わかりやすい日本語を書く(22) - 特定の語句に焦点をあてる –

情報処理

「○○は」とします。題目を明示します。テンをつかいます。

今回は、特定の語句に焦点をあてる(特定の語句を強調する)技術についてのべます。

例文106
昨日私の先生をかんだのは、ファイドーだったのです。(NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号, ファイドーは犬の名前)

例文107
ファイドーが私の先生をかんだのは、昨日だったのです。(NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号)

例文108
昨日ファイドーがかんだのは、私の先生だったのです。(NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号)

例文109
男性は米国のビザ(査証)を申請したが、妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類を、混乱の中で紛失してしまったという。(AFPBB News/JIJI.COM, 2021.8.27)

例文106〜108を英語であらわすとつぎのようになります。

例文106
It was Fido that bit my teacher yesterday.

例文107
It was yesterday that Fido bit my teacher.

例文108
It was my teacher that Fido bit yesterday.

NHKラジオ英会話テキスト, 2022年1月号

これらの元になる文は「Fido bit my teacher yesterday.」(ファイドーが私の先生を昨日かみました。)であり、「It+be動詞」をつかえば、焦点をあてたい語(強調したい語)を前へひっぱりだして目だたせることができます。

いっぽう日本語では、題目語「○○は」をつかうことによって焦点をあてたい語をひっぱりだして強調することができます。

「ファイドーが私の先生を昨日かみました。」という文おいて、「ファイドー」に焦点をあてるのであれば、「ファイドー」を「ファイドー」とし、「ファイドー」を題目にします。さらに強調するために、「ファイドーは」のあとに思想のテン(自由なテン)をうちます。

  • ファイドーは、私の先生を昨日かみました。

「昨日」に焦点をあてるのであれば、「昨日」を「昨日」とし、「昨日」を題目にします。

  • 昨日は、ファイドーが私の先生をかみました。

「私の先生」に焦点をあてるのであれば、「私の先生」を「私の先生」として、「私の先生」を題目にします。

  • 私の先生は、ファイドーが昨日かみました。

焦点をあてたい語句(強調したい語句)を「○○は」として題目を明示し文頭におき、テンの原則にしたがって必要に応じてテンをうちます。

英語でも日本語でも強調したい語句を前に配置することによって目だたせることができますが英語と日本語ではやり方がことなります。英語と日本語では原則がことなり、英語の原則は日本語にはあてはまりません。また「日本語では、重要なことを先にいえない」とのべた “教育者” がかつていましたがそれは誤解です。

なお「私の先生は、ファイドーが昨日かみました。」という文をみて、“主語” が2つあっておかしいとおもう人がいるかもしれませんが、これは、

  • 私の先生についていうならばファイドーが私の先生を昨日かみました。

ということを、「私の先生についていうならば」を「私の先生は」とあらわし(題目をしめし、「私の先生」を話題にあげ)、「私の先生を」は省略できるので、「私の先生は、ファイドーが昨日かみました。」となり意味が通じます。日本語として問題ありません。そもそも日本語には “主語” はありません。

同様につぎの文もなりたちます。

  • 太郎は、先生が昨日ほめました。
  • 次郞は、仕事が一昨日おわりました。
  • タマは、花子が先週ひろってきました。
  • 白いバラは、太郎がさっきえらびました。
  • 川は、村人が去年せきとめました。

ただし特定の語句に焦点をあてるこのような技術はつかいすぎるとかえって効果がよわまります。たとえばゴシック体を文中でつかいすぎると効果がなくなるのと似ています。強調は、すくないからこそ効果があがるのであり、特定の語句を強調する必要がない場合は文頭に配置しなくてよく、語順の原則にあくまでもしたがいます。題目語を文頭におくという原則はありません。

例文109
男性は米国のビザ(査証)を申請したが、妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類を、混乱の中で紛失してしまったという。

「男性」に焦点をあてたければ、

  • 男性は、米国のビザ(査証)を申請したが妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類を混乱の中で紛失してしまったという。

「妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類」に焦点をあてたければ、

  • 米国のビザ(査証)を申請したが、妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類は、混乱の中で男性が紛失してしまったという。

「混乱の中」に焦点をあてたければ、

  • 米国のビザ(査証)を申請したが、混乱の中では、妻と子ども3人と共に国外退避便に乗るために用意した書類を男性が紛失してしまったという。

「○○は」と テン をうまくつかいます。強調の効果をあげるためにはテンはすくないほうがよいです。

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日本語の作文法:日本語の原則
「○○は」によって題目をしめす - 学問の自由は保障する –
「は」と「が」をつかいわける - 川本茂雄『ことばとこころ』-
三上章 『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』をよむ
日本語法を理解する - 三上章『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』-

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年(初版1976年)
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年(初版1994年)
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年(初版1967年)
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

象は鼻が長い

※ 三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』は、題目をあらわす「○○は」のつかいかたをくわしく解説し、「○○は」の「は」は、「が」「の」「に」「を」を兼務することをしめします。本書をよんで練習すれば、「○○は」と「○○が」のつかいわけができるようになります。

続・現代語法序説 - 主語廃止論 -

※ 三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』は、『象は鼻が長い』同様、「○○は」のつかいかたをくわしく解説しています。日本語は、すべての修飾成分が述部によって統括される述部中心の言語であり、述部以外はすべて、その「補足語」として機能します。したがって日本語には “主語” は存在しません。

日本語の作文技術

※ 本多勝一著『日本語の作文技術』は、「修飾の順序」「句読点のうちかた」「助詞の使い方」などの基本技術をくわしく解説しています。日本語も、非常に少数の簡単な原則でなりたっていることがわかり、本書をよめば誰でもすぐに、わかりやすい日本語が書けるようになります。

実戦・日本語の作文技術

※ 本多勝一著『実戦・日本語の作文技術』は、『日本語の作文技術』の続編であり、日本語の作文技術(原則)を復習し、ブラッシュアップするために役だちます。とくに、「読点の統辞論」が参考になります。『日本語の作文技術』は帰納的にのべられているのに対し、『実戦・日本語の作文技術』は演繹的にのべられています。

発想法(改版)

※ 川喜田二郎著『発想法(改版)』は、フィールドワーク・定性的データの統合・問題解決に役だつ「KJ法」の基礎を解説しています。取材をしたらすぐに文章を書かず、図解をつくってから文章化をすすめます。人間主体の情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の観点からいうと、取材法はインプットの、KJ法はアウトプットの方法であることに注目してください。

※ 梅棹忠夫著『知的生産の技術』は、知的生産の原理と技術についてくわしく解説しています。並列的な編集から直列的な表現へすすみ、情報を統合するという文章化の原理をまなんでください。具体的な技術として「こざね法」がつかえます。今日では、紙でできた道具はつかわずコンピューターをつかいますが、つかう道具はちがっても知的生産の本質は不変です。

※ 栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』は、「速く・うまく・わかりやすい」文章を書く「速書法」について解説しています。書くことにとどまらず知的能力をたかめます。「結果として速く書ける」ことを目指すのではなく、「速く書くことを追求する過程で、従来とは異なる意識の新しい領域を巻き込む」ことが重要です。

(冒頭写真:六義園、筆者撮影)

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