前提として、本来の語順をしっている必要があります。強調など、特別な意図があるときに語順をくずします。内面が外面にあらわれます。
今回は、テンの原則「逆順」(原則の逆に語順がなったときにテンをうつ、注)をつかって以下の例文を検討します。
例文96
発明は改造する、人類を。(アイニッサ・ラミレズ著, 安部恵子訳, 柏書房, 2021年)例文97
政府は4度目の緊急事態宣言を受けて、酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして、都道府県が支払う支援金の上乗せ額を拡充する。(ABEMA TIMES, 2021.7.14)例文98
約1時間前から警視庁の刑事と名乗る男が、空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと女性宅に電話していた。(朝日新聞デジタル, 2021.12.6)例文99
昨季までは右肘手術明けで打者に専念した2019年の425打席がキャリア最多だった。(Full-Count, 2021.8.27)
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例文96
発明は改造する、人類を。
例文96は本の題名であり、日本語の本来の語順であらわすならば「発明は人類を改造する」ですが、「発明は改造する」が前に配置され、逆順になっています。この場合、「発明は改造する人類を」とすると意味がわからなくなるため、「発明は改造する」のあとにテンをうち「発明は改造する、人類を」とします。これは、テンの原則2-2「原則の逆に語順がなったときにテンをうつ」(逆順の原則)によります。
この本の訳者は、「発明は改造する」ことをとくに強調したかったため本来の語順をくずしたとかんがえられ、このような倒置には特別な意図があり、その心のうごきをくみとることが大事です。
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例文97
政府は4度目の緊急事態宣言を受けて、酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして、都道府県が支払う支援金の上乗せ額を拡充する。
「政府」が、「4度目の緊急事態宣言」を受けたかのように一瞬よめてしまいますがそうではなく、「酒の販売事業者の経営」が、「4度目の緊急事態宣言」を受けて「困難になる恐れがある」ということではないでしょうか。
構造化します。

語順の原則「ながい修飾語ほど先に」(注)にしたがって再構造化します。

- 4度目の緊急事態宣言を受けて酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして都道府県が支払う支援金の上乗せ額を政府は拡充する。
テンがなくても文はなりたちます。
もし、「政府は」を強調したければ文頭にもってきます。この場合、テンの原則「逆順」によりテンをうちます。
- 政府は、4度目の緊急事態宣言を受けて酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして都道府県が支払う支援金の上乗せ額を拡充する。
「政府は」のあとのテン(逆順のテン)はなくてはならないテンです。一方、「4度目の緊急事態宣言を受けて」のあとのテンと、「酒の販売事業者の経営が困難になる恐れがあるとして」のあとのテンは不要です。誤解をさけるために必要なテンはうち、不要なテンはうたないようにします。
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例文98
約1時間前から警視庁の刑事と名乗る男が、空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと女性宅に電話していた。
「約1時間前」から「警視庁の刑事と名乗る」と一瞬よめてしまいますが、「約1時間前」から「電話していた」ということではないでしょうか。
構造化します。

語順の原則にしたがって再構造化します。

- 空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと警視庁の刑事と名乗る男が約1時間前から女性宅に電話していた。
もし、「約1時間前から」を強調したければ文頭にもってきて、テンの原則「逆順」によりテンをうちます。
- 約1時間前から、空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと警視庁の刑事と名乗る男が女性宅に電話していた。
「警視庁の刑事と名乗る男が」も強調したいなら文頭にもってきます。
- 警視庁の刑事と名乗る男が約1時間前から、空き巣に入って偽札に交換した犯人を捕まえたなどと女性宅に電話していた。
この場合は、語順の原則にしたがっているため「警視庁の刑事と名乗る男が」のあとにテンはいりません。
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例文99
昨季までは右肘手術明けで打者に専念した2019年の425打席がキャリア最多だった。
わかりにくい文です。構造化します。

