にわたって数理モデルで世界経済を研究してきた」と修飾するとつぎのようになります。

  • 国立国際経済研究所で半世紀にわたって数理モデルで世界経済を研究してきた私はわが国の経済を発展させる自動車メーカーも電気自動車の開発を急速にすすめローランスロイズ社のように買収されないようにすべきだと考えます。

「ながい修飾語ほど先に」の原則はむずかしいことは何もなく、字数をかぞえればよいだけのことであり誰でも簡単にすぐにできます。

▼ 関連記事
わかりやすい日本語を書く(16) - プロセシング→アウトプット –
わかりやすい日本語を書く(17) - ながい修飾語ほど先に –
わかりやすい日本語を書く(18) - テンの原則「ながい修飾語」-
わかりやすい日本語を書く(19) - テンの原則「逆順」-
わかりやすい日本語を書く(20) - 思想のテン –
わかりやすい日本語を書く(21) - 題目をあらわす「は」-
わかりやすい日本語を書く(22) - 特定の語句に焦点をあてる –
わかりやすい日本語を書く(23) - 題目と対照(1)-

▼ 注
日本語の作文法:日本語の原則

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

距離感をイメージする -「時表現を極める ①」(NHK ラジオ英会話, 2021.11)-

指定ルールが前提です。空間的なひろがりのなかでイメージします。次元をあげれば学習が加速します。

指定ルールにもとづいて練習します。空間的なひろがりのなかでイメージします。次元をあげれば学習が加速します。

今月の NHK ラジオ英会話は「時表現」を練習しています。「指定ルール」をつかいます。

LESSON 141 過去形 ①:時表現の定位置

It started to rain when we were about to sing our last song.

「指定ルール:指定は前に置く」によって「時」は「前置き」です。「遠いあのとき」をおもいうかべながら「It started to rain」といいます。

LESSON 142 過去形 ②:過去形のイメージ展開1──丁寧

Could you please sign here in my notebook?

生々しい要望から距離をとる感覚で過去形をつかいます。

LESSON 143 過去形 ③:過去形のイメージ展開2──控えめ

I might go to karaoke with her.

過去形の持つ距離感「遠く離れた」により助動詞の過去形は「控えめ」を表現します。現在形のもつ意味から「退き・引いた」感触がこのつかいかたをうみだします。

LESSON 144 現在形 ①:広く・一般的な内容

I’m a digital solutions manager.

現在形のイメージは「身の回り」です。「身の回り」は、「広く・一般的に成り立つ」 をうみだします。

LESSON 146 現在形 ②:現在の思考は現在形で

I think you’re doing a fantastic job.

「身の回り」の感覚は、「現在の思考・感情・知識は現在形で」につながります。

LESSON 147 現在形 ③:宣言・実演

I apologize for not keeping my promise.

話し手の周りで出来事が形づくられることから現在形が選択されます。

LESSON 148 現在形 ④:未来の出来事を前提とするなら現在形

I’ll let you know as soon as I get more information.

そうした状況がおこっていることを「前提」としており、おこっているのが前提なら、現在おこっていることをしめす現在形の使用は自然なことです。

LESSON 149 進行形 ①:進行形の基礎

I’m living in Japan on a work visa.

「比較的短期間続く行為の描写」です。

LESSON 151 進行形 ②:注意すべき進行形

He was sneezing non-stop.

進行形は「比較的短期間続く行為の描写」であり、ここでは、瞬間的な動作が一定期間くりかえされ、つづきます。

LESSON 152 進行形 ③:進行形は外から眺める

Look, I’m apologizing.

進行形は、現在形とはことなり、現在おこっていることを客観的に描写します。

LESSON 153 進行形 ④:進行形は躍動的な行為

I was having a meeting at that time.

会議をするという行為がおこなわれているため進行形となっています。進行形にできるか否かは行為と感じられるかどうか。

LESSON 154 現在完了形 ①:間近に起こった出来事(完了用法)

Look. It’s stopped raining.

