「トラの縞模様が示す危機」(日経サイエンス 2022.04号)

生息地の分断がすすんでいます。ブラックタイガー(変異体)がふえます。いずれ絶滅します。

かつては非常にまれだった「ブラックタイガー」がインドのシミリパール国立公園・トラ保護区でふえています(注)。くろい縞の幅がひろがってたがいにくっつくようになった変異体です。

インド国立生物科学センターなどの共同研究チームは,動物園で生まれたブラックタイガー3頭と通常の縞模様だったその両親のゲノム配列を解析し, この特異な縞模様をもたらす原因が taqpep という遺伝子のわずかな変異であることを突き止めた。その後数カ月をかけてインド中のジャングルを約1500kmも歩き回り,トラの糞と毛,血液, 唾液を採集した。これらの試料を解析して taqpep 遺伝子の変異の広がりを特定したところ,シミリパール以外のトラにはこの変異が事実上存在しないことがわかった。

「トラの縞模様が示す危機」, 日経サイエンス, 2022年4月号


シミリパール国立公園の位置

シミリパール国立公園・トラ保護区では、ブラックタイガーに3頭に1頭がすでになっています。しかしシミリパール保護区以外のトラ395頭についてはこの変異をもつ個体は皆無でした。

この事実(データ)にもとづき、今日の遺伝学を前提とすると、シミリパール・トラ保護区のトラは隔離され、ほかの保護区のトラと交配する機会がまったくないため、変異遺伝子が何世代にもわたって維持されているのではないかという仮説がたてられます。

つまり、トラの生息域が分断され、非常にかぎられた仲間内だけで交配しているとかんがえられます(近親交配説あるいは生殖隔離説)。

論理的にとらえなおすとつぎのようになります。

  • 事実:「ブラックタイガー」(変異体)がトラ保護区でふえている。
  • 前提:遺伝学。
  • 仮説:生息域が分断され、かぎられた仲間内だけで交配しているのではなだろうか(近親交配説あるいは生殖隔離説)。

この論理は仮説法です。

実際に、トラの生息域分布図をみると分断がすすんでいることがわかります。人口増加などにより人間の領域が拡大しているので当然のことでしょう。

IUCN, IUCN Red List of Threatened Species. (2009-2014)(注2)

そして遺伝学を前提とし、仮説がただしいとすると、近親交配により遺伝子の劣化がすすみ、いずれトラは絶滅するだろうと推論(予想)できます。

  • 前提:遺伝学。
  • 仮説:生息域が分断され、かぎられた仲間内だけで交配しているのではなだろうか。
  • 予想:遺伝子の劣化がすすみ、いずれトラは絶滅するだろう。

この論理は演繹法です。

生物多様性には、生態系の多様性と種の多様性と遺伝的多様性があり、種の多様性が一般的には注目されますが、実際には、このような階層構造が多様性にもあり、近親交配がすすむと、遺伝的にちかい個体ばかりになって遺伝的多様性がたもてなくなり絶滅の危機がおとずれます。

近親交配(遺伝的多様性の喪失)は保護区の盲点であり、気がついていない人がおおいですが重要なことです。

たとえばネパールにも、チトワン国立公園やバルディア国立公園など、トラをはじめ、さまざまな野生動物を保護している保護区があり、エコツアーもおこなわれていますが、遺伝的多様性の重要性についてはほとんどしられていません。

野生動物の絶滅をふせぐためには、たいへんむずかしいですが、生息地と生息地をむすびつける、動物が移動できる「回廊」をつくる必要があります。

▼ 関連記事
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「サイを救え!」(ナショナルジオグラフィック 2018.10号)
自然史のストーリーをイメージする - 国立科学博物館 –

▼ 注1:参考文献
「トラの縞模様が示す危機」, pp.26-27, 日経サイエンス, 610, 2022年4月号

▼ 注2:参考サイト
これを読めばトラ博士?!絶滅危惧種トラの生態や亜種数は?(WWF JAPAN)

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