新型ウイルス感染爆発・武漢市場起因説 -「動物からヒトへ」(日経サイエンス 2021.12号)-

情報処理

中国・武漢の市場から感染爆発がはじまったのではないでしょうか。推論結果を検証します。事実・前提・仮説をおさえ論理をすすめます。

2021年12月8日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染者が中国・湖北省武漢で最初に確認されてから2年がたちました。

最初の感染者が武漢で確認されたというこの事実を、ウイルスは新型であり、それまではどこでも確認されたことがないという前提(注1)にてらしあわせると、感染爆発の起因地は中国・武漢であるという仮説がたてられます。

  • 事実:最初の感染者は武漢で確認された。
  • 前提:ウイルスは新型であり、それまでは確認されたことがない。
  • 仮説:感染爆発の起因地は中国・武漢である。

さらに、武漢のどこからウイルスはひろまったのか、2つの仮説がたてられます。

  • 仮説(1):中国・武漢の市場からひろまったのではないだろうか?(動物から人への感染説)
  • 仮説(2):中国科学院武漢ウイルス研究所からウイルスが流出したのではないだろうか?(研究所からの流出説)

このように、〈事実→前提→仮説〉とすすむ論理は仮説法です。

仮説(1)がもしただしいとすると、武漢の市場でうられていた野生動物のなかに宿主(ウイルスをもつ動物)がおり、動物からヒトへ異種間伝播したのだろうと推論できます。

仮説(2)がもしただしいとすると、遺伝子組み替え実験(遺伝子操作)を研究者がおこなっており、自然界には存在しない塩基配列など、ウイルスからその痕跡が発見されるだろうと推論できます。

このように、〈前提→仮説→事実予見〉とすすむ論理は演繹法です。

これらの推論結果を検証し、あらたな事実が確認できれば、仮説(1)と仮説(2)のどちらがただしいのかがわかります。予見が確認できれば仮説の確度はたかまり、できなければ確度はさがります。

『日経サイエンス』2021年12月号(『Nature ダイジェスト』2021年11月号)では、感染爆発初期に中国などで感染した人々から採取された検体中のウイルスゲノムについてつぎの分析結果を報告しています。

2019年末〜2020年初頭に感染者から採取された最初期のウイルスの塩基配列はAとBという2つの系統に分かれ,両者には重要な違いがある。世界的に優勢となったB系統のウイルスは,野生動物も販売していた武漢の華南海鮮市場を訪れた人などから見つかっている。また中国国内で広がったA系統は,武漢市内の他の市場と関係のある人などから見つかっている。

A系統からB系統へ、あるいはB系統からA系統へ派生したのであれば、新型ウイルスの祖先は動物からヒトへ1回だけ異種間伝播したことになりますが、A系統とB系統が別々の起源をもつならば複数回の異種間伝播があったことになり、今回の分析結果によると、複数回の異種間伝播があった可能性がたかいことになります。複数回の異種間伝播があったということは、新型ウイルスの祖先ウイルスをもつ動物が複数体おり、2ヵ所以上のことなる場所で複数の人々に感染したということになります。

これまでの調査により、タヌキやミンクなど(注2)、新型ウイルスへの感受性のある動物が中国・武漢のいくつものことなる市場で販売されており、A系統のウイルスに感染した人々とB系統のウイルスに感染した人々はことなる市場をおとずれていたことが判明しました。

また重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因ウイルスに関する過去の研究でも、ウイルスが動物からヒトへ複数回 伝播したと結論しています。

他方、いままでの研究では、遺伝子組み替え実験(遺伝子操作)の痕跡などはみつかっていません。

以上のことから、仮説(1)のほうが確度がたかいといえます。すなわち研究所からの流出説は否定され、動物から人への感染説の蓋然性がたかまります。

このように、仮説法と演繹法をつかえば着実に論理をすすめることができ、さらに、演繹(推論)の結果えられた大量のデータ(事実)を帰納法をつかって総合すれば感染爆発の本質・原理・法則にアプローチできます。