この形のイメージは「(今に)迫ってくる」です。過去に属する事柄を「今・現在」にひきつけてかたります。

LESSON 156 現在完了形 ②:過去から現在に至る視線(継続用法)

My spare room has been empty for three weeks.

視線が、過去から現在にむかって移動し、 empty の状態が現在までつづいています。

LESSON 157 現在完了形 ③:過去を今の経験としてとらえる(経験用法)

I’ve traveled all over the world.

過去の出来事を現在にひきつけてかたります。「(今に)迫ってくる」イメージです。

LESSON 158 現在完了形 ④:過去の出来事がもたらす現在(結果用法)

I’ve turned off the water, so it’s OK now.

「水を止めました」という過去の出来事を描写するだけではなく、「水を止めた、その結果、現在水が止まっている」までを意味にふくみます。「(今に)迫ってくる」イメージです。

LESSON 159 現在完了進行形(ずっと~している)

She’s been reading comic books all afternoon.

「(今に)迫ってくる」と、生き生きとした行為の描写である「進行形」とのハイブリッドです。「行為が今に至るまで続く=ずっと~している」となります。

「指定ルール」(指定は前に置く)にもとづいて練習をすすめます。

「遠いあのとき」をおもいうかべながら過去形をつかいます。過去形は、「遠く離れた」という距離感をもつ表現であり、距離感のイメージから「丁寧」ないいかたや「控えめ」ないいかたもうまれます。それに対して現在形は、「身の回り」をイメージし、「現在の思考・感情・知識」、「話し手の周りの出来事」、「前提」などは現在形でいいます。また進行形は「比較的短期間続く行為の描写」であり、現在形とはことなります。現在完了形は、「今に迫ってくる」イメージであり、過去に属する事柄を「今・現在」にひきつけてかたります。

このように、イメージをつかえば、過去形・現在形・現在進行形・現在完了形がこんなに簡単に理解できます。これだけのことです。形式にとらわれずにイメージすることが大事です。

時は、〈過去→現在→未来〉というように1次元でながれるものですが、これをイメージするときには空間をつかい、3次元空間のなかで出来事や対象をおもいうかべることになります。

遠くをイメージしたときには過去形をつかい、はるかかなたは遠い過去に相当し、身の回りをイメージしたときは現在形をつかい、身の回りは現在に相当し、比較的短期間つづく行為をイメージし描写するときには進行形をつかい、遠くから手元にせまってくるイメージでは現在完了形をつかいます。

イメージすることはとても簡単な練習ですが、実は、たいへん奥ぶかい内容をふくんでおり、空間をイメージすることは言語学習にかぎらずあらゆる学習につかえる普遍的な方法です。空間記憶法もその一例です。ラジオ英会話はその方法を実践的にしめしてくれます。

時(過去→現在→未来)や言葉をつかってかんがえるのは1次元ですがイメージ空間は3次元のひろがりであり、1次元から3次元に次元をあげるだけでとくに努力をしなくても情報処理が一気に加速します。そのうえで努力もすればさらに加速するでしょう。

▼ 関連記事(2021年度 NHK ラジオ英会話)
説明ルールと指定ルール -「なぜ日本人は英語を話せないのか?」(NHK ラジオ英会話, 2021.04)-
配置でポン! -「基本文型で意志は伝わる」(NHK ラジオ英会話, 2021.05)-
学習を加速する -「位置がわかれば拡張は簡単」(NHK ラジオ英会話, 2021.06)-
単純さに気がつく -「『説明ルール』で英語を英語として使いこなす」(NHK ラジオ英会話, 2021.07)-
例外はありません -「名詞の説明」(NHK ラジオ英会話, 2021.08)-
うしろを指定する -「指定ルール」(NHK ラジオ英会話, 2021.09)-
心をはたらかせる -「助動詞の征服」(NHK ラジオ英会話, 2021.10)-
距離感をイメージする -「時表現を極める ①」(NHK ラジオ英会話, 2021.11)-
モデルをつかう -「時表現を極める ②」(NHK ラジオ英会話, 2021.12)-
心がうごく -「配置の転換」(NHK ラジオ英会話, 2022.01)-
配置の原則をつかう -「受動態・比較」(NHK ラジオ英会話, 2022.02)-
そのままインプットする -「配置の言葉」(NHK ラジオ英会話, 2022.03)-

