KJ法のコツ(23) − 文章化 ② −

情報処理

小見出しをつけます。データカードを検索します。文をつなげます。

つづいて、3.「矛盾葛藤」の島の文章化にすすみます。島をみなおし内容を確認します。おおきな島でありやや複雑なので、島のなかにある中ぐらいの3つの島に対して小見出しをつけます。

3. 矛盾葛藤
外来文化、おくれる近代化、出稼ぎの現実

つぎに、図解中の元ラベルに記入してある()内の番号からデータカードを検索します。KJ法図解は検索図解としても有用です。()内はデータカードにつけた番号であり、データカードの見出しと本文は「KJ法のコツ(資料)」にしめしてあります。

「外来文化」では、No.8、9、10、45、37 のデータカードを、「おくれる近代化」では、No.30、29、31、50、22、23、21、42 を、「出稼ぎの現実」では、No.12、27、36、11、13 をひっぱりだします。

外来文化

8 ラジオ・テレビ・携帯電話が重要な情報源になってきた。
ラジオ(電池)・TV(電気の来る時)で情報を収集する。2〜3年前から、ソーラー電池でTVを視聴する家庭がでてきた。買い物などで村外に出かけた人や出稼ぎからもどってきた人から情報をえる。他村へ会いにいくとき9割は Jeep を利用し、残りは、他人に知られないように徒歩でいく(恋人と会う場合など)。他村の知人とは携帯電話で連絡をとる(昔は手紙)。新聞はない(高地新聞もない←日本の地方紙にあたる)。

9 都会あるいは外国からかえってきた人たちから村人たちは未知の情報をえている。
新聞はないので、人から聞いた話がそのまま人から人へと伝えられる。ラジオは、メインでダウラギリFM、バグルンFM、メャグディカリFMの3つを聞いている。2〜3年前からソーラ−電池を利用して制限はあるがテレビを見る事が出来る様になった。先月(マーグ)に一度、電気が通ってその時はみんなでテレビのある家に集まり見られたがすぐに電気が来なくなり、今はまた見られない状態だ。

10 先進国で開発された最新情報端末とそれらがもたらすエンターテイメントなどが急激に普及しつつある。
村の家庭には携帯電話がある。ホームステイ先の家庭では、出稼ぎの夫から一日一回連絡がある。テレビはあるが電気がないため視聴はできない。家の内壁には、新聞やポスターがはられており、インド人女優やヨーロッパのサッカー選手のものがみられる。子供のコモロは iPod を所持しており(ポカラで購入)、最近の欧米の音楽(南アW杯の公式テーマソングやブラック・アイド・ピースなどの POP や HIP HOP)をきいていた。学校の PC をつかって iPod に音楽をインストールしている。

45 村にはまだきていない町の流行に女性たちは敏感である。
人形づくりの講習会をひらいたところ、服とジュエリー作りに女性達は興味をしめした。女性達も男性も手間のかかる下地づくりをへて、最終的に、人形に洋服や飾りをつける行程にくるまでを心待ちにしている様子。洋服やアクセサリーをつける行程は、「自分たちの個性を出せる」ので思い思いに自分の好みの色や飾りをつけてたのしんでいた。女性たちは特に、いま町で流行している赤と緑のコンビネーションを好んで作りたのしんでいた。自分たちはもってはいないが町の流行はしっかりと理解している。

37 近隣の村人と交流できる祭りを村人はたのしみにしている。
年に一度催される祭りがお見合いの場にもなっており、いつやるのか気になり、みんなの話題になる。祭りでは、バスケットボール、バレーボール、ダンス、音楽演奏がおこなわれる。酒もでる。祭りの間に、男女の心が一つになれば結婚も決まる場合がある。

おくれる近代化

30 ジープ1台とバイク1台を村は所有している。
村全体で、ジープを1台、バイクを1台所有している。

29 クスマ(ちかくの都市)からサリジャ村へは2〜3便/日のジープがきている。
ジープ は1日2〜3便、人と物資をはこぶ

31 1ヵ月間前にはじめて電気が通じた。
村には、3年前から電線が通っていたが、電気はずっときていなかった。1ヵ月程前にやっと初めて電気がきてみなでよろこんだが、4、5日ですぐまたこなくなった。きっと何処かが故障したのだろう。

