推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
32.忘れられたスター  “FORGOTTEN LADY”
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

キーイメージ

 グレース=ウイラーが自宅の映写室で映画を見ている。

DVDチャプターリスト

(1)スターは復活する! (2)アリバイ映写 (3)自殺の理由 (4)警部とギャング映画 (5)バルコニーの可能性 (6)警部の勤務状況 (7)“マクトウェグ夫人の変身” (8)いらだつリハーサル (9)警部、停職の危機? (10)懐かしのデュエット (11)“彼女はダンサーだ” (12)ロージーの診断書

犯行の動機

 かつてミュージカル・スターであったグレース=ウイラー(犯人)は、自分がわかかったころに出演した なつかしの映画がヒットしたのを機にブロードウェイにカムバックし、もう一度スターになることを夢見ている。しかし、そのためには50万ドルという大金が必要だ。
 グレースは、夫ヘンリー=ウイリス(被害者)にそのことをつげ、50万ドルを出してくれとたのむが、夫は金を出すことはできないと言い、夢からぬけだすようにと彼女をたしなめる。
 夢を実現するためにはどうしても金がいる。グレースは、金を手にいれるために夫の殺害計画を実行にうつしていく。

コロンボはいつどこでピンときたか

 グレースが事件当日に見ていた映画『ウォーキング・マイ・ベイビー』の上映時間が、本来は1時間45分であることを、フィルムライブラリーで知ったとき。
 事件当日グレースは、午後11時から映画を見はじめ、午前1時ごろ見おわった。つまり、事件当日は上映に2時間かかっていたことになる。なぜ15分も余計にかかったのか。グレースはそのあいだ何をしていたのだろうか。
 コロンボは、フィルムが切れて、それをつないだ跡を発見した。しかし、フィルムをつないでいたとしてもつなぐのに4分程度しかかからない。
 のこりの11分間は、グレースが映写室にいなかったとしかかんがえられない。彼女は、映写室から出て夫の寝室に行っていたため、フィルムが切れたことに気がつくことができなかったのである。つまり、グレースが犯人である。

犯行を裏付ける事実

 自殺したとされるウイリスにはふさいでいる様子はまったく見られなかった。ウイリスは世界一周の旅を計画していた。ウイリスが、死亡する直前に本を読んだり睡眠薬を飲んだりしたのは不自然である。ウイリスが読んでいた本はユーモアとウィットに富んだ本だった(自殺する人が読む本ではない)。ウイリスは本を読んだら、そのとき読みおわったページを折る習慣があったが、死亡した夜にかぎって折っていなかった。ウイリスは手術をすすめられていたが、その手術は むずかしいものではなかた。ガレージまで拳銃をとりにいったときにウイリスがはいていたとされるスリッパの底がまったくよごれていなかった(外を歩いた跡がない)。
 ウイリスの寝室のバルコニーから、そばに生えている木をつたって庭におりることができる(犯人は、ウイリスの寝室の鍵を内側からかけて外にでることができる)。
 ウイリスの遺体から通常の倍の量の睡眠薬が検出された(誰かが飲ませた)。

コロンボはいかにして決着をつけたか

 コロンボは、グレースが犯人であるという仮説とそれにもとづく推論を、グレースのかつてのパートナーであり現在は演出家のネッド=ダイヤモンドにくわしく説明する。
 さらに、グレースは記憶に障害をもたらす脳の病におかされていて、彼女の命は長くてあと2ヵ月であり、彼女は、夫を殺したこともおぼえていないだろうと話す。
 ダイヤモンドはすべてを納得し、グレースにかたりかける。
「もう茶番劇はこのへんで幕にしよう。僕が殺したんだ。君のためさ。君のためだよ。君のね(This has gone on long enough. I killed Henry. For you, Grace. For you, Grace. For you)」
 ダイヤモンドはグレースをソファにすわらせ、コロンボとともに部屋を出ていく。
「あんたの自白なんか、すぐひっくりかえされますよ(It’s not going to take much to break your story)」(コロンボ)
「頑張ってみせる、ふた月間は(It might take a couple of mouths)」(ダイヤモンド)
「そーぉ、それがいいね(Yes. Yes, it might)」(コロンボ)
 ダイヤモンドがグレースの身代わりになることでこの事件は解決された。

解説:パートナーにすべてを話す

「今日の映画の上映時間は1時間と45分なんですよ。そこでがっちりとひっかかりました。それがあの晩なぜ2時間もかかったんでしょう?(The running time of this film is one hour and forty-five minutes. I have a problem with this case, sir. How come the night Dr. Willis died it took two hours?)」(コロンボ)
「その2時間がどうしたと言うんだね。何の意味もないじゃないか(What difference does it make? It doesn’t mean anything)」(ダイヤモンド)
「いいや、すべて変わっちまう。これがこの事件の核心なんだ(Oh, it means a great deal. It goes to the very heart of the matter)」(コロンボ)
 コロンボは、グレースが犯人であるという仮説をおもいついたことと、それにもとづく推論をダイヤモンドにくわしく説明していく。対するダイヤモンドは、コロンボの説明を徐々に理解していく。最初は平行線だった2人だが、両者は次第にあゆみより、事件の解決へとすすんでいく。その解決策は、ダイヤモンドが犯人の身代わりになるという予期せぬものであった。
 このエピソードは、犯人が記憶障害をおっていて、犯行それ自体をおぼえていないという通常ではかんがえられない特殊なケースであった。犯人はシラをきっているのかとおもっていたら、そうではなく、本当に犯行をおぼえていなかったのである。そのことを明瞭にしめす場面もあった。コロンボが、バルコニーから木をつたって庭におりられることを確認した直後、
「刑事さん、なぜこんなに始終いらっしゃるか、本当の理由はほかにあるんじゃございませんの(You know, I don’t think you’re being completely candid with me about your frequent visits)」(グレース)
「いやー、実を言いますと(Well, as a matter of fact…)」(コロンボ)
「あたしにはなぜ頻々といらっしゃるのかわかっていますのよ。魅力的な芸能界の雰囲気をたのしんでいらっしゃるの(But I think I know the reason why you persist in popping up.  You simply enjoy being around the magic of show business)」(グレース)
 そういえば、犯人はコロンボの名前をいつもおもいだせなかったし、ほかのこともよくおぼえていなかった。また、犯行におよんだことをおぼえていないことは犯人の表情にもしばしばあらわれていた。
 コロンボは、いつものようにするどい推理にくわえて犯人と対決しようとするが、対決しようにも対決できないのである。そこで、パートナーにすべてを話し理解をえたという訳である。このエピソードは、今までにない非常に特殊なケースであった言えよう。


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2005年12月25日発行
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