KJ法のコツ(資料)「データカードの見出しと本文」

情報処理

データカードは一次ファイルです。フィールドワークからKJ法へすすめます。初歩的・基礎的な情報処理訓練として重要です。

2011年2月23日〜3月4日に開催したネパール・ヒマラヤ山岳エコロジースクールの参加者たちが、ネパール西部・パルバット郡サリジャ村でフィールドワークをおこなってつくったデータカードの見出しと本文を以下にしめします。

1 ロクタ紙(手漉き紙)の製造販売事業が少しずつ進んでいる。

サリジャ村のロクタ紙の重量は15g/枚と20g/枚である。その大きさは、20×30インチと19.5×26インチである。これらのうち19.5×26インチのものはバクタプール・ハンディクラフトで買いとってくれる紙の大きさである。フレームは120個つくった。
販売価格は、15gの紙は7.5ルピー/枚、20gの紙は10ルピー/枚である。19.5×26インチの紙は今は売っていない。現在、クスマのローカル・ビジネスマンに売っている。クスマまでは、ジープで3〜5ルピー/kgで運んでもらっているのではないか(食べ物は(食品の運搬費は)この価格である)。
紙(商品)は、シワのないものが必要であるが、500枚中シワのないものは200枚にもならない。(提案として以下が出された(以下を順次実施していく):商品はシワなし。常に同じ厚さ。巻かないで送る。紙を送るときのために、紙をはさむ板を大工につくってもらう。買い手の要望どおりになっているかチェックする)

2 母がかつぐドコ(しょい籠)にあこがれて小さいサイズのドコをつねにしょっている少女がいる。

母のはたらく姿をみて、「私もそれをしょいたいから作って」とたのみ、ドコ(しょい籠)をしょっている少女がいた。3〜4歳程度なので非常に小さいサイズのドコを作ってもらったそうだ。学校にいくとき以外はどんな時でもそのドコを担いで歩いている。

3 子供たちは裸足であそんでいる。

子供達は、土や石・草の上を裸足でかけずりまわっている。2月の寒さの中でも、家の敷地内では裸足で遊ぶのがあたりまえのようになっている。

4 子供たちはヤギを素手でつかまえてあそんでいる。

サリジャ村の子供達はヤギを追い回し、素手でつかむ。この村には、ゲーム機や人形はなく、生きたものを素手でつかんで子供達は遊んでいる。小さいながらも素手でつかむ方法を心得ている。

5 他人の家の庭をことわりなくとおって村人たちは自分の家にかえる。

コピラさんやガンマヤさんとサリジャ村を歩くときは道ではなく、知り合い達の家の庭をずんずん踏み込んで近道をいく。通るときも断りを入れる必要は無い様子。通る方も通られる方も、「ご飯食べたの?」が挨拶になる。

6 村全員の顔と名前を誰もがしっている。

道ばたですれちがうとき、声をかけて近況を聞きあっている。村全員が顔見知りである。見たことが無い人がいればすぐにわかる。

7 家と家の前の空間、 家畜小屋、洗い場、トイレが一本の動線でむすばれている。

食べたご飯のかすを家畜にやってから洗い場で食器をあらう。家畜達が、家の前のちょっとした広場をしょっちゅう歩いている。ヤギの赤ん坊は家の中に夜は入れている。鶏が畑を自由に歩きまわり、虫や植物を食べて糞をしている。

8 ラジオ・テレビ・携帯電話が重要な情報源になってきた。

ラジオ(電池)・TV(電気の来る時)で情報を収集する。2〜3年前から、ソーラー電池でTVを視聴する家庭がでてきた。買い物などで村外に出かけた人や出稼ぎからもどってきた人から情報をえる。他村へ会いにいくとき9割は Jeep を利用し、残りは、他人に知られないように徒歩でいく(恋人と会う場合など)。他村の知人とは携帯電話で連絡をとる(昔は手紙)。新聞はない(高地新聞もない←日本の地方紙にあたる)。

