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オールスパイス(百味胡椒、ピメント、ジャマイカペッパー、フトモモ科)は、西インド諸島原産であり、未熟な果実を利用します。その名のとおり、シナモン・クローブ・ナツメグ・コショウの香りをあわせもつとても便利なスパイスであり、ソース・ケチャップ・ピクルス・ケーキなど、幅ひろくつかわれます。コロンブス以降の冒険者たちによって中南米から、西洋そして世界へもたらされました。
ケイパー(風鳥木、フウチョウボク科)は、ヨーロッパ南部原産であり、つぼみを利用します。肉料理・魚料理・ビザ・シチュー・塩漬け・酢漬け・サラダなど、南ヨーロッパでよくつかわれ、ほのかな辛味とすがすがしい香りが料理をひきたてます。乾燥すると芳香がよわくなるため、収穫したつぼみは、酢漬け・塩漬け・油漬けなどにすぐにされます。
コショウ(ペッパー、コショウ科)は、インド原産であり、果実を利用します。ポピュラーなスパイスであり、あらゆる料理に世界中でつかわれます。日本には、749年以前につたわったようで、聖武天皇の御遺物が献納されている正倉院御物にのこっています。シナモン・クローブ・ニンジン・カンゾウ・ジャコウなどとともに薬としてあつかわれました。
マスタード(からし、アブラナ科)は、中近東・インド・地中海沿岸などを原産地とし、種子を利用します。辛味と風味をあわせもつポピュラーなスパイスであり、あらゆる料理に世界中でつかわれています。中世までは薬用でした。
トウガラシ(ナス科)は、アメリカ大陸原産であり、紀元前7000年頃には野生のトウガラシがメキシコでたべられており、紀元前3500年には栽培がはじまっていたようです。コロンブスがヨーロッパへもちかえったことをきっかけに世界にひろまり、15〜16世紀に日本にもつたわりました。コロンブスが、アメリカ大陸をインドと誤解し、トウガラシをコショウの仲間とおもいこんだことから、「レッドペッパー(あかいコショウ)」と英語ではよばれます。いまでは、世界各地でつかわれるもっともポピュラーなスパイスです。
おおくのトウガラシのおもな辛味成分は「カプサイシン」であり、その量によって辛さがきまります。アメリカの科学者・ウィルパー=スコビルは100年ほど前に、カプサイシンの割合(辛さの度合い)をしめす「スコヴィル値」を提唱、トウガラシのエキスを砂糖水にとかし、辛味を感じなくなる希釈倍率をスコヴィル値としました。現在では、カプサイシンの量を分析装置で計量して辛さをしることができます。
トウガラシのいちばん辛い部分は果実のなかにある「ワタ」(正式には「胎座」)の部分であり、カプサイシンは、実の中央部分に種子をつけてさがっているワタの細胞でつくられ、実が熟するにつれてそこに蓄積し、辛さが増加します。種は、カプサイシンの量がすくないためさほど辛くありません。種が辛いと感じるのは、ワタの部分のカプサイシンが種の表面に付着しているためです。
ワサビ(アブラナ科)は、東アジア原産であり、根茎を利用します。鼻にぬけるツーンとした辛味が特徴であり、スシ・刺身・たこわさびなど、和食には欠かせません。古来より日本に自生していたスパイスのひとつであり、根茎をすりおろしてつかいます。目のこまかいおろしで細胞をこわすと水分とまざりあって酵素がはたらき、辛味がひきだされますが、おろしかたがわるいと辛味がでません。伝統的には、鮫皮のおろし器がつかわれますが、現在では、すぐれた専用のおろし器があります(注3)。一般家庭では、チューブいりのものをつかうことがおおいですが、風味や辛味など、本物にはかないません。
バニラ(ワニラ、ラン科)は、中央アメリカ原産であり、果実を利用します。アイスクリームやカスタードなどに欠かせません。原産地では、アステカ文明(14〜16世紀)の時代から、チョコレートドリンクの香りづけにつかわれたといわれ、16世紀後半、この地にたどりついたスペイン人によってヨーロッパにもたらされひろまりました。未熟な果実を収穫し、「キュアリング」とよばれる工程(発酵と乾燥のくりかえし)によって、褐色で光沢をもつ甘い香りの芳醇なバニラビーンズがうまれます。
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以上、スパイスのながい旅をしてきました。それぞれのスパイスが、ポンプのついた特殊なフラスコのなかにはいっており、香りもたのしむことができました。
