7.アジアのスイスをめざせ
ポカラ
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<目次>

(1)地球の実験場

(2)文化的統一はできない

(3)ネパールはアジアのスイスをめざせ


(1)地球の実験場

 ネパール社会は現在混迷をふかめている。2001年6月の国王一家殺害事件以来、国内の武装闘争は激化し、国家非常事態宣言の発令へとすすんだ。治安は回復されず、ネパールの社会は危機的状況になってきた。今後、反政府武装組織による革命が成功して共和制に移行するのだろうか。それとも、現在の立憲君主制を維持しつづけるのだろうか。あるいは、王権が復権し王制(君主制)にもどるのだろうか。ネパールの政治体制はこれからどうなるのか未来がみえない。

 一方、私たちのフィールドワークでみてきたとおり、ネパール・ヒマラヤでは山岳環境あるいは自然環境の破壊も急速にすすんでいる。

 結局、「人間社会-文化-自然環境系」という「大自然」の体系において、人間社会も自然環境もともにこわれてきており、ネパール・ヒマラヤの世界は今まさに全面的に崩壊をつづけているといわざるをえない。ネパール・ヒマラヤは、社会から自然にいたるまで大きく崩壊をつづけているのである。

 そもそもネパールには、人口急増と環境破壊、国土開発と環境保全、食糧不足と農業開発、貧困と援助、伝統と近代化、多民族と国家統合、王制と民主化といった、現代の世界がかかえる重要諸問題のほとんどがきわめて明確な形でつめこまれていた。その意味でネパールは特異な国であり、そこは世界の諸問題の「見本市」のようにもなっていた。

 ネパールと同様なことは世界でもおこっている。たとえば、ネパールにおける多民族と統合の問題は、スケールをかえれば、地球こそ多民族の共存共栄が必要な場なのである。ネパールの諸問題は同時に世界の諸問題でもあり、ネパールは「世界の縮図」である。

 ネパールでうまくいかないことは、世界でもうまくいかないだろう。ネパールでうまくいけば、世界でもうまくいくかもしれない。社会と自然とを調和させ、一方が他方をほろぼすのではなく、様々な民族が共存共栄する世界をつくりだすことは、ネパールのみならず世界の課題である。「世界の縮図」であるネパールは、同時に人類や地球の「実験場」になっているのである。

(2)文化的統一はできない

 かつてのネパールは、鎖国によって身をまもることができていた。ネパールの南にはマラリアのはびこるタライ平原が、北には「世界の屋根」ヒマラヤ(ヒマール)がありネパールは保護されていた。インドと中国(チベット)という大国にはさまれながら、いわゆる緩衝国として独立を維持していた。

 しかし、国はひらかれた。先進国からの援助がかぎりなくやってくる。道路ができる。空港ができる。物資がくる。開国と近代化により、外からの力が強力にはたらいて伝統はこわれはじめた。

 国内的には多民族国家である。カトマンドゥ盆地に都市国家をつくった先住民・ネワール族、あとからきた支配者であるバフン族とチェットリ族、中軸部(パハール)にくらす素朴的文化をもつ多数の民族、北部高所にくらすチベット系民族など、実にさまざまな民族がひしめきあっている。

 ネパールの中軸部(パハール)には多くの部族文化がのこされている。カトマンドゥ盆地に花開いた高度な文化は、ネパールの部族文化を統合して、統一ネパール文化をつくりだすまでにはいたらなかった。一方で、南からはヒンドゥー文明が、北からはチベット文明あるいは中国文明がせまり、文明の接線にもなっている。

 多民族・多文化国家ネパールにおいて、文化的統一をもたらすナショナリズムをうみだすことは不可能である。この点、おなじヒマラヤの王国でも、仏教で統一されているブータン王国とは根本的にことなる。ネパールの中の特定の民族が文化的な統一をめざそうとすれば、空中分解をおこすのはあきらかである。

 こうして、統一原理をもたないネパールは、近代化の潮流に翻弄され、政治情勢は混迷をふかめていく。現代ネパールはアジアにおいてもっとも複雑で理解しがたい国になっている。

(3)ネパールはアジアのスイスをめざせ

 もはや新型国家をつくりだすしかないだろう。複数の民族が共存し、政治的連合をつくる。インドからも中国からも独立した国際的中立国家を堅持する。これは、いわゆる民族国家とはちがう、多様な文化が共存共栄する「連合体」である。このような国家がはたして可能だろうか?

 そこで、モデルになる国がある。スイスである。

 スイスには、フランス語系民族・ドイツ語系民族・イタリア語系民族・ロマンシュ語系民族などが共存し、それら諸民族による政治的連合体が形成されている。国際的には永世中立国であり、中立を堅持している。

 一方で、「ヨーロッパの屋根」アルプスの国であり、ゆたかな自然環境にめぐまれた観光立国でもある。迫力ある数々の名峰や雄大にひろがる氷河、のどかな牧草地、各地に点在する湖、きよらかでゆたかな水にめぐまれた河川などはスイスを代表する風景であり、これらの自然環境は、「世界の屋根」ヒマラヤの国ネパールと大変よく似ている。ネパールもスイスと同様に、エコツアーや環境教育の一大センターとして機能しうる可能性を秘めている。

 調和した「人間社会-文化-自然環境系」、うつくしい「大自然」の国スイスから、ネパールは数多くのことをまなび、明確なビジョンをもって国造りをすすめなければならない。ネパールは「アジアのスイス」をめざすべきである。

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