9 都会あるいは外国からかえってきた人たちから村人たちは未知の情報をえている。

新聞はないので、人から聞いた話がそのまま人から人へと伝えられる。ラジオは、メインでダウラギリFM、バグルンFM、メャグディカリFMの3つを聞いている。2〜3年前からソーラ−電池を利用して制限はあるがテレビを見る事が出来る様になった。先月(マーグ)に一度、電気が通ってその時はみんなでテレビのある家に集まり見られたがすぐに電気が来なくなり、今はまた見られない状態だ。

10 先進国で開発された最新情報端末とそれらがもたらすエンターテイメントなどが急激に普及しつつある。

村の家庭には携帯電話がある。ホームステイ先の家庭では、出稼ぎの夫から一日一回連絡がある。テレビはあるが電気がないため視聴はできない。家の内壁には、新聞やポスターがはられており、インド人女優やヨーロッパのサッカー選手のものがみられる。子供のコモロは iPod を所持しており(ポカラで購入)、最近の欧米の音楽(南アW杯の公式テーマソングやブラック・アイド・ピースなどの POP や HIP HOP)をきいていた。学校の PC をつかって iPod に音楽をインストールしている。

11 家族は、バラバラになりつつある。

夫(45歳)は、インド・ニューデリーに出稼ぎ。妻(40歳)は、家で家事(インドゥラ・クマリ・プンさん)。長女(23歳)は、5歳からクマリとしてクスマに行っている。現在は未婚でアローの作業員(パルマさん)。二女(20歳)は、クマリとしてクスマへ。現在は学生(シッターさん)。三女(18歳)は、クマリとしてクスマへ、現在は学生(サバさん)。長男(17歳)は、村の学校に通う。カレッジ卒業後はゴレパニにある祖父(orおじ?)の経営するホテルを手伝う(コモロくん)。父と娘は、ダサインとティハールのときは村に帰ってくる。

12 はたらきざかりの男性は外国にほぼ出稼ぎにでていて村内にはのこっていない。

サリジャVDCの人口は約2100人、ワード6は約500人である。男性は、10人中8人が出稼ぎにでている。18〜45歳までの男性はほぼいない。なかには60歳でも出ていく人もいる。

13 他村ではみたことのない大きなサイズのドコ(しょい籠)を女性たちがかついでいる。

堆肥を森からかつぐのに、大量な堆肥を1回でかつぐためにドコの大きさが非常に大きくなっている。ドコのサイズは女性達の背丈に少しだけ満たない程度。ポカラやカトマンズ、その他の地域では見た事のない大きさである。

14 ヤギは飼育が比較的容易であり村人たちの生活をささえている。

ヤギは、大きさも小さい家畜なので一頭あたりの飼育面積をかけずにすむ。比較的簡単に増やすことが可能。家計に必要な程度に調整しながら飼うことが可能。サリジャ村でも、ほぼ全ての農家が1〜10頭のヤギを飼っている。

15 アンゴラ毛や食肉用として売れるときいてウサギを飼いはじめた家がある。

ある家では、アンゴラを採る為に2頭から飼育をためしに始めた。他は、食用のために6〜7頭を飼っている。

16 家畜を飼う村人が目にみえて減少している。

耕作用のゴルを飼う家が減っている。水牛は、5軒中3〜4件(約70%の村民)が飼育している。ゴルを飼う農家は、5件中2件(約40%の村民)程度まで減少している。ヤギは、家によってばらつきがあり、1軒につき1〜10頭飼育している。

17 畑作農業が中心で、養鶏はかなりすくなくなってきている。

鶏は、1軒につき15〜20羽飼っていると思うが昔に比べてかなり減少している。減少している理由に、畑でせっかく植えた種や芽を食べてしまうという理由がある。村の人々は、自分達の畑で野菜を収穫するので養鶏との両立が少し難しいところがある。

