係助詞「は」は題目をあらわします(「は」の本務)。係助詞「は」は、格助詞「が」「の」「に」「を」を兼務します。
今回は、係助詞「は」と格助詞「が」「の」「に」「を」について検証します。
例文120
ゴールデンウィーク初日の29日、東京駅は帰省や旅行に向かう人であふれかえりました。(TBS NEWS DIG, 2022.4.29)例文121
西日本の山沿いでも雪が降る見込みで、雪道での運転や交通への影響に十分注意が必要です。(NHK NEWS WEB「気象・災害」, 2024.12.7)例文122
北陸新幹線のルート案について、工期の長さや費用、環境への影響が懸念されており、石川県議会や京都府議会から見直しを求める声が上がっている。(Merkmal, 2024.12.7)例文123
セブン&アイの財務体質に不安が高まっている。(共同通信, 2024.12.4)例文124
同氏は人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があったため、2022年4月18日付で同氏を当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しました。(吉野家ホールディングス, 2022.4.19)例文125
この子たちはどうして保護しているのですか?(NHK「世界ふれあい街歩き オーストラリア」, 2023.1.19)例文126
おでん屋の一皿は先ず神棚へ(俳句)(千原ジュニア, 毎日放送「プレバト」, 2023.1.19)
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例文120
ゴールデンウィーク初日の29日、東京駅は帰省や旅行に向かう人であふれかえりました。
テンの原則「逆順」により「東京駅は」のあとにテンをうちます。
- 120a ゴールデンウィーク初日の29日、東京駅は、帰省や旅行に向かう人であふれかえりました。
この文は、東京駅についてのべた(東京駅を題目(話題)にした)のですから「東京駅は」となっています。
しかし「東京駅は」は、「東京駅が」でもよいのではないかとおもう人がいるかもしれません。
- 120b ゴールデンウィーク初日の29日、東京駅が、帰省や旅行に向かう人であふれかえりました。
120bは、日本語として問題ありませんが題目はしめせません。焦点がさだまりません。題目をしめすためには「○○は」とします。
120a と 120b は似ていますが同等ではなく、120aは、120bの事象をしめしたうえで題目もしめしています。120a は上位概念であり、120b をふくみます。 すなわち「○○は」の「は」は、題目をしめすとともに「○○が」の「が」を兼務しています。「は」には「が」が潜在しているといってもよいです。「○○は」の方が「○○が」よりも強力です。
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例文121
西日本の山沿いでも雪が降る見込みで、雪道での運転や交通への影響に十分注意が必要です。
この文は、「○○は」(題目語)がありませんが、「西日本」についてのべることをはっきりしめしたければ「西日本の」の「の」を「は」にかえます。「西日本は」と題目語をしめし焦点をしぼります。テンの原則「逆順」によりテンがいります。
- 西日本は、山沿いでも雪が降る見込みで、雪道での運転や交通への影響に十分注意が必要です。
「西日本は」とすれば、「西日本」についてのべるならば「西日本の山沿いでも・・・」というように正確に情報をつたえられます。「西日本は」は「西日本の」をふくんでおり、「○○は」の「は」は「○○の」の「の」を兼務しています。「○○は」の「は」には「○○の」の「の」が潜在しているといってもよいです。「○○は」の方が「○○の」よりも強力です。
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例文122
北陸新幹線のルート案について、工期の長さや費用、環境への影響が懸念されており、石川県議会や京都府議会から見直しを求める声が上がっている。
題目語(○○は)のない文ですが、北陸新幹線を話題にしているので「北陸新幹線は」を題目語としてくわえます。
- 北陸新幹線は、北陸新幹線のルート案について、工期の長さや費用、環境への影響が懸念されており、石川県議会や京都府議会から見直しを求める声が上がっている。
ここで問題になるのは「北陸新幹線は」と「北陸新幹線の」です。この場合は、「北陸新幹線の」はなくても意味が通じます。
- 北陸新幹線は、ルート案について、工期の長さや費用、環境への影響が懸念されており、石川県議会や京都府議会から見直しを求める声が上がっている。
「ルート案について」のところを「そのルート案について」とする必要もありません。
すなわち「北陸新幹線は」は「北陸新幹線の」も同時にしめすことができ、「○○は」の「は」は「○○の」の「の」を兼務することができます。「○○は」の「は」には「○○の」の「の」が潜在しているといってもよいです。「○○は」の方が「○○の」よりも強力です。
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例文123
セブン&アイの財務体質に不安が高まっている。
「の」「に」「が」に注目してください。
- セブン&アイの財務体質に不安が高まっている。
題目語(○○は)のない文ですが以下のように題目語をしめすこともできます。
- セブン&アイは財務体質に不安が高まっている。
- セブン&アイの財務体質は不安が高まっている。
- セブン&アイの財務体質に不安は高まっている。
「○○の」「○○に」「○○が」はいずれも「○○は」に変更することができます。「○○は」にかえることによって題目をしめし焦点を明確にできます。「○○は」の「は」は、「の」「に」「が」を兼務することができるためこのテクニックがつかえます。
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例文124
同氏は人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があったため、2022年4月18日付で同氏を当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しました。
テンの原則「逆順」によりテンをうちます。
- 同氏は、人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があったため、2022年4月18日付で同氏を、当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しました。
もし、冒頭の「同氏は」(題目語)をつかわなかったらどうなるでしょうか?「同氏は」は「同氏に」となります。
- 同氏に、人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があったため、2022年4月18日付で同氏を、当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しました。
注目すべきは、「同氏に」と「同氏を」です。これらがないと意味が通じません。
つぎに、「同氏」についてのべるならばという心持ちで題目語としてあらためて「同氏は」をつけくわえてみます。
- 同氏は、同氏に、人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があったため、2022年4月18日付で同氏を、当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しました。
ここでおもしろいのは、「同氏は」があれば、「同氏に」と「同氏を」はなくても意味が通じるということです。
- 同氏は、人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があったため、2022年4月18日付で、当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しました。
最初の引用例文よりもこちらの方がわかりやすい簡潔な表現になります。
すなわち「○○は」とすれば、「○○に」と「○○を」を同時にしめせます。「○○は」の「は」は、「○○に」の「に」と「○○を」の「を」を兼務できます。「○○は」の「は」には、「○○に」の「に」と「○○を」の「を」が潜在するといってもよいです。「○○は」は、「○○に」と「○○を」よりも強力です。
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例文125
この子たちはどうして保護しているのですか?
