カナと漢字をつかいわけます。視覚的にわかりやすい表記をします。重要な単語を目立たせます。
語順の原則・テンの原則・助詞の原則にひきつづいて重要なのがカナと漢字の原則です。カナと漢字をつかいわけて視覚的にわかりやすくするというのがこの原則です。以下の例文において視覚的にわかりにくいところはどこでしょうか?
例文127
記録的干ばつで水没していた“廃墟の村”が姿現す(TBS NEWS, 2022.2.15)例文128
最初の週末、熱帯びる訴え 各党幹部が全国遊説【22参院選】(JIJI.COM, 2022.6.25)例文129
梅雨をもたらす4気団の位置及び梅雨期間中の勢力変化も示してある。(Wikibooks「中学校理科 第2分野/天気とその変化」)例文130
民間の気象予報会社・ウェザーニューズ(千葉市)は、霜やひょうなど農業で注意が必要な気象の予測情報を提供する新たなサービスを始めた。(日本農業新聞, 2024.5.5)例文131
下記 「関連情報」の「作物別凍霜害及びひょう害技術対策」を参照してください。(福島県農林水産部農業振興課, 2020.3.26)例文132
これより大陽寺方面への歩道は通行できませんので、右のう回路を通り霧藻ヶ峰方面登山道の地蔵峠を経て通行して下さい。(大滝村(現秩父市)の登山道の看板)
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例文127
記録的干ばつで水没していた“廃墟の村”が姿現す
カナと漢字の原則の観点からみるとわかりにくいのは最後の「姿現す」です。「姿現」と一瞬よんでしまいます(みえてしまいます)。「姿あらわす」としたほうが視覚的にわかりやすいでしょう。またややわかりにくいのは「記録的干ばつ」のところであり、「記録的干」が一瞬みえてしまいます。「魃」は常用漢字ではないため「干ばつ」という表記が一般的にはつかわれますが、視覚的にわかりやすくするためには「干ばつ」は「旱魃」とすべきでしょう。「旱魃」にルビをふるか「旱魃(かんばつ)」と表記する方法もあります。
- 記録的旱魃で水没していた“廃墟の村”が姿あらわす
- 記録的旱魃(かんばつ)で水没していた“廃墟の村”が姿あらわす
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例文128
最初の週末、熱帯びる訴え 各党幹部が全国遊説【22参院選】
視覚的にわかりにくいのは「熱帯びる」であり、「熱帯」と一瞬よんでしまいます(みてしまいます)。「熱おびる」としたほうがわかりやすいです。
- 最初の週末、熱おびる訴え 各党幹部が全国遊説
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例文129
梅雨をもたらす4気団の位置及び梅雨期間中の勢力変化も示してある。
「位置及び」のところが視覚的にわかりにくいため、「及び」は「および」にしたほうがよいです。
- 梅雨をもたらす4気団の位置および梅雨期間中の勢力変化も示してある。
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例文130
民間の気象予報会社・ウェザーニューズ(千葉市)は、霜やひょうなど農業で注意が必要な気象の予測情報を提供する新たなサービスを始めた。
「やひょうなど」のところがわかりにくいため、「ひょう」は「雹」としたほうがよいでしょう。雹は常用漢字ではないですが、ルビをふるか「雹(ひょう)」とする方法もあります。
- 民間の気象予報会社・ウェザーニューズ(千葉市)は、霜や雹など農業で注意が必要な気象の予測情報を提供する新たなサービスを始めた。
- 民間の気象予報会社・ウェザーニューズ(千葉市)は、霜や雹(ひょう)など農業で注意が必要な気象の予測情報を提供する新たなサービスを始めた。
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例文131
下記 「関連情報」の「作物別凍霜害及びひょう害技術対策」を参照してください。
「及びひょう害」のところがわかりにくいです。
- 下記 「関連情報」の「作物別凍霜害および雹害技術対策」を参照してください。
- 下記 「関連情報」の「作物別凍霜害および雹(ひょう)害技術対策」を参照してください。
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例文132
これより大陽寺方面への歩道は通行できませんので、右のう回路を通り霧藻ヶ峰方面登山道の地蔵峠を経て通行して下さい。
テンの原則「逆順」によりテンをうちます。
- これより、大陽寺方面への歩道は通行できませんので、右のう回路を通り、霧藻ヶ峰方面登山道の地蔵峠を経て通行して下さい。
「右のう回路」のところがわかりにくいため「右の迂回路」とします。
- これより、大陽寺方面への歩道は通行できませんので、右の迂回路を通り、霧藻ヶ峰方面登山道の地蔵峠を経て通行して下さい。
「迂」は常用漢字ではないため「う回路」としたのかもしれませんが、ルビをふってもよいです。
- これより、大陽寺方面への歩道は通行できませんので、右の迂回路を通り、霧藻ヶ峰方面登山道の地蔵峠を経て通行して下さい。
さらに、漢字をへらした方が視覚的にわかりやすくなります。
- これより、大陽寺方面への歩道は通行できませんので、右の迂回路をとおり、霧藻ヶ峰方面登山道の地蔵峠をへて通行してください。
登山道に関する告知は、生死にかかわることもあるので、ぱっとみてすぐにわかるような表記にした方がよいでしょう。
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以上のように、カナと漢字(表音文字と表意文字)が混在する日本語では、それらをうまくつかいわけることによって視覚的にわかりやすい表記にすることができます。視覚的に、というところがポイントです。
ところがそのようなことがわからず、わたしが寄稿した原稿のカナを何箇所も独断で漢字におきかえ、著者の意図を無視してわかりにくくして印刷してしまった編集者が過去に3人いました。こまったものです。機械的にカナを漢字にすればよいということではありません。
つぎの例もみてください(注1)。