50 となりのナンギ村にくらべてサリジャ村は開発がおくれている。
尾根をこえた北側にはナンギ村があり、そこは、サリジャ村よりも開発がすすんでいる。サリジャ村は、電気・ガス・水道・道路などのインフラ、学校、農業など、あらゆる点でナンギ村よりもおくれている。サリジャ村の人々は、ナンギ村の様子に触発されて、「俺たちも」というように村の発展に力をいれはじめ、日本の NGO にも協力をもとめた。

22 プラスチック・ゴミが人目のつかない場所にすててある。
民家と民家をつなぐ森の道を歩いた際、人目のつかない場所にプラスチックなど、腐敗しないゴミが捨ててあった。そのほとんどがチャウチャウや菓子の包材である。

23 ゴミに関する村人たちの意識はひくい。
ゴミ捨て場は、村内に8ヵ所ほど設置されている(1つ:約1.5m×3.5m)。村のいたる所に、スナック菓子やペットボトルのゴミが散乱している。

21 ゴミ処理事業はうまくいっていない。
ゴミ処理プログラムはうまくいっていない。トレッキングルートからはずれているため。

42 学校は、規模はおおきくなったがニーズにはこたえきれていない。
学校は、1958年に設立、1〜10年生は政府、11〜12年生は村々で出資した。5年前から倍の規模になった。生徒は350人、先生は21人、共に、チェトリ・マガールが混在している。目の見えない生徒のための下宿施設もある(5年前から倍の規模になった)。生徒は、サリジャVDC出身が多くいるが、一部は他VDCからもきている。授業はシフト制(7〜11時、10〜16時)である。給食はなく、必要な生徒は売店で軽食・スナックを買う。サリジャVDCから遠く離れた地域出身の先生は単身赴任し、学校の近くに住んでいる。休学期間には実家に帰る。先生は、定期的な異動はなく、希望を出し異動が決められる。全生徒が、最終学年(12年)まで通うわけではなく、5年、10年、12年を区切りとし卒業していく。制服は自費、教科書・テキストは8年までは貸し出しがある。ゴルカ基金からの出資もある。

出稼ぎの現実

12 はたらきざかりの男性は外国にほぼ出稼ぎにでていて村内にはのこっていない。
サリジャVDCの人口は約2100人、ワード6は約500人である。男性は、10人中8人が出稼ぎにでている。18〜45歳までの男性はほぼいない。なかには60歳でも出ていく人もいる。

27 村の人口(約2100人)には、外国に出稼ぎにでている若者もふくまれる。
サリジャVDCの人口は合わせて2100人程。しかし、実際は働き盛りの若者男性(18才位から45才程)のほとんどが出稼ぎに行っている。最近では、村に登録されている人口と実際に現在村で生活している人口とは大幅に違いがある。サリジャ村はワード6で500人程ではないか。VDCの中ではサリジャ村が一番大きいと思う。

36 出稼ぎや出稼ぎ先(外国)に関することがしばしば話題になっている。
男性は、様々な国に出かけていった村民から聞くその国の内情や稼ぎ、仕事の内容などをよくはなす。女性は、旦那さんが出稼ぎに行って「いくら仕送りをする」とか、生活の変化についてよくはなす。

11 家族は、バラバラになりつつある。
夫(45歳)は、インド・ニューデリーに出稼ぎ。妻(40歳)は、家で家事(インドゥラ・クマリ・プンさん)。長女(23歳)は、5歳からクマリとしてクスマに行っている。現在は未婚でアローの作業員(パルマさん)。二女(20歳)は、クマリとしてクスマへ。現在は学生(シッターさん)。三女(18歳)は、クマリとしてクスマへ、現在は学生(サバさん)。長男(17歳)は、村の学校に通う。カレッジ卒業後はゴレパニにある祖父(orおじ?)の経営するホテルを手伝う(コモロくん)。父と娘は、ダサインとティハールのときは村に帰ってくる。

13 他村ではみたことのない大きなサイズのドコ(しょい籠)を女性たちがかついでいる。
堆肥を森からかつぐのに、大量な堆肥を1回でかつぐためにドコの大きさが非常に大きくなっている。ドコのサイズは女性達の背丈に少しだけ満たない程度。ポカラやカトマンズ、その他の地域では見た事のない大きさである。

データカードのこれらの本文を島の表札もみながらつなげ、日本語の原則にしたがって、誰がよんでもわかるように文に手をいれます。必要があれば補足説明をしてもかまいませんが、あくまでも原文に忠実に自然に文章化をすすめ、内容の変更や大幅な修正は決してしてはならず、あらたにおもいついた仮説や意見などもここで文章にねじこむことはしません。それらは別にメモしておき、後述する「累積KJ法」で活用します。