ここで、「この子たち」はタスマニアデビル、「どうして」はどのようにして(手段・方法)のことをいっています。
この文では、「この子たち」が題目ですが題目をしめさない場合はつぎのようになります。
- この子たちをどうして保護しているのですか?
「○○を」がうかびあがってきました。
「子供たちは」として題目をしめした場合、「子供たちを」をそれはふくんでいました。「○○は」の「は」は、「○○を」の「を」を兼務していました。「○○は」の「は」には「○○を」の「を」が潜在していたといってもよいです。「○○は」は「○○を」よりも強力です。
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例文126
おでん屋の一皿は先ず神棚へ
「おでん屋の一皿は・・・」における「○○は・・・」の是非がとわれます。
「おでん屋の一皿を・・・」というように、「○○は」は、「○○を」にしても日本語としてなりたちます。しかし「一皿は・・・」とすることによって、「一皿」が映像として目の前にたちあがります。作者が、「一皿」についてのべているということがはっきりわかります。「○○は」とすれば、「一皿」を題目(話題・主題)として明確にしめせます。しかも「一皿は先ず・・・」により、最初の一皿を神棚へまずそなえる様子がよくわかり、最初の一皿は神棚にそなえ、さあ、店の営業が今日もはじまる!という情景や はりつめた空気がうかびあがります。誰がみても客観的にそのことがわかります。
しかしこれを、「一皿を・・・」とすると「一皿」がうかびあがらず、単なる現象をあらわすだけで焦点がさだまりません。神棚へ、二皿、三皿もあるのかな、ともおもってしまいます。
「○○は」は、「一皿」が題目であることをしめすとともに、それを(一皿を)先ず神棚へという行為・現象もあらわします。すなわち「○○は」は「○○を」を兼務しています。係助詞「は」は題目をあらわすとともに格助詞「を」兼務できます。「は」に「を」が潜在しているといってもよいです。
千原ジュニアさんは「助詞オタク」とよばれ、助詞のつかいかたがとてもじょうずです。
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つぎの例文もみてください。
- 中海の沿岸に太郎が道路をつくった。
この文の「の」「に」「が」「を」はそれぞれいずれも「は」に変更することができます。大変おもしろい現象です。
- 中海は沿岸に太郎が道路をつくった。
- 中海の沿岸は太郎が道路をつくった。
- 中海の沿岸に太郎は道路をつくった。
- 中海の沿岸に太郎が道路はつくった。
「中海」を題目にしたければ「中海の」の「の」を「は」にかえます。以下同様に、「中海の沿岸」「太郎」「道路」を題目にしたければそれぞれの助詞を「は」にかえます。どこに焦点をあわせるか?それがきまればそこは「○○は」とすればよいわけです。
係助詞「は」は題目をあらわし(「は」の本務)、「は」は同時に、格助詞「が」(主格)、格助詞「の」(連体格(属格))、格助詞「に」(位置格)、格助詞「を」(対格)を兼務します。これは日本語の重要な原則です。
ただし格助詞「に」は、位置格の場合は兼務できますが方向格の場合は兼務できません。
- 北陸に雪がふった。(位置格)
- 北陸は雪がふった。
- 広島に太郎が行った。(方向格)
- 広島には太郎が行った。
- × 広島は太郎が行った。
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わたしが大学院生だったときにおなじ研究室に中国人留学生がいて、彼女は、日本語がとても達者でしたが、「ひとつだけ日本語でわからないことがある」といっていました。それは「『は』と『が』の使い分けの仕方」でした。
正式な日本語学校で日本語を彼女はおそわりましたが、「は」と「が」の使い分けは、おしえていた日本人教師がそもそもできていなかったのではないかということが想像できました。おしえる方がわかっていなければおそわる方は混乱するだけです。しかし「は」と「が」の使い分けができないのは留学生にかぎったことではありません。おおくの日本人もできません。
この問題は、上記のとおり、係助詞と格助詞にかかわる原則をしればすぐに解決します。誰でも簡単に「○○は」がつかいこなせるようになります。
またあるとき、日本語がかなりできる在日外国人とファミレスにいったときにつぎのようなことがありました。
日本人A「わたしはピザにする。」
日本人B「ぼくはスパゲッティ。」
日本人C「おれは唐揚げだ。」
外国人D「わたしはカレーを注文します。」
日本人の会話をきいてその外国人は、「日本語は文法になっていません。でも日本人同士では通じてしまいます。日本語と日本人は柔軟です」といいました。しかしそれは誤解です。
またあるとき、「犬と猫のどちらがすきですか?」とペットショップの店員が客に質問したら、つぎのようなこたえがありました。