- にっぽんのしんそうぶんかのゆたかさをしめすこんせきがとうほくおよびきたかんとうでたくさんみつかることをかいどうすじからはずれたこんかいのたびをとおしてわたしはしることができた。
カナだけの文はたいへんわかりにくいので漢字がつかえるところは漢字にしてみます。
- 日本の深層文化の豊かさを示す痕跡が東北及び北関東で沢山見つかることを街道筋から外れた今回の旅を通して私は知ることが出来た。
わかりやすくなりましたが漢字がややおおいのでへらしてみます。
- 日本の深層文化のゆたかさをしめす痕跡が東北および北関東で沢山みつかることを街道筋からはずれた今回の旅をとおしてわたしはしることができた。
漢字はおおければいいというわけではなく適度につかったほうがわかりやすく、とくに、重要な単語のみを漢字で表記するようにすれば、それらが目立って(うきあがって)みえ効果的です。
たとえば、明朝体で表記された文章のなかで強調したい重要な単語だけをゴシック体でしめせばゴシック体がうかびあがってみえます。これと似た効果が漢字にはあります。ただしゴシック体あるいは漢字がおおすぎるとその効果がうすれます。
たとえば、「かんがえた」「考えた」「考察した」を比較すると、前者ほどうすい印象、後者ほどつよい印象をあたえ、メッセージは後者ほど強調されます。「おもった」「思った」「思考した」も同様です。重要でなければカナでよいでしょう。
漢字は、意味のひとまとまりだけではなく視覚的にもひとまとまりになっており、つまり情報のひとまとまり(情報の単位)となっているため、情報のインプット、さらにプロセシング、アウトプットの効率をあげるために有用です。速読法にも通じます。
しかし世界各地の言語の歴史をみれば、表意文字はしだいにつかわれなくなり、表音文字が主流になってきた経緯があり、日本語でも、むずかしい漢字はしだいにつかわれなくなってきています。また漢語よりも日本語の独自性を尊重するという立場、あるいは外国人にもわかりやすい日本語という観点からも、今後は、漢字はつかいすぎない方がよく、なるべくカナをつかったほうがよいといえるでしょう。
(注1)カナだけの文は、分かち書きにすることによって よみやすくすることもできます。
- にっぽんの しんそうぶんかの ゆたかさを しめす こんせきが とうほく および きたかんとうで たくさん みつかることを かいどうすじから はずれた こんかいの たびを とおして わたしは しることが できた。
「知的生産の技術」でしられる文明学者・梅棹忠夫は、ローマ字表記、分かち書きしたカナ表記とともに、原則として訓はカナ、音は漢字で表記する方法を提唱しています(注2)。
なお分かち書きのかわりにテンをうつことは絶対にやってはいけません。テンの原則にテンはしたがいます。
(注2)梅棹忠夫(著)『日本語と文明』(梅棹忠夫著作集 第18巻)、1992年8月20日、中央公論社
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▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年(初版1976年)
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年(初版1994年)
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年(初版1967年)
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年
※ 三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』は、題目をあらわす「○○は」のつかいかたをくわしく解説し、「○○は」の「は」は、「が」「の」「に」「を」を兼務することをしめします。本書をよんで練習すれば、「○○は」と「○○が」のつかいわけができるようになります。
※ 三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』は、『象は鼻が長い』同様、「○○は」のつかいかたをくわしく解説しています。日本語は、すべての修飾成分が述部によって統括される述部中心の言語であり、述部以外はすべて、その「補足語」として機能します。したがって日本語には “主語” は存在しません。
※ 本多勝一著『日本語の作文技術』は、「修飾の順序」「句読点のうちかた」「助詞の使い方」などの基本技術をくわしく解説しています。日本語も、非常に少数の簡単な原則でなりたっていることがわかり、本書をよめば誰でもすぐに、わかりやすい日本語が書けるようになります。
※ 本多勝一著『実戦・日本語の作文技術』は、『日本語の作文技術』の続編であり、日本語の作文技術(原則)を復習し、ブラッシュアップするために役だちます。とくに、「読点の統辞論」が参考になります。『日本語の作文技術』は帰納的にのべられているのに対し、『実戦・日本語の作文技術』は演繹的にのべられています。
※ 川喜田二郎著『発想法(改版)』は、フィールドワーク・定性的データの統合・問題解決に役だつ「KJ法」の基礎を解説しています。取材をしたらすぐに文章を書かず、図解をつくってから文章化をすすめます。人間主体の情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の観点からいうと、取材法はインプットの、KJ法はアウトプットの方法であることに注目してください。
※ 梅棹忠夫著『知的生産の技術』は、知的生産の原理と技術についてくわしく解説しています。並列的な編集から直列的な表現へすすみ、情報を統合するという文章化の原理をまなんでください。具体的な技術として「こざね法」がつかえます。今日では、紙でできた道具はつかわずコンピューターをつかいますが、つかう道具はちがっても知的生産の本質は不変です。
※ 栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』は、「速く・うまく・わかりやすい」文章を書く「速書法」について解説しています。書くことにとどまらず知的能力をたかめます。「結果として速く書ける」ことを目指すのではなく、「速く書くことを追求する過程で、従来とは異なる意識の新しい領域を巻き込む」ことが重要です。
(冒頭写真:六義園・渡月橋、2022年4月1日、筆者撮影)