「3. 矛盾葛藤」の島はつぎのように文章化しました。

3. 矛盾葛藤

 外来文化
 サリジャ村の人々はラジオ(電池式)でおもに情報を収集する。ダウラギリFM、バグルンFM、メャグディカリFMの3つをメインで聞いている。電気が通じたときにはテレビも見る。マーグ(1月中頃〜2月中頃)に電気が一度とおったので、テレビのある家にその時はみんなであつまったがすぐに停電になり、今はまた見られない状態だ。2〜3年前からはソーラー電池でテレビを視聴する家庭もでてきた。新聞はない(日本の地方紙にあたる「高地新聞」もとどかない)ので、買い物などで村外にでかけた人や出稼ぎからもどってきた人たちからあらたな情報をえることが多い。人から聞いた話が人から人へとそのまま伝えられる。他村へ会いにいくときは、9割はジープを利用し、恋人と会う場合など、他人に知られたくないときには徒歩でいく。
 しかし近年、携帯電話が急に普及しはじめた。以前は手紙をつかったが、今では、他村の知人とは携帯電話で連絡をとるようになった。日本人メンバーの1人がホームステイした家では、出稼ぎで外国にいっている夫から電話連絡が1日1回あるという。
 またその家の子供のコモロは iPod を所持しており(近隣の大都市ポカラで購入)、最近の欧米の音楽(南アW杯の公式テーマソングやブラック・アイド・ピースなどの POP や HIP HOPなど)をきいていた。学校の PC をつかって iPod に音楽をインストールしている。家の内壁には、新聞やポスターがはられており、インド人女優やヨーロッパのサッカー選手のものがみられる。
 人形づくりの講習会を村内でひらいたところ、服とジュエリー作りに女性たちは興味をしめした。女性も男性も手間のかかる下地づくりをへて、最終的に、人形に洋服や飾りをつける行程にくるまでを心待ちにしているようだ。洋服やアクセサリーをつける行程は、自分たちの個性をだせるので思い思いに自分の好みの色や飾りをつけてたのしんでいた。女性たちはとくに、いま町で流行している赤と緑のコンビネーションを好んでつくりたのしんでいた。自分たちはもってはいないが近隣の町の流行はしっかりと理解している。流行に敏感である。
 また村人は、近隣の村々の人々と交流できる年に一度の祭りをとてもたのしみにしている。いつやるのか気になり、みんなの話題になる。バスケットボール・バレーボール・ダンス・音楽演奏などがおこなわれる。酒もでる。見合いの場にもなっており、男女の心が一つになれば祭りの間に結婚が決まることがある。
 このように、最新の情報機器や帰村者によって村外の情報が流入し、また人々の往来や交流によって外来文化がここにも根づきつつあるようだ。あらたな娯楽もうまれている。村は変わっていく。

 おくれる近代化
 しかしサリジャ村は、交通の便がわるく、インフラ整備もすすまず、他村にくらべて開発はおくれているといわざるをえない。
 ちかくの都市クスマとサリジャ村の間で人と物資をはこぶ交通手段は1日2〜3便のジープである。村全体で、ジープを1台、バイクを1台所有している。
 3年前に電線はとおったが電気はずっときていなかった。1ヵ月程前にやっと電気がきて皆でよろこんだが4〜5日ですぐまたこなくなった。どこかがきっと故障したのだろう。
 尾根をこえた北側にはナンギ村があり、サリジャ村よりもそこは開発がすすんでいる。サリジャ村は、電気・ガス・水道・道路などのインフラ、学校、農業など、あらゆる点でナンギ村よりもおくれている。サリジャ村の人々は、ナンギ村の様子に触発されて、「俺たちも」というように村の発展に力をいれはじめ、日本の NGO にも協力をもとめた。
 トレッキングルート(観光ルート)からはずれているためか、ゴミ処理プログラムもうまくいっていない。民家と民家をつなぐ森の道を歩いた際、人目のつかない場所にプラスチックなど、腐敗しないゴミが捨ててあった。そのほとんどがチャウチャウ(インスタントラーメン)や菓子の包材である。ゴミ捨て場は、村内に8ヵ所ほど設置されている(1つ:約1.5m×3.5m)が、スナック菓子やペットボトルのゴミが村のいたる所に散乱している。
 村の学校も、規模は大きくなったがニーズにはこたえきれていない。学校は、1958年に設立され、1〜10年生は政府、11〜12年生は村々が出資した。5年前から倍の規模になり、生徒は350人、先生は21人、ともに、チェトリやマガールなどの民族が混在している。目の見えない生徒のための下宿施設もある(5年前から倍の規模になった)。生徒は、サリジャ村出身者が多くいるが、他村からも一部はきている。授業はシフト制(7〜11時、10〜16時)である。給食はなく、必要な生徒は売店で軽食・スナックを買う。サリジャ村から遠く離れた地域出身の先生は単身赴任し、学校の近くに住んでいて、休学期間には実家に帰る。先生は、定期的な異動はなく、希望を出して異動が決められる。全生徒が、経済的な理由などにより、最終学年(12年)までかよえるわけではなく、5年、10年、12年を区切りとしつぎつぎに卒業(退学)していく。制服は自費であり、教科書・テキストは8年生までは貸し出しがある。ゴルカ基金(退役軍人とその家族・地域のための基金)からの出資もある。

