2020
05.26

人間の情報処理

情報処理

人間は情報処理をする存在です。感覚器はインプット、脳はプロセシング、声帯や手足はアウトプットの機能をもちます。総合的な処理が、体の健康と心の安定をもたらします。

『体と体質の科学 感覚』(Kindle版、ニュートンプレス)は、人間の感覚と身体のしくみについてわかりやすく解説しています(注1)。わたしたち人間は、外界(環境)の情報を感覚器でとらえ、それに応じて文字を書いたり歌をうたったり行動したりします。今回は、目や耳や舌などから情報を内面にとりいれ、それを処理するしくみについてかんがえます。

視覚

人は、外から入ってきた光を「角膜」と「水晶体」というレンズを使って屈折させ、眼球の内側に広がる「網膜」というフィルムに写しだすことで物を見ている。

レンズで屈折した光が、網膜上で、ピント(焦点)がただしくあったときははっきり物をみることがでます。しかしピントが、網膜の手前であうと「近視」になり、とおくの物がぼやけてみえ、その逆に、網膜よりもうしろにピントがずれると「遠視」になります。

目は、光をうける器官であり、光にのってきた情報をとりいれる重要な機能をもちます。

聴覚と声

音とは空気の振動だ。耳から入ってきた音(振動)は、鼓膜を通して蝸牛に伝わる。蝸牛の内部には、音の振動を感じる細胞がうずまきに沿って並んでいる。うずまき状の構造により、高い音では蝸牛の入り口のほうの細胞に、逆に低い音では蝸牛の奥のほうの細胞に、よく振動が伝わる。このことを利用し、振動を感じる場所のちがいから、音の高さを聞き分けていると考えられている。

音の高さの情報は、脳の「1次聴覚野」という部位に伝わり、処理される。脳で処理されてはじめて、わたしたちは音が聞こえたと感じる。

このように、音とは、もともとは空気振動であり、空気振動が鼓膜を振動させ、それが蝸牛につたわり、電気信号に振動は変換され、それが神経をとおって脳に伝達され、それを脳が処理して音がきこえたと感じます。

つまり、音がきこえたと感じるときには、空気振動を耳がうける段階と、電気信号を脳が処理する段階という2段階のはたらきが生じています。耳は振動の「受信装置」、脳は電気信号の「処理装置」とかんがえるとわかりやすいでしょう。わたしたちは耳ではなく脳できいていたというわけです。

私たちが歌を歌うとき、脳から発声にかかわる筋肉に対して指令がでる。声の発生源は、のどにある「声帯」だ。声帯は肺に出入りする空気の門の役割を果たしている。声帯の開きぐあいを調節することで、肺から出る空気が振動し、音の高低が生じる。さらに口や舌の形をかえることで声が変化する。これを連続的に行うことで、歌が生まれるのだ。

脳は、なんらかの情報を処理すると、発生器官の筋肉に指令をだします。すると声の発生源である声帯が調整されて声や歌がうまれます。脳は「処理装置」であるのに対し、声帯は「発信装置」であるとかんがえてよいでしょう。声帯の空気の通り道を「声門裂」といい、声帯をひきのばして声門裂をうすくながくするほど高い音がでます。

わたしたちは、他者の声をきくとともに、自分の声もきいています。たとえば歌をうたうとき、周囲の音をきき、自分の声をきき、ただしいたかさの声をだします。自分がだしている声のたかさや音程を自分自身でチェックすることを「内的フィードバック」といいます。たとえば「ド」のたかさの音をピアノでだしたとき、おなじたかさの声がだせ、かつおなじたかさの音でうたえたという認識が本人にあれば、内的フィードバックがただしくできていることになります。できないと「音痴」ということになります。

ただしい音程でうたえる技能はうまれつきではなく、学習によって習得するものであり、音痴は、生理的欠陥によるものではありません。

したがってみずから発信した声(音、情報)をみずから受信し、チェックする訓練が重要です。

平衡感覚

耳には、平衡感覚を感じる二つの器官がある。「半規管」と「耳石器」である。前者はリンパ液の動きを利用して体の回転を検出し、後者はゼリー状の物質の上にのった “石”(平衡石)の動きによって、傾きや移動を検出する。

目からも動きの情報は伝えられている。

耳が感じた動きと目で感じた動きが矛盾したときに自律神経のバランスがくずれ、「乗り物酔い」が発生します。

たとえばのっていた車がカーブしたときに、耳は、動いたと脳に伝達し、車内をみている目は、動いていないという情報を脳につたえた場合、この不一致が酔いにつながります。あるいは映画をみていて、目からは、動いたという情報がはいってきて、耳からは、動いていないという情報がはいってきた場合に「映画酔い」が生じることがあります。このような説明を「感覚矛盾説」といい、「ビル酔い」や「宇宙酔い」も同様に解釈できます。