スパイスは種類が非常におおく多様であり、何をどうつかったらよいかよくわからないわけですが、そこでまずは、ガラムマサラやカレーパウダーなどのミックススパイス(注4)をつかうことをおすすめします。スパイス料理が手軽に簡単にたのしめます。
ガラムマサラやカレーパウダーは日本のスーパーでもすぐに手にはいり、これらは、それぞれのメーカーや店がさまざまなスパイスを独自に配合してつくったものであり、ガラムとかカレーとかいう種類の植物があるわけではなく、したがっておなじガラムマサラやカレーパウダーでも、メーカーや店によってあるいは商品によって味も風味もことなります。いろいろなメーカーや店の味をためしてみるとよいでしょう。たとえば S&B のガラムマサラは、ブラックペッパー・コリアンダー・赤トウガラシ・カルダモン・ホワイトペッパー・クミン・クローブ・シナモンでできており、GABAN のガラムマサラは、赤トウガラシ・クミン・ブラックペパー・コリアンダー・カルダモン・ナツメグ・クローブ・青トウガラシ・シナモン・ジンジャー・フェンネルでできています。ガラムマサラとカレーパウダーのちがいはウコンの有無にあり、ガラムマサラにはウコンはふくまれず、カレーパウダーにはふくまれ、よってカレーパウダーは黄色をしています。実際には、インドやネパールなど、スパイスの本場でも、非常に多種類のミックススパイスが市販されていて、ネパールでくらしていたときにわたしも多用していました。それにしてもオリジナルのスパイスについてしっていればミックススパイスをよりよくつかいこなし、スパイス料理をさらにたのしむことができます。
簡単!ネパールじゃがいもカレー【レシピ】
材料(2人分)
- タマネギ(大):1個
- トマト(大):1個
- ジャガイモ(大):1個(注A)
- ウコン:小さじ1
- ショウガ(チューブでもよい):小さじ1
- ニンニク(チューブでもよい):小さじ1
- ガラムマサラ:小さじ1(注B)
- トウガラシ:小さじ1/3(このみで加減)
- 黒コショウ:少々(このみで加減)
- 塩:小さじ1/2(このみで加減)
- バターあるいは食用油:大さじ1
- 水:カップ1/4(このみで加減)
注A)ジャガイモのかわりにどんな野菜をつかってもよいです。注B)ガラムマサラのかわりにカレーパウダーをつかってもよいです。あるいは このみのスパイスをつかいます(何でもよいです)。
つくり方(調理時間:30分〜1時間)
- ジャガイモは、皮をむいてさいの目切りにします。
- タマネギは、スライスにします。
- ショウガとニンニクは、すりおろすか つぶします。あるいは市販されているチューブのものをつかいます。
- トマトは、こまかく切ります。
- 鍋に、バターか食用油をいれ熱し、ウコンとタマネギをくわえ、きつね色になるまでいためます。
- ショウガとニンニク・トウガラシ・塩をいれます。
- ジャガイモをくわえ、茶色になるまでいためます。
- ガラムマサラ(あるいはカレーパウダー)をくわえ、よくまぜます。
- 水をくわえます。
- トマトを上にのせます。まぜません。
- 鍋にフタをして、ジャガイモが適度にやわらかくなるまで煮ます。最後によくまぜます。
- 黒コショウ・塩などをこのみによりくわえます。
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スパイスといえばカレーです。
カレーの起源はインド地方にあり、南インドのタミール語の「Kari(カリ)」(ソース、汁という意味)から「Curry(カレー)」という言葉が一般的になったという説があります。Kari は、インド地方でとれるさまざまなスパイスをつかって肉や魚や野菜を煮た料理でしたが、中南米原産のトウガラシがインド地方につたわったのは17世紀にはいってからであり、それまでは意外にもカレーは辛い食べ物ではありませでした。あるいはヒンディー語で「Turcarri(ターカリー)」(香りたかいもの、おいしいものの意味)が「Turri(タリー)」になり、「Curry」になったという説もあります。あるいは北インドのふるい料理の「Kady(カディ)」が変化して「Curry」になったという説もあります。