イメージと言葉をむすびつける - NHK ラジオ英会話テキスト 2021 –

▼ 関連記事(2018年度 NHK ラジオ英会話)
ハートでつかめ! 英語の極意(NHK ラジオ英会話)
状況をおもいうかべて言う - NHK ラジオ英会話 –
英語の基本文型と語順ルール - NHK ラジオ英会話(4-5月)-
時表現を完成させる - NHK ラジオ英会話(6月)-
助動詞をつかいこなす - NHK ラジオ英会話(7月)-
修飾の語順を身につける - NHK ラジオ英会話(8月)-
否定と比較 - NHK ラジオ英会話(9月)-
to 不定詞 と 動詞 -ing 形 - NHK ラジオ英会話(10月)-
過去分詞・受動態・節 - NHK ラジオ英会話(11月)-
倒置・疑問文 - NHK ラジオ英会話(12月)-
関係詞節による修飾 - NHK ラジオ英会話(1月)-
仮定法と it - NHK ラジオ英会話(2月)-
英語のリズムを身につけよう -「文法力と語順の成熟」(NHK ラジオ英会話 3月)-

▼ 参考文献
『NHK ラジオ英会話』(2021年11月号テキスト)NHK 出版、2021年

▼ 関連教材

(冒頭写真:イングランド、ロンドン、コヴェント・ガーデン、ロイヤル・オペラ・ハウス(Royal Opera House)、1999年 撮影)

3D「縄文 2021 - 東京に生きた縄文人 -」(江戸東京博物館)

フィールドワークによって新事実を発見します。〈人間-文化-自然環境〉系がうかびあがります。物質的文化と精神的文化があります。

フィールドワークによって新事実を発見します。〈人間-文化-自然環境〉系がうかびあがります。物質的文化と精神的文化があります。

特別展「縄文 2021 - 東京に生きた縄文人 -」が江戸東京博物館で開催されています(注)。縄文時代の出土品がどのような場所でどのように利用されていたかを最新の調査・発掘結果からあきらかにし、復元模型や映像などもつかってあらたな縄文時代像を提示します。

プロローグ
第1展示室 東京の縄文遺跡発掘史
第2展示室 縄文時代の東京を考える
第3展示室 縄文人の暮らし
第4展示室 考古学の未来
エピローグ

ステレオ写真はいずれも交差法で立体視ができます。
立体視のやりかたはこちらです

多摩ニュータウンのビーナス
(土偶、縄文時代中期、本展のシンボル展示)
多摩ニュータウンのビーナス
(土偶、縄文時代中期、本展のシンボル展示)
深鉢形土器(縄文草創期、武蔵野市御殿山遺跡から出土した世界最古級の土器の断片)
深鉢形土器(縄文草創期)
(世界最古級(約16,000年前)の土器の断片、武蔵野市御殿山遺跡)
大森貝塚から出土した貝類
大森貝塚から出土した貝類
大森貝塚から出土した深鉢(縄文後期)
大森貝塚から出土した深鉢(縄文時代後期)
縄文時代の植生
植生の変化
縄文人復元像と頭骨(レプリカ)(縄文時代中期後葉)
縄文人復元像と頭骨(レプリカ)(縄文時代中期後葉)
磨製石斧(縄文草創期)
磨製石斧(縄文時代草創期)
磨製石斧
磨製石斧
(縄文早期(左上)、縄文前期(右上)、縄文中期(左下)、縄文晩期(右下))
97:磨石(縄文早期)、98:敲石(縄文前期)、99:敲・凹石(縄文前期)、100:敲石(縄文前期)、101:磨敲石(縄文前期)
97:磨石(縄文早期)、98:敲石(縄文前期)、99:敲・凹石(縄文前期)、100:敲石(縄文前期)、101:磨敲石(縄文前期)
木の実
木の実
石皿(縄文前期)
石皿(縄文時代前期)
縄文時代中期の土器
縄文時代中期の土器
鉢(木製、縄文中期後半)
鉢(木製、縄文時代中期後半)
交流を物語る土器
交流を物語る土器
神津島砂糖崎産黒曜石
神津島砂糖崎産黒曜石