また過去の経験と、感覚器からはいる複数の感覚情報のくみあわせとが矛盾した場合にも乗り物酔いがおきます。たとえばながく船にのっていると、船上でのうごきが脳に記憶されて徐々に酔わなくなります。しかし陸上にあがると、船上とはちがったうごきの感覚が脳に入るため「陸酔い」がおこります。

複数の感覚が、ことなる矛盾する情報を脳につたえたとき、あるいは記憶とはちがった動きを感じたときに、脳における情報処理が破綻して酔いが生じ、最終的には嘔吐にいたります。

方向感覚

実験を行うと、被験者の中でも鳥瞰図的なイメージがすぐにわく人と、わかない人に分かれるという。鳥瞰図的なイメージがわくと迷いにくくなり、道をショートカットして近道をしたりといったこともできるようになる。

ある道を1回とおっただけだと目でみたことしかわかりませんが、何回もとおると、あたかも上空からみわたしたような鳥瞰図的なイメージがもてるようになり、方向もわかり、道にまよわなくなります。

またその地域において、目印となるポイント、たとえば塔とか橋とか交差点とか商店とかをおぼえておくとまよいにくくなります。

したがって方向オンチを克服するには、どこかへでかけたら鳥瞰的イメージをえがき、目印となる物をみつけて記憶するのがよいです。また日ごろから地図をじっくりみるようにします。

たとえば地下鉄の駅から地上にでたとき、みしらぬ土地にいったときに、鳥瞰的イメージ訓練と目印ポイント記憶訓練をくみあわせてやってみます。そして地図で確認します。

味覚

舌には、「味蕾(みらい)」という小さな味覚センサーがある。0.05〜0.08ミリメートルの小さな組織で、顕微鏡で蕾(つぼみ)のように見えるため、この名がある。

味蕾にある「味細胞」の先端には、基本味に対する「受容体」がある。受容体でそれぞれの味に対応する物質を受け取り、その信号が味細胞に接した「味覚神経」に伝えられる。その信号が最終的に脳へと送られ、味を感じるのだ。

味蕾は、舌以外にもあり、軟口蓋(なんこうがい、口腔内の天井のうち、やわらかい部分)や咽頭(のど)の一部にも分布しています。“のどごし” という言葉があるようにわたしたちはのどでも味を感じとります。

また基本味とはつぎの5つです。

  • 甘味:砂糖やブドウ糖など、生命のエネルギー源に対する味。
  • うま味:グルタミン酸やイノシン酸といった生命活動に重要なアミノ酸や核酸に対する味。
  • 塩味:塩化ナトリウム(食塩の主成分)という、生命活動に必須なミネラルに対する味。
  • 酸味:クエン酸(かんきつ類にふくまれる有機酸)のような体に有益な酸に対する味であるとともに、腐敗した食物の味。
  • 苦味:基本的には、有害な物質や毒物に対する味。

ただし味は、味細胞でうけとる5つの基本味だけでつくられるのではなく、触感や食感・歯ざわり・温度、そして食物の揮発成分が口から鼻にぬけるときに感じる匂いも味の要素です。

なお辛味は、一般的には味とおもわれていますが、じつは味ではなく痛みや熱であり、痛覚や温覚などをつたえる「三叉神経(さんさしんけい)」によって脳につたえられます。トウガラシなどを口にいれると、辛味物質「カプサイシン」が舌の表面から内部に浸透していき、三叉神経の末端に到達します。辛さを感じるまでに多少の時間がかかるのは浸透に時間がかかるためです。またカプサイシンは舌の内部まで浸透するため、水で口をゆすいでも辛味はなかなかきえません。三叉神経の末端には、カプサイシンと結合する受容体があり、この受容体は本来は温度センサーです。そしてその情報は電気信号になって脳におくられ、脳で、辛味として認識されます。英語で辛さを「hot」というのは科学的に妥当な表現だといえます。

また “あぶら” つまり脂肪もじつは味ではありません。マグロのトロ、霜降り肉、ラーメンの汁、ケーキ(乳脂肪)など、あぶらによって食べ物はさらにおいしくなり、やみつきになります。しかし純粋なあぶらには味も匂いもありません。あぶらは舌で受容されると、幸福感や快感をもたらす脳内物質を誘発し、たべた物のおいしさを増強します。おいしい料理をたべて「しあわせ」という人がでるのはこのためです。しかし快感におぼれて健康を害する人もいます。

“別腹” でも脳内物質が重要です。あまい物には目がない人は、腹一杯食事をしてもケーキがでてくるとたべてしまいます。あまいものがすきな人はあまい物をみただけで摂食促進物質「オレキシン」が脳内で分泌され、食欲がうながされます。するとあらたなスペースが胃に生じ、別腹となります。

「おいしい」ということには、食べ物そのものや舌よりも脳のしくみがおおきな役割をはたしていることがわかりました。健康をたもつためには食べ物の調整をするとともに、生活様式(ライフスタイル)や人生観についてもかんがえなおさなければなりません。

