推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
31.5時30分の目撃者  “A DEADLY STATE OF MIND”
目 次
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まえがき
01.殺人処方箋
02.死者の身代金
03.構想の死角
04.指輪の爪跡
05.ホリスター将軍のコレクション
06.二枚のドガの絵
07.もう一つの鍵
08.死の方程式
09.パイルD-3の壁
10.黒のエチュード
11.悪の温室
12.アリバイのダイヤル
13.ロンドンの傘
14.偶像のレクイエム
15.溶ける糸
16.断たれた音
17.二つの顔
18.毒のある花
19.別れのワイン
20.野望の果て
21.意識の下の映像
22.第三の終章
23.愛情の計算
24.白鳥の歌
25.権力の墓穴
26.自縛の紐
27.逆転の構図
28.祝砲の挽歌
29.歌声の消えた海
30.ビデオテープの証言
31.5時30分の目撃者
32.忘れられたスター
33.ハッサン・サラーの反逆
34.仮面の男
35.闘牛士の栄光
36.魔術師の幻想
37.さらば提督
38.ルーサン警部の犯罪
39.黄金のバックル
40.殺しの序曲
41.死者のメッセージ
42.美食の報酬
43.秒読みの殺人
44.攻撃命令
45.策謀の結末
考察 -コロンボの方法-
参考文献
作品評価

キーイメージ

 マーク=コリアーの車が、海辺にたつ大きな別荘の前庭から出ていく。

DVDチャプターリスト

(1)医師と患者のカンケイ (2)警部のフランス車 (3)自殺の理由 (4)ウソ発見器の提案 (5)甘美な暗示 (6)死へのダイビング (7)靴と貴重品 (8)盲目の証人 (9)目撃者はあなただ!

犯行の動機

 精神分析医のマーク=コリアー(犯人)は、自分の患者であるナディア=ドナー(第2被害者)と愛人関係になっていた。コリアーは、ナディアと密会するために海辺の別荘に行ったが、そこには、ナディアの夫カール=ドナー(第1被害者)がまちかまえていた。
 コリアーがナディアを別荘からつれだそうとすると、夫カールは、コリアーが患者に薬をつかっていることや、自分の妻と関係したことをばらしてやると言って、コリアーとナディアにおそいかかる。コリアーはとっさに、暖炉のそばから火かき棒をとりあげ、カールにむかってふりおろす。カールはすぐに床にくずれおちる。
 コリアーは、カールの死を強盗殺人事件に見せかける計画をつくりあげ、それをナディアに言い聞かせ、別荘をたちさっていく。

コロンボはいつどこでピンときたか

 事件の翌日、ナディアのマンションで、コリアーからライターをかりたとき。
 コロンボは、葉巻に火をつけるためにコリアーからライターをかりる。コリアーは、それが姉からプレゼントされた愛用品であると言う。コロンボはかんがえこむ。
「どうかされましたか?(Something wrong?)」(コリアー)
「どうも かんがえがまとまらないんでしてね・・・(No, I’m just trying to picture something in my mind sir…)」(コロンボ)
 愛用品だというのに、コリアーは、昨日は、このライターをつかわずマッチをつかっていた。どうして昨日はつかっていなかったのだろう。コロンボは、ナディアの証言に疑問があることからカール=ドナーの死をうたがっていた。コリアーがあやしい。
 その後、コロンボはコリアーの研究所に行って、駐車場にとまっていたコリアーの車のタイヤをしらべ、それが、犯行現場にのこされていたタイヤの跡から推定されるものと一致することを確認した。

犯行を裏付ける事実

 犯行現場のカーペットに すりへったライター石がおちていた。事件当夜まで別荘は閉まっていたことと、ナディアも夫もタバコをすわず、犯人はストッキングをかぶっていたとされるので、タバコをすうもう一人の人物が犯行現場にいたことになる。犯行があった別荘の前に外車のタイヤの跡がのこされていた。コリアーは外車にのっており、痕跡から推定されるタイヤは、コリアーの車のタイヤと一致する。
 ナディアの証言には矛盾が多すぎる。ナディアによると、犯人は車で玄関前まで入ってきたとされるが、窓からさしこんだはずのヘッドライトには気がついていない。
 コリアーは、事件の翌日、あたらしいライター石を自分のライターにいれていた。
 ナディアが死亡した時刻の直前に、コリアーはまちがい電話をかけていた。死亡したナディアの部屋の電話の受話器がはずれたままになっていた。ベランダの椅子に、ナディアの脱いだ衣類がたたんでおいてあり、腕時計とイヤリングはスカーフにつつんで靴の中にいれてあった(プールに飛びこもうとしたのではないか)。アモバルビタールという、人間の意志をかえる効果をもつ薬がナディアから検出される(コリアーが投与していた)。
 ナディアの夫カール=ドナーが殺害された犯行時刻が7時だとする根拠はナディアの証言だけであり、解剖所見によればもっと早い可能性もあり、コリアーのアリバイはあやしくなる。

