推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
考察 - 刑事コロンボの方法 -
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

1.推理と対決のゲームをふりかえる

 コロンボは、『殺人処方箋』(No.01)から『策謀の結末』(No.45)にいたるまで、45件の事件にとりくみ、推理と対決のゲームをくりかえしてきた。
 45エピソード(旧作)の中には、『秒読みの殺人』(No.43)のようにワンサードゲームになった例外はあるが、それ以外では、コロンボの相手は、社会的地位のある高度な知能をもった専門家であり、コロンボと犯人は見事なゲームをくりひろげた。
 ひと言でいって、コロンボは推理の達人であった(No.22『第三の終章』)。コロンボは、仮説を連想し(No.44『攻撃命令』)、疑問を仮説に成長させ(No.24『白鳥の歌』)、計算して解をえる(No.23『愛情の計算』)。仮説が正しくなかった場合には仮説をたてなおす(No.37『さらば提督』)。
 コロンボは、捜査をすすめながら周辺から核心へせまり(No.13『ロンドンの傘』)、断片を組みあわせてパズルを解き(No.41『死者のメッセージ』)、奥底にかくされた真相をほりおこす(No.14『偶像のレクイエム』)。
 仮説形成は、事件の真相をみちびきだすとともに、事件解決の決定的なポイントになる。コロンボの仮説は、推理のまとめであると同時に、犯人との対決の根拠にもなっているのである。
 そもそもコロンボは、すべてを見通すつよい眼力をもっており(No.29『歌声の消えた海』)、似たものを見てピンときたり(No.30『ビデオテープの証言』)、盲点にも気がつく(No.15『溶ける糸』)。また、理解力にものを言わせ(No.19『別れのワイン』)、犯人の心の急所を突いたり(No.35『闘牛士の栄光』)、被害者のメッセージをつかんだりする(No.39『黄金のバックル』)。コロンボの眼力は、しばしば犯人の心の中まで見通すのである。コロンボの心眼はたいしたものである。
 捜査の過程では、聞き取りによりヒントを得(No.03『構想の死角』)、証言をひきだす(No.07『もう一つの鍵』)。映像と証言をくみあわせることもある(No.10『黒のエチュード』)。コロンボは、現場の声を素直に聞くことをおこたらず、犯人の言動の矛盾をつき(No.20『野望の果て』)、犯人のミスを発見して推理合戦に決着をつける(No.38『ルーサン警部の犯罪』)。
 こうしたコロンボの事件解決のやり方は、判断から実行へという過程であり(No.01『殺人処方箋』)、それはきわめてベーシックな方法である(No.21『意識の下の映像』)。スパイに対しても正攻法でいどんだ(No.34『仮面の男』)。コロンボは、ねばりづよく捜査し(No.18『毒のある花』)、手堅く犯人を攻め(No.26『自縛の紐』)、事件解決の正道を堂々とすすんで行く。
 また、組織力もつかって(No.11『悪の温室』)、現実的な問題解決をはかり(No.33『ハッサン・サラーの反逆』)、場合によっては犯人のパートナーにすべてを話し協力を得ている(No.32『忘れられたスター』)。コロンボは、あくまでも理にかなった問題解決をすすめるのであり、理性で、犯人の幻想を打ちくだいてしまうのである(No.36『魔術師の幻想』)。
 犯人を逮捕する場面では、証拠のありかを推論し(No.05『ホリスター将軍のコレクション』)、物的証拠をおさえる(No.02『死者の身代金』)。物的証拠にまさるものはない。あるいは、時間と場所を特定したり(No.28『祝砲の挽歌』)、犯行を再現して(No.17『二つの顔』)、仮説を現場で検証する(No.16『断たれた音』)。つまり、実験により(No.08『死の方程式』)推理の正しさを実証する。
 コロンボは、犯人を特定してからは、犯人逮捕の構想をしっかり練っている(No.04『指輪の爪あと』)。犯人の意表をつき(No.06『二枚のドガの絵』)、犯人の行動を予見し(No.25『権力の墓穴』)、決定的瞬間を準備し(No.09『パイルD-3の壁』)、事件解決の場をつくりだす(No.42『美食の報酬』)。そのためには、視点を自在に移動し(No.31『5時30分の目撃者』)、常識とは逆の見方をし(No.27『逆転の構図』)、逆手の応酬をすることもある(No.12『アリバイのダイヤル』)。コロンボは、逆転の発想ができる人物であり、しばしば奇抜な着想を得ることに成功している。
 このように、地道に問題解決をすすめる一方で実に奇抜なアイデアを生みだすところにコロンボの能力の高さとおもしろさがある。コロンボには、凡人の努力と天才の閃きの両方がそなわっており(No.40『殺しの序曲』)、これらのバランスの上に、推理と対決のゲームがなりたっていた。

