東北地方と南九州・沖縄には縄文人がおおく、近畿地方と四国には渡来人がおおく、これら以外の地域では混血がよくすすみました。本質的・一般的な知見が仮説の検証によってもたらされます。
「47都道府県人のゲノムが明かす日本人の起源」について『日経サイエンス』2021年8月号が解説しています(注)。
近年、現代人と数千年前の人骨のゲノムをおなじ精度で解析できるようになり、日本人の起源や縄文人(先住民)と渡来人の混血の過程がくわしくわかるようになりました。
国立遺伝学研究所と国立科学博物館などのグループは、日本列島にくらす人々の起源をさぐる「ヤポネシアゲノム」という研究プロジェクトをすすめており、「ヤポネシア」とは、ラテン語で日本を意味する「ヤポニア」を島々を意味する「ネシア」とつなげた造語であり、日本という国が成立する以前の人類史をあきらかにしつつあります。
今回は、ヤフー株式会社がおこなった「遺伝子検査サービス」事業でえられた全国47都道府県の1万1000人のゲノムデータ(県名だけをのこして匿名化)を大橋順・東京大学教授が解析しました。
主成分分析をおこない、平面上に結果をあらわしたのが下の図です。現代日本人の遺伝的な特徴には縄文人(先住民)と渡来人の混血がおおきな影響をおよぼしており、番号は、都道府県を、縦軸は、各都道府県の地理上の位置を、横軸は、ゲノムにふくまれる縄文人由来の成分の割合をしめしています。
日経サイエンス 2021.08号
*
この図によると、もっとも縄文人にちかいのは沖縄であり、突出しています。つぎは鹿児島であり、これもやや突出しています。そのつぎは青森・岩手、福岡・佐賀・長崎・大分・熊本・宮﨑・山口です。逆に、渡来人にちかいのは、滋賀・三重・京都・奈良・和歌山・大阪・兵庫、香川・徳島・愛媛・高知です。
つまり、日本列島の南部(鹿児島・沖縄)と北部(青森・岩手)では縄文人がおおく、近畿地方と四国地方では渡来人がおおく、これら以外の地域では混血が比較的すすんでいるといえます。考古学的・歴史学的にみても近畿地方に渡来人がおおいというのはよくわかりますが、四国地方も渡来人がおおいということは意外です。また今回の北海道のデータにはアイヌ人はまったくふくまれていませんが、アイヌ人のデータがえられれば縄文人の傾向を沖縄と同様にしめす可能性があります。
また渡来人は、朝鮮半島からやってきて九州北部に上陸したとかんがえられますが、九州北部は渡来人がそれほどおおくなく、したがって渡来人のおおくは、九州北部にはあまり定着せずに近畿地方あるいは四国地方へ移住したのではないかとかんがえられます。
そして日本列島を全体的にみわたせば縄文人と渡来人の混血は結構すすんでおり、混血がすすんだということは、先住民(縄文人)を渡来人がほろぼしたり隔離したりすることはなかったということであり、これは、侵略者が先住民を絶滅させたり支配したり管理したりする大陸でよくみられる事例とはことなります。縄文人のムラ社会をいかしつつ、大陸の文明をとりいれながら発展した日本社会の特徴は現代日本の組織運営にもあらわれているのではないでしょうか。
それでは、渡来人とは何者だったのでしょうか?
考古学者は、水田稲作は、中国南部・長江流域で約7000年前にはじまり、いったん北方へむかい、山東半島から、朝鮮半島南部をへて九州北部へ約3100年前に伝来したのではないかという仮説をたてています。現代の日本人には酒によわい人々がおり、この遺伝子の変異をもつ人の割合は近畿地方でおおく、東北地方と南九州ではすくなく、渡来人によってもちこまれた可能性が指摘されています。一方、中国・長江流域には、これとおなじ遺伝子の変異をもつ人々がおり、長江流域あるいは山東半島の集団が稲作文化とともに日本列島に渡来したのではないかという仮説がたてられます。今後、ゲノム解析による検証が期待されます。
ただし渡来人は、まとまって一度にやってきたのではなく、ながい期間をかけて連続的にやってきたようです。人類学者の篠田謙一さんらによると、「渡来人の流入は弥生時代以降もさらに続いた可能性が高いが、遅くとも鎌倉時代までには終わっていた」ということです。
ルーツのことなる縄文人(先住民)と渡来人の混血がすすみ、現代日本人の基礎ができたとする仮説は人類学者・埴原和郎が「二重構造モデル」として1980年代後半に提唱し、今日、あたらしいゲノム解析技術が開発されたことにより、仮説が実証されるとともにあらたなデータが蓄積され、石器時代から古代にいたる歴史が解明され、また東アジア全体をみわたした人類史もあきらかになりつつあります。仮説の検証とは帰納法の実践であり、仮説をただ証明するだけでなく、もっと本質的・一般的なことをあきらかにしていきます。
▼ 関連記事
アイヌ・琉球同系説 -「縄文遺伝子 × 考古学」(科学 2022.02号)
弥生人と日本人 - 企画展「砂丘に眠る弥生人 - 山口県土井ヶ浜遺跡の半世紀 -」(国立科学博物館)-
インプットと堆積 -「日本人はどこから来たのか?」(Newton 2017.12号)-
系統学で歴史をしる -「生物たちの意外な親戚関係」(Newton 2020.08号)-
梅原猛『日本の深層』をよむ(その1. 東北の旅)
梅原猛『日本の深層』をよむ(その2. 熊野)
▼ 注:参考文献
出村政彬「特集ヤポネシア:47都道府県人のゲノムが明かす日本人の起源」日経サイエンス, pp.30-37, 2021年8月