18 獣害予防としてのかかしはサルには効果がある。

カカシは、サル・トラによる被害予防。実際は、サルには効果はあるがトラにはない。

19 農業に関してのアドバイザーを村人たちがほっしている。

野菜を良く成長させる方法を教えてほしい。家庭菜園への興味が増えている。

20 農業の指導者を村人たちが必要としている。

農業のアドバイザーが村にいてほしい。

21 ゴミ処理事業はうまくいっていない。

ゴミ処理プログラムはうまくいっていない。トレッキングルートからはずれているため。

22 プラスチック・ゴミが人目のつかない場所にすててある。

民家と民家をつなぐ森の道を歩いた際、人目のつかない場所にプラスチックなど、腐敗しないゴミが捨ててあった。そのほとんどがチャウチャウや菓子の包材である。

23 ゴミに関する村人たちの意識はひくい。

ゴミ捨て場は、村内に8ヵ所ほど設置されている(1つ:約1.5m×3.5m)。村のいたる所に、スナック菓子やペットボトルのゴミが散乱している。

24 村のヘルスポストが地方政府の支援によって建設された。

ヘルスポストは、政府の支援によって建設された。VDC が予算をだして。

25 試行錯誤をしながらも苗畑管理は順調にすすんでいる。

ジャングル(森林奥地)から土を持ってくるのが大変である。片道2時間の道のり。苗木は、10数種類(材木・飼料・果樹など)をそだてた。椎茸は失敗した。村内に植林するだけでなく、苗木を隣村に売ることもある。

26 熱効率のよい改良カマドが一部の家ではつかわれている。

遊びにいった2つの家で改良かまどを使っていた。未だ設置されていない村人も設置したいが、今では、お金も高く質も落ちた物(カマド)がくるので設置を断念していると言っていた。

27 村の人口(約2100人)には、外国に出稼ぎにでている若者もふくまれる。

サリジャVDCの人口は合わせて2100人程。しかし、実際は働き盛りの若者男性(18才位から45才程)のほとんどが出稼ぎに行っている。最近では、村に登録されている人口と実際に現在村で生活している人口とは大幅に違いがある。サリジャ村はワード6で500人程ではないか。VDCの中ではサリジャ村が一番大きいと思う。

28 10代のうちに結婚する人と一生 結婚しない人とがいる。

サリジャ村には、「結婚はしない」という女性達がいるが、別の機会に話がでると「日本人を紹介して欲しい」といったりする。10代のうちに結婚するかもしくは「結婚そのものをしない」かになっている。自分の妹の結婚式を、「村のみんなには言ってないから、隠しておいてね」とも言っていた。

29 クスマ(ちかくの都市)からサリジャ村へは2〜3便/日のジープがきている。

ジープ は1日2〜3便、人と物資をはこぶ。

30 ジープ1台とバイク1台を村は所有している。

村全体で、ジープを1台、バイクを1台所有している。

31 1ヵ月間前にはじめて電気が通じた。

村には、3年前から電線が通っていたが、電気はずっときていなかった。1ヵ月程前にやっと初めて電気がきてみなでよろこんだが、4、5日ですぐまたこなくなった。きっと何処かが故障したのだろう。

32 飼育している家畜はおもにスイギュウとヤギである。

水牛3頭(ガイ1、ゴル2)、ヤギ5頭(大人2、子供3)を飼育している(ホームステイ先)。

33 家畜は、おもにスイギュウ・ヤギ・ウシであり、一部の世帯ではニワトリとウサギも飼育している。

サリジャ村の平均世帯の家畜所有例はつぎのとおりである。
・ヤギ:1〜10頭
・水牛:2〜3頭(多い世帯は5頭)
・牛:2〜4頭(3〜4、5軒)/ガイ(雌) → ミルクのため、ゴル(雄) → 畑を耕すため
・鶏:昔は飼う世帯が多くあったが、今は減っている.(苗・芽を食べてしまうため、必要な時はバザールに買いに行く)
・ウサギ:2頭、毛を集める(アンゴラウサギ)、食べることもある

34 村の外の世界を子供たちはほとんどしらない。

持っていったお絵描き帳に絵を描いて遊ぶのを好むが、描く絵はいつも同じである。自分で描けるのは誰かに教わった蓮の花(サリジャ村で蓮の花を見た事は無い)。その他、誰かに教わった絵描き歌で習った人の絵など。見た事が「無い」。しきりにいろんな物を描いてとねだってくる。描くとその後、それに付け足したり、まねしたりしてそれを見て楽しそうに自分で描いていく。自分で描き出すにはヒントがいる様だ。

