2021
10.08
弥勒

ガンダーラから日本へ -「みろく ―終わりの彼方 弥勒の世界―」(東京藝大美術館)-

文明

ガンダーラは仏教伝来の中継地でした。ガンダーラで仏像がうまれました。中国大陸をへて日本にまでつたわりました。

展覧会「みろく ―終わりの彼方 弥勒の世界―」が東京藝術大学大学美術館で開催されています(注1)。ガンダーラから日本へ、大乗仏教伝来の道をたどります。

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位置図
位置図(Googleマップによる)
(ガンダーラは現ペシャワールのあたり)
「みろく」会場
展覧会会場(彼方をのぞむ)
戦車に乗る太陽神を表した柱頭
戦車に乗る太陽神を表した柱頭
(2-3 世紀、ガンダーラ、パキスタン、片岩)
弥勒菩薩坐像
弥勒菩薩坐像
(2-3 世紀、ガンダーラ、パキスタン、片岩)
バラモン形菩薩頭部
バラモン形菩薩頭部
(2-3 世紀、ガンダーラ、パキスタン、片岩)
弥勒菩薩交脚像
弥勒菩薩交脚像
(3-4 世紀、ガンダーラ、パキスタン、片岩)
仏陀坐像
仏陀坐像
(3-4 世紀、ガンダーラ、パキスタン)
弥勒菩薩礼拝図
弥勒菩薩礼拝図
(3-4 世紀、ガンダーラ、パキスタン、片岩)
バーミヤンE窟仏龕及び天井壁画《青の弥勒》想定復元
バーミヤンE窟仏龕及び天井壁画《青の弥勒》想定復元
([7世紀中頃、アフガニスタン]2021年復元、スーパークローン文化財)
バーミヤンE窟仏龕及び天井壁画《青の弥勒》想定復元
同上
バーミヤン東大仏仏龕 模型
(アフガニスタン)
敦煌莫高窟第275窟 弥勒菩薩交脚像 再現(70%縮小、5 世紀、中国、スーパークローン文化財)
敦煌莫高窟第275窟 弥勒菩薩交脚像 再現
(70%縮小、5 世紀、中国、スーパークローン文化財)
敦煌莫高窟第57窟 想定復元(7世紀、中国、スーパークローン文化財)
敦煌莫高窟第57窟 想定復元
(7世紀、中国、スーパークローン文化財)
弥勒三尊像(557年、中国、白大理石・彩色)
弥勒三尊像
(557年、中国、白大理石・彩色)
東大寺中性院弥勒菩薩立像 模刻(1190-1199年、日本、檜・漆箔)
東大寺中性院弥勒菩薩立像 模刻
(1190-1199年、日本、檜・漆箔)
法相祖師像彩絵 厨子扉絵(鎌倉時代 13世紀中頃、日本、板地彩色)
法相祖師像彩絵 厨子扉絵
(鎌倉時代 13世紀中頃、日本、板地彩色)

「戦車に乗る太陽神を表した柱頭」(2-3 世紀、ガンダーラ)は、仏塔や祠堂の壁面を荘厳した飾り柱の柱頭部分であり、太陽神と暁の女神たちをあらわしています。

「弥勒菩薩坐像」(2-3 世紀、ガンダーラ)は、祭祀(バラモン)階級の大家にうまれた弥勒(みろく)が、バラモンのように髻(たぶさ、もとどり)を頭頂につくり、聖水のはいった水瓶(カマンダル)をもつ坐像であり、ガンダーラでは造像当初よりこの姿が厳格にまもられました。

「バラモン形菩薩頭部」(2-3 世紀、ガンダーラ)は、弥勒菩薩とかんがえられます。経典(『仏陀の境涯』第3章)には、「菩薩が生まれるのは、必ず祭司階級(バラモン)か、戦士貴族階級(クシャトリヤ)の二つの家系のどちらかである」とあり、ガンダーラでは出身階級により像容にちがいがあり、王の子(戦士貴族階級)のゴータマブッダ(仏陀)とはことなり祭司階級にうまれた弥勒は髪をゆいます。階級による像容のちがいは、アーリア世界(インド亜大陸)をこえた外の世界では理解されずなくなります。

