フィールドワークからアクションリサーチへすすみます。
仮説法・演繹法・帰納法
古代ギリシャの学者・アリストテレスが論理の3区分を提唱して以来、基本的な論理として、仮説法(アブダクション)・演繹法(ディダクション)・帰納法(インダクション)が今日までひろくつかわれてきました。現代においては、チャールズ=S=パース、上山春平、川喜田二郎らがこれらをとらえなおし発展させました。
パースは、上記の3論理をつぎのように整理しました。
- 仮説法:リザルト→ルール→ケース
- 演繹法:ルール→ケース→リザルト
- 帰納法:ケース→リザルト→ルール
上山春平は、学問の方法としてこれらをみがきあげ普及させ、川喜田二郎は、これらを技術化し、問題解決の方法として一般化しました。
わたしは上記を簡便に説明するために、リザルトを事実、ルールを前提、ケースを仮説と訳し、つぎのようにモデル化しました。

たとえば方程式を発見するのは仮説法によりますが、方程式をつかって計算するのは演繹法です。仮説のもとであらたにえられた定量的データを統計学の手法で処理するのは帰納法です。なお仮説法は、仮説発想法あるいは発想法とよばれることもあります。仮説を、数式あるいは図式であらわしたものをモデルということがあります。また事実を、数値や言語で記載したものをデータといいます。
簡単な例
目の前の机の上に白い石が5個おいてあります(事実)。そのとなりの机の上には箱がおいてあり、箱の中身はすべて白い石であるとひろくいわれています(前提)。ただし箱をあけて中をみることはできません。そして白い石が目の前に5個あるという事実と、箱の中身はすべて白い石だという前提をふまえると、これら5個の白い石は、その箱からとりだしたものではないだろうかという仮説がたてられます。〈事実→前提→仮説〉とすすむ論理は仮説法です。
つぎに、となりの机の上においてある箱の中身はすべて白い石であるという前提のもとで、目の前の机の上の石はその箱からとりだしたものではないかという仮説がただしいとすると、その箱からさらに石をとりだせばそれは白い石であり、机の上に白い石が増えるはずだという予想(推論)ができます。実際に、1個とりだしてみたらやはり白い石でした。予想はあたりました。予想は事実として確認できました。先の5個の石についても、その箱からとりだしたのではないかという仮説の蓋然性がたかまりました。〈前提→仮説→事実〉とすすむこのような論理は演繹法です。なお実際にやってみて事実かどうか確認する作業を実験ということもあります。
そして演繹法にもとづき、さらにもう1個とりだしてみます。やはり白い石でした。さらにもう1個とりだしてみます。また白い石でした。さらにもう1個とりだしてみたらまた白い石でした。ところがおどろいたことに、さらにもう1個とりだしてみたらそれは黒い石でした。これはどうしたことでしょう。
箱の中にはもともとは100個の石がはいっていました。のべ10個の石がこれまでにとりだされ、白い石は9個、黒い石は1個という結果になりました。この事実から、(白い石は90%、黒い石は10%ですから、)箱の中には90個の白い石と10個の黒い石が はいっていただろうとかんがえられます。一般的な傾向があきらかになりました。これは「黒10%ルール」とあらたに命名してもよいかもしれません。
このように〈仮説→事実→一般〉とすすむ論理は帰納法です。ただし図1では、帰納法の「一般」はあらたな論理展開のための前提としてつかえるので「前提」としてあります。たとえば「黒10%ルール」をあらたに「前提」にした場合は、玉を10個とりだせば、9個は白、1個は黒だろうと予想できます。
なお図1の「仮説」と「前提」をめぐっては、「仮説」を「小仮説」、「前提」を「大仮説」ということもあります。あるいは「仮説」を「小前提」、「前提」を「大前提」ということもあります。「仮説」と「前提」、あるいは「小仮説」と「大仮説」、あるいは「小前提」と「大前提」は相対的な概念であって、より普遍的なものが、「前提」あるいは「大仮説」あるいは「大前提」とみなされます。
上記の簡単な例において、もし、とりだした石がすべて白だったら問題は何もおこりませんでした。新発見もありませんでした。従来の常識がただしかったというだけのことです。しかし予想とはことなる事実がみつかれば常識はくつがえされます。そして当初かんがえていた以上のことがわかってきます。科学者が実験をくりかえすのはそのためです。このような行為は検証といってもよいでしょう。常識にしたがっているよりも、あたらしい知見がえられるこのようなストーリーのほうがおもしろいです。
常識がくつがえされる、認識をあらたにするということは古手の“指導者”にとってはたえがたいことかもしれません。しかし論理にはさからえません。こうして世の中は進歩していきます。
仮説法の技術化
上記では、ごく簡単な例をしめしましたが、世の中でおこっている現象はもっと複雑であり、そこでKJ法の出番となります。今回の連載「KJ法のコツ」では、(28)〜(30)「本質追求」において仮説法をつかいました。
「本質追求」は、「状況把握」(フィールドワークとKJ法)をふまえておこないました。すなわちフィールドワークをおこなって事実をつかんだら、つぎに AI をつかって、フィールドをとりまく全体的な風景・背景・経緯・知識などをとらえなおし、課題をめぐる前提を確認し、そして仮説をたてました。〈事実→前提→仮説〉の過程によっておのずと仮説がでてきます。フィールドワーク・KJ法・AI をくみあわせることもできます。KJ法をつかえば、いくつもの仮説を構成して文章化でき、「多段ピックアップ」によって重要な仮説を採択することもできます。
