先住民族の流儀が北方に息づきます。カムイがカミ(神)になりました。日本の深層にアプローチします。
金田一京助・久保寺逸彦没後50年・企画展「アイヌプリ―北方に息づく先住民族の文化―」が國學院大學博物館で開催されています(注1)。関連資料や貴重書をとおして先住民族の文化について理解をふかめます。
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「アトゥㇱ(樹皮衣)」は、オヒョウなどの北方に多産する落葉高木からえた糸でおった樹皮衣であり、独特の文様を刺繍したものがおおく、なかには、染糸を駆使して縦縞をあしらった生地のものもあります。アイヌの伝統的衣服には、獣皮や鳥毛、草木の繊維、交易で入手した木綿などの素材が利用されました。
「ニマ(椀)」は、ふかさのある椀状のもので、長形・丸形・把手つきなど様々な形状とサイズがあり、料理をもるだけでなく、こねたり すりつぶしたりする際の調理器具としての役割もありました。
「イタ(盆)」は、平たい形状のもので盆としておもにつかわれましたが、料理を直接もることもありました。
アイヌの人々は、さまざまな日用品を木でつくりだし、いずれも、「マキリ」という小刀をつかって男性が製作し、うつくしいアイヌ文様がしばしばほどこされました。
「マキリ(刀子)」は、男女ともに携帯した小刀であり、日常生活のさまざまな手仕事に使用しました。鞘や柄には、抽象・具象文様の彫刻が精緻にほどこされ、アイヌの代表的な工芸としてもしられます。女性用のこぶりな「メノコマキリ」は、装飾性がとくにたかいものがおおく、求愛の証として男性からおくられたといいます。幕末頃からは、土産品としての需要も発生し、和人の家紋を意匠にくみこんだものもあります。
「タンパコオプ(喫煙具)」は、うつくしく彫刻で装飾された印籠状の煙草入れであり、「キセリ(煙管)」とともに腰からさげて携行されました。喫煙の風習は、和人や大陸との交易によってもたらされ、日常生活における嗜好品のみならず、他者と交流をふかめる際や、「カムイ(カミ、神)」や祖先への祈りをささげるおりなど、儀礼や祭祀に不可欠なものとして重宝され、社会的・文化的におおきな意味をもちました。
「タマサイ(首飾り)」は、ガラス玉をつらねたアイヌ独自の首飾りであり、儀礼の際に女性が身につけます。母から娘、姑から嫁へとうけつがれる「イコㇿ(宝物)」であり、連数がおおいほど上等とされます。ガラス玉はおもに大陸からの移入品であり、北東アジアを経由して清と松前をつないだ物流網のなかで、アイヌがおこなった山丹交易をとおして入手されました。
「エムㇱ(飾太刀・腰刀)」は、儀礼や祭祀のときに男性が身につける装身具です。外装には、自製の木製品や、和人との交易で入手した金属製の拵(こしらえ)などがあります。アイヌは、金属器を輸入にたよっていたため、刀身を欠いた竹光状のものもおおくみられます。宝物としてあつかわれるものは祭壇にかざられることもあります。アイヌの人々は、儀礼や祭祀の際にはさまざまな装身具を着用して威儀をただします。
「イクパスイ(捧酒箸)」は、アイヌと「カムイ(カミ、神)」が対話するための重要な祭具です。アイヌの人々は、ともにくらすカムイに対してさまざまな祈りをささげ、祭祀や儀礼において、イクパスイの先端につけた酒をカムイヘささげ、人間の不完全な言葉を完全にしてカムイにつたえられると信じてきました。抽象・具象の文様 は、動植物や生業活動をモチーフとしたものもおおく、カムイヘささげられた願い事をうかがいしる手がかりとなります。
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アイヌの人々は、「まわりに存在する数限りない事象にはすべて『魂』が宿っている」とかんがえます。広大な大地、はてしない海原、ながれゆく川、ゆたかな自然のなかを大小の動物たちが往来し、色とりどりの植物が山々に群生します。これらすべてが魂を宿しているということは、ある使命をになって天上からまいおりてきて姿かたちをかえながらこの地上にすんでいる証であり、天上の世界では別の姿をしていたものがこの世にきて、動物や植物といった事象に化身したのであり、このようなものがアイヌの人々には「カムイ」として意識されます。したがってゆたかな自然のいたるところに、この世でのつとめをになったカムイが姿をかえてそれぞれすんでいるということになります。
