日本の鉄道の原点です。当時の日本人には未来がありました。原点・起源をしることはその分野の全体的な理解を容易にします。
鉄道開業150年を記念して、企画展「新橋停車場、開業!」が旧新橋停車場・鉄道歴史展示室で開催されています(注)。明治5年(1872年)、日本の鉄道はここ新橋で創業、日本の近代化を牽引した鉄道の原点がここにあります。東日本鉄道文化財団などが所有する貴重な遺構・絵・写真・文献などをみながら創業当時の様子をふりかえります。
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「旧新橋停車場の駅舎」は、明治5年(1872年)10月14日(太陽暦)に開業した日本最初の鉄道ターミナル・新橋停車場の駅舎の外観を当時とおなじ位置に忠実に再現したものです。新橋停車場の駅舎は、アメリカ人 R.P.ブリジェンスの設計により、明治4年5月に着工、同年12月に完成しました。西洋建築がめずらしかった当時、銀座通りにむかって威容をほこりました。
平成3年(1991年)から、再開発工事に先だつ発掘調査がおこなわれ、旧新橋停車場駅舎とプラットホームなど構内の諸施設の礎石が発掘され、平成8年(1996年)、駅舎とプラットホームの一部の遺構が史跡「旧新橋停車場跡」として国の指定をうけ、これを保護しつつ鉄道発祥の往時をしのぶために駅舎が復元されました。
「プラットホーム」は、「盛土式石積(もりどしきいしづみ)」という構造でつくられ、両側面の真下には、溝状に地面をほって基礎石をしきつめ、その上に切石を石垣のようにつんで土留め壁がつくられ、内側には土がつめられました。基礎石には、龍野藩脇坂家・仙台藩伊達家の屋敷の礎石などがつかわれました。プラットホームの全長は151.5m、幅は9.1mあり、再現されたのはそのうち駅舎よりの25mです。
「0哩(ゼロマイル)標識」は、測量の基点であり、明治3年(1870年)に第一杭がこの場所にうちこまれました。昭和11年(1936年)に、日本の鉄道発祥の地として、0哩標識と約3mの軌道を復元しました。昭和33年(1958年)に、旧国鉄によって0哩標識は鉄道記念物に指定され、昭和40年(1965年)に、「旧新橋横浜間鉄道創設起点跡」として国の指定史跡に認定されました。
「創業時の線路」は、枕木やレールの台座(チェアー)は小石や砂のまじった土をかぶらせ、レールの頭だけが地表にでており、レールの断面は上下対称の「双頭レール」であり、レールが摩耗したのちひっくりかえしてつかいました。復元軌道は、半分は、小石をかぶせて当時の状態を再現し、のこりは、枕木や台座がみえるようにしてあります。線路は単線で、レール間隔は1067mmが採用されました。
明治5年6月12日(旧暦5月7日)に品川〜横浜(現在の桜木町)間が仮開通し、その後、おくれていた高輪の築堤工事がおわり、同年10月14日(旧暦9月12日)に新橋〜横浜間全線が開通しました。
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18世紀、イギリスで産業革命がおこり、ジェームス=ワット(1736-1819)が蒸気機関を実用化、リチャード=トレビシック(1771-1833)が小型化した蒸気機関を搭載した蒸気機関車をつくり、鉄製のレールのうえの走行を世界ではじめて成功させ、その後、ジョージ=スティーブンソン(1781-1848)が蒸気機関車を実用化、1825年、イギリスのストックトン〜ダーリントン間で世界初の公共鉄道が営業をはじめます。
日本では、明治維新とともに、新体制づくりをめざす明治政府が、中央集権体制を確立し、殖産興業を推進し、近代化を実現するために鉄道が不可欠であるとしましす。
明治2年、外務省が太政官にあてた「鉄道建設二関シ建議ノ件」によると、首都・東京と開港地・横浜間の鉄道建設には、将来的に実現をめざす全国鉄道網の「発起見本として」の政治効果と、「商法之掛ケ引、貿易益増大」の経済的効果の2つの意義があったことがわかります。