2.コロンボの推理法

 コロンボは事件現場にかけつけると、まず現場を観察し、関係者から聞き取りをおこう。そして、見かけは事故であっても、実際には殺人事件ではないかとか、あるいは犯人は別にいるのではないかなどと最初の疑問をもつ。コロンボのあらゆる推理は、事件現場で生じた素朴な疑問からはじまる。一般的には、この最初の場面ではあやしい人物をあげることはできても、犯人を特定するところまではいかない。あくまでも疑問が生じる段階である。
 さらにコロンボは、疑問点を中心にしてデータ(事実)をあつめていく。データとは事実をあらわす情報であり、犯人をあげるための状況証拠と言ってもよい。そして、データがかなりあつまってくると、彼あるいは彼女が犯人であるにちがいないという仮説をたてることができる。ここまでの推理が「仮説形成」の過程である。最初にいだいた素朴な疑問はこうして「仮説」に成長するのである。
 次に、もし、彼あるいは彼女が犯人だとしたならば、どこそこでこういう物が発見されるにちがいないとか、彼あるいは彼女は、次にこういう行動にでるにちがいないなどと「推論」できる。「推論」とは、思考により、あたらしい事実やあらたな行動を予見する過程である。
 そして、「推論」で予見した結果は、本当に正しいかどうか、現場に行って確認(テスト)しなければならない。現場でのテストは、ただ単に観察や聞き取りをおこなうだけでなく、もっと積極的に犯人に対してはたらきかけをおこなうこともある。この過程は実験とよんでもよい。実験は一回だけおこなえばすむ場合もあるし、何回かおこなう場合もある。正しさが確認されれば、「仮説」と「推論」は正しかったことになり、確認されなければまちがっていたことになる。正しさが証明されれば、あらたに得られたデータを、すでにあつまっているデータと合わせることにより、事件の背景や犯行の動機などについてふかく理解することが可能になる。たとえば、もっと昔にあった事件をほりおこしたり、犯人の心の急所まで理解できるようになる。この、「仮説」を証明し、もっとふかい理解に到達する過程は「検証」とよぶことができる。
 このように、コロンボは、事実と思考との間を往復しながら、「仮説形成→推論→検証」の順で推理をすすめている。
 これをモデル化し図示すると図1のようになる。


図1 仮説形成→推論→検証

 図1において、〔A−B−E−F〕は事実レベルをしめし、〔A−C−D−G〕は思考レベルをしめす。
 コロンボの推理は「疑問」〔A〕からはじまる。
 そして〔A→B→C〕は「仮説形成」である。〔A→B〕では、現場観察や聞き取りによってえられたデータ(事実)を整理する。〔C〕において、彼あるいは彼女が犯人ではあるまいかという仮説を採択する。
 〔C→D→E〕は「推論」である。〔C→D〕で思考し、事実〔E〕を予見する。
 〔E→F→G〕は「検証」である。〔E→F〕では、予見の結果が正しいかどうかを、あらたに得られたデータ(事実)によって確認する。正しさが確認されれば仮説は経験的に証明されたことになる。仮説が証明されると、あらたな事実(経験)にもとづいて、〔F→G〕において、事件の背景や犯行の動機などがより明確になる。予見した結果が確認できなかった場合には、仮説の採択〔C〕からやりなおす。
 このように、「仮説形成」とは、事実から仮説を採択する過程であり、「推論」とは、仮説から事実を予見する過程であり、「検証」とは、事実から仮説を証明し、さらに事件の背景や犯行の動機までも明確にする過程である。
 この方法によって、「疑問」が「仮説」に成長し、さらに、事件をめぐるふかい「理解」がもたらされる。
 ここで見たコロンボの推理法では、仮説がキーポイントになっている。ただしい仮説をたてることが、たしかな結論を約束することになる。
 ところで、この仮説とは、いくつかの事実にもとづいて発想されるものである。しかし、それは何らかの「前提」に規制されている。あらゆる事件には、それがおこった背景があり、犯行には動機があり、それらは、カリフォルニア州その他の法律の枠組みなどに規制されている。このような、事件の「前提」となる条件は、事件の大きな枠組みを決定すると同時に、推理の枠組みも決定する。すべての推理は「前提」を無視しては決してなりたたない。推理には、背景や動機、法律や常識などが「前提」として常に横たわっているのである。遺産相続をめぐる犯行などは、法律が「前提」として機能している最たる例である。
 犯人を特定する「仮説形成」の過程では、現場で発見された「事実」を、この「前提」に照らし合わせることにより「仮説」をみちびきだすということがいつもおこなわれている。つまり、「仮説形成」は「事実→前提→仮説」という過程をふんでいる(図2−1)。

