わかりやすい日本語を書く(20) - 思想のテン –

情報処理

思想の最小単位をしめします。固有のリズムがうまれます。著者の文体が完成します。

今回は、「思想の最小単位としての自由なテン(思想のテン)」(注1)の観点からつぎの例文を検討します。

例文100
わたしの人生論は、人生いかに生きるべきかを論じたものではない、といった。しかし、わたしに実践的関心がいささかもなかったといえば、それはうそになる。(中略)その結論といえるかどうかわかなないが、この本のなかでくりかえしあらわれてくる基調音というのは、目的体系からの離脱ということであり、無目的の自己放出ということである。これだけのことをかがり糸として、この本の、一見無関係ともみえる各章がつづりあわされているのである。

梅棹忠夫著『わたしの生きがい論 -人生に目的があるか-』講談社、1985年(注2)

わかりやすい文ですが、語順の原則「ながい修飾語ほど先に」にしたがって書きなおしてみます。

例文100a
人生いかに生きるべきかをわたしの人生論は論じたものではないといった。しかし実践的関心がいささかもわたしになかったといえばそれはうそになる。その結論といえるかどうかわかなないがこの本のなかでくりかえしあらわれてくる基調音というのは目的体系からの離脱ということであり無目的の自己放出ということである。一見無関係ともみえるこの本の各章がこれだけのことをかがり糸としてつづりあわされているのである。

原文にしたがって語句の配置をかえ、テンの原則「ながい修飾語」と「逆順」にしたがってテンをうちます。

例文100b
わたしの人生論は、人生いかに生きるべきかを論じたものではないといった。しかしわたしに、実践的関心がいささかもなかったといえばそれはうそになる。その結論といえるかどうかわかなないが、この本のなかでくりかえしあらわれてくる基調音というのは目的体系からの離脱ということであり、無目的の自己放出ということである。これだけのことをかがり糸としてこの本の、一見無関係ともみえる各章がつづりあわされているのである。

原文をよむと、テンの原則にしたがって適切にテンがうたれていることがわかりますがそれだけでなく、「人生いかに生きるべきかを論じたものではない、といった」や「わたしに実践的関心がいささかもなかったといえば、それはうそになる」など、テンの原則によらないテンもあります。

これが、「思想の最小単位としての自由なテン(思想のテン)」(注1)であり、強調や含みなど、ある意味をもたせて特別にうつテンです。

たとえば例文100abと原文をくらべてみれば、例文100aも100bも構文上はまったく問題ありませんが、原文のほうが、著者のメッセージがよりよくつたわってきます。またテンでかるく間(ま)をとってよめばわかるように、原文には、他人がもはや手をくわえられない域に達した著者固有のリズムがうまれています。

こうして思想のテンは、著者独自の文体をつくりだし完成させます。

ただし思想のテンは自由なテンとはいえうちすぎれば効果はなくなり、かえってわかりにくくなります。かんがえぬいたうえで本当に必要なところのみにうつようにします。

さて、「わかりやすい日本語を書く」と題して本ブログにおいてのべ100の例文をこれまで検討してきました。語順の原則・テンの原則・題目語・助詞などに関する日本語の原則を仮説とし、100の例文をつかって検証した結果、例外は1件もみつからず仮説の蓋然性が非常にたかまりました。原則が確立すれば、あとはそれを自在につかっていくことができます。原則は法則といってもよく、あらゆる現象の根本に法則があり、法則はつかえるものです。

わたしは、本多勝一著『日本語の作文技術』を学生のときによんで本多さんの作文技術をすぐにつかいはじめました。「長い修飾語ほど先に」「長い修飾語が2つ以上あるときにその境界にテンをうつ」「原則の逆に語順がなったときにテンをうつ」「題目を表すハ」など、むずかしいことは何もなくすぐにはじめられました。正直、日本語の作文技術(日本語の原則)がとても単純だったことにとてもおどろきました。

しかしその後、まともな日本語が書けない大学教授や日本語は非論理的だというインテリにであったり、日本語習得に苦労している外国人をみかけたり、あるいは他者の報告文などを添削したりしていて、シンプルな原則が日本語に存在することにおおくの人々が気づいていないことがわかりました。そこで折にふれてまたブログで日本語の原則を紹介するようにしました。日本語も、英語などと同様に原則は簡単であり、原則がわかれば、わかりやすい日本語が誰でもすぐに書けるようになります。外国人が日本語を習得するときも原則をつかえば学習が一気に加速します。逆に、その時その場で添削してもらっているだけだとなかなか上達しません。

作文は、人間主体の情報処理におけるアウトプットの手段としてとても重要です。アウトプットはプロセシングの結果であり、内面の表現です。梅棹忠夫流に「自己放出」といってもよいでしょう。アウトプットはその人の心の状態をあらわし、言葉がととのっている人は心もととのっており、言葉がみだれている人は心もみだれています。言葉をとおして、アウトプットの重要性をあらためてとらえなおし、情報処理をすすめ、心ゆたかな人生をおくりたいものです。

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日本語の作文法:日本語の原則

▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年

※ 三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』は、題目をあらわす「○○は」のつかいかたをくわしく解説し、「○○は」の「は」は、「が」「の」「に」「を」を兼務することをしめします。本書をよんで練習すれば、「○○は」と「○○が」のつかいわけができるようになります。

※ 三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』は、『象は鼻が長い』同様、「○○は」のつかいかたをくわしく解説しています。日本語は、すべての修飾成分が述語によって統括される述語中心の言語であり、述語以外はすべて、その補足語として機能することがわかります。したがって日本語には “主語” は存在しません。

※ 本多勝一著『日本語の作文技術』は、「修飾の順序」「句読点のうちかた」「助詞の使い方」などの基本技術をくわしく解説しています。日本語も、非常に少数の簡単な原則でなりたっていることがわかり、本書をよめば誰でもすぐに、わかりやすい日本語が書けるようになります。

※ 本多勝一著『実戦・日本語の作文技術』は、『日本語の作文技術』の続編であり、日本語の作文技術(原則)を復習し、ブラッシュアップするために役だちます。とくに、「読点の統辞論」が参考になります。『日本語の作文技術』は帰納的にのべられているのに対し、『実戦・日本語の作文技術』は演繹的にのべられています。

※ 川喜田二郎著『発想法(改版)』は、定性的データの統合・問題解決・創造性開発に役だつ「KJ法」の基礎を解説しています。取材をしたら、すぐに文章を書かず、図解をつくってから文章化をすすめます。人間主体の情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の観点からいうと、取材法はインプットの、KJ法はアウトプットの方法であることに注目してください。

※ 梅棹忠夫著『知的生産の技術』は、知的生産の原理と技術についてくわしく解説しています。並列的な編集から直列的な表現へすすみ、情報を統合するという文章化の原理をまなんでください。具体的な技術として「こざね法」がつかえます。今日では、つかう道具はちがっていますが知的生産の本質は不変です。

※ 栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』は、「速く・うまく・わかりやすい」文章を書く「速書法」について解説しています。書くことにとどまらず知的能力をたかめます。「結果として速く書ける」ことを目指すのではなく、「速く書くことを追求する過程で、従来とは異なる意識の新しい領域を巻き込む」ことが重要です。

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▼ 注1
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年(旧版は1982年)
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年(旧版は1994年)
本多勝一著『本多勝一集 第19巻 日本語の作文技術』朝日新聞社、1996年

▼ 注2
梅棹忠夫著『わたしの生きがい論 -人生に目的があるか-』講談社、1985年
梅棹忠夫著『梅棹忠夫著作集 12 人生と学問』中央公論新社、1991年

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