35 アロー(イラクサの一種)から繊維をとり、機織りにまわしている。

大イラクサは6〜8月に成長、2月には枯れる。アローとして機織りに利用する。小イラクサは、1年中成長、スープにして食べる。

36 出稼ぎや出稼ぎ先(外国)に関することがしばしば話題になっている。

男性は、様々な国に出かけていった村民から聞くその国の内情や稼ぎ、仕事の内容などをよくはなす。女性は、旦那さんが出稼ぎに行って「いくら仕送りをする」とか、生活の変化についてよくはなす。

37 近隣の村人と交流できる祭りを村人はたのしみにしている。

年に一度催される祭りがお見合いの場にもなっており、いつやるのか気になり、みんなの話題になる。祭りでは、バスケットボール、バレーボール、ダンス、音楽演奏がおこなわれる。酒もでる。祭りの間に、男女の心が一つになれば結婚も決まる場合がある。

38 結婚相手をみつけるお祭りが一大イベントになっている。

結婚に関する話題で男女ともに盛り上がる。男性は、出稼ぎに関する諸外国も話題になる。未婚女性は、ボーイフレンドの話題、既婚女性は、夫の収入や家庭が話題になる。祭開催期間の約5日間で他村から相手を見つけ、プロポーズまでする。祖父母の世代は、気に入った相手を見つけるとおんぶして逃げた。父母の世代は、親に結婚の許しを請うた。今の世代は、祭り(メラ)から連れ出す。マガール族は、ネパール全体に比べ、女性の方が強いとのことである。

39 機織り工房が、いこいの場、創意工夫の場になっている。

女性がたくさん集まるので会話ができて楽しい。自分達で案を出し商品をつくることができるので楽しい。この仕事をするまでは父母が現金を稼いでいたが、今は、自分達で現金収入を得ることができるようになった。この仕事に就く前に比べ、時間的に忙しいが充実している。小さい子供は家族に預けて工房に来るが、預けられない場合は工房に連れてくることもある。技術向上のために外部から指導者を呼んだり、自分達で教え合ったりするなど、トレーニングをしている。トレーニングの際に事前に村内に告知し、集まり、技術を身につけた人が工房で働いている。機織り工房の床が土であり寒いため、石を敷き改善する予定である。

40 ロクタ紙製造販売事業がすすんでいる。

ロクタ紙のミーティングにて、製品の種類は2種類、20g=20×30インチ → 10Nr、15g=19.5×26インチ → 7.5Nr。15gの製品は売っていない。20gの製品はクスマの買い手に売っている。他の買い手からは提示価格以下を要求され売っていない。製品の輸送は、ジープでクスマに行く人に3〜5Nr/kgで運んでもらう。シワの無い製品は500枚作ったうちの200枚に満たない。

41 村内には、地区長・委員長・学校長がいるが、民間レベルの問題は村人同士で解決する。

村内には、委員会・学校の長がいる。ワード6のリーダーはアビル氏(42歳)、6〜7年前までは選挙で決めたが、現在は他薦により決定する。民間レベルの問題は、近くの人をよび、おたがいに助けあって解決する。誰かが死亡した時は2〜3日間その場におり、それからみんなで運ぶ。以前は13日間その場にいた。

42 学校は、規模はおおきくなったがニーズにはこたえきれていない。

学校は、1958年に設立、1〜10年生は政府、11〜12年生は村々で出資した。5年前から倍の規模になった。生徒は350人、先生は21人、共に、チェトリ・マガールが混在している。目の見えない生徒のための下宿施設もある(5年前から倍の規模になった)。生徒は、サリジャVDC出身が多くいるが、一部は他VDCからもきている。授業はシフト制(7〜11時、10〜16時)である。給食はなく、必要な生徒は売店で軽食・スナックを買う。サリジャVDCから遠く離れた地域出身の先生は単身赴任し、学校の近くに住んでいる。休学期間には実家に帰る。先生は、定期的な異動はなく、希望を出し異動が決められる。全生徒が、最終学年(12年)まで通うわけではなく、5年、10年、12年を区切りとし卒業していく。制服は自費、教科書・テキストは8年までは貸し出しがある。ゴルカ基金からの出資もある。

