推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
36.魔術師の幻想  “NOW YOU SEE HIM”
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

キーイメージ

 魔術王サンティーニが、銀色の箱の中に入り、箱は水槽の中におろされる。

DVDチャプターリスト

(1)ミューラー軍曹の過去 (2)水槽の9分20秒 (3)警部のあたらしいコート (4)職業上の秘密 (5)魔術王サンティーニ (6)キッチンはいつも戦争 (7)初級のイカサマ (8)別名はアーリントン? (9)タイプライターのリボン (10)泥くさいトリック

犯行の動機

 魔術王サンティーニ、本名ステファン=ミューラー(犯人)は、彼がショーをおこなっているナイトクラブ「キャバレー・オブ・マジック」のオーナー、ジェローム(被害者)に大金をゆすられていた。サンティーニは、大戦中、ナチ親衛隊員としてユダヤ人を虐殺しており、ジェロームは、それを証明する手紙を手に入れていたのだ。ジェロームは、サンティーニに、巡業純益の50パーセントを支払うことを要求し、もし支払わないなら秘密を公表すると言いだす。
 サンティーニは、要求を無視し、たくみなトリックをつかった完全犯罪の計画を実行にうつしていく。

コロンボはいつどこでピンときたか

 キャバレー・オブ・マジックの舞台で、コロンボがかけた手錠をサンティーニがはずしてみせたとき。
 コロンボは、ジェロームのオフィスのドアにとりつけられていた特製の鍵があけられていたことから、犯人は、鍵をあける特別なテクニックをもっている人物であるとにらんでいた。
 そこで、ジェロームの鍵をつくった錠前屋へ行き、おなじような鍵を手錠にとりつけてもらい、それをサンティーニにかけ、彼が自力ではずせるかどうかためしたのである。コロンボの予想はあたり、サンティーニは手錠をはずしてみせた。
 このときコロンボは、サンティーニが犯人であることを確信し、彼にウィンクした。

犯行を裏付ける事実

 ジェロームは前から銃で撃たれて、頭を部屋の奥にむけてうつぶせにたおれていた。ジェロームの死体はドアから3メートルばかりはなれたところにあった。ジェロームのオフィスからは金はまったくとられていなかい(犯人は物取りではなく、顔見知りである)。
 ジェロームは、錠前屋に名人でもあけられない特製の鍵をつくらせていたが、鍵はこじあけられていた。サンティーニはどんな鍵でもあけることができる。
 サンティーニは、マジックショー「水槽の幻想」でつかった箱の底からぬけだし、地下室におりていた。地下室から、調理場を通ってジェロームの部屋を往復することは可能である。ショーの最中は調理場はごったがえしており、見知らぬ人が通っても誰も気がつかない。
 地下室にいるサンティーニにブランデーをもっていったサッカリーは、サンティーニの声を聞いて陰を見ただけであり、本人を直接目撃してはいない。無線のマイクとスピーカをつかえば、そこにいないのに、いるように見せかけることができる(サンティーニは地下室にはいなかった)。
 サンティーニは昔は別の名前をつかっていて、ドイツなまりあるいはハンガリーなまりをもっていた。
 ジェロームの背中は湿っていた(汗の位置から、デスクの椅子にすわっていたと想像される)。デスクには老眼鏡がおいてあった(タイプをうっていた)。

コロンボはいかにして決着をつけたか

「宛先は移民および帰化局御中 同封の手紙は、魔術師サンティーニを名乗る男は、実は、元ナチ親衛隊員ステファン=ミューラーである証拠で・・・(Department of Immigration and Naturalization, Washington, D.C. Enclosed find a letter which proves that Santini is in reality an ex-Nazi named Stefan Mueller)」
 コロンボは、サンティーニはジェロームにゆすられていて、それがジェローム殺害の動機であると言い、証拠となるタイプライターの印字リボンをしめした。
 ジェロームが死ぬ直前に手紙を打つためにつかっていたタイプライターは、プラスチックの印字リボンをつかう最新式のものであり、キーが印字リボンを打つと、その活字がはっきりとリボンにのこる仕組みになっていた。
 サンティーニは、タイプライターにさしこまれていた手紙そのものは処分したが、この印字リボンについては気がつかなかった。
 コロンボはこれに気がつき、サンティーニが犯行におよんだことをしめす決定的な証拠を、印字リボンにのこされていた文字から読みとったのである。

