階層構造をとらえる -伊能忠敬と日本図-
 

東京国立博物館(上野)
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「小図」「中図」「大図」

スケールを変換する


2004年2月19日発行

 

 「小図」「中図」「大図」

 合計8枚の図面にわたって、北海道から九州へと日本全国がえがかれている。いまから約180年も前につくられた地図とはとてもおもえない正確さで、日本列島の輪郭と当時の幹線道がくっきりとうかびあがっている。

 2003年12月、東京国立博物館で開催された特別展「伊能忠敬と日本図」をみる。

 2階の展示室に入ってすぐ右手にひろがっている合計8枚の図面は伊能忠敬の「中図」とよばれるものであり、縮尺は「21万6000分の1」だという。

 そこをすぎて展示室の正面奥にくるとこんどは伊能忠敬の「小図」がみえる。ここでは、日本全国が3枚の図面におさめられている。この「小図」の縮尺は「中図」の2分の1の「43万2000分の1」であり、日本列島が小さくえがかれているので、その全体像をとらえることができる。経緯線は黒線で、方位線は朱線で記入されている。

 そして「小図」のつぎは九州の沿海図へとつづいていく。

 伊能忠敬は1745年に上総国にうまれ、56歳から72歳まで測量についやした日数は3700日あまり、また測量のために踏破した距離は4万キロちかくであり、ほとんど地球を1周するにひとしかったという。

 つくられた日本の地図は、それまでの地図とはくらべものにならない正確なものであった。測量資料にもとづいて子午線1度のながさを算出して、28.2里すなわち110.75キロメートルと決定した。これは今日の測量値とくらべてわずか1000分の1あまりの誤差しかなく、これは、日本の地図としてはまさに画期的な近代的地図であり、日本の近代地図作製の基礎は伊能図によってきずかれたいわれている。

 1階におりてみると、ラウンジのフロアーいっぱいに はりつけられた巨大な地図がある。伊能忠敬の「大図」である。この地図には、測量をおこなった道路にそって国・郡・御料地・私領・村名・寺社名までもが詳細に記載されている。

 これは今までみたこともない巨大な地図であり、その上を自由にあるくことができる。さながら飛行機にのって上空から地上をながめるような気分だ。観覧者は、地図の上をあるきながら自分のすんでいる場所をあるいは故郷をさがしている。そして地名をたしかめ周囲の様子を確認し、様々なできごとをおもいおこしている。子供も大人も空間と体験の世界を自在にたのしんでいる。

ポスター
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ガイドブック(表紙)
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 スケールを変換する

 今回の特別展では、「小図」「中図」「大図」という伊能忠敬の日本図を3種類みることができた。「小図」は縮尺43万2000分の1で全国3枚、「中図」は縮尺21万6000分の1で全国8枚、「大図」は縮尺36000分の1で全国214枚にそれぞれ表現されている。

 これら3種類の地図によって日本列島のみえかたは随分とちがう。それぞれの地図のうえで何がみえて何がみえないかをしることはとても重要である。

 「小図」では日本列島の全体像をみることができる。それに対して「大図」では、全体像はみえないがそれぞれの場所はこまかくよくみることができる。小図では大局を、大図では局所をみることができるといってもよい。これは、日本列島をみる視点(高さ)がちがうことのあらわれであり、「小図」は人工衛星からの視点、「大図」は飛行機からの視点、「中図」はその中間の視点といってよいだろう。

 みる視点がちがえばえられる情報も当然ちがってくる。「小図」は全体的な情報や概要をおしえてくれる。ここでは情報が圧縮され、複雑なものが単純なものとしてしめされている。そして、「小図」→「中図」→「大図」とおりていくにしたがって情報がこまかくなり、ふかくなっていく。「大図」は全体的な情報はなくても、わたしたちが生活している地域に関するくわしい情報を提供してくれる。

 このように、視点のちがいは表現される情報のちがいとなり、けっきょく、縮尺のちがう「小図」「中図」「大図」の3種類の地図は、階層構造的に情報をとらえることの重要性をおしえてくれる。縮尺のちがうそれぞれの地図は、実は情報の階層構造をあらわしているのであり、われわれの世界はそもそもそのような階層的な構造をもっているとかんがえることができる。

「小図」「中図」「大図」は階層構造をつくっている。

 

 したがって、日本にかぎらず ある地域の地理や歴史を学習する場合、このような小・中・大の3種類の地図をうまくつかいわけ、大きな目・中ぐらいの目・小さな目のそれぞれの目でみて、おぼえる内容を選択したり、おぼえ方をかえて勉強すれば理解は格段にすすみ、それは総合的な学習になる。このようにスケール(縮尺)を変換しながら世界を認識していくことは、自分のなかに階層的な記憶の構造をつくりだすことになり、そのようにした方がえられた知識を目的に応じてつかいわけていくこともやりやすくなる。伊能忠敬の日本図のセットは、スケールを自在に変換し世界の階層構造をとらえていくためのモデルとして非常に有用である。

 

参考文献

東京国立博物館・編集発行『伊能忠敬と日本図』、2003年。(特別展ガイドブック)
織田武雄著『地図の歴史 -日本編-』講談社現代新書、1974年。

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