43 縫製の訓練のために30人もの女性が他村からきている。

以前おしえた経験をもつ女性が講師になって女性たちに縫製をおしえている。他村からも、30人もの女性たちがサリジャにおそわりにきている。

44 機織り工房での作業と日常家業の両立は大変であるが充実感がある。

トレーニング期間が1週間とみじかく、作業工程をおぼえるのが大変だった。毎日工房で作業をしており(10〜17時まで)、朝晩は家の仕事をしている。工房での作業と日常家業の両立は大変であるが充実感がある。

45 村にはまだきていない町の流行に女性たちは敏感である。

人形づくりの講習会をひらいたところ、服とジュエリー作りに女性達は興味をしめした。女性達も男性も手間のかかる下地づくりをへて、最終的に、人形に洋服や飾りをつける行程にくるまでを心待ちにしている様子。洋服やアクセサリーをつける行程は、「自分たちの個性を出せる」ので思い思いに自分の好みの色や飾りをつけてたのしんでいた。女性たちは特に、いま町で流行している赤と緑のコンビネーションを好んで作りたのしんでいた。自分たちはもってはいないが町の流行はしっかりと理解している。

46 結婚は、2人の気持ちが尊重されるようになった。

父の世代では、親の言った人と結婚しなくてはならなかったので本人の気持が無視されていた。今は、二人の気持が合ったら結婚というスタイルになり、男女の心が尊重されるようになったので大変よくなったと思う。

47 サリジャ村は、ネパール西部、パルバット郡、ヒマラヤ中間山地(標高約2000m)に位置する。

サリジャ村は、ネパールの首都カトマンドゥから西北西へ直線距離にして約180kmのところに位置し、ネパール西部のパルバット郡に属し、アンナプルナ山麓に発達した、ネパールの典型的な風光明媚な山村である。ネパールは、北緯27度付近に位置しており、緯度は、日本だと奄美大島のあたり(気候帯は亜熱帯)であるが、サリジャ村は標高が約2000mのところにあるため気温がさがり、気候は温帯の範囲にはいる。

48 サリジャ村には、マガールとチェトリがおもにすんでいる。

サリジャ村の上部地帯には、マガールとよばれる先住民族系の人々が畑作と牧畜をいとなんでくらしている。サリジャ村内の下部地帯には、バフンあるいはチェットリとよばれる、インドから大昔に移住してきた人々の子孫が水田稲作と牧畜をいとなんでくらしている。きれいに両者は住み分けている。

49 植林を中心とした環境保全事業がすすめられている。

開発にともない環境が荒廃してはいけないので環境保全事業もはじめた。数年まえより、苗畑をつくり、管理人をおき、そこでそだった苗木を村内各所に村人たちが植えている。生活様式が変化するなかでゴミも増えてきたためゴミ処理事業もはじめた。

50 となりのナンギ村にくらべてサリジャ村は開発がおくれている。

尾根をこえた北側にはナンギ村があり、そこは、サリジャ村よりも開発がすすんでいる。サリジャ村は、電気・ガス・水道・道路などのインフラ、学校、農業など、あらゆる点でナンギ村よりもおくれている。サリジャ村の人々は、ナンギ村の様子に触発されて、「俺たちも」というように村の発展に力をいれはじめ、日本の NGO にも協力をもとめた。

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▼ 参考文献

KJ法
野外科学と実験科学
KJ法実践記

川喜田二郎(著)『野外科学の思想と方法』(川喜田二郎著作集 第3巻)、1996年、中央公論社
川喜田二郎(著)『KJ法 渾沌をして語らしめる』(川喜田二郎著作集 第5巻)、1996年、中央公論社
田野倉達弘(著)『野外科学と実験科学 − 仮説法の展開 −』、2023年、アマゾンKindle
田野倉達弘(著)『KJ法実践記 情報処理と問題解決』、2023年、アマゾンKindle
田野倉達弘(著)『国際協力とKJ法 ネパール・ヒマラヤでの実践』、2024年、アマゾンKindle

(冒頭写真:ネパール西部、パルバット郡サリジャ村、2011年3月1日、筆者撮影)

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