古代から中世にかけては、スパイスは、薬用・香料・神仏祭事用・媚薬・保存剤などの役目をもった貴重品でしたが、大航海時代になり比較的容易にスパイスが手にはいるようになると、上流階級だけでなく一般大衆にもひろまり大量消費されるようになり、なかでも、コショウ・クローブ・ナツメグは、それぞれ、マラバル・モルッカ・バンダといった特定の地でしかとれなかったため、ヨーロッパ各国が争奪戦をはじめます。「スパイス戦争」です。16世紀前半にはポルトガルが進出、つづいてスペイン、その後、イギリスとオランダも参戦し、モルッカ諸島は一部をのぞきオランダの統制下にはいり、18世紀まで2世紀ちかくにわたりオランダの繁栄がつづきます。しかし1770年頃にフランスが、クローブやナツメグなど、利益をうむスパイスの苗木をほかの島に移植し、そしてイギリスさらにアラビア人も移植をすすめ、19世紀中頃には、移植地のほうが原産地よりも生産高がふえ、スパイス戦争はおわります。
ヨーロッパや日本では、カレー料理をつくるときに「ルウ」をつかいます。そもそもは、バターやオリーブオイルで小麦粉をいためたあとブイヨンや牛乳でのばしたものをフランス語で「ルウ(roux)」といい、ヨーロッパにわたったスパイスがこれとであってカレーのルウができあがりました。東インド会社が、ミックススパイスをイギリスに最初にもちかえったのは1772年頃とされ、こうしてどろっとした欧風カレーがうまれ、明治時代の日本にもつたわりました。
記録によると日本では、1876年(明治9年)頃、クラーク博士が校長をつとめる札幌農学校でカレーライスが1日おきにだされたといい、この頃から、洋食屋やホテルがカレーライスをメニューにとりいれはじめます。1910年頃になると、陸軍の「軍用料理法」でカレーが紹介され、この頃より、タマネギ・ニンジン・ジャガイモがカレーの具としてそろいます。またカレーうどんやカツカレーが発明されます。1948年頃には、一部の学校でカレーが給食に導入され、1960年代には、レトルトカレーが発売され、1982年には、学校給食の全国統一献立の初メニューにカレーライスがえらばれ、1月22日は「カレー給食の日」とよばれ、こうしてカレーライスは「国民食」にのしあがります。2016年には、1月22日は「カレーの日」として登録され、いまでは、ルウをつかう伝統的なカレーライスだけでなく、本格的なインドカレーやタイカレーなどもひろくたべられ、カレーの多様化がいちじるしくすすんでいます。
スパイス料理をつくるときやスパイスをつかうときにもっとも注意しなければならないことはバランスです。たとえばウコンが体によいからといってウコンだけを毎日たべる(のむ)のはよくありません。さまざまなスパイスをバランスよく摂取しなければなりません。古代インドを発祥とする約5000年の歴史をもつ伝承医学「アーユルヴェーダ」では、病気や不調をスポット的にとらえるのではなく、生活全体にアプローチし、身体と心のバランスをとるためにスパイスとハーブをつかいます。特定のスポットに特定のスパイスという方法ではありません。アーユルヴェーダでは、3つのタイプの生命エネルギー(ドーシャ)が身体にあり、そのバランスがくずれると不調をうったえ病気になるとかんがえます。水と土の影響をうける「カッパ」、火と水の影響をうける「ピッタ」、風と空の影響をうける「ヴァータ」の3つのバランスをたもつのが基本です。バランスをもっとも重視する方法は中医学(東洋医学、漢方)でもおなじです。
このような観点からも、ガラムマサラをつかうことは理にかなっています。
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刺激スパイス展
会場:咲くやこの花館 1階 フラワーホール
会期:2021年10月16日~11月7日
▼ 注2
撮影日:2021年10月20日
▼ 注3
ワサビ専用おろし板(Amazon)
※ 普通のおろし器をつかうと辛味がひきだせません。ワサビの本当の味をたのしんでください。
▼ 注4
ガラムマサラ(Amazon)
カレーパウダー(Amazon)
▼ 注5:スパイスのネパール語名
スパイス:マサラ
ウコン:ベサール
ニンニク:ラスン
ショウガ:アドゥワ
トウガラシ:コルサニ
コショウ:マリッツ
クローブ:ルワーン
クミン:ジラ
シナモン:ダルチニ
アニス:スプ
サンショウ:ティンムル
ナツメグ:ジャイファル
コリアンダー:ダニヤ
カルダモン:スクメル
マスタード:トリ
フェヌグリーク:メティ
ゴマ:ティル
フェンネル:ソォプ
ミックススパイス:ガラムマサラ
▼ 参考サイト
S&B スパイス&ハーブ事典
S&B 食品 公式(楽天市場店)
▼ 参考文献
伊藤進吾・シャンカールノグチ監修『増補改訂 ハーブ&スパイス事典: 心とカラダにやさしい316種』誠文堂新光社、2017年
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