那須サファリパーク事故、ヒューマンエラー説

情報処理

事実・前提・仮説をおさえます。冷静に論理をすすめ、問題の核心にせまります。教訓をいかします。

2022年1月5日、栃木県那須町の那須サファリパーク(注1)でトラ(名前=ボルタ)に飼育員がおそわれる事故がありました。

5日午前8時半ごろ、栃木県那須町の「那須サファリパーク」から「飼育員がトラに襲われた」と119番があった。20代の男女計3人の飼育員がトラに頭や腕をかまれるなどして負傷し、緊急搬送された。女性1人は右手首から先を失う重傷という。

県警那須塩原署や同園によると、負傷したのは26歳と22歳の女性、24歳の男性。飼育担当の26歳の女性がトラを屋外の展示スペースに出す準備作業中、獣舎と屋外をつなぐ通路でトラ1頭と鉢合わせし襲われたという。叫び声を聞いて駆けつけた2人も相次いで襲われた。

「トラに襲われた飼育員 1人は右手失う重傷 那須サファリパーク」
毎日新聞、2022年1月5日

1月7日までにつぎの事実があきらかになりました(注2)。

  • トラ舎は平屋で、中には獣舎が五つ並んでおり、トラ2頭が使っていた。
  • トラは、展示終了後、移動用の「アニマル通路」を通って獣舎に戻り、夜を過ごすことになっている。
  • 4日も、ボルタは、展示スペース(外)に出て、閉園の午後4時半すぎには獣舎に戻る予定だった。
  • 獣舎の扉は、ワイヤ式ロープで開閉し、閉めた後は施錠することになっている。
  • 5日午前8時17分、女性飼育員(26)が獣舎が並んだ施設内に入り、園の安全確認をするために施設を通り抜けようとした。
  • 5日は凍結があり、ふだんは通らない施設内を園の安全確認のために通ろうとした。
  • もう1人の男性飼育員(21)は、安全確認後に電源を入れるため外に待機していた。
  • 「わあっ」という叫び声に、この男性飼育員が見ると、「キーパー通路」に女性飼育員とトラがいた。
  • 獣舎は通常は、夕方のトラ収容後に施錠するが、5日朝は獣舎外にトラがいた。
  • 「キーパー通路」と一番端の動物のいない獣舎の間の扉も、その獣舎と「アニマル通路」の間の扉も開いていた。
  • 別の男性飼育員(24)と施設内の「前室」の奥にいた別の女性飼育員(22)が駆けつけ、相次いで襲われた。
  • 午前8時55分ごろ、獣医師が麻酔銃をうち救助。葛原支配人が119番通報した。
  • ボルタが収容されていたはずの獣舎の扉は閉じて施錠してあった。
  • ボルタの獣舎には餌の肉を用意していたが、5日、餌の肉はそのまま残っていた。
  • 通路には、トラのフンが落ちていた。
  • 4日の閉園後、同日担当の飼育員2人は、ボルタが、「アニマル通路」までは戻ったことは確認しているが、獣舎に戻ったことは確認したかどうか不明だという。
トラ舎の平面図
トラ舎の平面図

以上の事実(データ)をふまえ、扉や鍵がこわれたなど、構造的・物理的な欠陥・破損がトラ舎(建物)にはなかったことを前提とすると、つぎの仮説がたてられます。

展示スペース(外)からもどってきたトラ(ボルタ)は「アニマル通路」までははいりましたが、飼育員が扉をあけていなかったため「獣舎」にははいれず、「アニマル通路」で一夜をすごし、翌朝、「獣舎 ①」と「アニマル通路」をとおって展示スペース(外)にでようとした飼育員と鉢合わせ、飼育員は、「キーパー通路」へにげようとしておそわれ、かけつけた2人の飼育員も「キーパー通路」でおそわれたのではないでしょうか。すなわちこの事故は、トラを獣舎にもどさなかったというヒューマンエラーによっておこったとかんがえられます(ヒューマンエラー説)。

  • 事実:上記のとおり。
  • 前提:トラ舎(建物)には欠陥・破損はなかった。
  • 仮説:ヒューマンエラー説。

〈事実→前提→仮説〉とすすむこの論理は仮説法です。仮説をたてるためには事実と前提を区別しておさえる必要があります。

そしてもし、トラ舎(建物)には欠陥・破損はなかったことを前提とし、ヒューマンエラー説がただしいとすると、マニュアルどおりに飼育員・関係者が行動していなかった、マニュアルが不完全だった、トラ舎および施設の管理・運営に問題があった、注意力・集中力が関係者に欠けていたなど、仮説を裏づける証言があらたに多数えられるだろうと予想できます。