「弥勒菩薩交脚像」(3-4 世紀、ガンダーラ)は、足首をまじえた弥勒菩薩の交脚像であり、交脚は、インド・スキタイ王マウエス、クシャーン朝ウェーマ・カドフィセス、フフィシュカなどが発行したコインなどにみられる遊牧民王侯の坐法であり、弥勒や観音などの菩薩像にガンダーラではみられます。

「仏陀坐像」(3-4 世紀、ガンダーラ)は、ガンダーラに典型的な仏陀像です。イラン系遊牧民王朝であるクシャーン朝(1世紀〜3世紀頃)の第3代の王ヴィーマ=カドピセス治下のガンダーラではじめて仏陀像がつくられたといわれます。円形の頭光背をつけ、右手は、掌をひらいて正面にむけた施無畏印(せむいいん)、左手は、衣の一端をとる姿が特徴的です。頭光背には、鋸歯文(きょしもん)や放光表現があらわされることがおおく、これは、仏陀と太陽神がふかい関係にあったことをしめし、仏陀が悟りをひらく瞬間も初説法のときも日の出と関係づけられています。

「弥勒菩薩礼拝図」(3-4 世紀、ガンダーラ)は、結跏趺坐した弥勒菩薩を供養者と飛天が礼拝する場面をあらわした浮彫であり、菩薩の頭上にあるのは古代世界で王権の象徴であった日傘です。経典によると、弥勒菩薩は、釈迦牟尼仏陀(ブッダ)の入滅後56億7千万年後にこの世にあらわれるとされる未来仏です。現在は、兜率天で説法しているとかんがえられています。

「バーミヤンE窟仏龕及び天井壁画《青の弥勒》想定復元」(7世紀中頃、アフガニスタン)は、スーパークローン技術で再現したバーミアンE窟の仏龕(ぶつがん)上部です。バーミアンE窟は、「東大仏」が刻出された磨崖の西90mほどのところに位置し、内戦で破壊される前は、仏龕天頂部と肩のはりだした部分に壁画のこっており、今回、壁画を再現し、ラピスラズリの青が印象的な弥勒菩薩像を《青の弥勒》と名づけました。

「バーミヤン東大仏仏龕 模型」は、旧タリバン政権によって2001年に破壊された「東大仏」の破壊直前の復元模型です。バーミヤンは、アフガニスタンの首都カブールの西北西、ヒンドゥークシュ山脈の山中(標高2800m)に位置し、石窟仏教寺院が1~13世紀に開削され、1000以上もの石窟が発見されており、なかでも、5~6世紀頃に崖面をくりぬいてつくられた たかさ38mの「東大仏」と55mの「西大仏」の2体の巨大仏像は有名でした。しかし1979年、ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻によって被害をうけ、さらに2001年、旧タリバン政権によって2体の大仏が破壊されました。2003年、世界文化遺産登録と同時に危機遺産リストに登録されました。

「敦煌莫高窟第275窟 弥勒菩薩交脚像 再現」(5 世紀、中国)は、敦煌の莫高窟でもっともふる時代に属す交脚像で、ガンダーラでは観音だけにみられた化仏(けぶつ)を冠飾につけていますが弥勒菩薩であるとかんがえられます。敦煌は、西域と河西回廊をむすぶシルクロードの要衝でした。

「敦煌莫高窟第57窟 想定復元」(7世紀、中国)は、スーパークローン技術をつかって第57窟全体を想定復元したものであり、中にはいると臨場感が味わえます。火陥光背をおう塑像の仏陀坐像を主尊とし、左右に、比丘(びく)・菩薩・飛天を配しています。