 それにつづく「推論」も「前提」の枠組みの中でおこなわれる。「推論」では、「前提→仮説→事実(予見)」という過程をふむ(図2−2)。これは、一般論から個別の結果にすすむ思考の過程であり、コロンボはこれを何回もくりかえしおこなっている。
 そして「検証」では、「仮説」を「事実」で証明することにより、「仮説」の確からしさを増し、あたらしいデータ(事実)をふやす。その結果、「前提」である、事件の背景や犯行の動機などもより明確にできる。つまり、ここでは「仮説→事実→前提」という過程をふんでいる(図2−3)。
 このように、「仮説形成」「推論」「検証」という3種の推理法には、それぞれをこまかく見ると、「前提」「事実」「仮説」をめぐって思考の順序の違いをみとめることができる。
 コロンボは、これら3種の推理法を組みあわせることで、推理を確実にすすめるとともに、「前提」「事実」「仮説」をバランスよく、ふかく理解することを可能にしているのである。
 このような推理法を認識したうえで、もう一度、各エピソードを見なおしてみると、コロンボがいかに推理力のつよい人物であるかがよく理解できる。
 なお、上記の「推論」は演繹、「検証」は帰納とよびかえてもよく、また「仮説形成」は「アブダクション」とよばれることもある。

3.コロンボの対決法

 『刑事コロンボ』のおもしろさは、推理だけにあるのではない。コロンボはたえず犯人と対決している。対決をしながら、事件を解決していくところにもコロンボのすごさがあらわれている。コロンボは、どのようにして犯人を攻めおとしていくのか、興味がつきることはない。
 ここで、コロンボと犯人の対決の過程を整理してみると、次の7段階がうきあがってくる。

(1)疑問発生、(2)観察と聞き取り、(3)犯人特定、(4)追加調査、(5)構想計画、
(6)犯人逮捕、(7)報告書作成

 (1)疑問発生
 事件が発生すると、コロンボは現場にかけつける。そして現場をよく観察し、関係者からの聞き取りをおこなう。コロンボはこまかいことによく気がつく。そうすると、ささいなことであるが、どうも腑におちないことがいくつかあきらかになってくる。つまり疑問が発生する。ここから、コロンボと犯人との対決がはじまる。しかし一般的には、この段階では犯人を特定するまでにはいたっていない。あやしい人物が誰であるか目星をつける程度にとどまっている。
 (2)観察と聞き取り
 疑問点を解消するために、さらに、観察と聞き取りをつみかさねる。特に、あやしい人物からは、くわしい聞き取りをおこない、疑問をぶつけていく。すると、あやしい人物はうまくこたえてのがれようとする。こうしているうちに、データは蓄積され、犯人をしめす状況証拠が次第にあつまってくる。
 (3)犯人特定
 データが十分に蓄積され状況証拠があつまると、彼あるいは彼女が犯人であるにちがいないということになる。つまり犯人が特定される。
 (4)追加調査
 犯人が特定されると、次には決定的証拠を発見しなければならない。あるいは、犯人を逮捕するために必要な事物をさがしださなければならない。このために、さらなる調査をおこなう。この段階では、犯人に目標をしぼりこんで調査をおこなう。目標を明確にした調査をおこなうという点で、第2段階の、疑問にもとづいて幅広く調査するやり方とはことなる。
 (5)構想計画
 犯人をいかにおとし決着をつけるか、その構想を練る。つまり、犯人を逮捕するための計画をたてる。コロンボは、しばしば奇抜なアイデアをかんがえだす。コロンボの着想は見事である。
 (6)犯人逮捕
 計画を実行し、犯人を逮捕する。犯人逮捕とは決着をつける段階である。ここが、各エピソードのクライマックスになる。コロンボは「逆トリック」を仕掛けることもある。あるいは犯人を自供においこむこともある。数々の名ラストシーンが生みだされる結果となる。
 (7)報告書作成
 コロンボは、報告書を書かなければならないと時々のべている。事件が解決すれば、当然、ロサンゼルス警察にもどって報告書を作成することになる。しかしこの段階は、いちいちしめす必要はないのでエピソードの中では一切省略されている。