語順の原則にしたがって再構造化します。

- 右肘手術明けで打者に専念した2019年の425打席が昨季まではキャリア最多だった。
ただしい語順にするだけでわかりやすくなります。語順が適切であればテンはいらず、テンをうてばわかりやすくなるというわけではありません。しかしもし、「昨季までは」を強調したければ文頭にもってきて逆順のテンをうちます。
- 昨季までは、右肘手術明けで打者に専念した2019年の425打席がキャリア最多だった。
そこにおもいをこめたいときに語順を逆順にします。
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以上のように、語順が逆順になったときにテンをうちます。単純な原則ですが本来の語順を前提としてしっている必要があります。日本語の語順の原則はつぎのとおりです(注)。
- 述部(動詞・形容詞・形容動詞)が最後にくる。
- 形容する詞句が先にくる(修飾辞が被修飾辞の前にくる)。
- ながい修飾語ほど先に。
- 句を先に。
それぞれの場合について検証します。
1. 述部(動詞・形容詞・形容動詞)が最後にくる
- 桜がさいた。
これを逆順にすると・・・
- さいた桜が。
これではわからないので、テンの原則「逆順」にしたがってテンをうちます。
- さいた、桜が。
この種の表現はときどきみかけます。
- 御嶽海です、優勝力士は。
- 2月です、第6波のピークは。
- 愛しています、あなたを。
2. 形容する詞句が先にくる(修飾辞が被修飾辞の前にくる)
- おいしそうなケーキ。
これを逆順にすると・・・
- ケーキおいしそうな。
これではわからないのでテンをうちます。
- ケーキ、おいしそうな。
この種の表現もときどきみかけます。
- 子供たち、うれしそうな。
- 富士山、うつくしい。
- あの花、紫色の。
3. ながい修飾語ほど先に
- 北アルプス黒部源流をしりつくした登山家がたてた山小屋でさっきとったばかりの山菜を太郎はたべた。
この例文は、語順の原則にしたがっているので問題ありません。しかし「太郎は」を強調して冒頭にもってくるとわかりにくくなります。
- 太郎は北アルプス黒部源流をしりつくした登山家がたてた山小屋でさっきとったばかりの山菜をたべた。
そこでテンの原則「逆順」によりテンをうちます。
- 太郎は、北アルプス黒部源流をしりつくした登山家がたてた山小屋でさっきとったばかりの山菜をたべた。
同様に・・・
- さっきとったばかりの山菜を、北アルプス黒部源流をしりつくした登山家がたてた山小屋で太郎はたべた。
つぎの例文はどうでしょうか。
- 八ヶ岳山麓の牧場でそだった動物たちを三郎はおくりだした。
「三郎は」を冒頭にもってくると・・・
- 三郎は八ヶ岳山麓の牧場でそだった動物たちをおくりだした。
わかりにくいためテンが必要です。
- 三郎は、八ヶ岳山麓の牧場でそだった動物たちをおくりだした。
しかし「三郎」に、「九州から移住してきたとても優秀な山岳ガイドの」という修飾語をつけてながくすればテンはいりません。
- 九州から移住してきたとても優秀な山岳ガイドの三郎は八ヶ岳山麓の牧場でそだった動物たちをおくりだした。
語句の長短関係に注目しなければならず、「○○は」のあとにテンをうつという原則はありません。
4. 句を先に
- 筑波鉄道で通勤している国立高速通信研究所のとてもすぐれた技師が来社するという。
この例文は、語順の原則「句を先に」の原則にしたがっており問題ありません。しかし「国立高速通信研究所のとてもすぐれた」を強調するために冒頭にもってくると・・・
- 国立高速通信研究所のとてもすぐれた筑波鉄道で通勤している技師が来社するという。
誤解が生じるため、テンの原則「逆順」にしたがってテンをうちます。
- 国立高速通信研究所のとてもすぐれた、筑波鉄道で通勤している技師が来社するという。
以上のように、本来の語順をしっていれば逆順をつかうことができ、その場合テンをうちます。
しかしそもそも、そこで語順を逆にする意味があるのかどうかをよくかんがえたほうがよいです。逆順が必要な場面なのか? ほとんどの場合は本来の語順でまにあうのであり、逆順は、特定の語句を強調したいときや感情が高揚したときなど、特別な場合につかえばよく、つかいすぎると効果がうすれ、かえってわかりにくくなります。テンは、本当に必要なところにうち、また不要なテンはうってはなりません。
文においてテンはとても目立つので、テンのうちかたをみれば文の良し悪し、その人の作文力がすぐにわかりますが、テンのうちかたにむずかしいことは何もなく、訓練もいりません。原則を理解すればよいだけのことです。
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▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年(初版1976年)
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年(初版1994年)
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年(初版1967年)
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年
※ 三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』は、題目をあらわす「○○は」のつかいかたをくわしく解説し、「○○は」の「は」は、「が」「の」「に」「を」を兼務することをしめします。本書をよんで練習すれば、「○○は」と「○○が」のつかいわけができるようになります。
※ 三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』は、『象は鼻が長い』同様、「○○は」のつかいかたをくわしく解説しています。日本語は、すべての修飾成分が述部によって統括される述部中心の言語であり、述部以外はすべて、その「補足語」として機能します。したがって日本語には “主語” は存在しません。
※ 本多勝一著『日本語の作文技術』は、「修飾の順序」「句読点のうちかた」「助詞の使い方」などの基本技術をくわしく解説しています。日本語も、非常に少数の簡単な原則でなりたっていることがわかり、本書をよめば誰でもすぐに、わかりやすい日本語が書けるようになります。
※ 本多勝一著『実戦・日本語の作文技術』は、『日本語の作文技術』の続編であり、日本語の作文技術(原則)を復習し、ブラッシュアップするために役だちます。とくに、「読点の統辞論」が参考になります。『日本語の作文技術』は帰納的にのべられているのに対し、『実戦・日本語の作文技術』は演繹的にのべられています。
※ 川喜田二郎著『発想法(改版)』は、フィールドワーク・定性的データの統合・問題解決に役だつ「KJ法」の基礎を解説しています。取材をしたらすぐに文章を書かず、図解をつくってから文章化をすすめます。人間主体の情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の観点からいうと、取材法はインプットの、KJ法はアウトプットの方法であることに注目してください。
※ 梅棹忠夫著『知的生産の技術』は、知的生産の原理と技術についてくわしく解説しています。並列的な編集から直列的な表現へすすみ、情報を統合するという文章化の原理をまなんでください。具体的な技術として「こざね法」がつかえます。今日では、紙でできた道具はつかわずコンピューターをつかいますが、つかう道具はちがっても知的生産の本質は不変です。
※ 栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』は、「速く・うまく・わかりやすい」文章を書く「速書法」について解説しています。書くことにとどまらず知的能力をたかめます。「結果として速く書ける」ことを目指すのではなく、「速く書くことを追求する過程で、従来とは異なる意識の新しい領域を巻き込む」ことが重要です。
(冒頭写真:六義園、筆者撮影)