  • 前提:トラ舎(建物)には欠陥・破損はなかった。
  • 仮説:ヒューマンエラー説。
  • 予想と確認:あらたな証言。

〈前提→仮説→予想と確認〉とすすむ論理は演繹法です。

そこで実際に、あらためて関係者からききとりをして確認します。現場検証もあわせてすすめます。結果は記録され、あらたな証拠となります。

1月15日までにつぎの証言がえられました(注3)。

  • 事故前日の今月4日、2人の飼育員が、展示スペースと獣舎をつなぐアニマル通路までトラを入れたが、1人は、別の動物を収容するため、「獣舎に(餌の)肉を置いてトラを入れて」と指示し、先にトラ舎を出た。もう1人は、「肉は置いたが、獣舎との間の扉を開けたかどうか覚えていない」という。
  • 事故前日、飼育員がトラを獣舎へ収容する際、マニュアルに定められた2人ではなく、1人で作業していた。マニュアルでは、2人で獣舎の中に入ったことを目視で確認することになっていた。
  • 前日にトラを獣舎に戻す際に、おりのある建物周辺に雪が積もっていたため、普段は行わない除雪作業に飼育員は追われていた。業務マニュアルの手順にはない雪かきを行っていた。
  • トラが、獣舎に入るのを嫌がるなど異常事態があった時は日誌に記録するが、そのような記録もなかった。
  • トラ舎を抜けて展示スペースへ向かうこともよくあった。「アニマル通路」を飼育員が通ることが常態化していた。
  • トラ舎を抜けずに展示スペースへ飼育員が出入りするための外部からの出入口の扉は壊れて使えない状態だった。

こうして演繹法をくりかえしているとあらたな事実がつぎつぎにうかびあがります。たとえば、「トラ舎を抜けずに展示スペースへ飼育員が出入りするための外部からの出入口の扉がこわれていた」、「アニマル通路を飼育員が通ることが常態化していた」、「飼育員は前日、通常の手順にはない除雪作業をおこなっていた」などは新事実であり、今回の事故が単純なヒューマンエラーではないことがわかります。飼育員の通路の確保など管理・運営に問題があった、通常とはちがう出来事があり注意力が低下した、運営組織に構造的欠陥があったなど、はじめに見当をつけた以上のことがわかってきます。あらたにえられた事実を総合すれば、今回のヒューマンエラーの背後にあるもっとおおきな問題があきらかになります。本質的・一般的なことにせまれます。

このように、仮説にもとづいて予想し確認することにより事実(データ)をさらに蓄積し、それらを総合することによってもっと一般的・本質的なことをあきらかにする、すなわち〈仮説→事実→一般〉とすすむ論理は帰納法といえます。

今回の事故では、「キーパー通路」つまり人間の領域までトラがでてきており、場合によっては、「前室」から、外の駐車場(サファリパークの入口)までトラがでてきた可能性もありました。

那須サファリパークでは1997年と2000年にも、ライオンに飼育員がおそわれる事故がおこっています。また京都市動物園では2008年、トラにおそわれ飼育員が死亡しています。これらの教訓は残念ながらいかされませんでした。ふたたび事故をおこさないために冷静に論理をすすめ、解決策を立案しなければなりません。

▼ 注1
那須サファリパーク

▼ 注2
「トラに襲われた飼育員 1人は右手失う重傷 那須サファリパーク」(毎日新聞、2022年1月5日)
トラに襲われ飼育員3人けが 2人重傷 栃木 那須サファリパーク(NHK NES WEB、2020年1月5日)
「『わあっ』と叫び声、なぜおりの外にトラ? 那須サファリパーク事故」(朝日新聞、2022年1月7日)
「飼育マニュアル違反か 那須サファリに行政指導 トラに襲われ飼育員けが」(とちぎテレビ、2022年1月7日)

▼ 注3
「トラに襲われ3人けが 除雪作業影響で確認不十分か 団体調査」(首都圏 NEWS WEB、2020年1月12日)
「事故前日に1人でトラ収容作業 獣舎への扉開け忘れとの見方」(下野新聞、2020年1月15日)

アーカイブ

TOP