電気信号を処理して感覚がうまれる -「電気刺激で意識を探る」(日経サイエンス 2021.12号)-

目で光をうけます。電気信号が神経をながれます。脳の視覚野が映像をつくります。

ロサンゼルスのセカンド・サイ ト・メディカル・プロダクツ社が、視力をうしなった人たちのために「オリオン」という人工視覚装具を開発しました。

ある被験者はいいます。

何も見えていなかった状態から,点滅しながら動き回る小さな光が見える状態に突然変わり,その光の意味を読み解くところまで来た。どんな形でも機能的な視覚を取り戻せたのは本当に素晴らしい。

日経サイエンス, 606(2021年12月号)

この装置は、メガネにつけた小型カメラの画像を電気信号に変換し、被験者の脳の視覚野に設置された60個の電極に無線でおくって電流をうみだします。被験者は、点状の光の集合体を認識することができ、これを手がかりに方向を把握することができます。オリオンは、それまで真っ暗闇のなかにいた人々の生活の質を大幅に改善し、道路を安全に横断し、玄関口の場所を特定することを可能にしました。

このことは、見るという現象には2つの段階があることをおしえてくれます。第1の段階は、目が、光(電磁波)をうけて電気信号にそれを変換する段階であり、第2の段階は、その電気信号を脳が処理して映像をうみだす段階であり、第1はインプット、第2はプロセシングといってもよいでしょう。こうして、映像は脳でつくりだされるのであり、わたしたちは目ではなく「脳で見ている」わけです。

この仕組みをつかって、人工視覚装置の研究開発が1960年代にはじまりました。目が見えない人の視力を部分的に回復することは決して夢ではありません。

人間の神経系は、超高密度で複雑に相互接続したスイッチング素子のネットワークに電流がながれることによって作動していることがわかっており、脳のなかでは、毎秒1兆回発生している電気信号が、何百億ものことなる細胞からなるネットワークをながれます。このような電気信号を脳が処理することによって、視覚にかぎらず聴覚や味覚・嗅覚・触覚など、さまざまな感覚がうまれます。

こうして、わたしたち人間は、人間独自の情報処理の結果として環境を認識するのであり、わたしたちがしっている環境は人間の環境であり、絶対不変に存在するものではありません。

このように、人間は情報処理をする存在であることに気がつくことはとても大事であり、そのために、脳科学や人工装具の研究成果がたいへん参考になります。脳は、心のはたらきをしるためのモデルといってもよいでしょう。

▼ 関連記事
バリアと感覚 - 皮膚(Newton 2020.5号)-
感覚器をつかって情報をインプットする 〜 岩堀修明著『図解・感覚器の進化』〜
皮膚は身体と環境をうつす鏡である -「ひび割れは適応の証し」(ナショナルジオグラフィック 2019.3号)-
皮膚はセンサー、脳はプロセッサー -「皮膚感覚のしくみ」(Newton 2016年3月号)-
触覚でいやされる - 神戸布引ハーブ園(4)-
情報処理をすすめて世界を認知する -『感覚 – 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)まとめ 

特別展「ユニバーサル・ミュージアム ― さわる!“触”の大博覧会」(国立民族学博物館)- インプットを自覚する –
すべての感覚を大きくひらいて情報処理をすすめる - 広瀬浩二郎著『触る門には福来たる』-
皮膚感覚を自覚しとぎすます

▼ 参考文献
C.コッホ「電気刺激で意識を探る」pp.66-71, 日経サイエンス, 606(2021年12月号)

アーカイブ

TOP