新型ウイルスの起源や感染爆発の起因地を特定することは、将来の感染爆発の対策をたてるうえでとても重要です。そのためには、調査・研究の結果をうのみにするのではなく、事実・前提・仮説をおさえ、論理をすすめることが大事です。

▼ 関連記事
新型コロナウイルスの感染拡大と〈仮説法→演繹法→帰納法〉
みえにくい感染症 - 新型コロナウイルス(Newton 2020.4-5号)-
論理の3段階モデル - 新型コロナウイルスの感染拡大 –

新型コロナウイルスの感染拡大がつづく -「基本再生産数」(Newton 2020.6号)-
コウモリ起源説 -「コロナウイルスはどこから来たのか」(日経サイエンス 2020.05号)-
長期的視野にたつ -「感染拡大に立ち向かう」(日経サイエンス 2020.06号)-
ウイルスにうまく対処する -「COVID-19 長期戦略の模索」(日経サイエンス 2020.07号)-
データを蓄積する - 新型コロナの「抗体検査」(Newton 2020.08号)-
緩衝帯をもうけてすみわける -「新型コロナが変えた生態系と地球環境」(Newton 2020.08号)-
仮説をたてて検証する -「ゲノム解析でウイルスの謎に挑む」(日経サイエンス 2020.08号)-
状況を把握する -「感染・増殖・防御の仕組み」(日経サイエンス 2020.08号)-
東京オリンピックにはまにあわない -「加速する新型コロナのワクチン開発」(Newton 2020.09号)-
世界各国の対策 -「COVID-19 終わらないパンデミック」(日経サイエンス 2020.09号)-
抗体検査 -「新型コロナウイルス 免疫系の戦い」(日経サイエンス 2020.10号)-
新型コロナワクチン -「冬こそ警戒 新型コロナ」(Newton 2021.1号)-
新型コロナ治療薬 -「冬こそ警戒 新型コロナ」(Newton 2021.1号)-
感染検査 -「冬こそ警戒 新型コロナ」(Newton 2021.1号)-
「新型コロナのワクチンがいよいよ実用化」(Newton 2021.2号)
短期的視点と長期的視点 -「新型コロナの変異種」(Newton 2021.3号)-
「第5波」が7〜8月に - 帰納法と演繹法 –
ワクチン接種後はしずかにすごす

100分 de 名著:アルベール=カミュ『ペスト』(NHK・Eテレ)
往来拡大の歴史 - 池上彰・増田ユリヤ著『感染症対人類の世界史』-
感染症が歴史をかえる -「DNAが明かす疫病史」(日経サイエンス 2021.06号)-

▼ 参考文献
Smriti Mallapaty(三枝小夜子訳)「新型コロナウイルスは動物からヒトへ2度ジャンプした?」pp.30-31, 日経サイエンス, 606(2021年12月号)

▼ 注1:前提の重要性について
今回の論理では、「ウイルスは新型であり、それまでは確認されたことがない」ということを前提にしましたが、もし、たとえばほかの国で、もっとはやく感染者を確認していたにもかかわらず極秘にしていたというようなことがあった場合はこの前提はくずれ、前提がくずれれば論理もくずれます。したがって、簡単なことであり往々に軽視されますが前提をふまえることは必要なことです。

▼ 注2:中間宿主について
新型ウイルス(SARS-CoV-2)の起源はコウモリにあり、ほかの野生動物(中間宿主)にコウモリから感染し、その後ヒトに感染したのではないかという仮説がたてられていましたが中間宿主は不明でした。今回の報告により、タヌキとミンクがそれではないかとかんがえられます。
コウモリ起源説 -「コロナウイルスはどこから来たのか」(日経サイエンス 2020.05号)-

アーカイブ

TOP
CLOSE