日本人E「わたしは犬です。」
日本人F「おれは猫だ。」
外国人G「わたしは犬がすきです。」
日本語は非論理的だといった人がいましたがそれは誤解です。いずれもただしい日本語です。
英文法を日本語に無理にあてはめ、「○○は」が “主語” であるとかんがえると日本語は理解できませんが、日本語には、日本語の原則があることをしり、題目語の使い方がわかれば疑問がすぐに解決します。日本語による表現力もつよまります。
どこに焦点をあわせるか?焦点がさだまった文は簡潔でわかりやすい。「○○は」は、きわめてつよいパワーをもっており、ひろい範囲に作用をおよぼすため、うまくつかいこなせばとても効果的です。日本語も、むずかしい原則は何もありません。それをしれば、明晰な文をかく技術がすぐに手にはいります。
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「は」と「が」をつかいわける - 川本茂雄『ことばとこころ』-
三上章 『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』をよむ
日本語法を理解する - 三上章『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』-
▼ 参考文献
三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』くろしお出版、1960年
三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』くろしお出版、1972年
本多勝一著『日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2015年(初版1976年)
本多勝一著『実戦・日本語の作文技術(新版)』朝日新聞出版、2019年(初版1994年)
川喜田二郎著『発想法(改版)』(中公新書)中央公論新社、2017年(初版1967年)
梅棹忠夫著『知的財産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年
栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』(ベスト新書)ベストセラーズ、2005年
※ 三上章著『象は鼻が長い - 日本文法入門 -』は、題目をあらわす「○○は」のつかいかたをくわしく解説し、「○○は」の「は」は、「が」「の」「に」「を」を兼務することをしめします。本書をよんで練習すれば、「○○は」と「○○が」のつかいわけができるようになります。
※ 三上章著『続・現代語法序説 - 主語廃止論 -』は、『象は鼻が長い』同様、「○○は」のつかいかたをくわしく解説しています。日本語は、すべての修飾成分が述部によって統括される述部中心の言語であり、述部以外はすべて、その「補足語」として機能します。したがって日本語には “主語” は存在しません。
※ 本多勝一著『日本語の作文技術』は、「修飾の順序」「句読点のうちかた」「助詞の使い方」などの基本技術をくわしく解説しています。日本語も、非常に少数の簡単な原則でなりたっていることがわかり、本書をよめば誰でもすぐに、わかりやすい日本語が書けるようになります。
※ 本多勝一著『実戦・日本語の作文技術』は、『日本語の作文技術』の続編であり、日本語の作文技術(原則)を復習し、ブラッシュアップするために役だちます。とくに、「読点の統辞論」が参考になります。『日本語の作文技術』は帰納的にのべられているのに対し、『実戦・日本語の作文技術』は演繹的にのべられています。
※ 川喜田二郎著『発想法(改版)』は、フィールドワーク・定性的データの統合・問題解決に役だつ「KJ法」の基礎を解説しています。取材をしたらすぐに文章を書かず、図解をつくってから文章化をすすめます。人間主体の情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の観点からいうと、取材法はインプットの、KJ法はアウトプットの方法であることに注目してください。
※ 梅棹忠夫著『知的生産の技術』は、知的生産の原理と技術についてくわしく解説しています。並列的な編集から直列的な表現へすすみ、情報を統合するという文章化の原理をまなんでください。具体的な技術として「こざね法」がつかえます。今日では、紙でできた道具はつかわずコンピューターをつかいますが、つかう道具はちがっても知的生産の本質は不変です。
※ 栗田昌裕著『「速く・わかりやすく」書く技術』は、「速く・うまく・わかりやすい」文章を書く「速書法」について解説しています。書くことにとどまらず知的能力をたかめます。「結果として速く書ける」ことを目指すのではなく、「速く書くことを追求する過程で、従来とは異なる意識の新しい領域を巻き込む」ことが重要です。
(冒頭写真:六義園、2024年12月19日、筆者撮影)