食欲

脳の大部分を占めている大脳の下に「視床下部」という場所がある。この視床下部に、空腹感を生みだす神経細胞が集まった「摂食中枢」、その下あたりに、満腹感を生みだす神経細胞が集まった「満腹中枢」がある。

摂食中枢や満腹中枢にはたらきかけるのは、体内の栄養状態や胃のふくらみの情報だけではなく、「食欲をそそる」という言葉があるように、視覚・嗅覚・味覚の情報も摂食中枢の神経細胞を刺激し、反対に、みた目・匂い・味がわるければ食欲はうしなわれます。

やめなければならないのに、ついついたべつづけてしまう「やみつき」があります。「スナック菓子などのように、一口あたりのかむ時間が短くてすむ」食べ物はやみつきになります。食べ物をもっとほしいと要求させる脳内物質に「ドーパミン」があり、これは、脳の報酬系(もっとたべたいと要求する気持ちをおこす脳内回路)のはたらきを活発にし、報酬系から摂食中枢に信号がおくられ、食べ物をえるための行動をおこさせます。食べ物をかんでいるあいだは別の物質のはたらきにおされてドーパミンのはたらきはよわまります。したがってなるべくながくかめる物を選択し、かむ時間をながくすることによってやみつきから開放されます。

このように、食欲のしくみがわかると健康のための対策も具体的にたてられます。

以上みてきたように、目・耳・舌などは、外界(環境)から情報をうける器官であり、脳は、おくられてきた信号を処理する器官であり、声帯などは、外界(環境)へ情報を発する器官です。

たとえば聴覚についてみると、音とは、もともとは空気振動であり、空気振動を耳がとらえると、それが、電気信号に変換されて、神経をとおって脳におくられ、信号を脳が処理すると音がきこえたと感じます。つまり、空気振動そのものに音がついているわけではなく、音は脳で生じています。わたしたちは脳で きいているといってもよいでしょう。

同様なことは視覚についてもいえ、目で、光(電磁波)をとらえると、電気信号にそれが変換されて、神経をとおって脳におくられ、それを脳が処理すると物がみえたと感じます。映像は脳で生じています。脳で みているといってもよいでしょう。そのときに色もみえますが、電磁波そのものに色がついているわけではなく、色も脳で生じています。

味覚も同様です。舌で、物質をとらえると、信号が神経をとおって脳におくられ、脳が処理すると味を感じます。味は脳で生じています。

そして信号が脳で処理されると、処理結果を他者につたえるために、たとえば声を発します。そのとき脳は、発生器官の筋肉に指令をだし、声帯が調整されて声がでます。あるいは手で文を書きます。足をつかって行動します。

このように、目・耳・舌などの感覚器、脳、声帯・手足によって、わたしたち人間は、情報のインプット、プロセシング、アウトプットをおこなっており、基本的に人間は、情報処理をする存在であるといえます(図)。

情報処理のモデル
図 情報処理のモデル

人間の能力とはけっきょくこのような情報処理能力であり、〈インプット→プロセシング→アウトプット〉をまずは自覚するだけでも日々の生活がかわってきます。

このような観点にたつと現代の学校教育は、情報のインプット(よむ・きく)と暗記にかたよりすぎていてアンバランスです。そもそも情報処理が自覚できていません。情報処理は、コンピューターがやるものだとおもっている人がいますが、コンピューターは、人間の情報処理を補助する道具であり、人間が主、コンピューターが従です。そうでないと機械に人間が支配されます。人間主体の情報処理がもとめられます。

また たとえば、わたしたちが料理をたべるとき、味だけでなく、見た目・匂い・食感・歯ざわり・温度、さらに「辛さ」「あぶら」など、さまざまな情報をくみあわせて複合的に情報を処理して「おいしい」と感じます。情報処理は、あらゆる感覚を全開にして総合的におこなったほうが効果があがります。

逆に、さまざまな情報が不調和で、情報処理に矛盾が生じると、酔い・嘔吐・ストレスなど、心身に異常があらわれます。

わたしはかつて、文化人類学者の広瀬浩二郎さん(国立民族学博物館)の講演をきいたことがあります(注2)。広瀬さんは、目が不自由なため、聴覚・嗅覚・触覚・味覚・体性感覚など、もっている感覚を総動員して調査・研究をすすめておられました。まさに、総合的な情報処理の実践者です。

対して、わたしたちおおくの人間は、視覚と聴覚にかたよった生活をしており、総合的な情報処理がうまくできていません。このことが、心身のアンバランスにもつながります。

わたしたちも、情報処理のしくみを理解し、バランスのいい総合的な情報処理をしなければなりません。それが、体の健康と心の安定、健全な人生をもたらすのでしょう。

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目隠しをして感覚をとぎすます
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▼ 注1:参考文献
『体と体質の科学 感覚』(Kindle版)ニュートンプレス、2016年

▼ 注2
すべての感覚を大きくひらいて情報処理をすすめる - 広瀬浩二郎著『触る門には福来たる』-