本庶佑・立花隆『がんを消す免疫薬の真実』 - がん研究の論理 –

免疫のはたらきをおさえこむ分子を発見しました。その分子をブロックする薬をつくりました。その人がもともともっている免疫力をつかってがんをやっつけます。

京都駅

免疫のはたらきをおさえこむ分子をみつけました。その分子をブロックする薬をつくりました。その人がもともともっている免疫力をつかってがん細胞をやっつけます。

本庶佑・立花隆著『がんを消す免疫薬の真実』(文春e-Books)ががんの免疫療法についてわかりやすく解説しています。現在、「日本人の2人に1人は一生のうちに何らかのがんにかかる」(国立がん研究センター、注)といわれており、がんは、誰にとっても身近な病気であり、その治療法をしるために本書は必読の書といってよいでしょう。

細胞のがん化を招く遺伝子の突然変異(ミューテーション)は想像以上に起こりやすいものなんです。(本庶佑)

これまでの生命科学的な研究により、遺伝子の突然変異によりがん細胞が生じることがあきらかになっており、突然変異は、生命科学者がこれまでおもっていた以上におこりやすい現象のようです。

しかし一方で、人間だれもが免疫系をもっています。

大部分のがん細胞はできたらすぐに免疫系に殺されていると考えていいと思います。僕は七十四歳ですが、この年まで体の中にがん細胞が一度もできなかったわけがない。たくさんできたはずだけれども、幸いにして免疫系が、がん細胞が増えないうちに処理していたのだろうと思います。(本庶佑)

突然変異がおこるとその細胞は、自己ではなく異物として認識され免疫系がはたらきます。細胞ががん化したら免疫系がそれに対応し、がん細胞はただちにころされます。

しかしそれにもかかわらずがんが発症することがあります。免疫系がはたらくはずなのになぜか機能せずがんになります。

がんという病気は現実に存在する。ということは、がん細胞が免疫系の力を抑え込む仕組みをどこかの時点で獲得するからだろう、と前々から考えられていたわけです。(中略)

その仕組みに関わっていると考えられるのが、われわれが二十四年ほど前に発見したPDー1という分子なのです。(中略)

PDー1をブロックする薬はがんに絶対効くはずだ。(本庶佑)

本庶佑さんらは、免疫のはたらきをおさえる「ブレーキ」役となる物質「PDー1」をつきとめ、これをブロックすればがんに対して免疫がはたらくようになるはずだとかんがえ、PDー1をブロックする治療薬「ニボルマブ」の開発にこぎつけました。

そして臨床試験をおこないました。

臨床試験開始後、一年後まで生きていたのは、ニボルマブを投与された患者で七〇%、抗がん剤では四〇%以下でした。ニボルマブ投与では一年四カ月後でも生存率はほぼ横ばいの七〇%。それに対して抗がん剤を投与された患者の生存率は二〇%を切ってしまった。(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン、2014年11月)

このような臨床試験がくりかえされ、えられたデータによりニボルマブががんにきくことが実証されました。従来の抗がん剤におおきな差をつけました。

こうして2018年、ノーベル医学・生理学賞の受賞となったわけです。

本庶佑・立花隆著『がんを消す免疫薬の真実』は、「文藝春秋」2016年5月号に掲載された両氏の対談を再構成したものであり、画期的な免疫療法の発見と新薬開発までの過程を貴重なエピソードをまじえてわかりやすく簡潔に解説しています。

本書で解説された研究を論理的に整理するとつぎのようになります。

生命科学者のこれまでの研究により、遺伝子の突然変異によりがん細胞が生じるという事実があきらかになっていました。しかし人間だれしも免疫系をもっており、それによってがん細胞は通常は消滅します。それにもかかわらずがんという病気があるのは、免疫系の力をがん細胞がおさえこむ仕組みをもっているからではないだろうかと本庶さんらはかんがえました。

  • 事実:突然変異によりがん細胞が生じる。
  • 前提:人間だれしも免疫系をもっている。
  • 仮説:免疫系の力をおさえこむ仕組みをがん細胞がもっているのではなだろうか。

〈事実→前提→仮説〉とすすむ論理は仮説法です。

そしてもし、この仮説がただしいとすると、免疫系の力をおさえこむ物質(ブレーキ役の物質)をつきとめて、それをブロックする薬を開発すればがんにきく(がん細胞に対して免疫系がはたらくようになる)だろうと予想しました。

  • 前提:人間だれしも免疫系をもっている。
  • 仮説:免疫系の力をおさえこむ仕組みをがん細胞がもっているのではなだろうか。
  • 予想:免疫系の力をおさえこむ物質(ブレーキ役の物質)をつきとめ、それをブロックする薬を開発すればがんにきくだろう。

〈前提→仮説→予想〉とすすむ論理は推論であり演繹法です。

臨床試験をおこなったところ予想がただしかったことがデータによってしめされました。予想が事実になりました。仮説が実証されました。このように仮説をたて推論し急所にいどむのが科学的方法であり、「PDー1をブロックする薬はがんに絶対効く」という本庶さんの確信にそれが象徴的にあらわれていました。

PDー1は、免疫細胞のはたらきに「ストップ」を命じるブレーキのような機能をもつ分子であり、PDー1をブロックする薬がニボルマブであり、日本では、2014年7月に薬事承認され、商品名「オプジーボ」として同年9月に発売が開始されました。

これは、その人がもともともっている免疫力をつかってがんをやっつける方法であり、このような免疫療法ががんに効果があることを実証したということはがん治療におけるパラダイムシフトとなりました。

今後、データがさらに蓄積していけば、今度は、帰納法によってもっと本質的なことがあきらかになるでしょう。現在、「免疫系・神経系・代謝系が実はつながっている」ことがあきらになりつつあり、「生命体系全体を見る生物学の方向にもう一度立ち帰ることで、面白い研究が出て来そうな気がしています」と本庶さんはのべています。あたらしい生物学が展望でき、このような実践的な研究方法は「アクションリサーチ」といってもよいでしょう。

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▼ 注
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▼ 参考文献
本庶佑・立花隆著『祝・ノーベル賞受賞特別対談 がんを消す免疫薬の真実』(文春e-Books)Kindle版、文藝春秋、2018年