コロンボはいかにして決着をつけたか

「目撃者がいるんですよ。コリアー先生、この人に見覚えありますか?(I have an eye witness. Dr. Collier, do you recognize this man?)」
コロンボは、別荘の近所にすむデヴィット=モリスをコリアーにひきあわせる。デヴィットは、事件当日5時半ごろ、コリアーが別荘から車で出てきたのを目撃したと言う。しかしコリアーは反論する。
「やあ、お見事だったよ。努力だけは買おう。その人は僕も車も見ているはずはないんだ。絶対に。うまい芝居だった。まるで見えてるふりをさせた(Beautiful Lieutenant, it was a gallant effort. That man couldn’t see me or my car. He didn’t see anything, he’s blind. I must admit your little charade was very good)」
 そして、コリアーはデヴィットに雑誌を読んでくれと言う。ところが、彼はすらすらと文字を読んでしまう。
「うそだ。見えないはずだ!(That man is blind, he’s blind)」
 コロンボは、次に、デヴィットの弟ダニエル=モリスをよびだす。ダニエルは目が不自由である。コリアーが事件当日の5時半に出会ったのはこのダニエルだった。コリアーはそのとき彼に出会っていたからこそ、「目が不自由だ」と断言したのである。コリアー自身が見たからこそそう言えたのである。
「目撃者がちゃんといたわけです。目撃者はモリスさんじゃない。あなた自身なんです(I have an eyewitness Dr. Collier. But the eyewitness is not Mr. Morris. The eyewitness is you)」
 コロンボは、事件当時の5時半に、コリアーが別荘からでてきたことのうごかぬ証拠をコリアー自身に証言させたのであった。

解説:視点を移動する

 犯行当時、別荘の前で出会った人物が目の不自由な人であったことは、コリアーしか知らない事実だった。コリアーしか知らないことを、コリアーはしゃべらされてしまったのである。
 普通は、目撃者とは第三者であり、外部から犯人を見る視点がそこには存在する。しかし、犯人を目撃者にするということは、犯人の視点にたって見ることを意味する。コロンボは、犯人「を」見たかどうかの視点にとらわれずに、犯人「が」見た視点にたった。犯人や犯行を外部からの視点で見るのでなく、犯人の視点から、犯人の立場にたって見ている。ここが重要なポイントである。
 コロンボは、事件発生直後に、ドナーの別荘でナディアからの聞き取りをおわってから、ステレオのスイッチをいれ、犯行当時の様子を想像しイメージ化している。コロンボはいつも、イメージをえがきながら捜査をすすめていく。イメージにはかならず視点があるが、コロンボは、特定の視点に決してとらわれない。コロンボは視点を自在にかえている。常識的な視点にとらわれず、座標軸の原点を自在に移動させる。
 コロンボが、普通の人とはちがう視点で見ることができるということは、捜査の過程でもあらわれている。
 たとえば、事件発生直後にドナーの別荘で、クレイマー刑事が「車がつかめるかもしれない」と言って、別荘の入口の柱にのこされた車がぶつかった跡をコロンボに見せようとするが、コロンボはそれには興味をしめさず、玄関前にのこされたタイヤの跡の方に注目し、タイヤの跡をくわしくしらべた。
 また、ナディアが死亡した直後に、彼女の部屋から、別荘でぬすまれた財布や時計が発見され、クレイマー刑事が「またまた大ショック。夕べ別荘からぬすまれたブツがでましたよ」と言ってコロンボにそれらを見せようとするが、コロンボはそんな物には目もくれず、ナディアの靴の中にのこされた物に注目している。
 常識的な人は、説明がつきやすいことにすぐに目がいってしまい、それにとらわれてしまうが、これでは犯人のおもう壺である。コロンボは、固定観念に決してとらわれずに、視点を自由に移動しながら柔軟にかんがえ、普通の人とはちがう独自の視点から真相をあきらかにしていく。犯人を目撃者にして事件を解決するという奇抜なアイデアも、このような自在な視点移動から生まれたと言えよう。


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2005年12月25日発行
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