カムイは、「人間の生活にとって必要なもの、人間の能力以上のものをもったもの」ですから、それらから、いきていくためのエネルギーを人間はもらわなければならず、カムイの庇護なくして生活はなりたたず、したがってカムイをうやまうことは当然のことであり、くらしを保障してもらうことへの願いとこれまでの感謝の意を「祈り」という儀式をとおして言葉に託してカムイにささげます。
このような儀式の際になくてはならない祭具のひとつが「イクパスイ(捧酒箸)」であり、これによって、人間の言葉が多少つたなくてもおぎなわれ、願いや感謝の気持ちがカムイに十分につたわります。
このように、人間が、カムイにすべきことをし、これに対してカムイが、なすべきことをすることによってカムイと人間の相互の生活が成立するのであり、こにに、カムイと人間が自然を媒介して調和したアイヌの世界観がみられます。
そしてアイヌ民族は日本の先住民族であり、アイヌ文化は先住民族の文化であるという前提にたつと、先住民族の「カムイ」が、その後の日本の「カミ(神)」になったのではないかという仮説がたてられます。
このようにかんがえると、自然現象や自然物をうやまう日本人の自然崇拝や、山・巨岩・滝・巨木などの御神体、成仏の範囲を、僧ばかりか俗人一般さらに動植物や山川にまで拡大し「山川草木悉皆成仏」をとく日本仏教などもよく理解できます(注2)。
アイヌの言葉と日本語の相似の例、アイヌ語が日本語になったとおもわれる例はほかにもたくさんあり、アイヌ文化を探究すれば、日本の深層文化を理解する手がかりがえられるはずであり、アイヌ文化をしることは日本の深層にアプローチすることになります(注3、4)。
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▼ 注1
企画展「アイヌプリ―北方に息づく先住民族の文化―」
会場:國學院大學博物館
会期:2021年11月18日~2022年1月22日
※ 一部のみ撮影が許可されています。
企画展「アイヌプリ―北方に息づく先住民族の文化―」を展示解説!(YouTube)
▼ 注2
日本の「カミ(神)」と西洋の「god」はまったくことなり、神=god とかんがえていると誤解が生じます。
▼ 注3
ある地域の中心地では進歩・発展によりふるいものがうしなわれますが、中心からはなれた所ではふるきよきものがのこる傾向にあります。ふるい文化は辺境にのこります(ドーナツ化モデル)。
▼ 注4
アイヌ文化は日本の先住民族の文化ではないかという仮説がたてられますが、ただし今日のアイヌ文化は、外来文化の影響をうけていくらか変化している可能性もあるので、現在観察できる物事をいったん要素に分解し、くわしくしらべなおす必要があります。このような作業は分析ともいい、演繹法の実践例でもあります。
▼ 参考文献
國學院大學博物館編集・発行『アイヌプリ―北方に息づく先住民族の文化―』(図録)、2021年
アイヌ民族博物館・児島恭子監修『アイヌ文化の基礎知識』(増補・改訂版)草風館、2018年
『今こそ知りたいアイヌ』(サンエイムック 時空旅人 ベストシリーズ)三栄、2021年
梅原猛著『梅原猛著作集 7 日本冒険(上)』小学館、2001年
梅原猛著『梅原猛著作集 8 日本冒険(下)』小学館、2001年
※ アイヌ民族博物館・児島恭子監修『アイヌ文化の基礎知識』は、アイヌ文化に関する基本的な事項をわかりやすく概説しており、アイヌの代表的な言葉もわかります。入門書としておすすめします。
※ 『今こそ知りたいアイヌ』は、ふんだんに写真をつかった一般むけアイヌ・ガイドブックです。アイヌ関連の博物館・資料館、アイヌゆかりの地なども紹介しており、旅行案内書としても有用です。
※ 梅原猛著『梅原猛著作集 7 日本冒険(上)』では「二─火 その二」「「四-鳥 その二」において、『梅原猛著作集 8 日本冒険(下)』では「第四の旅 母文明」においてアイヌについてくわしく論述しています。アイヌ文化とともに沖縄文化についてものべ、弥生人(渡来人)がつくった大和朝廷の支配下に はいらなかった先住民族が日本列島の北と南にのこり、それらがアイヌと沖縄人ではないかという仮説を提案し、アイヌ文化と沖縄文化を日本本土の文化と比較研究するという今後の方針がしめされます。