明治政府は、イギリス人の鉄道技師・エドモンド=モレル(1840-1871)を招聘し、モレルは、明治3年に来日、初代の鉄道建築師長に就任、新橋〜横浜間の工事指導にあたるかたわら、国内で調達できる資材をもちいて建設費節減や工期短縮をはかり、また工部省の設置および日本人技師の養成や技術指導にも関わります。残念ながら、鉄道開業目前の明治4年に肺結核のため生涯をおえ、横浜外国人墓地に埋葬され、その墓は、鉄道記念物に指定されています。
明治5年10月14日、開業式を挙行、我が国初の鉄道の開業をいわうこの式典は、明治天皇のご臨席をあおぎ盛大にとりおこなわれます。当日は、新橋・横浜の両停車場(鉄道館)には、万国旗や紅白の提灯やアーチなどの飾りがつけられ、明治天皇や政府関係者や各国公使ら一行が新橋停車場から列車に乗車して横浜との間を往復し、両停車場で式典がとりこなわれます。この列車の発着時には、品川・横浜に停泊の軍艦から祝砲がなり、新橋停車場構内では花火がうちあげられます。
停車場の構内には桟敷が仮設され、プラットホームなどの施設や蒸気機関車が公開されましたが、入場できたのは鉄道寮が事前に発行した「印票(入場券)」を所持した資産家や各国の領事などの一部の人のみであり、そのため、停車場の周囲や鉄道沿線には一般市民がつめかけ、大変な混雑となります。
新橋〜横浜間の旅客営業は、開業式の翌日より1日9往復の運行ではじまり、29kmを53分ではしる はやくて便利な蒸気機関車に「文明開化」を目のあたりにします。
創業期につかわれた蒸気機関車は10両あり、蒸気機関車を国産することは当時の日本にはできなかったため、客車などとあわせて明治4年にイギリスから輸入し、客車は日本で組み立てられ58両が用意され、貨車は75両が用意されます。
その後も、アメリカやイギリスから蒸気機関車が輸入されましたが、明治26年(1893年)に、イギリス人技術者の指揮のもとで国産機関車第1号が製造され、明治28年には、日本人による初の国産機関車が製造されます。
運営のノウハウも当初は、欧米各国の技術者にたよっており、開業当時の機関車の運転は、外国人が機関方(機関士)で、日本人は火夫(機関助士)をつとめていましたが、その後、日本人火夫を訓練して明治12年(1879年)に初の日本人機関方が3名うまれます。
こうして、日本人は機関車をつくり自力で鉄道を運営できるようになり、のちに、日本独自の鉄道技術がおおきく発展、いまでは、総延長約2万7000kmにおよぶ全国鉄道網をつくりあげ、またリニアモーターカーや自動運転の実用化が目前にせまっています。
このように、旧新橋停車場は鉄道の原点であり、原点や起源をしることが全体的な理解を容易にします。旧新橋停車場にくると創業当時の熱気が感じられ、あたらしい時代がまさにきりひらかれていく様子がよくわかります。新橋停車場は文明開化の象徴だったのであり、当時の日本人には未来がありました。鉄道は、そのご150年にわたって日本の近代化を牽引し、鉄道発展の歴史は、日本の近代化の歴史そのものとなりました。
そして近年の動向としては、クルーズトレインなど、豪華な観光列車の登場があります。「はやくて便利」を追求するのでななく、短時間で目的地に到達するというのではなく、列車にのることそれ自体をたのしむ、鉄道の旅そのものを堪能する、目的の達成よりも今をいきる人々がふえはじめました。おおきな転換期に鉄道業もきており、従来のやり方をつづけていては産業としてなりたちません。日本の文明も、発展期から成熟期にはいったといってよいでしょう。
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▼ 注
企画展「鉄道開業150年記念 新橋停車場、開業!」
会場:旧新橋停車場 鉄道歴史展示室
会期:2022年7月20日~11月6日
※ 館内の撮影は許可されていません。
▼ 参考文献
馬場菜生企画・編集『鉄道開業150年記念 新橋停車場、開業!』(図録)、公益財団法人東日本鉄道文化財団発行、2022年
▼ 関連サイト
鉄道博物館