「多摩ニュータウンのビーナス」(土偶、縄文時代中期)は、5380〜5320年前につくられたと推定され、ていねいにしあげげられており、表面は光沢をおび、眼下の2本沈線・正中線・臂部の区画内には白色の物質がのこり、塗彩した跡だとかんがえられます。

「深鉢形土器」(縄文草創期)は、東京都・武蔵野市御殿山遺跡から出土した世界最古級(約16,000年前)の土器の断片であり、縄文時代がはじまった年代をしるためにとても重要な遺物です。

「大森貝塚」は、東京都品川区から大田区にまたがる縄文時代後期〜晩期の貝塚であり、1877 (明治10)年に来日し、お雇い外国人にのちになったアメリカの動物学者・エドワード=シルベスター=モースにより発見・調査され、ここから、近代科学的な縄文時代の遺跡研究と日本の考古学がはじまりました。

「植生の変化」は、当時の人々の環境へのはたらきかけをしる手がかりとなります。たとえば東京都北区御殿前遺跡では、縄文時代早期後葉には遺跡周辺の台地斜面にはクリが優勢でカエデ類をともなう林が成立し、また周辺には、ウルシの樹木も生育していました。クリ林はその後、しばらくは縮小しますが、中期頃にはふたたび拡大します。縄文人は、植物の採集活動にくわえ、積極的に環境にはたらきかけ、人為的な植生をつくりだしていました。

「縄文人復元像」は、新宿区加賀町二丁目遺跡(縄文時代中期後葉)で発掘された人骨から復元された復元像であり、身長160cm前後の男性、年齢は40歳代と推定されます。復顔の基準には、世界のいろいろな集団の顔のデータを平均化した解剖学上のデータを使用しています。

「磨製石斧」は、「磨かれる」ことに特徴をもつ石器であり、磨く技術は、旧石器時代からあり、縄文時代草創期および早期前半にもみとめられ、早期後半以降は全面が研磨された磨製石斧があらわれます。形態にも改良がみられ、早期には薄手で小型だったものが、前期前半にはやや厚手で大型となり、前期後半には厚手で棒状の乳棒状石斧が出現し、中期には、定角式磨製石斧がつくられるようになり、従来よりも製作に時間と手間がかかりますが切れ味と耐久性が格段にあがりました。メンテナンスもおこなわれ、おれたものは楔(くさび)として再利用されました。

「磨石」「敲石(たたきいし)」「石皿」は、植物加工具であり、植物利用が本格化したことをしめします。それまでの狩猟・漁撈にくわえ、採集の比重がふえ、縄文的な生業体系が確立しました。植物の管理が積極的におこなわれていたとかんがえられます。

「土器」は、「煮る」「貯める」「盛る」の3つの用途をおもにもち、最初は、煮るための「うつわ」を完成させるために試行錯誤をくりかえし(草創期)、やがて、用途によって形をかえ、模様(文様)をつけて変化にとむようになりはじめ(早期〜前期)、過度ともいえる装飾と大形化がすすみ(中期)、最後には、日常生活でつかう土器とマツリなどの特別なときにつかう土器とをつくりわけ、器形の多様化がすすみ、それぞれにあわせた機能美へたどりつきます(後期〜晩期)。

「鉢(木製)」は、縄文中期後半の世田谷区岡本前耕地遺跡の漆器の大型浅鉢であり、トチノキ製であり、平面形はほぼ円形にわりつけ、孔のあいた一対の把手を木口側につくっています。縄文時代には