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これからの森林保全活動をもとめて【ダイジェスト】
ネパール・キバンン村

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目 次
アウロ村 -森は確実に回復-
キバン村とシーカ谷 -30年前との比較-
ナルチャン村 -新規プロジェクト地域-
これからにむけて
 解 説
(特定非営利活動法人)ヒマラヤ保全協会(IHC)は、会員向けの会報「シャングリラ」を年4回発行している。私は、編集委員会のもとめに応じて、ネパール現地調査の報告文を2005年2月号に執筆・掲載した(注)。以下の文章はそのときのものである。
(注)特集・森林調査チーム報告「これからの森林保全活動を求めて」Shangri-la、55、(特活)ヒマラヤ保全協会、2005年2月

 2004年12月18日から2005年1月8日にかけて、IHCの森林保全事業に関するネパール現地調査をおこないました。
 今回の調査の課題は、既存のプロジェクト地域において森林の再生状況を確認して支援終了の道筋をつけるとともに、あらたに造林をおこなう新規プロジェクト地域を開拓することでした。
 調査チームのメンバーは、IHC日本会長・日本大学生物資源科学部教授の水野正己さん、IHCネパール会長のマハビール=プンさん、日本大学生物資源科学部教授の林幸博さん、IHC会員・青年海外協力隊OBの高橋康夫さん、それに わたしの5人です。今回のメンバーにより、農学・林学・地球科学の専門的な見地から調査をおこなうことができました。
 以下に調査の概要を報告します。

アウロ村 -森は確実に回復-

 12月22日、わたしたちは、IHCネパール事務所のあるポカラを出発し、ベニをへて、アウロ村へ到着します。アウロ村では、苗畑管理人のチャンドラ=バハドゥール=プンさんらが出むかえてくれます。
 さっそく翌日から、一帯の森林を調査し、また村人から聞き取りもおこないます。たくさんのマツやネパールハンノキなどが植林されて森林はたしかに回復しており、薪や飼料・材木などのために利用されています。また集落周辺の森は、そばの崖から崩落してくる岩盤から集落をまもる防災の役割も果たしています。
 村人によると、燃料となる薪をとりにいくのに、30年前は約3時間、20年前は約4時間かかっていたのが、今では、近くに森ができたので2時間弱しかかからなくなったとのことです。アウロ村としては、今後は換金作物の栽培などに重点をうつしていきたいそうです。アウロ村は、標高が約1500メートルで比較的温暖な地域なので、ミカンやレモンなどいろいろな作物がそだちやすく、さまざまな可能性があります。

キバン村とシーカ谷 -30年前との比較-

 12月25日、わたしたちは、ティコット村をへて、キバン村(標高2050メートル)に到着します。苗畑管理人のダム=バハドゥール=プンさんらが出むかえてくれます。ここでも同様な調査をおこない、森林を確認します。
 わたしたちは、30〜40年前に撮影されたシーカ谷の写真をもっていましたので、ちかくのシーカ村まいって、古い写真と現在の状況とを比較してみました。昔のシーカ谷にはほとんど木が生えていませんでしたが、今ではゆたかな森林が斜面をおおっています。ただし、シーカ谷の向こう側(カリガンダキ川の西側)では森林が後退していることがわかりました。
 村人たちとのミーティングでは、「IHCは、森林事業のみならず学校やその他、長い間本当によく支援してくれました。森林はかなり回復してきているので、これからは、造林を必要としている別の地域を是非支援してほしい」との意見がだされました。