 出稼ぎの現実
 サリジャ村の人口は約2100人、その内、今取材しているワード6(第6地区)の人口は約500人である。男性は、10人中8人が外国へ出稼ぎにでている。18〜45歳までの働き盛りの男性はほぼおらず、なかには60歳でも出ていく人もいる。最近では、村に登録されている人口と現在村で実際に生活している人口とは大幅に違いがあり、このあたりではサリジャ村が一番おおきいとおもう。
 男性は、出稼ぎの体験や、出稼ぎにいった人からきいた様々な国の内情や稼ぎ、仕事の内容などをよくはなす。女性は、旦那さんが出稼ぎに行って「いくら仕送りをする」とか、生活の変化についてよくはなす。出稼ぎや外国に関することがしばしば話題になっている。
 日本人メンバーの1人がホームステイをした家では、夫(45歳)は、インド・ニューデリーに出稼ぎにいっている。妻(40歳)は家事を家でしている(インドゥラ=クマリ=プンさん)。長女(23歳)は、5歳からクマリとしてクスマにいっていた。現在は未婚でサリジャ村の織物工房の従業員(職人)である(パルマさん)。二女(20歳)は、クマリ(生き神)として近隣都市クスマへいき、現在はクスマの学生である(シッターさん)。三女(18歳)も、クマリとしてクスマへいき、現在はクスマの学生である(サバさん)。長男(17歳)は村の学校にかよう。近隣都市のカレッジ卒業後はゴレパニにある祖父(or おじ?)の経営するホテルを手伝う予定だ(コモロくん)。父と娘は、ダサイン(10月におこなわれる大きな祭り)とティハール(11月におこなわれる祭り)のときにはサリジャ村に帰ってくる。出稼ぎや進学の影響などで多くの家族はバラバラになりつつあるといえよう。
 男性がいないため女性たちの負担が増えていることもみのがせない。たとえば堆肥を森からはこびだすのに、大量な堆肥を1回でかつぎださねばならず、ドコ(しょい籠)の大きさが非常に大きくなっている。ドコのサイズは女性たちの背丈に少しだけ満たない程度、ポカラやカトマンドゥ・その他の地域では見たことのない大きさだ。ドコをかつぐ負担が増している。

まとめ
  1. 中ぐらいの島に対して小見出しをつけます。
  2. データカードを検索します(ひっぱりだします)。
  3. データカードの本文を島の表札もみながらつなげます。
  4. 誰がよんでもわかるように文に手をいれます。
  5. 必要があれば補足説明をします。
  6. 大幅な修正や内容の変更はしません。
  7. あらたにおもいついた仮説や意見などは別にメモしておきます。

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▼ 参考文献

KJ法
野外科学と実験科学
KJ法実践記

川喜田二郎(著)『野外科学の思想と方法』(川喜田二郎著作集 第3巻)、1996年、中央公論社
川喜田二郎(著)『KJ法 渾沌をして語らしめる』(川喜田二郎著作集 第5巻)、1996年、中央公論社
田野倉達弘(著)『野外科学と実験科学 − 仮説法の展開 −』、2023年、アマゾンKindle
田野倉達弘(著)『KJ法実践記 情報処理と問題解決』、2023年、アマゾンKindle
田野倉達弘(著)『国際協力とKJ法 ネパール・ヒマラヤでの実践』、2024年、アマゾンKindle

(冒頭写真:ネパール、カトマンドゥ、スワヤンブナート(寺院)のストゥーパ(仏塔)、1998年2月20日、筆者撮影)

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