アイヌ・琉球同系説 -「縄文遺伝子 × 考古学」(科学 2022.02号)

日本

縄文人・弥生人の二重構造モデルを DNA 解析により実証しました。アイヌ人と琉球人はともに縄文系です。日本の深層にアプローチできます。

『科学』(岩波書店)2022年2月号が「縄文遺伝子 × 考古学」と題して日本列島人の成立について特集しています。

日本列島の人類集団について、1991年、自然人類学者・埴原和郎は形質人類学的な研究から「二重構造モデル」を提唱しました。

弥生時代に大陸から朝鮮半島経由で北部九州に大量の渡来人が渡来し,東南アジア起源である在地の縄文人と混血をすることで現代の日本列島人が成立した。

この仮説では、現代の日本人につながる集団は、基層集団である縄文人と、朝鮮半島から弥生時代にやってきた渡来人との混血によって成立したとかんがえ、北方のアイヌの人々と南方の琉球列島の人々は縄文人の特徴をおおくのこすとしています。

もし、この仮説がただしいとすると、日本人には、遺伝的にことなるつぎの3つのタイプが存在するだろうと推論(演繹)できます。

  • 在来(先住)の縄文系の遺伝子をひきづく人々
  • 弥生時代に渡来してきた人々
  • 両者の混血の人々

技術革新により2010年以降、古人骨の DNA 解析ができるようになり、推論結果が検証されています。

縄文人のゲノムが現代のアイヌ, 本土日本人, 琉球列島集団のゲノムのおよそ7割, 1割, 3割ほどをそれぞれ構成していることが明らかとなった。

つまり、アイヌの人々は縄文人の遺伝子をもっともよくひきついでおり、そのつぎに、琉球列島の人々がうけついでおり、本土日本(本州・四国・九州)には、渡来人の子孫と、渡来人と縄文人の混血の人々がいることがわかりました。アイヌ人と琉球人は縄文系の特徴を比較的おおくのこしていることが明確になり、形態学的研究によって発想された仮説は DNA 解析によって実証されました。

さらに、縄文時代人の系統が、東ユーラシア集団のなかでも系統的に古く、後期旧石器時代に大陸の集団から分岐したこともあきらかになり、縄文人の起源が日本列島の後期旧石器時代人までさかのぼることもわかり、縄文人のその系統は「東ユーラシア基層集団」とよばれます。

また琉球列島の人々が縄文系であることをしめすデータとしてはつぎもあります。

種子島の広田遺跡出土人骨では,古墳時代相当期の人骨のゲノムが縄文人の範疇に入ることも明らかになっている。広川遺跡は弥生〜古墳時代にかけての遺跡で,人骨が特異な形態をもつことから「南九州弥生人」としてまとめられているが,彼らこそが縄文人の直接の子孫だったことになる。

すなわち南九州離島には、古墳時代になっても縄文人の直系の子孫がすんでいたのであり、このことは琉球人が、アイヌ人同様に、縄文系の特徴をおおくのこしているとかんがえる証拠になります。

以上のことから、アイヌ人と琉球人はともに縄文系(先住民族系)の人々であり、「アイヌ・琉球同系」説が提案でき、彼らの文化は、縄文文化の特徴をおおくのこしているにちがいないとかんがえらます。

アイヌ・琉球同系説は、ふるい文化は辺境にのこるとするドーナツ化モデル(注)からみてもただしいといえます。ふるきよき文化・伝統をまもりつづける人々は中央からはなれたところにこそいます。

アイヌ人と琉球人がともに縄文系であり、彼らの文化が縄文文化の特色を色こくのこしているとすると、アイヌ文化と琉球文化には共通要素や類似点が多数みつかるはずであり、アイヌ文化と琉球文化をしらべれば縄文文化(日本の深層文化)の理解がすすむでしょう。

現代日本人にみられる独特な行動様式・生活様式には、意外にも、深層文化がおおきく作用しているのではないでしょうか。日本語、村社会、封建的、終身雇用、年功序列、勤勉勤労、几帳面、神仏習合、葬式仏教、悉皆成仏、万物供養、あの世観・・・。日本の深層にアプローチするためにアイヌ・琉球同系説が役だちます。

今回の『科学』の特集は、30年前に提唱された仮説を最新技術によって実証したところに力点がおかれています。今日、あらゆる分野で DNA 解析が決定的な証拠をもたらしており、人類学・考古学も例外ではありません。

今回の例をみてもあきらかなように、DNA 解析はとても有用ですが、出土したすべての人骨に対して DNA 解析をおこなうことは、予算的にみても時間的にみてもマンパワーからみてもまったく不可能ですから、仮説をたてて推論し、サンプルを選択して、集中的に分析し、推論結果をたしかめるという手順をふみます。これは演繹法といってもよく、これにより「むだ撃ち」をふせげます。

たとえば地質学者は、地表の踏査をして仮説をたてて、ここぞという場所でボーリングをし、地質構造と地史をあきらかにします。ボーリングを多数おこなうことは予算的・労力的にできないため適切な地点を選択しなければなりません。このときも、〈仮説→推論→確認〉という手順をふみます。

現代は情報洪水の時代です。膨大な情報のなかをあるいていくとき、もとめるべきは大量の情報ではありません。事実を内面にインプットして、仮説をたて、もしそうだとしたならばとかんがえるのが大事なのであって、たくさんの情報をやみくもにあつめたり、たくさんの情報を整理・分類したりすることはやめたほうがよいです。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」というのはまったく非現実的です。

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梅原猛『日本の深層』をよむ(その1. 東北の旅)

▼ 参考文献
『科学』2022年2月号、岩波書店、2022年

▼ 注:ドーナツ化モデル
ドーナツ化モデル -『仏教歴史地図』-
3D ネパール国立博物館(1)「仏教美術ギャラリー」
※ 仮説を、図式や数式などでしめしたものをモデルということがあります。

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