現場を観察します。プレート運動を前提にして仮説をたてます。ヒマラヤ山脈の形成を理解するために役だちます。
特別展「みどころ沢山!かながわの大地」が生命の星・地球博物館で開催されています(注)。神奈川県の地質について、地層・岩石・化石の標本を展示するとともに、現場で収録した動画をつかって学芸員が解説しています。また常設展示室2階にも関連展示があり、あわせてみると理解がふかまります。
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丹沢山地の位置
「小仏層群の粘板岩」は、神奈川県内でもっともふるい地層群のひとつである小仏層群(約1億年〜6600万年前)に属する岩石であり、堆積岩が、よわい変成作用をうけてできたものです。小仏層群は、日本列島の骨格をなす地質体のひとつである「四万十帯」に属します。
「トーナル岩」は、マグマが地下ふかくでゆっくりひえてかたまった岩石(深成岩)であり、丹沢山地でみられます。
「ベスブ石」は、丹沢層群大山亜層群の石灰岩とトーナル岩のマグマとが反応してできた石です。
「紅れん片岩」は、丹沢層群塔ヶ岳亜層群の凝灰岩が、約500万年前のトーナル岩のマグマの熱によって変成した変成岩です。
「足柄層群塩沢層の露頭型取り標本」は、足柄層群塩沢層にみられる まるい礫を主体とする礫岩層であり、丹沢山地からながれてきたトーナル岩の礫をふくみます。
「ハマグリの密集層」は、足柄層群塩沢層からみつかったハマグリの化石(浅海成の貝化石)であり、ハマグリの生息環境は内湾砂底であり、その内湾を「古足柄湾」ということがあります。
「カキ礁化石のブロック」は、足柄層群塩沢層からみつかったマガキが密集したカキ礁の化石であり、カキ礁とはマガキ同士が干潟で固着してできる礁です。
「アケボノゾウ」は、足柄層群塩沢層からみつかったゾウの化石であり、扇状地性の(陸上で堆積した)礫層からみつかりました。
「酒匂川(さかわがわ)のトーナル岩礫」は、現在の酒匂川の河床でみつかる、丹沢山地からながれてきたトーナル岩の礫です。
「強羅付近の地下のカルデラ湖の堆積物」は、現在の強羅付近で約6.6万年前におこった爆発的な噴火によりできたカルデラ湖の底にたまった堆積物です。そのカルデラ湖は、約4万年前の先神山の山体崩壊でうめられ、泥の地層が地下にのこり、この地層は水をとおしにくく温泉をとじこめる効果があるため、これをほりぬくことで良質の温泉を地下から採取することができます。
「日本列島周辺のプレート運動」は、年間数cmから10数cmの速度で移動するプレート(厚さ約100kmのかたい岩盤)の運動を模式的にしめした図であり、北米プレートとユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートがしずみこんでいます。
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このように、神奈川県内でもっともふるい地層は小仏層群であり、つづいて、丹沢層群、足柄層群、箱根火山岩類の順に形成されました。
小仏層群は、砂岩や粘板岩(砂や泥・粘土がつみかさなってできた堆積岩)からなり、中生代白亜紀〜新生代古第三紀(約9000〜3000万年前)にかけてユーラシア大陸の東のはしでできた地層です。
そして注目すべきは丹沢山地のトーナル岩であり、これは花崗岩類の一種であり、地下深部でマグマがゆっくりかたまってできた深成岩です。
このマグマの熱の影響を丹沢層群の岩石がうけて変成岩も形成されています。変成作用により、岩石のなかにもともとあった鉱物が別の鉱物にかわっています。紅れん片岩のほかに、角閃岩や結晶質石灰岩・ホルンフェルスといった変成岩も分布します。
それではこのような深成岩体が現在は地表でみられるのはどういうわけでしょうか?