解説:理性が幻想を打ちくだく

 サンティーニは、舞台におかれた銀色の箱の中に入る。箱にはしっかりと鍵がかけられる。箱は、チェーンでつりあげられ、大きな水槽の中におとされる。9分20秒後、箱は水槽からとりだされ、フタがあけられる。出てきたのはサンティーニではなく、娘のデラであった。これがサンティーニのマジックショーの目玉「水槽の幻想」であり、この最中に、ジェロームは殺されていた。
 「水槽の幻想」のトリックは第一に心理作戦にある。観衆の意識をまず箱に集中させ、つぎにフタの鍵に集中させ、つぎに水槽に集中させ、つぎに砂時計に集中させる。そして、箱が水中にある9分20秒間は、ほかのマジックに意識を集中させる。
 一方で、サンティーニは箱の底から地下室へぬけだし、かわりに娘のデラが地下室から箱の中に入る。箱の底には、地下室と出入りができる扉が仕掛けられている。つまり、見えないところでは高度なテクニックをつかっている。
 このような心理作戦とテクニックによって「水槽の幻想」のトリックが生まれたのである。トリックはテクニックだけでなく、そうおもわせる心理作戦の効果が前提になっている。心理作戦とテクニックは、背景と要素の関係になっており、両者がセットになってはじめて幻想が成立する。
 このようなトリックは、このエピソードだけでなく、コロンボと対決するあらゆる犯人がつかっていることであるが、このエピソードには、それがきわめてシンボリックにあらわれていてわかりやすい。
 サンティーニはコロンボに言う。
「その貧相な外見の下には、いかなる犠牲をはらっても、真相をつきとめずにはいないという経験主義者が、息づいている。しかし私の場合には、外見が重要なんでね。まず外見で人をひきつけ、それから幻想にまきこむ(Beneath that ruffled exterior, there ticks away the heart of an empiricist philosopher, probing for the truth at all costs. And my job, if you will, has to do with appearances. I’m not what I appear to be and then again, neither are you )」
 それに対してコロンボは、幻想はあくまでも幻想であって事実ではないという立場から捜査をすすめていく。
「あの男がマジックの天才だって事わすれちゃいけないよ。みんなあのトリックにまんまとひっかかるんだよ(You see, what we have to remember is that Mr. Santini is a master of illusion. He makes you believe what he wants you to believe)」
とウイルソン刑事に言う。
 最初にコロンボは、ドアの鍵をあけた犯人は高度なテクニックをもっているとおもい、ドアの鍵が、事件解決のための文字通りの「鍵」になると推理した。
 次に、マジック専門店に行って、無線の小型マイクとスピーカをつかったカラクリに気がつく。
「いないところにいるような幻想をつくれる。そういう訳か(You could create the illusion of being somewhere while you were not)」(コロンボ)
 最後には、背中の湿りぐあいと椅子の関係から出発して、「印字リボン」を発見する。
 こうして、犯行の方法とチャンスと動機を完全にあばくことができた。
 コロンボは、まず詳細な現場観察をつみかさね、地道にデータを集積していく。そして、この観察にもとづいて冷静に推理をすすめる。ここでは何よりも理性が必要である。コロンボの観察と推理の過程の詳細は、ウイルソン刑事への説明を通して私たちも知ることができる。コロンボは、彼に説明し議論しながら推理を発展させることもしている。ウイルソン刑事は、コロンボの大変よい聞き役になっている。
 事実をつみあげ、理性にもとづいて推理をすすめることは、頭ではわかっていてもなかなかできないことである。しかし冷静なコロンボは、理性的な現場観察と推理によりサンティーニの幻想を見事に打ちくだいていった。
「方法と、チャンスと、動機(Means, opportunity, motive)」(コロンボ)
「私には自身があった。完全犯罪の(And I thought I’d performed the perfect murder)」(サンティーニ)
「完全犯罪? お気の毒ですが、完全犯罪なんてものはないんだよ。それこそあなたの“幻想”ですよ(Perfect murder, sir? Oh, I’m sorry. There is no such thing as a perfect murder. That’s just an illusion)」(コロンボ)
 魔術王サンティーニの「水槽の幻想」をつかった犯行は、コロンボの理性により「完全犯罪の幻想」になったのである。


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2005年12月25日発行
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