ナルチャン村 -新規プロジェクトの候補地-

 12月28日夕刻、わたしたちは、パウダル村をへて、ナルチャン村に到着します。ナルチャン村の人々は、かねてから造林事業を希望していたため、新規プロジェクト地域として適切かどうかしらべにきました。
 ナルチャン村には上村と下村が存在し、わたしたちは下村に宿をとることにします。下村は標高約1400メートル、カリガンダキ川流域の河岸段丘の上にできた集落です。
 翌日、調査をしながら上村へむかいます。下村の周辺にはあきらかに森林がありません。昼頃、上村に到着します。標高は約2000メートル、かなりすずしいです。
 村委員・森林委員・母親グループなどの人々とミーティングをひらいたところ次のような話がきけました。
 「ナルチャン上村は、人口は1000人ほど、およそ200世帯があり、冬季には3分の1の世帯が下の村におりて生活します。上の村は森林資源にめぐまれていますが、下村からは薪や飼料の獲得に多大な時間が必要となっています。また、植林はしても家畜があらすため、家畜から木をまもる囲いが必要となっています」
 ミーティングのあと、村の上部にさらにのぼっていくと、標高が高いところにはかなりゆたかな自然林がのこっていることがわかりました。造林を必要としているのは下村周辺のようです。
 12月30日。今日は、下村でミーティングをひらきます。50人ぐらいの人々があつまってきて、次のような話がきけました。
 「村の気候条件は住むには適しています。人口は増加しています。世帯数は、10年前は180世帯でしたが今では230世帯になっています。年配者は農業と家畜飼養にたずさわりますが、青年層は湾岸諸国へ出稼ぎにいってしまいます」
 「農業の単収は増加しています。かつては、広い面積を耕作していたが単収は低かったです。ミカンの生産が増えました。以前は買っていましたが、今では生産地になっています」
 「森林は昔にくらべてかなり後退してしまいました。居住地から森林までがあまりにも遠いため、薪や飼料を一荷はこぶのに丸一日かかってしまいます。是非、ネパールハンノキやアメリカ松・飼料木などを下村一帯に植林したいです」
 「現在は苗木はよそで買ってくるのですが、たりなくてこまっています。また森からとってきた実生苗は10〜15%しか活着しない状況です。土壌水分が不足している場所では、苗木が枯れると再植林しなければならず、たくさんの苗木が必要です。苗畑ができれば、そのほかにもいろいろな樹種の苗を提供できるようになりますし、対岸(カリガンダキ川の西側)にも植林することができ造林がすすみます」
 「今、カリガンダキ川沿いに道路が建設されつつあるので、将来的には、材木をカリガンダキ上流域に販売して収益をあげられる可能性もあります」
 「村には森林委員会があり、委員は13人(男11人、女2人)、村の総会で任命、任期は5年間です。委員会は発足して5年たち、仕事は、林野資源の利用と管理、食害防止、用材・燃材資源の販売、集落の裏山の植林、枝打ち、財政(3万ルピー)の管理などがあります」

これからにむけて

 さて、今回の現地調査によって、既存プロジェクト地域では森林はかなり再生されたことが検証され、一定期間ののちに苗畑などをハンドオーバーできることが確認できました。一方、ナルチャン村においてはあらたな造林事業が必要なことがあきらかになりました。
 下のグラフは、集落から森林までどのくらいの時間がかかったかを村ごとにしめしたものです。横軸には何年前か(30年前、10年前、現在)、縦軸には、薪をとりにいくときの家から森までにかかる時間をとり、アウロ村、キバン村、ナルチャン村それぞれの村での調査結果をしめしています。数値は、村人から聞き取った値を平均したものです。このようなグラフにより森林の増減を定量的に検証することができます。


集落から森林まで行くのにかかった時間の変化

 このグラフをみると、キバン村では、「30年前:3.86時間→10年前:4.36時間→現在:1.22時間」と変化しています。アウロ村では、「30年前:3.00時間→10年前:4.24時間→現在:1.77時間」と変化しています。つまり、既存プロジェクト地域のアウロ村とキバン村では、30年前よりも10年前には時間が長くなりましたが、現在では短くなっています。これは、森林が集落の近くまで回復してきたことをあらわしています。
 一方ナルチャン村では、「30年前:2.33時間→10年前:3.68時間→現在:5.68時間」と、30年前から現在にかけて時間がしだいに長くなっています。つまり、森林はあきらかに後退しているわけです。このようなグラフからも、ナルチャン村においてあらたな造林事業を開始する意義をみることができます。
 ナルチャン村で事業を開始することになれば、IHCとしては活動地域を北へとひろげることになります。
 ナルチャン下村の集落の周囲に、村人が利用できる森林をつくることができれば、住民の生活改善に役立つのみならず、今ある森林を後退させることがなくなり、ナルチャン上部の自然林を保護することにもなります。将来的には、ナルチャンの対岸、カリガンダキ川の西側地域にも造林をすすめられる可能性もでてきます。また森林が再生されれば、土壌流出の防止や防災といった面にも効果をあらわすことが期待されます。
 また、今回のわたしたちの調査によって、ひとつの地域の中でも場所によって自然の条件(環境)が大きくことなり、このような条件が造林に影響することもあきらかになっています。たとえば、地層の傾斜や谷の斜面の向きによって、土壌が堆積しやすかったり しにくかったり、岩盤の崩落が起こったり起こらなかったり、日照時間が長かったり短かったりといったことがあります。
 今後は、このようなことも考慮して計画を立案していくことが重要でしょう。なお、新規プロジェクト地域としては、ナルチャン以外に、ベニの東方に位置するサリジャ村の検討もすすんでいます。

ラリグラース

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2005年6月3日発行
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