ところで「本質追求」の前の段階の「状況把握」では、フィールドワークをおこない「データカード(一次ファイル)」を作成し、その見出しを「元ラベル」にしてKJ法にとりくみました。データとは、言語や数値で事実を記載したものであり、「データカード」と「元ラベル」はフィールドの事実をしめしたものです。
それでは「ラベルあつめ」につづいておこなった「表札づくり」とはいったい何だったのでしょうか? それは事実に根ざしつつ現象を抽象化する過程だったのであり、「表札」とは実は仮説であり、「グループ編成」とは仮説を構成していく技術だったわけです。けっきょく、「状況把握」も「本質追求」も仮説法の技術化でした。
「表札づくり」をすすめるときには、意識するしないにかかわらず何らかの前提のもとで「表札」を誰もがつくっています。知識・常識・思想・原理・法則・世界観・価値観・宗教観などが前提になります。前提なき「表札」、前提なき仮説はありえないのであり、おなじ事実を前にしても前提がことなれば仮説もことなります。したがって前提をとらえなおし前提を確認することはとても大事なことです。
事実と思考
以上をふまえ次に、事実と思考の観点から、仮説法・演繹法・帰納法についてかんがえてみたいとおもいます(図2)。人間は、事実をみて思考し、思考して事実をみて、つまり事実と思考を往復しながら生きています。客観と主観をくりかえしているといってもよいでしょう。

図2において、〈A→B→C〉は仮説法、〈C→D→E〉は演繹法、〈E→F→G〉は帰納法です。
仮説法
- A→B:何らかの課題・問題があったら、フィールドワークをおこない事実をとらえ、それらをデータ化します。
- B→C:あつまったデータを抽象化し仮説を構成します。KJ法が役だちます。
- C:重要な仮説を採択します。多段ピックアップが役だちます。
演繹法
- C→D:「仮説がもしただしいとしたら」とかんがえ推論し、あらたな事実を予想します。
- D→E:予想をたしかめるためにフィールドにふたたびでかけていきます。構想を具体化します。
帰納法
- E→F:第2のフィールドワーク。予想したことがただしいかどうか、あらたに事実をとらえ、データをさらにあつめます。
- F→G:あらたにあつまったデータを処理し仮説を検証します。定量的データがえられた場合は統計学的手法がつかえます。定性的データを処理する場合はKJ法がまたつかえます。今回は省略しますが「大量統合KJ法」をつかうこともあります。
上記において、フィールドワークには2つの段階(A→B、E→F)があることに注意してください。第1のフィールドワークは仮説をたてるためのフィールドワークであり、第2のフィールドワークは仮説を検証するフィールドワークです。第1のフィールドワークはどちらかというと静観的であるのに対し、第2のフィールドワークは能動的・関与的・参加型であり、「アクションリサーチ」とよぶこともあります。
「仮説法と帰納法は何がちがうのか?」「帰納法があれば仮説法はいらないのではないか?」と質問した人たちがいましたが、仮説をたてる前か後かでこれらは区別できます。図2の C点 の前か後かということです。すなわち仮説法をはじめるときには仮説はまだありません。おぼろげな仮説がたとえあったとしてもそれには一切とらわれないで多角的な調査をします。しかし帰納法では、仮説を検証するために狙い打ちの調査をしばしばおこないます。あるいは、図1をみても仮説法と帰納法は区別できます。
たとえば地質学の調査でしたら、まず、調査地域をくまなくあるいて多角的に調査し、地質図をつくります。そして仮説をたてたら、今度は、ここぞという地点でボーリングをおこないます。狙い打ちの調査により仮説を検証します。あるいは何らかの事業をすすめるのでしたら、まず、そのフィールドをくまなくあるいて観察し、多様な人々から聞き取りし、多角的に情報をあつめます。そして仮説をたてたら、構想、具体化、手順化とすすみ、アクションリサーチを実施します。具体的に事業をすすめながらさらに取材します。
仮説をたてて検証するという行為は大局をみて急所にいどむということであり、問題解決のポイントがここにあります。
仮説の検証の結果、仮説がまちがっていたことがあきらかになることもよくあります。その場合は仮説をたてなおし C点 からやりなおします。検証をくりかえすことによって妄想におちいらないですみます。
このように、仮説法・演繹法・帰納法はこの順序でつかうのがよく、第1のフィールドワークと第2のフィールドワーク(アクションリサーチ)を C点 によって峻別することがとても重要です。
こうして、アクションリサーチを経験すると当初想定した以上のことがしばしばあきらかになります。問題の本質にふかくくいこみ、まさに認識をあらたにすることになります。
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▼ 参考文献
アリストテレス(著)・内山勝利・神崎繁・中畑正志(編)『分析論前書 分析論後書』(新版アリストテレス全集 2)、2014年、岩波書店
パース、ジェイムズ、デューイ(著)、上山春平(編)『世界の名著 59 パース・ジェイムズ・デューイ』(中公バックス) 1980年、中央公論社
上山春平(著)『哲学の方法』(上山春平著作集 第一巻)、1996年、法蔵館
川喜田二郎(著)『野外科学の思想と方法』(川喜田二郎著作集 第3巻)、1996年、中央公論社
川喜田二郎(著)『KJ法 渾沌をして語らしめる』(川喜田二郎著作集 第5巻)、1996年、中央公論社
田野倉達弘(著)『野外科学と実験科学 − 仮説法の展開 −』、2023年、アマゾンKindle
田野倉達弘(著)『KJ法実践記 情報処理と問題解決』、2023年、アマゾンKindle
田野倉達弘(著)『国際協力とKJ法 ネパール・ヒマラヤでの実践』、2024年、アマゾンKindle
(冒頭写真:ネパール、バクタプル、旧王宮・55窓の宮殿、1998年2月21日、筆者撮影)








