特別講演とバーチャルリアリティ
-海外移住資料館-
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新世界に参加す
<国際協力機構・海外移住資料館>

<目 次>

特別講演「日本人、新世界に参加す」

体験をふかめる

バーチャル・フィールドワーク

 


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2003年10月17日 発行

 

 特別講演「日本人、新世界に参加す」

 2003年10月4日、国際協力機構(JICA)・横浜国際センターにおいて、海外移住資料館の開館1周年を記念し、国立民族学博物館の梅棹忠夫顧問(京都大学名誉教授)の特別講演会が開催される。梅棹教授は、同センター内にある海外移住資料館の特別監修者であり、「日本人と新世界」と題して、新世界の文明形成に日本人が貢献したことについて教授の話がすすむ。

 梅棹教授は、かつて、日系移住者の博物館建設のアドバイスのためにブラジル・サンパウロを訪問し、そのおりブラジル移住70周年を記念して講演した。テーマは「われら日本人、新文明に参加す」である。ブラジル・ペルー・パラグアイ・ハワイなどにおいて、日本人の移住者は実によく繁栄している。移住者は、決して棄民(きみん)ではない。

 南北アメリカ大陸の新世界においては、旧世界とはことなる文明が今でも形成されつづけている。移住者たちは、人類の新世界における新文明形成に参加しているのだ。この重要な点に気がついていない日本人が実に多い。表面的な現象にとらわれずに、歴史の大きなながれの中において自分たちがおかれている意味をよみとらなければならない。新文明形成というながれの中で、日本人がはたしている文明史的意味をよく理解し、それとともに、自分たちのやっていることにもっと自信をもってほしい。

 そして、この新文明の観点から、日本文明をもう一度とらえなおし、日本文明の未来と可能性についてかんがえていかなければならない。具体的な例としては、ブラジルを太平洋国家にし、日本とオーストラリア・ブラジル・カナダの国家連合による新文明形成の構想がある。この国家連合を、オーストラリア・ブラジル・カナダのそれぞれの頭文字をとって「日本ABC国家連合」という。

 

 体験をふかめる

 特別講演にひきつづき、同センターの2階にある海外移住資料館を見学する。ここには、各種の解説パネルや映像資料とともに、すぐれたモデルが展示されており、さながら、バーチャルリアリティの世界を体験できる。

 エントランスをぬけると、「海外移住の歴史」のコーナーに入る。日本人の海外移住は100年以上の歴史をもち、現在、海外で生活する移住者とその子孫の日系人は250万人となっている。国際協力機構の前身である国際協力事業団は、中南米への移住事業の一翼を戦後 になった。

 海外移住の歴史のコーナーをぬけると、本資料館のメイン展示「新世界に参加す」のエリアに入る。ここでは、パネルや映像資料とともに、実によくでたモデルの展示により、理解が多角的にふかまるしくみになっている。日本の文化・食生活を維持しつつも、現地の自然環境に適応して、あたらしいライフスタイルをつくりだした移住者たちの様子がよくわかる。

 展示物は本物そっくりであり、臨場感があふれている。特に、「コショウ栽培」と「綿花栽培」、「市場」、「萬屋」(よろずや)、「移住者の家庭生活」などは見入ってしまう。博物館の展示技術の進歩にとても感心する。

 出口の前には企画展示ホールがあり、ブラジル移住の歴史に関する映画が上映されていて、体験をさらにふかめることができる。

 

 バーチャル・フィールドワーク

 さて今回の、国際協力機構・横浜国際センターによる、特別講演と資料館見学の両者をくみあわせた企画により、日本人の海外移住の歴史についてふかく理解することができた。

 今回の認識の方法は、あるテーマについて認識をふかめる場合、まず、そのテーマにくわしい人から話をきく。次に、博物館・資料館を利用し体験をふかめる。そして、これらによってえられた情報をまとめ認識をふかめる、という3段階をふんでいることになる(図1)。

図1. 認識をふかめる3段階

 

 言語的な理解が、視覚的な感覚でとらえなおされ、さらに歩行という運動もくわわって、この一連の行為はこのテーマに関する一生に一度の貴重な体験となった。話をきいたり、本をよんだりするだけでなく、博物館や資料館を「体験する」ことにより、理解がふかまり、記憶にものこる。しかも、これらのことがかなり短時間の間にできる。なんとすばらしいことか。

 また、海外移住資料館のモデル展示は非常にすぐれており、実によくできている。このモデルをよく観察すれば、そのモデルを中核にして中南米の世界を想像し、心をふくらませることができる。よいモデルがあると、想像力を意識的にはたらかせて大きな視覚空間をつくりだすことができるのである(図2)。

図2. モデルを中核にして世界をみる

 

 これはバーチャルリアリティ(仮想現実)といってもいいだろう。バーチャルとは本来は「事実上の」という意味である。私は、南米には いったことがないが、ここで、バーチャルな現場体験をすることができた。これは、地域研究や問題解決におけるフィールドワークに相当する体験であり、このような行為は「バーチャル・フィールドワーク」とよんでもよいだろう。

 言語的な概要の理解にくわえて、博物館や資料館を利用した「バーチャル・フィールドワーク」をおこない視覚的にもとらえると、心の中にそのテーマに関する空間が形成されて、認識は飛躍的に進歩し問題意識もふかまる。そして将来現地をおとずれ、本当のフィールドワークをおこなったならば、それは実り多いものになるであろう。

図3. バーチャル・フィールドワークにより心の空間をつくる

 

 今回、特別講演をきき、すぐれたモデル展示に接したことによりこのアイデアが生じた。講演と展示をくみあわせたこのようなすぐれた企画を、博物館や資料館はこれからもつづけてほしいものである。

 

 

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