「弥勒三尊像」(557年、中国)は、中尊は、半跏思惟の姿をとり、その背後には2本の樹木を光背のようにし、枝莱の前には仏塔や飛天などが舞い、脇侍には菩畦、基壇の正面には、香炉をささえる力士や獅子などが配されます。

「東大寺中性院弥勒菩薩立像 模刻」(1190-1199年、日本)は、鎌倉時代初頭における宋様摂取の代表的な作例であり、像内からとりだされた納入品の断片が『弥勒上生経(みろくじょうしょうきょう)』であったことから、本像は弥勒菩薩であることが判明しました。像容には、弥勒を始祖とする法相宗(ほっそうしゅう)大本山のひとつ興福寺に伝来した像に共通する点がみられます。

「法相祖師像彩絵 厨子扉絵」(鎌倉時代 13世紀中頃、日本)は、弥勒菩薩像を安置していたとかんがえられる黒漆塗り宝形造厨子(ほうぎょうづくりずし)にとりつけられていた扉絵です。法相宗(唯識宗とも)は、弥勒(みろく)、無著(むぢゃく、4〜5世紀頃、ガンダーラにうまれた大乗仏教学者),世親(せしん、無著の実弟)に起源し,中国・唐代の僧・玄奘(げんじょう、600または602~664)がインド亜大陸から唐につたえた唯識論を中心とする大乗仏教の一宗派であり、日本へは、遣唐使で入唐した僧たちによって7世紀中頃〜8世紀初頭につたえられ、南都六宗の代表的勢力となりました。現在のこる大本山は興福寺と薬師寺であり、いずれも弥勒菩薩を始祖とします。根本経典は『成唯識論(じょうゆいしきろん)》であり、眼耳鼻舌身意の六識のほかに,末那識(まなしき)と阿頼耶識(あらやしき)をたて,仏の智慧たる大円鏡智を阿頼耶識を転じてえるとときます。

本展は、「I ガンダーラ」、「II アフガニスタン」、「III 西域・中国」、「IV 日本」の4つの展示室で構成されており、順次あるいていくと、ガンダーラから日本への仏教伝来の道を疑似体験することができます。東京藝術大学のスーパークローン技術が臨場感をかもしだします。

ガンダーラは、現在のペシャワール地方であり、カラコルム山脈の南麓に位置し、東をかぎって南流するインダス川に、アフガニスタンからながれくだるカーブル川が合流する地にあり、インド亜大陸と中央アジア・西アジアとをつなぐ道と、山塊をこえて西域〜中国地域に通じる道が合する交通の要衝であり、クシャーン朝の春秋の宮殿があり、歴史・文化の発展におおきな役割をはたしてきた所です。この地で、ブッダの姿をあらわす仏像がはじめてつくられ、仏像は、クシャーン朝の版図内にまたたくまにひろまりました。もうひとつの仏像制作の拠点としてしられるマトゥラーはクシャーン朝の冬の宮殿や王朝の神殿があったところです。

大乗仏教唯識派の仏教学者の無著・世親 兄弟はここガンダーラの出身であり、無著は、大乗仏教を弥勒からまなび、世親は、唯識思想を大成しました。そして玄奘はそれを唐につたえ、7世紀に法相宗が成立し、東アジアの仏教がおおきく進展しました。

つぎに、ガンダーラから北西にむけて出発し、玄奘が往路につかった道をカーブル川ぞいにたどると、現アフガニスタンにはいって最初の国はナガラハーラであり、仏教遺跡ハッダがあり、さらにさかのぼって支流のゴルバンド川にはいり上流をめざすとカーピシー(現バグラーム)にいたり、ここは、クシャーン朝の夏の宮殿があったところであり、630年頃にここをおとずれた玄奘は、かたりつがれていたカニシュカ王伝説についてかきとめています。ゴルバンド川からさらに上流へさかのぼると、仏教遺跡で世界的に有名になったバーミヤンにはいります。