 この7段階において、コロンボは、適切な判断をしてそれを実行にうつすことをしている。まず、〔(1) 疑問発生→(2) 観察と聞き取り→(3)犯人特定〕が第一の判断になっている。この判断を実行〔(4) 追加調査〕にうつしている。そして、〔(4) 追加調査→(5)構想計画〕が第二の判断を生みだし、これを次の実行〔(6) 犯人逮捕〕へうつしている。そして、〔(6) 犯人逮捕→(7)報告書作成〕により最終的な判断すなわち結論に到達し、事件を完全に解決させている。このように、コロンボの対決の行為は判断と実行をくりかえしながらすすんでいくと見なすこともできる。
 以上の過程をモデル化し図示すると図3のようになる。


図3 対決(事件解決)の7段階

 図3において、〔(1)-(2)-(4)-(6)〕は行動のラインであり、〔(1)-(3)-(5)-(7)〕は思考のラインである。コロンボの7段階の過程は、「疑問発生」(1)を出発点にして、行動と思考とを往復しながらすすんでいくことになる。コロンボは、行動しながら考え、考えながら行動しているのである。
 このように、コロンボの行為は段階をふまえてすすんでおり、実に構造的である。コロンボの事件解決の方法は理にかなっており、理性にしたがった問題解決法であると言える。

4.眼力・直観・理性

 以上で、コロンボの推理法と対決法(事件解決法)に関する整理がおわった。
 コロンボは、犯人との対決(事件解決)の大きな流れのなかで推理を何回もくりかえしていた。決して、一度だけの推理ですませるようなことはなく、事件解決の7段階の、それぞれの段階の内部において、小さな推理をくりかえした。これは、事件解決法の大きな構造と、その段階内部の推理法という仕組みになっている。
 しかし一方で、事件が解決されてみると、事件の全容をつかむ大きな推理がなりたつという仕組みにもなっていた。コロンボは多段階の推理をすすめることができ、推理を段階的にふかめていたのである。
 このように、コロンボの方法では、対決の中に推理があり、推理の中に対決がある。対決即推理、推理即対決という、対決と推理の分かちがたい一体性の中にコロンボのおもしろさの秘密がある。
 また、コロンボの方法はきわめて科学的であるとも言える。コロンボは常に冷静であり、正確な情報をあつめて推理の確度を高めていく。固定観念や先入観をもって判断をあやまったり、感情がくわわって推理がゆがんでしまうことはない。あくまでも科学的な姿勢で捜査をすすめ、情報を適切に処理しようとしている。
 コロンボは、このような姿勢によって正しい仮説を採択することに成功する。仮説にはあらゆる情報が統合されている。そして、仮説は目標を生みだし、現場で検証される。仮説は、推理と対決(事件解決)とをむすびつけるキーポイントとして機能し、あらたな行動を生みだすのである。
 こうしてコロンボは、判断から実行へ、推理から勝負へと行動を着実に展開していく。推理は犯人の行動を予見し、予見の検証は推理の実践応用の場になる。推理は問題解決のために活用されるのである。
 そして、複雑に推移する犯人との対決を通して、コロンボは現実と格闘し、問題の実際的解決をはかる。コロンボは、決して頭が切れるだけの人物ではなく、実行力のある社会人であることがよくわかる。
 最終局面では、相手をみて方策をかんがえ、戦場を選択する。コロンボは場を決する急所を発見し、そこを突いていく。一点突破主義である。そして事件を見事に収束させる。勝負に決着をつけるということは、推理と対決を急所に収束させることであり、ここにクライマックスが成立する。
 このようなコロンボの能力は、彼のつよい眼力によってささえられている。コロンボの眼には肉眼と心眼があり、肉眼では、ありのままに現実を見、心眼では、奥底にかくれた本質を見る。心眼では全体を一瞬にしてとらえ、理解の次元を変えてしまう。またコロンボは、仮説をおもいつくときや事件解決の着想をえるときなど、しばしばピンとくる。このときには直観力がはたらいている。直観は推理の核心になる。そして、対決し決着をつけるときには理性をはたらかせている。つまり、コロンボの推理と対決の能力は、眼力・直観・理性によってささえられていたのであり、ここにコロンボの底力をみとめることができるのである。

 

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2005年12月25日発行
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