そこでプレート運動(プレートテクトニクス)を前提にして仮説をたてることができます。プレートテクトニクスによると、フィリピン海プレートは北北西方向へ移動しており、そのうえにのっている島々も北北西にむかって移動しています。現在の伊豆半島も、かつてはフィリピン海プレート上の「伊豆地塊」で南方にあったのであり、日本列島にこれが接近、衝突したとされます。
したがってその衝突のときに、その北部にあった衝突された陸地はおおきく隆起し、そこが丹沢山地になったのではないかという仮説がたてられます。もともとは地下深部にあった深成岩体も上昇します。
- 事実:地層・岩石・化石などのデータ(データとは事実を記載したもの)
- 前提:プレート運動
- 仮説:衝突説(伊豆地塊が日本列島に衝突して丹沢が隆起したのではないだろうか)
もしそうだとすると、そこが山地になると、今度は、侵食作用がはじまります。丹沢山地は浸食をうけ、その岩石が下流へながれるだろうと予想できます。
- 前提:プレート運動
- 仮説:衝突説
- 予想:丹沢山地は侵食され、その岩石が下流にながれるだろう。
あらためて展示標本をみなおすと、形成時代がよりあたらしい足柄層群塩沢層に丹沢山地からながれてきたトーナル岩の礫がふくまれています。隆起、侵食の証拠です。足柄層群塩沢層の礫岩層は約100年前にできたものであるので、伊豆地塊の衝突もそのころおこったとかんがえられます。
あるいは現在の酒匂川の河床では白っぽい石をたくさんみつけることができ、これが、隆起した丹沢山地からながれてきたトーナル岩です。おおくのトーナル岩を丹沢山地が供給していることがわかります。
また足柄層群の畑層からは、キララガイやソデガイの仲間など、深海性の貝化石がみつかり、これらは、水深300m〜100mの細砂泥の環境がかつてはここにあったことをしめします。畑層の上位の(畑層よりもあたらしい)塩沢層の砂岩層からは、ハマグリやマガキなど、浅海成の貝化石がみつかり、「古足柄湾」がかつてはひろがっていたことがわかります。マガキが密集したカキ礁の化石もみつかり、カキ礁とはマガキ同士が干潟で固着してできる礁です。さらに、塩沢層の上部(ハマグリなどをふくむ砂岩層の上)では礫主体の地層へ変化し、海から陸上へ堆積の場がうつりかわり、扇状地が形成されたことがわかります。この扇状地性の礫層からは、炭化した材化石やアケボノゾウの化石がみつかっています。
このように、足柄層群の畑層そして塩沢層をみると、深海から浅海へ、そして陸上へと、しだいに地層が隆起したことがわかります。伊豆地塊の衝突の前には、日本列島と伊豆地塊のあいだに海がありましたが、衝突により、海底(衝突帯)がしだいに隆起して陸になり、それとともに丹沢も隆起し、伊豆地塊は伊豆半島になったと想像できます。
そしてもっとあとの時代になってから箱根火山の大噴火がはじまりました。伊豆・丹沢・箱根は世界有数の大変動帯といってよいでしょう。
この衝突説は、規模はことなりますが、インド亜大陸をのせたインドプレートがユーラシアプレートの下にしずみこむ運動により、インド亜大陸とユーラシア大陸が衝突してヒマラヤ山脈ができたことを理解するために役だちます。衝突の前には、インド亜大陸とユーラシア大陸のあいだにも「テチス海」という海がありました。
対応関係はつぎのとおりです。
- フィリピン海プレート:インドプレート
- ユーラシアプレート:北米プレート・ユーラシアプレート
- 伊豆地塊:インド亜大陸
- 古足柄湾:テチス海
- 丹沢山地:ヒマラヤ山脈
今回の特別展は、大量の断片的情報をまえにして、専門家ではない一般の人にとっては何だかよくわからない、時間をかけた割には記憶にもあまりのこらないということがあったかもしれません。
また生命の星・地球博物館館長の平田大二さんは、「今、学校教育の場では地学の学習が非常に少なくなってきています。地震や火山噴火、気象などの自然現象を学ぶことは、災害から身を守ることにもつながります」とのべています。
そこで実物を観察して仮説をたて検証する、つまり推理をすることによって、たくさんの情報が処理でき、たのしく地学がまなべ、そして地学の重要性にも気づくことができるでしょう。今回のような特別展がそのきっかけになれば幸いです。
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▼ 注
特別展「みどころ沢山!かながわの大地」
会場:神奈川県立 生命の星・地球博物館
会期:2022年7月16日〜11月6日
※ 写真撮影が許可されています。
※ 刊行物
▼ 参考文献
田口公即ほか著『みどころ沢山!かながわの大地』(展示解説書)生命の星・地球博物館発行、2022年
木村学著・大木勇人著『図解 プレートテクトニクス入門 - なぜ動くのか? 原理から学ぶ地球のからくり-』(ブルーバックス)、講談社、2013年
奥野幸道著『丹沢今昔 山と沢に魅せられて』有隣堂、2004年
三宅岳著『ヤマケイアルペンガイド 丹沢』山と溪谷社、2020年