バーミヤンは、1世紀頃からつくられはじめた多数の石窟仏教寺院でしられ、仏教文化が繁栄をきわめ、630年頃に玄奘がおとずれたときも大仏は金色にかがやき、数千人の僧がいたといいます。とくに、巨大な仏像(東大仏と西大仏)がよくしられていましたが、旧タリバン政権によって残念ながら2001年に爆破されました。

バーミヤンから北上し、おおきく東へ迂回して、天山山脈の北麓からトルファンへいたる道が「天山北路」です。一方、ガンダーラからカラコルム山脈の西部そしてその北部のパミール高原をこえてカシュガルへいたり、タクラマカン砂漠の北縁(天山山脈の南麓)をとおってトルファンそして敦煌へいたる道は「天山南路」であり、カシュガルから、タクラマカン砂漠の南縁をとおって敦煌へいたる道は「西域南道」です。西域をこえた道が合流する敦煌は交通の要衝としておおいにさかえました。敦煌からは、「河西回廊」をへて長安(現西安)にいたります。

そしてシルクロードにみちびかれ長安にたどりついた仏教の旅は、遣唐使によって、また西域や中国からの渡来僧によって、あるいは朝鮮半島をへて、日本列島にいたります。弥勒を始祖とする法相宗は、興福寺・薬師寺・法隆寺(注2)を本山として興隆し、弥勒菩薩像が数おおくつくられ、民衆にしたしまれました。

インド亜大陸で成立した仏教が中国地域へ伝播する道をかんがえた場合、インドの北側には長大なヒマラヤ山脈が横たわり、東側には、これも巨大な横断山脈が存在し、けっきょく、インド亜大陸北西部を「出口」とし、ヒマラヤ山脈を迂回する道をとらざるをえなかったことが位置図(衛星写真)をみればわかります。

実際には、カラコルム山脈の西部から南西にむけてヒンドゥークシュ山脈がのびており(バーミヤンはこの山脈のなかに位置します)が、これは、ほかの山脈にくらべて標高がひくくのりこえやすかったという事情があります。

このような地形によって道がきまり、ガンダーラ・カシュガル・敦煌などの交通の要衝が成立し、それぞれが拠点になって文化が発展しました。ガンダーラはとくに、ギリシャ文明の影響をうけて仏像が誕生した地であり、東西の文明がであい融合する場でした。またガンダーラ出身の無著・世親により唯識論が成立し、大乗仏教がおおきく発展しました。このように仏教の道をたどれば、自然環境と歴史と文化が一体的に眺望でき、歴史・文化の大枠(前提)を地形がきめることも理解できます。

交通の要衝では、ことなる宗教・文化・伝統をもつ人々があつまってくるために融合がおこるわけですが、しかし他方で衝突もおこります。ガンダーラ一帯は、東西の文明が融合する一方、文明が衝突する場でもありました。

東京藝術大学は、スーパークローン技術を開発して、破壊された文化財を復元するためにおどろくべき努力をはらっています。つくる人がいて、破壊する人がいて、復元する人がいる、それでは破壊をしなければよいではないか? 衝突をいかにさければよいか? そのためには、世界各地の歴史と文化をしり、多様性をみとめ淘汰をみとめず、必要なとき以外は文明のすみわけをおこなうことが肝要でしょう。他者の領域はおかさない、郷にいっては郷にしたがうことがもとめられます。

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▼ 注1
みろく ―終わりの彼方 弥勒の世界―
会場:東京藝術大学大学美術館
会期:2021年9月11日〜10月10日

▼ 注2
法隆寺はもとは法相宗の寺でしたが、1950年(昭和25年)に法相宗を離脱し、聖徳宗をひらきました。

▼ 参考文献
前田たつひこ・大塚裕一解説『みろく ―終わりの彼方 弥勒の世界―』(図録)東京藝術大学発行、2021年9月1日

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